千五百八十年 三月上旬
静子からの朱印状が届いたことを受けて、伊達家の首脳部は一気に竦みあがった。
書状の中身を検めた伊達家当主である輝宗は、衝撃的な内容に思わずその場で卒倒してしまう。
輝宗は稀代の天才・独眼竜政宗の父として影に隠れがちだが、実際には『伊達家中興の祖』と評されるほどに理性的かつ戦略眼に長けた人物であった。
そんな彼をしてすら、関東管領たる静子から厳しく詰問される文面は血の気を失わせるには十分過ぎた。
家臣たちに介抱されて意識を取り戻した輝宗は、即座に尾張へと謝罪の使者を派遣する。
通常は移動に二月を要する距離を、一月半に収めたのだから余程の強行軍を強いてきたのだろうと静子は推測した。
静子の眼前で平身低頭し悲壮感を漂わせている使者の姿を見ると、流石にここまで追い詰めるべきではなかったかと思うのだが、それでも立場上侮られるわけにはいかないため甘い顔を封じる。
「三位様にお手間を取らせてしまったことを伏してお詫び申し上げまする」
静子の前で床に額をこすりつけるようにして謝意を述べる人物は遠藤基信という。
輝宗配下の宿老であり、特に外交手腕に於いて優れた成果を残している人物であった。
史実に於いて輝宗に信長と交誼を結ぶよう進言したのも彼であり、また折に触れて奥州の特産品を信長へと贈っていたことで知られる。
信長以外にも家康を始め、北条氏など多くの有力者と書状を交わし、時には交渉に赴くこともあった。
そんな遠藤本人が直接謝罪に出向いてきたことが、伊達家の窮状を如実に示している。
「ひとまず謝罪は受け入れましょう(抗弁すらしない姿勢は潔いとすら思えるね)」
停戦中とは言え戦時であるため国許を離れられない輝宗からの書状を受け取った静子は、内容に軽く目を通す。
この手の文書は総じて言い訳に終始するものだが、輝宗は謝罪と再発防止に向けてどのように取り組むかが綴られていたため、静子は改善の余地があると判断した。
「長旅の疲れが癒えぬうちで心苦しいが、此度の件は上様も殊の外気に掛けておいでだ。息を継ぐ間もなかろうが、このまま安土へ向かい、上様へも直接事の次第を言上して貰いたい」
謝罪と反省の姿勢が見えたことから静子は今回の件を訓戒(口頭での注意)に留めようとも考えたが、朱印状という公文書を出すほどの一件をあっさり許したのでは沽券に関わると思いなおす。
此度の不手際は一見すれば些細なものだが、見方を変えれば「管領への報告は後回しでも構わない」という軽視の表れとも取れる。
ここで「謝罪したから終わり」という前例を作れば、伊達家の中に「静子様はしおらしく振る舞えば許してくれる」という甘えを生みかねない。
奥州における静子は、織田信長の全権を預かる代理人である。彼女を侮ることは、すなわち信長の面子を汚すに等しく、その統治の根幹を揺るがす行為であった。
ゆえに、単なる平伏で済ませるわけにはいかない。
赦免の対価として、伊達家からは言葉以上に重い、具体的な奉仕を引き出す必要がある。
それは「反省」という曖昧な感情ではなく、織田の天下に資する「実利」という形を以て、伊達家の忠誠を測るための踏み絵であった。
「また、上様の御心を軽んじてはおらぬという証左として、関東開発への協力を正式に確約して貰おう」
「……一切、承知いたしました。されど、最上がいかなる動きを見せるか判らぬこの時に、それほど刻を割けるかどうか」
「案ずるな、最上は動けぬよ」
平然と言い放つ静子に、基信は愕然とした。どこか含みのある笑みを湛えたまま、彼女は静かに言葉を継ぐ。
「詳細を語れば『織田家がいくさに介入した』と邪推を招くゆえ多くは語らぬが、其方の懸念は杞憂に終わる。少なくとも雪解けを迎えるまで、最上家が大きな行動に出ることは不可能だ」
「そ、そうでございますか……」
基信の背に冷たい汗が流れる。静子が「動けぬ」と断じるからには、すでに最上の喉元に何らかの「仕掛け」が成されているのだろう。
その底知れぬ手回しの早さに、基信は戦慄を覚えずにはいられなかった。
「それに、滞在が長引くことは其方にとっても利となろう。私との会談後、すぐさま帰国したのでは、交渉が成ったのか追い返されたのか、周囲には判別がつくまい。だが、管領たる私の他にも上様との謁見が許されたとなれば、誰の目にも和睦の成功は明らかとなる」
「確かに、それは……左様でございますな」
「其方は単なる使者ではない。伊達家の命運を預かる身だ。余所から余計な邪推を招き、家中の士気に水を差すような真似は避けるべきであろう?」
静子との会談のみでとんぼ返りすれば、いくら基信が「許しを得た」と語っても、周囲は失敗を疑い、あるいは裏取引を勘ぐり、無用な憶測を生む。
織田家は伊達と最上の戦において「両家のみが対峙する環境」を保証する中立の立場を堅持している。
表立って「伊達を許した」と広言できない静子にとって、基信を安土へ送り信長に会わせることは、沈黙のうちに伊達家の正当性を保証する、極めて高度な外交的配慮であった。
「では、しばしご厄介になりまする」
「宜しい。遠藤殿を部屋へ案内せよ。客人に失礼のないよう、丁重にもてなしなさい」
命じられた小姓に導かれ、基信は一度深々と頭を下げて部屋を後にした。
その足音が遠ざかり、静寂が戻ると、静子は大きく息を吐いて体の力を抜いた。
「……最上家は昨今の家中動乱を経て、親伊達派が実権を握り、本家側が事実上の敗北を喫した状態なのよね 。だからこそ休戦の申し入れにも素直に応じたし、その最中に下手な動きはしてこない。だが、楽観は最大の敵だわ」
冬の厳寒が限界に達した頃、最上家ではいくさを続行するか、停戦を願い出るかで家中が二分されていた。
本家は継戦を訴えたが、親伊達派は無意味な消耗を避けるべく休戦を主張する。
双方の主張は平行線を辿り、これが最上家内に決定的な亀裂を生じさせた。
両者は伊達家をそっちのけで、醜い内部抗争に明け暮れ始める。
当初は小競り合いに過ぎなかったが、遂に最上本家は親伊達派の粛清を決行すべく密かに兵を集めようとした。
だが、親伊達派もその動向を察知し、一触即発の状態が続く。
互いに共倒れを危惧し、全面衝突こそ回避したものの、均衡が崩れるのは時間の問題であった。
結局、暴発よりも先に政治的な決着がつき、親伊達派が優勢を勝ち取ることとなる。
「家中の宿老から末端の雑兵に至るまで、片時も心の休まる暇がなければ、必ずどこかに綻びが生じる。そんな極限状態で、血判状のような決意の担保たる重要文書を無事に運び切れるはずがないもの」
最上本家派は血判状を集め、親伊達派の追放を諌言する予定であった。
しかし、連日の神経戦で判断力を著しく低下させていた彼らの動きは、親伊達派に筒抜けとなる。
結果、起請文はことごとく奪われ、親伊達派による凄絶な切り崩しが始まった。
結束の要となる重臣を次々と排除された本家派はバラバラとなり、皆が疑心暗鬼に陥った末に瓦解していった。
「豪雪は最上と伊達の両家に、情報の断絶と政治的判断の遅滞という致命的な結果を招いた。自然環境は依然として無視できない戦略要素だわ」
静子は伊達家からの書状に改めて目を落とす。
今回の失態を招いた原因もまた豪雪にあった。
実は伊達家も静子から問われる前に一時停戦を報ずる使者を遣わせていたのだが、その者は折からの猛吹雪の中命を落としてしまっていた。
本来であれば使者の未着が判明した時点で新たに使者を派遣すべきだが、不運にも彼らはその確認を怠ってしまう。
悪天候によって情報の往来に数ヶ月を要する環境が、彼らに「使者は無事に着いただろう」という慢心を齎したのだ。
「間者に通達してください。最上家が余計な行動に出ないよう、『遠藤殿が安土にて上様と会談し、最上討伐後の処遇を決める協議に入った』という偽情報を流します。彼らに冷静な判断を下す猶予を与えてはなりません」
静子が誰もいない空間に向かって声を掛けると同時に、壁の向こうに確かにあった人の気配が溶けるように消え失せた。
情報の断絶に苦しむ最上家にとって、この自分たちの敗北が前提の協議という情報は致命的な毒となるだろう。
織田家という巨大な存在が、自分たちの敗北をすでに確信しており、局面は既にその後の統治について話し合う段階にきている――その恐怖が彼らの足を竦ませるのだ。
「これで、奥州は決着する」
奥州が平定されれば、残すは九州のみとなる。
だが、もはや織田家に対抗し得る勢力は存在しない。
強いて懸念を挙げるとすれば、信長が未だに自身の地位を明確に表明していない点だろう。
彼の去就如何によって織田政権が樹立しつつも、歩み出せない奇妙な停滞が続いていた。
信長の匙加減一つで日ノ本全土の有力者が影響を受ける。
「静子様、上様より数日の内に登城せよとの御意が届いておりまする」
「丁度良い折に報せが届きましたね。急ではありますが、明日出立すると返答してください。併せて、伊達の使者も同行させる旨、御差図を仰いでください」
「承知いたしました」
小姓に基信を伴う許可を求めるよう命じると、次いで別の小姓へ、基信に明日安土へ発つ可能性がある旨を伝えるよう指示した。
時間は限られているが、関東開発の進捗を精査し、不足している物資や労役の目録を作成させる。
その中から、伊達家に課すべき具体的な協力項目を峻別していった。
信長に関東開発への寄与を説けば、必ず具体的な内容を問うてくるはずだ。
静子は、伊達家が実現可能な限界を見極め、妥協のない数値を書状に認めていく。
信長の唐突な召し出しは、恐らく九州情勢を睨んでのことであろう。
だが同時に、今回の奥州問題において織田家が「過度な介入」をしていないことを示す必要がある。
(上様は、私が伊達と最上の争いに深入りしすぎているのではないか、と懸念されている可能性もある。今回の謁見で、あくまで『均衡の維持』に留めていることを明確に説明せねば)
織田家の基本姿勢は、両家のいくさを見守り、外部勢力の介入を排除する後見の立場にある。
現状、織田家がその気になれば最上家を一方的に押し潰すことも容易だ。
それをあえて伊達との合戦という形に留めていること自体、織田家なりの温情であった。
もちろん、この形に持ち込んだのには明確な狙いがある。
(伊達との同盟も、奥州の局地戦を泥沼化させないための布石。関東開発を加速させるためにも、奥州平定は早々に片付けるべき課題なのよね)
狙いの一つは、織田家の兵力を温存しつつ、奥州の両家を程よく疲弊させることにある。
当事者たちは武功を競って満足だろうが、戦後には両家とも余力を使い果たしているはずだ。
その空白を突き、私戦の禁止(惣無事)を政治的に確約させれば、二度と勝手ないくさは起こせなくなる。
「伊達も最上も忘れているようだけれど、政治とは血の流れないいくさなのよ」
奥州の主人公は伊達と最上に見えて、その実、すべては信長という巨魁の掌で転がされているに過ぎなかった。
即日、静子は基信を連れ立って安土へと向かった。
到着が遅れたため、信長との会談は翌日に持ち越される。
刻限が近づくにつれ、基信の顔には隠しようのない緊張が滲み出ていた。
無理もない。彼は単なる謝罪の使者ではなく、伊達家の命運そのものを預かっているのだ。
一言の失態が、家の瓦解を招きかねない重圧はいかばかりだろう。
「此度は貴重なお時間を頂き、感謝に堪えません。上様、こちらが伊達家からの使者、遠藤文七郎殿です。遠藤殿、上様の御心を軽んじた不始末、真摯に謝罪を申し上げなさい」
会談が始まるや否や、静子は信長に基信を紹介し、即座に謝罪を促した。
これは単なる取り次ぎではない。奥州の差配を一切任されている己の立場を基信に焼き付け、同時に脇に控えている諸将に対して静子が場を支配していると示す高度な演出であった。
「此度は多大なる不作法を仕り、誠に申し訳ございませぬ」
静子に促され、基信は床に額を擦り付けるように深々と頭を下げた。
一切の言い訳を排した潔い謝罪に、信長は小さく頷く。
「伊達家からの書状に弁明の類いは一切ございませんでした。私の方ですでに厳しき訓戒を致しましたが、此度の軽挙は、上様の奥州戦略に多大なる損失を与える危難を孕んでおりました。ゆえに、この場にて改めて上様の御裁定を仰ぎたく存じます」
「ふむ……」
信長は静子の言葉からおおよその状態を把握した。
伊達家の失態については既に静子が適切に対処しており、手綱はしっかりと握っているが、改めて誰が主人であるかを教える必要があると言いたいのだろう。
本当に謝罪をさせるだけならば、わざわざ自身も伴って謝罪行脚に赴く必要が無い。
静子だけで対処して、信長へは事後報告で事足りる。
(なるほど。此奴には許されたという安堵を与え、わしには面子を立てたという果実を献上したか。静子も成長したものよ。子が社会に出たことで、親としての自覚が芽生えたか?)
色々と思うところがあったのだが信長は思考を切り替え、伊達家に対する沙汰について意識を向けると静かに口を開いた。
「謝罪は受け入れよう。だが、忠義も悔恨も、危機を乗り越えた後にこそ示せるものだ。ゆえに言葉ではなく、形で示せ」
まずは謝罪を受け入れられたことに安堵したが、次に告げられた信長の言葉に一転して緊張を強いられる。
「形で示せ」と言われても即座に妙案は浮かばない。
自身が発言できないでいる沈黙と、信長の放つ威圧感から思考が空転してしまい、事前に静子と取り決めていた約束を失念してしまっていた。
続く沈黙と信長の表情が険しさを増していく程に恐怖が募る。
ここで静子が横から助け舟を出した。
「上様、そちらについては関東開発への協力ということで話を纏めております。こちらが計画書にございます」
「妙に手回しが良いではないか」
信長は静子から小姓を経由して届けられた計画書を流し読みする。
資金や人員の供出など、今の伊達家の状況からは容易とは言えないが、不可能とも断ずることが出来ない絶妙な数字が並んでいた。
本来の静子であればここまで余裕のない計画を立案しないのだが、今回は懲罰の意味を含めているため敢えて贅肉をそぎ落とした骨太の計画となっている。
こうした背景を踏まえ、信長は落としどころとして妥当だと判断した。
基信の様子から明らかに本人が計画した内容ではなく、静子が主導しているという点を察した上で冷徹に命じる。
「相分かった。此度の不始末は計画の達成を以て不問とする。その旨、貴様の主君に直ちに進言せよ」
この一言を以て基信の任務が確定する。
信長の寛大な赦免と引き換えに、関東開発への献身を輝宗に承諾させる――それが成らねば、謝罪は空手形となってしまうのだ。
「上様のご寛恕、心より感謝いたしまする」
信長から関東開発に関する計画書を返された基信は、深々と頭を下げて礼を述べると静子を残して退室した。
計画書の体裁をとってはいるが、信長が目を通して承認したからにはこれは命令書に等しい効力を持つ。
この時点を以て伊達家は正式に織田の配下に組み込まれ、地方自治という自主性を残す道は途絶えたと言っても過言ではない。
基信が立ち去るのを待ってから、静子は信長に奥州の現状を報告し続けた。
「最上家に対しては偽情報を流布しております。内部抗争はさらに苛烈さを増すでしょう。これ以上の介入は織田の関与を疑われるゆえ、当面は情報収集に努めます」
「上出来だ。先ほどの件で伊達も立場を理解したろう。万が一、奴らが裏切った場合はなんとする?」
「最上と同様、偽情報を流して大義名分を奪います。背後の最上が再起を窺う中で、あえてこちらに反旗を翻す愚は犯さぬでしょう」
「であろうな。しかし、どこの世にも痴れ者が紛れておる。万が一の可能性を排除せず、引き続き監督を続けよ」
「承知しました」
静子の返答を受けて信長は満足げに頷いた。
春になれば再び奥州は大きく動き始める。
それは恐らく信長の望む形で決着へと向かうだろうことが容易に想像できた。
奥州での動乱が終結すれば残すは九州のみとなるが、こちらは未だに島津、龍造寺、大友の三家が三つ巴の混戦を繰り広げている状況だ。
島津が頭一つ飛びぬけてはいるものの、下手に藪をつついて三家の団結を促し、織田の支配に抵抗されても面倒だと信長は考える。
仮に介入するにしても適切な時機を見極めねば、思わぬ逆襲を食らう可能性があった。
火の国こと九州に生きる武士にはそう思わせるだけの実績がある。
「奥州は良い。残すは最後の九州よ」
「当面は各勢力に裏から支援して恩を売り、互いに消耗し合うよう誘導するのが良いかと存じます。単純な力比べならばこちらに分がありますが、地の利は敵方にありますゆえ。力でねじ伏せることは可能ですが、兵力を無為に損なうのは上策とは言えません」
「うむ。奴らには存分に喰らい合って貰わねばならぬ。頃合いを見計らい、程よく疲弊したところで首の根を押さえるが上策じゃろうて」
信長はそう言うと懐から三通の封書を取り出し、静子の方へと無造作に放った。
辛うじて受け取った静子は、封を開いてそれぞれの内容へと目を通す。
「その内容を踏まえた上で、貴様はどう見る?」
「……この中でならば私は島津を推挙いたします。龍造寺と大友は既に衰退しており、我々の介入に縋ろうとしているようでは戦況が泥沼化する恐れがございます。対する島津には死を恐れぬ気性の者が多くおり、強気で押せば我々が手を引くと踏んでいる節があります。しかし、それは我々以外とのいくさで培った経験に過ぎません」
「ほう! 貴様にしては随分な自信よ」
「今の織田を率いて尚、自信が無いなどと申すのは嫌味に過ぎましょう。ただし『勝敗は兵家の常』、何が起こるかは誰にもわかりません。ゆえに病的なまでに臆病な者が勝ちを拾うのです。その為の準備は怠っておりません」
「残る両家についてはどうじゃ?」
「龍造寺は内紛、大友は島津に敗北したことで多くの能臣を失っております。仮に我らが彼らを支援したとて、その立て直しには膨大な時間を要するでしょうし、その上でなお九州を統一できるほどの力はないと思います。流石にこちらから人材を供与してまで肩入れする理由がございません。それならば彼らを一掃して、傀儡となる手駒を仕立てる方が早いかと」
「左様か」
静子の返答に信長は薄く笑みを浮かべる。
静子に渡した封書は、九州の各家から信長に宛てた書状であり、己の窮状を訴えて助力を請うものから、よそ者が余計な関与をするなという挑戦的なものまでさまざまであった。
信長としては島津の気風に小気味良さすら感じていたのだが、己の好悪で方針を決めるわけにはゆかない。
そこで共に同じ未来を見据えながらも、自分とは異なった視点を持つ静子の判断を聞いてみたのだが、結果はどちらも『島津』を押すで一致をみた。
「貴様の考えは分かった。しかし、わしからは島津に手を貸さぬ。奴らはこちらを利用するだけ利用し、こちらの意向を無視する可能性が高い」
「九州という隔離された土地に居ては、我らを正確に推し量れぬのでしょう」
「朝廷の権威を使う手もあるが……それ以前にわしは島津の人間を良く知らぬ。ゆえに静子、貴様が島津の人間を評じてみせよ。貴様から見た島津の使者がどの程度の器か見定め、それを聞いてから判断しても遅くはなかろう」
島津は書面にて信長に使者を送る旨を伝えてきていた。
その使者と対面し、人となりを見極めるのが静子の課題となる。
簡単そうに見えて実に責任重大な任務だと言えよう。
この人物評が誤っていれば、立ちどころに信長の天下統一への足枷となるからだ。
「当たり前ですが、島津の使者は外面を取り繕うと思われます。相応の時間を掛けねば正確な判断は難しいかと思います」
「猫を被ってこちらを騙そうという姿勢ならば、その程度だと断ずれば良い。使者とは島津の行く末を託された者。そのような大役に阿諛追従しか出来ぬ者を選ぶようでは、島津の底も知れておる」
「承知いたしました」
静子は、九州という最後の盤面を整理するため、まずは島津の情報収集を徹底しようと心に決めた。




