最終回 ねこキューブ、たぬキューブ。
地球を飛び立った環境調査隊が惑星Zに帰還し、事態は急激な動きを見せる。
コンパニマル社の下請けとして雇われていたスズキ、ニッチギン、マルハンの3名は、その力関係から断り切れない仕事だったとして罪には問われず、短期の社会奉仕活動を課されるだけで事なきを得た。
だが、マッチョで強面、かつ熊に襲われた頬の引き裂き傷も生々しいニッチギンを保育園にボランティア派遣する等、人となりも確認しないお役所仕事に現場はさぞ混乱した事だろう。
これだから背広組は……。
ギゼーン副社長は、絶対的権力を持つドーデッシュ社長からのパワハラ犠牲者に近い役回りではあったものの、違法なブツと知りながらコカインを持ち帰ったり、嬉々とした表情からパワードスーツで器物破損しようとした罪は消せず、彼には高額な罰金と、1年間のコンパニマル社業務に関する謹慎命令が下された。
ドーデッシュ社長の地球での罪は既に時効扱いとなっていたが、証拠隠滅に他人の手を下させようとした悪質行為が厳しく罰せられ、彼にはコンパニマル社の経営権剥奪とともに、執行猶予無しの懲役1年の刑が申告される。
しかしながら、彼は惑星Zに於いて多大なる影響と収益を誇る、ペットビジネスの最新プロジェクトの責任者であった事から、刑の執行はプロジェクトが基礎行程を終える1年後まで先送りされる事となる。
会社のツートップを失い、最新プロジェクト「たぬキューブ計画」に専念せざるを得なくなったコンパニマル社は緊縮財政を打ち出し、3年間の政治献金凍結を発表した。
ニクイヨー大統領は、公私ともに重要なパートナーだったドーデッシュ社長の不祥事を謝罪し、自らも大統領引退後は政治に関わらないと発表。
彼の後を引き継いだキレール副大統領は、ライバル候補を辛うじてかわして惑星Zの第3代大統領となる。
アン・チクショー女史は、キレール新大統領の誕生により政府広報官を継続し、ベッピーンの姉貴分としても多忙な日々を過ごしていた。
環境調査隊の活動を終えたベッピーンは、これまでのセレブ気取りなわがまま人生を反省し、大学に復学して政治学を学び直す事となる。
夢は大きく女性大統領だが、まずは庶民の信頼を獲得する為に、大学を卒業して議員にならなければならない。
祖父のニクイヨー前大統領、そして愛するねこキューブ・ジェニファーが元気でいる間に議員になる事が、今の彼女の目標だ。
パッチ隊長は防衛隊からの復帰要請を受け、若手隊員を厳しく指導する教官に復帰した。
愛する妻と娘の顔を見る事が何よりの幸せである彼は、きっと環境調査隊にはもう戻らないだろう。
ホワーンはパッチ隊長から隊長の座を譲り受け、環境調査隊の仕事を継続する事になった大和とともに、若い隊員を指導しながら地球を転々と旅している。
コンパニマル社との契約は満了したものの、急速な地球の環境改善を受けて、資源採掘や食糧育成の分野で地球への短期移住計画が盛り上がり、ホワーンと大和の多忙な日々はまだ暫く続くはずだ。
撫子は大学に復学し、環境調査隊での経験と実績を買われる形で、開業医としての獣医ではなく、大学で学生を指導する教員への道に進む事を決意する。
学会で度々顔を合わせる生物学者のママードとは昔話に花を咲かせ、やがてお互いはその距離を少しずつ縮めて行く。
新宇宙世紀42年、30歳になっていた撫子・ママードは大学の教員として働きながら、5年前に結婚した生物学者ワガ・ママードとの間に長女、和歌子・ママード(4歳)を授かっていた。
インテリ夫婦らしく示唆に富んだ口喧嘩等はあるものの、無邪気な性格の和歌子と穏やかな高齢ねこキューブ・みゃ〜ちゃんに癒されながら、彼女は幸せな毎日を過ごしている。
「ママ〜!たぬきさん!たぬきさん!」
撫子の手を引いてペットショップに入ってきた和歌子は、品種改良の結果身体も強くなり、いよいよ庶民の収入でも買える様になった人気ペット「たぬキューブ」をおねだりする事が目的であった。
「和歌ちゃん、ウチにはみゃ〜ちゃんもいるでしょ!パパもママも忙しいんだから、和歌ちゃんだけで2匹の世話出来るの?」
人目を引く長身は相変わらずだが、幸せな暮らしの証明なのか、昔よりややふっくらとした印象の撫子は、自分も自分の母親と同じ様な事を言っているという現実を、多少の気恥ずかしさを感じながら受け止め、10年前以来余り目にしていなかった「たぬき」をまじまじと眺める。
ねこキューブ程の綺麗なキューブ体型ではないものの、それはたぬきの太い尻尾とのバランスを取る為である。
コンパニマル社も、ちゃんと動物の命を最優先に考えていたのだ。
「きゅう〜、きゅう〜」
撫子と目が合ったたぬキューブは、突然何かを思い出した様に撫子にじゃれつき始める。
「このたぬきさん、ママの事好きみたい!」
和歌子は自分の母親に懐いているたぬきを眺めて、興味津々に大きな目をくるくるさせていた。
(……そうね。10年前、私が助けたたぬき。そのたぬきが私に懐いて、この星に連れて来られて、その私に懐いていたたぬきのクローンがこのたぬキューブなんだもん……)
撫子はたぬきと和歌子の無邪気さの傍らで、自分がたぬきの運命を変えた10年前の記憶を鮮やかに蘇らせ、得も知れぬ感情が沸き上がってくるのを抑える事が出来ない。
嬉しい様な、悲しい様な、それでも、けっして忘れてはならない感情が……。
「和歌ちゃん!このたぬきさん買っちゃおう!きっとパパも許してくれるから!」
撫子は溢れ出る涙を慌てて指で拭い去り、和歌子の望みを叶えると即決する。
いや、和歌子の為では無い、自分の為に、この「たぬキューブ」が必要だったのである。
「やった〜!ママ大好き!」
喜びを爆発させる和歌子を横目に、たぬキューブの入った籠を抱き締めたまま涙が止まらなくなった撫子はこの日、新しい家族を迎える事に決めた。
「これは、私の責任……人間としての責任なの。ありがとう、私を覚えていてくれて……ありがとう……」
(ねこキューブ、たぬキューブ。終わり)
いかがでしたか?
個人的には、派手なインパクトは無いものの、オーソドックスで良心的な作品になったと満足しています。
コメディと銘打ちながら、中盤までコメディ要素が薄かった点が反省点でしょうか。
でも、私の作品はジャンル分けが難しいですよ。「人間の意地」がちょくちょく顔を出しますからね(笑)。
最後まで読んでいただきまして、誠にありがとうございました!




