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戦国小町苦労譚  作者: 夾竹桃
天正七年 乱世終焉

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千五百八十年 一月上旬

毛利家を破ったことにより、信長の天下は不動のものとなった。

九州勢力は天下統一よりも地元の平定に重きを置いているため、少なくとも表立って織田家に対抗する意思は見えないからだ。

現時点で最も九州統一に近いと目されている島津家は、九州へと進出した静子の御用商である田上屋(たなかみや)を通じて織田家への繋ぎを取ろうとしている。

恐らくは九州統一を手土産に、織田家に対して臣従することで九州の統治を任せてほしいと考えているのであろう。

大友家は島津家とのいくさで大きく戦力を落としており、もはやかつての勢いは見る影もない。

弱り目に祟り目というべきか落ち目の大友家に対し龍造寺家が攻勢に出たため、もはや大友家の命運は風前の灯火であった。

とはいえ龍造寺家も順風満帆とは言い難い。

龍造寺家は内部に不和を抱えており、いくさが長引く程に不平不満が噴出し、お家騒動があるのではないかともっぱらの噂になっていた。

お家騒動ともなれば島津家に対して大きな隙を晒すこととなり、虎視眈々と狙いを定めている島津家が見逃すはずはない。

織田家の立場としては変わらず様子見を続け、九州の覇者が決まったところで交渉すれば良いとの考えであった。


「上様、明けましておめでとうございます」


こうした背景もあって、織田領内は松の内の賑わいを見せており、九州の状勢は対岸の火事と言わんばかりである。

現代では関門橋や海底トンネルを通じて陸路でのアクセスが可能だが、戦国時代に於いては日ノ本屈指の潮流が速い難所を船で渡るしかない。

毛利家の降伏を機に長門(ながと)国を毛利輝元の叔父である小早川(こばやかわ)隆景(たかかげ)が引き続き治めており、彼を通じて九州の状勢を(つぶさ)に調べさせているのは静子ぐらいであった。

信長ですら九州への関心が薄く、かつて静子に献上させた地図帳に記載のある炭鉱や鉄鉱脈さえ確保できるのなら、九州の統治は島津家に委任しても良いとすら考えている。

これにより新年の挨拶として安土に集まった諸将の関心事は、織田政権に於ける自分たちの地位であり、少しでも信長の覚えをめでたくしようと牽制し合っていた。


「うむ、息災で何よりじゃ。本年も変わらぬ……いや、貴様は少し休むぐらいで丁度良かろう。己が率先して動くのではなく、周囲の人間を動かすようにせよ」


立身への渇望が、その双眸(そうぼう)に毒々しいまでの野心を(にじ)ませている諸将とは対照的に、泰然自若(たいぜんじじゃく)たる静子の様子に信長は好感を覚えた。

しかし、最早定型句となっている『変わらぬ忠勤を望む』と言い難い静子の労働姿勢には、流石の信長も苦言を呈さずにはいられなかったのだ。

折に触れて仕事を抑えるよう命じてはいるものの、効果の程は捗々(はかばか)しくない。

静子の仕事に対する姿勢は、何もしていないと落ち着かないという強迫観念じみた習慣によるものと、苦しい乱世にあえぐ民たちの暮らしを少しでも良くしたいという願いから生じているだけに厄介なのだ。

少しでも早く天下統一を成し遂げ、泰平の世にすることこそが静子を休ませる特効薬となるのでは無いかとすら思う。


「かなりのお休みを頂戴しておりますが……」


「わしが幾たび貴様の家臣やら領民やらから陳情を受けたと思っておる? 皆が明らかに働き過ぎる貴様が、いつか倒れてしまわぬかと心配でならぬのだ。皆が心安らかに過ごせるよう、貴様が休んでいる姿を見せるべきであろう?」


信長は今まで命令という形で休暇を取らせていたのだが、どうにも静子に対しては効果が薄いと判断し、今度は情に訴えかける作戦へと切り替えた。

彼女は民や家臣たちを大切に思っているからこそ、彼らの願いを無下には出来ない。

案の定静子の反応は今までのものより顕著であった。

今までは眉をへの字に曲げて「そうは言っても、やらなければならないことがあるんです」と言わんばかりの表情を浮かべ、不承不承(うなず)いているという様子であっただけに違いは明確だ。

信長とて骨身にまで染みついている習慣が一朝一夕に変わるとは思っていない。

これを突破口として、徐々に余裕のある暮らしへと変えていければと願わずにはいられないでいる。


「幾ら静之(四六のこと)が元服したとはいえ、まだまだ半人前に過ぎぬ。暫くは貴様が補佐をする姿を見せれば、次代も安心だと民たちも思うじゃろう。あとは、もう少し己に対して金を使え」


「え!? この衣装は最高級の尾張絹で仕立ててあるのですが……」


「いや、生地が上等なのはわしでも判る。じゃが、女子(おなご)というのはこう着飾るものじゃろう? 華々しい着物やら、金銀をあしらった装飾品やら、そういった判り易いものがあろう?」


「は、はあ?」


「貴様が虚飾を好まず、奢侈(しゃし)を遠ざけるのは知っておるが、上に立つものが清廉潔白過ぎると配下は息苦しいものなのじゃ。何も贅沢をせよとは言わぬ、貴様が良い身なりをしておれば、下の者がいつかは己もと奮起するものよ」


「既に私の身に余る程、贅沢をさせて頂いているのですが……」


「いや貴様の贅沢は判りにくいのじゃ…… 間近に寄って目を()らせば質の良い着物だと判るが、貴様の間近に寄れる人間がどれ程いよう? 遠目にも明らかに豪華と判る程度には着飾って、民や家臣が誇れるようにしてやるのじゃ」


「承知いたしました」


「静之にも教えたが、己に出来ることが他者には難しいこともある。貴様が一領主ならば、変わり者としてそれも許されたであろう。しかし、貴様は東国全てを統括する管領の地位にあり、不得手だから出来ぬという事が許されぬのだ。貴様が軽んじられることによって割りを食うのは民草なのじゃから」


「そこまで思い至りませんでした。ご指導下さりありがとうございます。己の甘さを痛感しております」


「ならば良い。新年早々説教臭い話はこれで終いじゃ。年明けに相応しい明るい話をせぬか?」


信長が満面の笑みを浮かべて明るい話と切り出され、静子は思わず腰が引けてしまった。

彼の言う「明るい話」というのは往々にして信長にとって面白かったり、明るくなったりする話題であり、周囲にとっても同じかと問われればその限りではない。

静子の警戒を察したのか、信長は笑みを深めた。

本人的には不安を解消しようと思っての行為だが、静子からすれば無理難題を通す為の布石にしか思えず逆効果ですらある。


「そう身構えるな。話というのは勧進角力(かんじんずもう)のことよ」


「勧進角力ですか? 今のところ問題なく運営されていると思いますが……」


「寄進集めと民草の不満抑止と娯楽提供については満足のいく結果が出ておる。しかし、開催が定まっておらぬというのが問題じゃ。度々いつどこで催されるのかと問合せが来る。そこで角力開催の本拠地となる場所を固定したい」


「ご要望は承知しました。勧進相撲のように不定期に開催されるものとは別に、定期的に角力大会が催される興行地と興行時期を定めたいということですね?」


「正にそこよ! 不定期開催の勧進相撲は未来の力士への登竜門として今後も続ける。そうして各国から集めた力士が競い合う場こそが必要じゃ。格式やら伝統やらの建前は要らぬ、誰であろうと強くさえあれば角力で身を立てられると夢を抱けることが望ましい」


信長の思惑を静子は理解した。現在の興行角力は力士人口が不足しており、角力大会を開いても毎度同じ面子ばかりで代り映えがしないのだ。

故に広く門戸を開いて力士を募り、また定期的な興行によって職業力士という存在を確立しようとしているのだと思い至る。

職業力士として身を立てて、それで生活が成り立つとなれば力士に憧れる若者も増え、()いては競技角力の興隆が図れるというものだ。

多分に信長自身の私欲が含まれているとは思うが、静子としても悪い話ではなかった。

尾張に於いても近頃の角力大会に参加する力士が固定化されており、観客も取り組み前から勝敗がおおよそ判ってしまうため飽き始めていると報告が上がっていたからだ。

どのような娯楽であっても毎度同じ事の繰り返しでは、人はやがて()んでしまう。


「力士を育成するための養成所を作っても良いかも知れぬ、鍛錬の様子なども公開すれば目にする機会も増えよう。更に力士を志す者に対しては身分を問わぬ。武家であろうが百姓であろうが、力士を志し、己の武一つで身を立てんとするならば良しとする。身に寸鉄を帯びず、体一つで戦うのが角力の美点よ。家柄などで勝負が決まっては興醒めも良いところじゃ」


「それは、随分と思い切ったお考えですね」


「文句があるならわしが直接聞いてやろう。わしが納得できる文句ならばな!」


(上様相手に面と向かって文句を言える人が何人いることやら…… 聞く耳は持つが、それを採用するとは言わないあたりが上様らしい)


信長の角力に対する熱の入れ様は以前から不思議に思っていたのだが、広く力士を募ろうという姿勢から一つの解を得た気がする。

日ノ本の情勢は今後ますますいくさが少なくなり泰平の世に向かう中、武家や公家を含め民草まで広い層が支持している三大娯楽が存在していた。

一つは能や狂言などの(げき)、一つは舞や曲芸、落語のような寄席(よせ)であり、最後に茶屋や女郎屋などの遊郭(ゆうかく)が挙げられる。

他には和算の難解な問題を掲示して回答者を募り、正解者が出れば木製の絵馬に清書した上で神社に奉納する算額(さんがく)歌合(うたあわせ)のように歌人たちが和歌の優劣を競い合い、結果を寺社に奉納する奉歌(ほうか)、信長が推奨している囲碁や将棋なども娯楽に数えられる。

現状の角力はその他娯楽に分類される状態であり、三大娯楽と比べれば大きく水をあけられていた。

信長としては角力を振興して大人気を博し、やがて三大娯楽のどれかにとって代わるないしは、四代娯楽として並び立つ程に成長して欲しいと願っているのだと静子は悟る。


「上様のご意向は承りました。角力は未だ武家の(たしな)みという印象が強いと思われますので、容易に力士が増えないとは思います。尾張や美濃、岐阜領民以外は未だに栄養状態が充分でなく体格も劣ります故。百姓出身の力士が有名になれば情勢は変わると存じますが、現状では推挙できる人物はおりません……」


角力を流行らせようにも、人気を牽引するだけの華がある力士が居なくては話にならない。

史実に於いても江戸時代に個性的な力士たちが民衆の心を掴み、中には現在のアイドルのような存在にまでなった力士もいる。

そこから派生して力士の似姿を描いた浮世絵が流行し、更なるファン層を拡大するという好循環が生まれた。

角力を題材とした落語や歌舞伎が作られ、番付表が発行されたり、茶屋のような飲食店が並んだりと、角力人気を切っ掛けに色々な産業へと波及していく。

角力の人気を高めるためにも、今はカリスマ的な力士の存在が必要不可欠だった。


「武芸百般の一つではなく、これからは興業化した角力を広めるべきじゃ! そうであろう?」


拳を掲げて力説する信長を見て、静子は別の意味で忙しくなるなと若干現実逃避をするのだった。







如何に信長が声高に叫ぼうとも、人気などというものは一足飛びに醸成されるものではない。

信長とて十分理解はしているのだが、それでも仕掛けは早ければ早い程良いとの焦りからか、正月の宴席に於いても静子に語ったのと同様の演説を打った。

角力を流行らせる人間を増やすことこそが肝要との想いから、信長は角力の話題とあらば誰が相手でも機嫌よく応じている。

普段ならば末席に座して信長との会話など望むべくもない者にとっては、降って湧いた幸運に射幸之心が(うず)きだした。

皆が挙って角力の話題を探し、少しでも信長の覚えを目出度くすべく、自領に於いても角力を振興すると空手形を切り始める。

時間及び空間的制約によって信長と話せなかった者も、角力に関して知識を広げれば立身出世の一助になるかもしれぬと奮起し始めていた。

こうした敬意から、正月にも拘わらず未来の力士を育成せんとする気運が高まっており、その熱は中央から離れる程に激しさを増すことになる。

信長が夢見た全国から選りすぐりの力士が互いに武を競い合う光景が現実の物となる日はそう遠くないのかも知れない。


安土での信長と信忠への年始回りが終われば、今度は静子が尾張にて挨拶をされる立場となっていた。

特に東国の国人たちは挙って静子との目通りを求め、最早年始の風物詩とさえいえる光景となっている。

彼らは自らの主君よりも上位となる東国管領の静子へ挨拶を行い、次いで国許へと帰って主君と新年を寿(ことほ)ぐという流れができていた。

無論、全ての国人が尾張まで参上できる筈もなく、その場合は尾張行きの者に年賀の挨拶を(したた)めた文を託す。

挨拶状を受け取った者は、尾張での挨拶の際に書状を傍に控える静子の小姓に手渡し、後ほど静子が確認するという流れとなった。

余談だが年始の挨拶を文で行う形式が、後に口頭での挨拶の代用として一般化し、武家社会に於いて主従双方の負担軽減という側面から広く普及することになる。

現代の価値観ならば手を抜いていると思われる可能性が高いが、幾ら量産しているとはいえ貴重かつ高価な手漉き和紙を使用しての年賀状であり、また多くの挨拶状を貰うことで己の権威を示すことができる点などが功を奏し、年賀状という名と共に武家社会に受け入れられた。


こうして慌ただしい正月が過ぎ去り、周囲も落ち着きを取り戻した頃、静子は文机に頬杖を付いてぼやいた。


「暇だなあ……」


年末年始は堅苦しい儀式もあるが、基本的には飲み食いをして騒ぐことに終始する。

ワーカホリックの自覚がある静子だが、意外にも宴席や娯楽が嫌いではない。宴会も酒を飲まなければ楽しいとさえ思っている。

ゆえにここ数日の騒がしかった日々に思いを馳せ、静かに流れる平穏な時間との落差に一抹の寂しさを覚えてしまった。

ただし彼女の文机には文字通り山をなした文書が積みあがっており、暇という言葉に慶次たちは呆気に取られてしまう。


「仕事の山を前にそんな言葉を吐けるのは、静っちぐらいのもんだぜ?」


「ああ、これね。報告書もあるけれど、殆どが年始の挨拶状だよ。だから目を通したら終わりなの」


「……まあ暇なのは良いことじゃないか? 新年早々、あくせく働くもんでもなし」


「そうなんだけどね。宴会で毎日忙しかったから、こういう座り仕事が落ち着かなくてね。静之も元服したから忙しくなる要素もないし、今は緩急の差から文字を追うだけのことが億劫(おっくう)に感じるのかな?」


「何かにつけて宴会だったからな」


「楽しい時間はあっという間だったね。あれ、そういえば勝蔵君の姿が見えないけど、どうしたの?」


「連日の食い過ぎで寝込んでる」


「あ、うん。毎年の事だね」


静子の邸宅に於いては食べ過ぎで寝込む者が珍しくない。

今まで満足に食事を取れなかった過去があるためか、どうしても食える時に食える限り腹に詰め込むという悪癖があるのだそうだ。

野生動物が飼育下に入った直後、餌をあるだけ食べ尽くすという事例が起こるため、人間が同様の行動をとることも無理からぬことだと静子は考える。

結局は時間を掛けて落ち着くまで待つ他なく、対処法として大根を細かく磨り潰した物を布で()し、その雫を雪に晒して静かに乾かした末に得られる白い粉末を薬として与えるぐらいだ。


「そう言えば最近、蕎麦の生産が右肩上がりだけど何かあったかな?」


「おやつに酒の肴にと、蕎麦の可能性ときたら驚かされるばかりだ。最近じゃ引っ越しの挨拶時に渡す品としても喜ばれるらしい」


「引っ越しと言えば赤飯(ここでは小豆粥(あずきがゆ)も含める)が定番だったけれど、最近だと蕎麦なんだね」


「遊女の受け売りなんだがな。手軽なのと『末永くお傍(蕎麦)にいられるお付き合いを』と言う語呂合わせで重宝するって話だ。赤飯は手間暇が掛かるし、なんと言っても高いからな」


慶次の言葉を聞いた静子はなるほどと得心がいった。引っ越し祝いには餅や、蒸した赤飯(小豆粥を近隣に振る舞う)などしていたが、なんと言っても小豆ともち米が高価であり、見栄えがする量を準備するには痛い出費となる。

「向こう三軒両隣」という言葉があるように、戦国時代においてご近所付き合いなしで生活が成り立つものは稀であり、丁寧に引っ越しの挨拶をして心象を良くすることが必須の儀式なのだ。

とは言え引っ越しをして何かと物入りな身に過大な負担を許容できない者もいる。更に人口増加によって引っ越しの機会も増え、もち米の需要が跳ね上がったことから価格高騰を招いている。

そこで可能ならば安価で、手軽に渡せてかつ、貰って嬉しい贈り物が求められ、その地位を勝ち得たのが蕎麦であった。


蕎麦は痩せた土地や冷涼な気候であっても育ちやすく、短期間で収穫できることから稲作の合間に皆が作っている。

その為供給量が安定しており価格も安いのだ。その割に栄養価が高く、また『末永くお傍(蕎麦)にいられるお付き合いを』や『おたくの傍(蕎麦)に越してきた』等の語呂合わせや洒落として愛されていた。

こうした背景もあって引っ越しの挨拶に蕎麦を配る風習がじわじわと広まっている。

蕎麦の入手に関しては蕎麦屋に頼んで、その日打ち立ての生麺を融通して貰うのが基本だが、中には長期保存に耐える蕎麦を配ることもあった。

乾麺は蕎麦特有の風味こそ薄れるが日持ちがし、生麺よりも高価であるため財力の誇示に使われている。


「蕎麦の話はおいといて。勝蔵君も腹を壊すまで食べるのはどうかと思うよ。ちゃんと節制しないとね」


「そう言われると耳に痛いが、日々の食事が旨いから勝蔵を責めにくいんだよな。これが偶の贅沢だとか、山海の珍味を集めたご馳走だったなら別なんだが」


「日々の食事を美味い物にした弊害かな? 好きな料理はがっついちゃうよね」


「後は酒だな。旨い飯に旨い酒、ああ限界を超えて飲み食いする俺たちが悪いのであって、酒や料理や静っちには罪がない。ただの握り飯ですら旨いのだから、ついつい食べ過ぎてしまうんだ」


自嘲気味に語る慶次に呆れながらも、常人の倍以上食べているのに太っていないのだから自制はできているのだと静子は内心舌を巻いていた。

あれだけ摂取した栄養が日々の鍛錬と釣り合っていると思えば、その運動量の凄まじさには驚愕するしかない。


「そういう意味では伊達家の面々も、そろそろ尾張の毒に冒されたころだろうよ。あいつら、ここでの生活にすっかり慣れた様子だからな」


「彼らの動向なら聞いているよ。私は人質の定義を改める必要があるかなと思っているけど」


静子がさも愉快そうにクスクスと笑いながら冗談を言う。


「まあ、悪いことは考えちゃいないし、考えるようならちゃんと対処するから安心してくれ」


「そこは別に気にしていないよ。ただ朝まで飲んで酔いつぶれた挙句、(かわや)の前で寝ている姿を下女に見つかるのはどうかと思うの」


人質に満足な食事を与えないのでは食料事情を改革した静子の沽券にかかわる。

延いては信長の名誉にも陰を落とすことになりかねず、静子は人質に対しても十分な衣食住を提供することを念頭に置いていた。

ゆえに越後と伊達の人質いずれに対しても手厚い待遇を与えている。

そのお陰か、彼らは人質生活を送る者特有の暗い雰囲気や遠慮したところがなく、精悍な若武者の風貌を保っていた。

それに関しては一切含むところがないのだが、問題はそろって酒癖が悪いところだろうか。


「はははっ……そ、そういうことも、あったかな?」


「慶次さんの好きにして良いとは言ったけれど、出来ればある程度の節度は保って欲しいかな? そこさえ守っていれば、別に酔い潰れていても構わないし」


「お、おう。大丈夫だ、俺からしっかり言い聞かせるから……」


静子は酔い潰れようと構わないが、家人に人質らしからぬその姿を見(とが)められるのが問題になると伝えている。

流石に酔った勢いで暴れて家財を破壊したとなれば、厳罰を与えなければならないが、厠の帰りに眠りこける程度は可愛いものだ。


(わずら)わしいかも知れないけれど、きちんと上下関係があって規律が守られていると周囲に見せないと、余計な陰口を叩かれるよ?」


「そうだな、そこは注意しておくよ」


「苦情は私が聞くと言ってはいるのだけれど、何故か本人の耳に入るように噂話を流す人がいるんだよね。自分だけは安全圏から他人を貶めるやり口は好きじゃないな。私が任せた慶次さんに文句を言うってことは、間接的に私も侮られているのかな?」


「他人の内心は判らんから、思っている奴はいるだろう。それを態度に出した奴は勝蔵が殴り飛ばしそうな気もするがな。才蔵や足満のおっさんに見つかったらご愁傷さまとしか言えないが」


才蔵に見つかれば殺気のこもった重圧を掛けられながら延々と説教を食らうだろうが、足満に見つかってしまえば朝日を拝めるかすら怪しくなる。

二人とも静子に対する忠誠心が高く、特に足満に至っては残りの人生を静子に捧げると公言している程であった。

そんな足満に静子を軽んじている様を見られれば、どのような仕置きが待っているかは火を見るよりも明らかであろう。


「流石に侮られたまま見逃す程お人よしではないよ。それを許せば上様や義父上の面子まで潰すことになるからね」


(あの二人なら静っちを侮る輩をみたら、怒るよりも泳がせたまま裏から焚きつけて自ら破滅するように導く気がする……)


信長や前久(さきひさ)ならやりかねない、そう思った慶次は思わず身震いするのだった。


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菱刈は欲しいんじゃ…
Hi im a foreigner reader and thank you for the updates. I read this novel for the last 3 years with …
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