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戦国小町苦労譚  作者: 夾竹桃
天正七年 乱世終焉

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千五百八十年 三月中旬

信長と静子が安土で会談している頃、遠く離れた薩摩の地でも織田に対する議論がなされていた。

後に島津四兄弟と呼ばれる島津(しまづ)義久(よしひさ)義弘(よしひろ)歳久(としひさ)家久(いえひさ)の四人が、信長に対する使者という役目を誰が担うかについて揉めている。


「どうして兄者が行かねばならんのじゃ! そうまでして織田に()(へつら)う必要などなかろうが!」


床板を踏み破らんばかりの勢いで蹴るようにして立ち上がり、家久が吼える。

信長の使者としては次兄の義弘と三兄の歳久が派遣されると決まり、末弟である家久がこれに猛反発をしているのだ。

国許に残ることが確定している長兄の義久が、どうにかとりなそうとするのだが一向に落ち着く気配が無い。

とはいえ家久がこれほど(かたく)なに反対するのにも理由があった。

現状の九州は全域が緊張状態であり、龍造寺と大友がまさに開戦しようかと言う時期に於いて、島津家の軍事を担う中核人物の二人が長期間留守をするというのだから無理もない。

内紛やら敗戦やらで勢いを落としてはいるものの、かつては九州の覇を争った両家がこの隙を見逃すとは思えなかった。

義久と歳久両名が京へ向かったと知るのにそれほどの時間を要さないだろう。


「兄者二人が揃って抜けるなど正気の沙汰とは思えぬわ! 今は落ち目の両家とて、兄者たちの不在をしれば息を吹き返すやもしれぬ! 行き帰りの旅程だけでも数ヶ月、京での滞在を思えば半年は戻れぬ」


「お前の気持ちは良くわかる。それでも織田との交渉は成さねばならぬ。『一葉(いちよう)目を(おお)えば泰山を見ず』(小さなことに気を取られ、大切なことを見失う様子)と言うが、我らにとっての織田は泰山なのだ」


義久は家久の剣幕に鼻白みながらも、静かにしかし(いわお)の如く重い現実を告げる。

彼は信長に尻尾を振る気など毛頭ないが、それでも無視して押し通るには余りにも巨大過ぎる存在だと認識していた。

もしも織田が島津以外の両家どちらかに加担すれば、現状優位に推移している戦況は一気に覆されてしまう。

信長に対して利を提供できぬ両家では彼の挙兵を促せないと(にら)んでいるが、彼の家臣たちが武功目当てに遠征してくる可能性は十分にあった。

勿論末端程度に負けるつもりなど無いが、それを打ち破った際には織田本体が関与する口実を与えてしまう。

一度(ひとたび)信長の介入を許せば燎原(りょうげん)の火の如く、乾燥しきった草原を焼き尽くす勢いでこの地を平らげていくのが目に見えていた。


「わしらとて兄者と同じ思いじゃ。少なくとも織田がこの九州の地に干渉せぬという言質を得ねば、両家がどうしようとも結局我らの未来は(つい)える!」


「そのぐらいの理屈は弁えておるわ! だが兄者二人の留守を知り、奴らが好機と攻め込んでくれば、それを迎え撃って命を落とすのは兵どもじゃ。わしには兵に向かって死ねと告げるだけの理を持たぬ」


たとえ龍造寺と大友が共に手を取り合って攻めてきたとて、家久は一歩も引くことなく死力を尽くして戦うだろう。

しかし、末端の兵卒まで同じ気概を持っているかと問われれば否と言うほかない。

確かに薩摩兵は精強だが、それは同じ未来を見据えて団結しているからに過ぎず、大義がなければ結束が失われてしまうのだ。

中でも義弘は軍を率いる要であり、知恵もので知られる歳久は軍師とも呼べる存在であった。

その二人が同時に欠けることがどれほどの損失を齎すかは明らかであり、前線で戦うことが多い家久としては到底許容できない話なのだ。

言わば二人の兄は彼にとって広く戦況を見渡す両目に等しい存在であり、いくさ上手と(うた)われる家久の活躍は彼らの存在あってのことだと他ならぬ己自身が理解していた。

どちらの言い分にも一理あり、本来裁定すべき義久は家久を説得するだけの言葉を持たない。


「こうして我らが手を(こまね)いておる間にも、両家は織田に秋波(しゅうは)を送っておるじゃろう。ややもすると、既に何らかの約束を取り付けているやも知れぬ。織田の本体は動かずとも、その末端が九州の地を踏んだ時点で我らは詰みぞ」


「そうじゃ。仮に織田が両家のどちらかにでも肩入れすれば、配下の誰かを視察と称して送り込んでくる可能性は捨てきれぬ。故に機先を制し、こちらが先に出向くことで織田の介入を防ぐのです」


「だからと言って、兄者たち二人ともが国を空けずとも……」


「双方の言い分はあるが、このままでは始末が付かぬ。家久は気が(たかぶ)って視野が狭くなっておる。一旦頭から水を浴びてまいれ! 歳久は現状の分析を述べよ」


「はっ」


弟たちが議論する様子を見守っていた義久は、双方の要求が永遠に平行線で交わることが無いと判断する。

そこで結論を出すのではなく、大元の使者を出さねばならない原因から再度認識を擦り合わせようと考えた。

一番激していた家久も冷たい井戸水を頭から被ったようで、唇を震わせながらもすっかり頭は冷えたと見える。

全員が揃ったのを確認すると、歳久は長兄の命に従って薩摩が置かれている現状を語りだした。


「龍造寺は内紛が拡大しており他所に色気を出す余裕がない。大友は先のいくさから立ち直れておらず、それでも野心は盛んと見え、龍造寺の隙を窺っている。一方我ら島津は相良に引き続き、阿蘇を攻めている状態です。つまり我らが動ける機会は今を置いて他にありませぬ!」


「……わしも又六郎(歳久の通称)兄者だけならば納得もした。だが又四郎(義弘のこと)兄者までが帯同せずとも良かろう? 確かに両家共に動ける余裕はなさそうじゃが、無理を押して反撃に出ないとは言い切れぬ」


家久が己の胸の内を晒した。

議長を務める義久は早速良い方向に話が進み始めたと、手ごたえを感じている。

今まで使者を出すこと自体に反対だと思っていたが、実際にはどちらか一人ならば許容すると条件が下がったからだ。


「先に断っておくが、決して又六郎兄者を軽んじているわけではない。兄者は我ら兄弟随一の知将、織田がどのような策を講じようと兄者には通用せぬと信じておる。されど龍造寺と大友が土壇場で手を結べばどうなる? 奴らが我らを共通の敵として結託することは否定できぬ」


「又七郎(家久のこと)に褒められると面映(おもは)ゆいが、それはさて置き両家が手を組む可能性は捨てきれません」


「互いに弱った家同士で牽制し合っているからこそ、我ら島津が複数の敵を同時に捌けているのは実情。我らとて兵に余裕があるわけでなし、二正面作戦を強いられれば一気に劣勢に立たされることになる。その様な状況でなお、兄者二人がいないのでは我らもいつまで支え切れるか分からぬではないか」


「又七郎の懸念は承知しておる。しかし、それでも私は織田が九州へ手を伸ばさぬようにすることが優先だと思う。又四郎の兄者は如何に思われる?」


家久は義弘の言い分に理解を示すが、肝心の歳久の考えを聞いていないことに思い至った。


「わしは織田と争った場合、島津は確実に勝てぬとみておる。如何に我らが強かろうと、数の優位は覆らぬ。九州すら手中に収めておらぬ我らに対し、奴らは日ノ本を上げて向かってくるのだ」


歳久は彼我の戦力差を冷静に見極めていた。

いくら島津の兵が強かろうが、一兵で織田兵十人を倒せるわけではない。

これを踏まえて互いの兵力差を考えれば自ずと結論は出てしまう。

島津が動員できる兵数に対し、織田が動員できる兵力は数十倍に達しているのだ。

単純に数の上でも負けているというのに、最早語り草になっている武田との一戦がある。

当時戦国最強と謳われた武田の騎馬隊を、遥か遠くから狙い撃って打倒したのは有名だ。

つまり数で劣り、軍備に於いても到底敵わぬ程に水をあけられているというのが現状であった。

この認識は兄弟の皆が共有しているため誰も声を上げない。


「付け加えるならば織田は東国をほぼ手中に収め、西国の毛利を海戦・陸戦の両方で完膚(かんぷ)なきまでに打ち破ったと伝わっておる。つまり織田と争うならば、地上最強であった武田を破った軍が陸から迫り、最強の村上水軍を破った船が海から我らを追い立てるのだ……」


「そんなことは言われずとも分かっておる! しかし、それが又四郎兄者まで――」


「皆まで申すな又七郎! わしらは織田に許しを請いにゆくのではない。これは島津という存在を織田に知らしめるいくさ(・・・)ぞ! 心底口惜しいがわし一人では貫目(かんめ)が足らぬのだ……」


「それならば又六郎兄者を代表に据え、我ら兄弟の血判状を添えれば十分ではないか。又四郎兄者が行かねば逢っても貰えぬほどに島津は安くみられておるのか!?」


「悲しいことにそれが現実なのだ。織田にとっての島津なぞ、僻地(へきち)で小競り合いをしているならず者に過ぎぬ。所詮代理一人を寄越した程度では、まともに相手をしてもらえぬ」


「それほどまでに我らは軽んじられているのか……二人が出向く必要があるのは分かったが、兄者たちが留守の間は如何にして守る?」


「龍造寺には内紛が拡大するよう工作する。大友は(さき)の戦費を賄うべく年貢を増やしておるゆえ、領民が不満をため込んでおる。これを刺激して奴らの寄って立つ土台を揺さぶってやれば良い。その様な状況であれば我らに目を向ける余裕もあるまい。加えて離間工作も絶えず行わせる。優秀な人材に目をつけて、引き抜きもかけよう」


「離間工作は果たしてうまくいくのか? 特に引き抜きなど、相手が馬鹿でなければ通じぬ水物だ。その様な策を用いるのは心許ない」


「上手くゆかなくても問題ないのだ。余裕のない状況で、敵と繋がっているやも知れぬという疑念が生じるだけでやつらの間に亀裂が生じる。龍造寺はまさに疑心暗鬼になっておる。大友も諫める家臣を遠ざけ、独りよがりになっておる。疑念という毒は簡単に(ぬぐ)えぬよ」


「兄者……分かった。兄者がそこまで手を打っているのならば、わしも腹を(くく)ろう。薩摩が危機に(ひん)する可能性を飲んででも、織田という『余所者』を(はば)むのだな」


家久は二人の兄の覚悟を知り、彼らの意見を聞こうとしなかったことを詫びた。

心の底から納得しているかと問われればその限りではないのだが、これ以外の方法で織田の介入を抑え込めないというのも理解した。

若干の不満は(にじ)ませつつも、家久は長兄義久の決定に従う。

乱世の覇王こと信長に対し、島津の恐ろしさを見せつける。これならば兵たちも二人が使者として赴くことに理解を示すだろうと考えた。

彼ら以上に島津家を体現している者など居はしないのだから。


「とはいえ、懸念が無いわけではない。一番の問題は……」


「近衛家の娘だな」


話は一段落したが、信長に物申す際に避けては通れないのが静子の存在である。

彼女は彼ら四兄弟が知る女の常識からかけ離れた存在であり、信長と面会する条件として先に彼女に会うことを先方から伝えられていた。

女だてらに東国管領にまで成り上がり、織田家が大きく飛躍した勝利の裏には常に彼女の活躍があったと、まことしやかに噂されている。

静子の献身が無ければ、信長の大躍進はなかったと他ならぬ信長自身が認めているほどだと聞く。


「噂に名高い尾張三位(さんみ)様だな? 大層な官位を賜っておるが、いくさに出たのは数える程と聞く。そこまで恐れるような人物か?」


家久が、明らかに嫌味混じりに三位を強調して嘲笑する。


「確かに本人が直接槍働きをしたのは数える程だが、それは家臣たちがいくさ場に立たぬよう懇願したからだと聞いておる。我らのような武勇を以て(よし)とする者とは真逆の存在なのであろう。家臣たちが絶対に失いたくないと思わせる程の何かを持っているとは思わぬか?」


「臆病という解釈は間違っておるぞ? 必要とあれば前線に赴くことを(いと)わぬようで、かの三方ヶ原のいくさでは陣頭に立っていたそうだ」


「しかし、我らにとっては扱いにくい存在だ。相手の情報が殆ど手に入らぬゆえ、どう接したものか皆目見当もつかぬ」


「手土産を贈ることすら難しいと聞く。金銀財宝で懐柔しようと企んだものは、一つの例外なく破滅している」


「男社会の武家に於いて、女でありながら東国管領という比類なき地位にいるのだ。嫉妬や陰口すら言わせぬだけの実績を示し続けたのだろう」


四兄弟は揃って宙を見上げていた。漏れ伝わる噂ではどのような人物なのか全くわからないのだ。

家久のように女だからと軽んじれば、たちまち足を掬われることになるのが目に見えている。

かの信長が一片の(うたぐ)いもなく知遇(ちぐう)を授け、また静子はその恩顧(おんこ)に報いるべく尽力し続けたからこその地位であり、彼女の至純なる忠誠は誰しもが知るところであった。

信長が安土から動かずとも天下人として影響力を振るえているのは、彼が必要なことに集中できるよう静子が雑事を片付けているからだと言われている。


「又六郎兄者! 仮の話だが、近衛の娘が敵に回った場合、我らに勝てる見込みはあるか?」


「無理だ。確実に負ける」


即答であった。歳久は何も短絡的に断じたのではない。むしろ彼は様々な可能性を吟味し、その上でなお静子には勝てぬと結論づけたのだった。


「近衛殿(静子のこと)はいくさを好まぬ気性ゆえ、そう簡単に矛を交えるようなことにはならぬだろう。さりとて武を軽視している訳でもなく、むしろ軍備は織田軍に於いても抜きんでているそうだ。更には自軍の兵を他の将に対して貸し出しすらしていると聞く」


他所(よそ)に兵を派遣するほどに余裕があるのか、全く(あやか)りたいものだ」


(しか)り。彼女の本質は、織田の広大な版図(はんと)(うるお)して余りある富の根源であることにこそある。彼女の持つ莫大な富に裏打ちされた物資の供与は、常識ではありえないいくさを現実のものとするらしい。先の毛利征伐に於いても多大なる尽力を以て羽柴筑前守(ちくぜんのかみ)めを支えたと聞いておる」


「一番恐ろしいのはその功績を喧伝(けんでん)せぬことよ。己の武功をひけらかせば、自ずと噂は漏れ聞こえる。そのせいで漠然とした噂だけが独り歩きしておるわ」


「うむ、又四郎兄者が言う通りよ。中でも一際恐ろしいのが千里眼を持つという噂だ。まやかしの(たぐい)は信じぬが、そうとでも思わねば説明がつかぬほど事情を早く掴むらしい」


電信電話の存在を知らない島津にとって、彼女の情報収集能力は千里眼と言う神通力(じんつうりき)(なぞら)える程であった。

遥か西国の果てにいる秀吉の窮状(きゅうじょう)を、尾張から一歩も動かずして把握していたというのだから、雲を掴むような話だと思うのも無理はない。


「我らの常識で考えれば羽柴殿から尾張殿へと早馬を乗り換えても十日は掛かりましょう。そこで状況を知って物資を集めるのに更に十日、積み荷を満載した車列が羽柴殿の許へと到着するには倍の二十日は見ねばなりますまい。然るに尾張殿は二日で全てを届けたそうじゃ、とても人のなせる(わざ)とは思えぬ」


「はっ、狼煙(のろし)じゃ! 西国までの途中にいくつも拠点を置き、狼煙で尾張まで報せたに違いあるまい」


家久がこれこそが千里眼の絡繰(からく)りよと言わんばかりに声を張った。


「狼煙ならば余人の目にも触れておろう? それに強い風が吹けばそれだけで狼煙は役に立たなくなる。そもそも二日では物資すら集まらぬぞ……」


安芸(あき)国まで人を送って調べさせたが、狼煙らしきものを見たという者すらおらぬそうだ。つまり我らが思いつかぬような方法で連絡を取り合う(すべ)があるとしか思えぬ」


「……まさか本当に千里眼があると思われるのか?」


「それならば如何様にも対処できる。それよりも遥かに厄介で、タチの悪い『仕組み』があると考えておる」


「仕組み?」


「左様。奴らが如何なる手段を用いているかは判らぬが、いずれにせよ遠近(おんごん)(ひと)しくして意を伝え、同様に物を運ぶことが出来るのだ。相手は我らに先んじて戦況を知り、遥か遠地より即座に援軍を送れるのだから勝ち目がない」


歳久の言葉に全員が凍り付く。

島津も神速の行動を武器としているが、相手はそれ以上の何かを以て地の利を封じてくると理解した。

九州は日ノ本本土から海を隔てているため容易には攻め込まれぬと高を括っていたが、下手をするとそれすら通用しないかもしれない。


「関白殿(静子の義父に当たる近衛前久(さきひさ)のこと)にそれとなく探りを入れてみたのだが、知らぬ存ぜぬで通されてしまった。とにかくあの御仁(ごじん)から探りを入れるのは難しかろう」


ともすれば義理の父である前久すら秘密を知らぬのではないかと四兄弟は考える。

世の常に(なら)えば親にすら知らせぬのでは義理に(もと)るが、それを許されていること自体が彼女を異端な存在と知らしめていた。


「そうか。少しでも人となりが分かれば、取りつきようもあったろうに……」


「本当に何も出来ぬのか?」


無理だとわかっていても家久は問わずにいられなかった。

だが彼の希望は歳久の瞑目(めいもく)をもって無言のうちに否定される。


「尾張殿には動員できる兵が多く、また潤沢な資金と尽きぬ兵糧があると言う。ゆえに兵糧攻めのような搦手(からめて)は通じぬそうだ。地の利を生かして籠城しようにも、我らが得意とする戦術(釣り野伏(のぶせ)と呼ばれる逃げを装って相手を誘い、追ってきたところを逆襲する戦法)を使おうが、我らが必ず先に()を上げることになる」


「ぶつかれば、野に(しかばね)を晒すのは我らばかりという訳か……」


呻くように義久が呟く。戦えば必ず負ける。

だが、薩摩人としての誇りまで捨てて良いわけではない。

それでも彼らの目に絶望の色はない。


「とかく得体のしれない相手だが、一つだけ確実に言えることがある。奴らは我ら島津が服従するか、それとも対立を選ぶか見定めんとしているということだ」


「そうだ。織田との会談前に揺さぶりを掛けられるだろう。屈辱的な言葉を浴びせられるぐらいは想定しておる」


「間違いない。服従か、それとも死か。それが織田の問いとなろう。最上の成果は九州への不干渉だが、今の我らに織田を納得させられるだけの材料が無い。よって織田が我らを使える手駒だと認識し、九州の動向を知る窓口になれれば良い」


義久の言葉に三人は頷いた。

九州統一は島津にとって悲願だが、その為には外からの介入を阻止しなくてはならない。

信長が介入をしないと決めれば、他の勢力は様子見に徹するだろう。

それほど信長の判断というのは、彼らにとっても多くの有力者にとっても今後を決める重要なものなのだ。


「現状は全く興味を持たれていない状況ですが、それが続くとは限らぬ。なに、会談があまりにも不調に終わったならば、島津流の返礼をくれてやろう。又四郎兄者は命を惜しんでくだされ、わしが命を賭けましょうぞ」


「……お前の決意は無駄にはせぬ。だがそうならぬようにしたいものだ。いくさ場で潰えるならば本望だが、床の上で散ったのでは父祖に顔向けできぬ」


「どうせ命を落とすなら、花々しくいくさ場で散りたい」


「西国の雄と称された毛利ですら敗れたのだ、我らならば勝てるなどと考えるのは傲慢というものよ。だが九州を平らげてみせれば島津侮りがたしと思いもしよう。さすれば容易に手出しが出来ぬようになる。今は雌伏の時じゃ」


理想を述べるなら信長と対等に立ちたいが、九州を統一できたところでそれが叶わないことは四兄弟の皆が理解していた。

だからこそ九州に島津あり、その武勇は消して侮れぬと信長に印象付けねばならない。


「我らがこれから赴く場は、まさに血が流れぬいくさ場(・・・・)よ。故に又七郎、国許に残る末弟のお主と長兄たるわしが何をなすべきか、わかるな?」


義久の声には、強烈な自負が込められていた。家久は膝を軽く叩いてようやく納得する。


「……なるほど、使者として兄者たちが向かうのは、何も恭順の為ではない。織田に島津、侮りがたしと思わせ、従えるのではなく遇するしかないと思わせるのだな。ならば兄者たちは存分に『血の流れぬいくさ』で島津の恐ろしさを織田に叩き込んでくだされ。その間、残った我らが九州を喰らい尽くしましょうぞ!」


ニヤリと笑いながら豪語する家久に、義久は鋭い眼光を向けつつ頷いた。


「そうだ。我らが九州を統一すれば織田も我らを潰す労力より『使う』方が得だと考えるであろう。言わば我らは『餌』よ。皆がわしらと織田という『点』に注視している間、残ったお前が餌に食いついた奴らを釣り上げよ」


義久が力強く頷いて、四兄弟の腹は決まった。

そして同時に理解する。これは島津の生存をかけた乾坤一擲(けんこんいってき)の賭けであると。

そして島津が戦国の世で生き伸びるための、唯一にして最後の『蜘蛛の糸』であることを。


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― 新着の感想 ―
商人扱いしてた織田家新参武将よりよっぽどものが見えてる…色んな意味で距離が遠いのに…
あれ? 黒豚さんから交流無くなったの?
「兄サァ、こイが芋焼酎にごわす」 「こん黒豚を薩摩大隅日向で広めれば、肉は近衛が買い上げ、帝にも献上なさると言いもす」 「・・・おはんら、近衛と会うてないのではごわはんか?」 農政モノの本作の原点回…
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