03-07 引っ越さないよ
ゴローが何をやっているかというと、木の板に窪みを彫っている。
「……まあ最初だからこれでいいか」
カマボコ板くらいの板に、直径1セルほどの半球状の窪みを10箇所作ったゴローは、そこに先程の『和三盆もどき』を詰め込んで魔法を行使。
「『乾かす』」
湿っていた砂糖から水分が抜け、固まった。
それを皿の上で叩くと、10個の半球がポロポロとこぼれて落ちる。
同じことをもう2度繰り返し、ゴローは30個の半球を作り上げた。
「……お砂糖の、固まり?」
サナはそう評したが、間違ってはいない。
和三盆糖を使った和菓子は、若干の着色料を除けば、砂糖そのものなのだから。
「これに合う飲み物は……マリー、紅茶をやや薄めに淹れてくれないか?」
「はい、わかりました」
緑茶があればな……と思いつつ、ゴローは食堂へと移動し、マリーに紅茶を淹れてもらった。
「まあ、紅茶を一口飲んで、これを食べてみてください」
そう言ってゴローは、自ら紅茶を飲み、和三盆もどきを口に入れた。
「うん、まあまあかな」
それを見て、まずサナが同じように紅茶を飲んでから和三盆もどきを3つまとめて口に入れた。
「……美味しい……! なんで? 確かにお砂糖だけど、どうしてこんな味になるの?」
そんなサナの言葉を聞いて、ローザンヌ王女とクリフォード王子が、そしてリラータ姫とネアが、同じように和三盆もどきを口に入れた。
「……あ、甘い……が、爽やかな甘さだ……」
「しつこくない。舌の上で溶けるように消えていく……」
「涼やかな甘さじゃのう……これは逸品じゃ」
「美味しいです!」
そして少し遅れてティルダが。
「お砂糖だから甘いのは当たり前なのですが、この甘さはなんとも心地よい甘さなのです」
最後に、甘いもの苦手なモーガンが口に入れる。
「うむ……! 甘いものはあまり好まないが、この甘さはしつこくなく、ティルダちゃんが言うように『なんとも心地よい』な!」
「……よかったですよ」
全員から好評だったので、ゴローもほっとした。
「で、どうです? これ、スイーツに使えませんか?」
そう、元々はローザンヌ王女とクリフォード王子の幼馴染みの幼馴染みである料理人見習いに作らせてみるスイーツと言うことで、ゴローはこの『和三盆もどき』を作ってみたのだ。
「あ、ああ、そうだったな。……うむ、これなら味わいとしては文句ないだろう」
ローザンヌ王女はにこにこ顔で頷いた。
「それはよかったです。ええと、今回は時間がなくて半球型の型しか作れませんでしたが、花の形とか鳥の形など、いろいろ工夫してみれば見た目にも楽しめると思いますよ」
「ああ、そうですね!」
今度はクリフォード王子が頷いた。
「要は、砂糖からできるだけ雑味である蜜を抜くことと、粒子を細かくすること、ですね」
あくまでも『もどき』であるから、この程度のアドバイスしかできない。そもそもおそらく原材料が微妙に異なっているはずなのだから。
作り方は割合簡単で、手間さえ厭わなければ誰でもできるだろう、とゴローは説明をした。
「そうですね……生活魔法の『浄化』は使える者がいると思いますし、『乾かす』はもっと使える者がいるでしょうし」
また、完全に蜜を抜いてしまうのもおそらく味が悪くなる、とゴローは付け加えた。
「わかりました。そのへんは大丈夫でしょう」
魔法についても問題ないと、クリフォード王子は言った。
「これが好評を博したら、御礼をします!」
「いやいやクリフ、そうでなくても我々が頼んで教えてもらったんだから、好評でなくても礼はしなくちゃいけないだろう」
「あ、そうですね、姉上」
などというやり取りをしているローザンヌ王女とクリフォード王子の隣で、リラータ姫がネアと何やら話し合っていた。
かと思うと、
「のうゴロー、この『わさんぼんもどき』、我が国でも作ってよいか?」
作り方はネアが見て覚えた、と言う。
ネアは道は覚えられなくてもこうした料理、家事には優れた才能を発揮するのだそうだ。
「ええ、いいですよ」
「おお、さっそくかたじけない。……今は旅先で十分な持ち合わせがないが、国に帰ったら他の分も併せて礼をすると妾の名にかけて約束しよう」
「ええと、ありがとうございます」
「いやいや、礼を言うのはこちらじゃ」
兎にも角にも、ゴローのアドバイスは大きく役に立ったようだ。
そして、王族からの礼が、怖いような気になるようなゴローなのであった。
* * *
長い夏の日も傾き、吹く風に涼しさが感じられるようになった。
「姉上」
「姫様」
クリフォード王子とネアが、ほぼ同時にローザンヌ王女とリラータ姫に声を掛けた。
「うむ、そろそろ帰らねばならんか」
「名残惜しいが仕方ないのう」
渋々頷く2人の王女殿下。
「お立場をお考えください」
とローザンヌ王女はモーガンにまで言われ、
「護衛の方もお可哀想ですから」
とリラータ姫はネアに言われて、ようやく重い腰を上げたのであった。
* * *
『馳走になった』という言葉を残し、5人の王族関係者が帰っていった後、ゴローは小さく溜め息をつく。
「はあ」
「ゴロー、溜め息をつくと、幸せが逃げる」
サナに咎められたゴローはしかし、
「いや……なんか、疲れたなあと思って……精神的に」
そう言って肩をすくめた。
「スローライフしたかったんだがなあ……どうしてこうなった」
町の片隅にある屋敷でひっそりと暮らしたかったのに、とこぼすゴローにサナは、
「王都にいる時点で、無理だと思う」
と正論をぶつけた。
「のんびりしたいなら田舎に暮らすべきだった」
「……だよなあ。わかってはいるんだけどさ」
「……引っ越したくなった?」
「え、いや……」
ゴローが言い淀むと、
「……ご主人様、引っ越すのですか?」
と、『屋敷妖精』のマリーが潤んだ目で見上げてきた。
また『木の精』のフロロも、
「サナちんが出ていくのなら、あたしも付いていくわ!」
と鼻息が荒い。
「え、ええと、王都でなくても仕事はできるのです!」
と、ティルダまでが言い出す始末。
このままでは大ごとになりそうな予感がしたので、ゴローは即否定する。
「出ていかないぞ。慌てるな」
「よ、よかったです……」
「あ、慌てさせないでよ! ゴローのくせに!」
「……悪かったな」
マリーの頭を撫でながら、ゴローはいつの間にか深まっている縁に、温かい気持ちになっていた。
(必要とされている、っていうことは嬉しいことなんだな……)
そんなゴローに、サナが声を掛けた。
「ゴロー、さっきのお砂糖、また作って」
「……はいよ」
これもまた、頼りにされているってことだよなあ、と思いながらゴローは再び台所へ向かった。
そして、先程と同じ手順で『和三盆もどき』を作り上げる。
その横でマリーが夕食の用意をし始めていたので、ようやくゴローは、もう夕方なんだと認識したのであった。
「できたけど、もうじき夕食だからほどほどにな」
「うん」
『和三盆もどき』を嬉しそうにぱくつくサナ。
「ふわわ……サナさん、甘いもの、ほんとにお好きなのです……」
サナの食べっぷりに驚くティルダ。
「うん、甘いもの、大好き」
ゴローが作った20個の『和三盆もどき』が、サナの手によって見る見るうちに数を減らしていく。
邪気も何もないその顔を見ていると、忙しさも煩わしさもどうでもよくなっていることに気付いたゴローであった。
* * *
その日の夕食もぺろりと平らげたサナを、ティルダが目を丸くして見つめていた……という。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により2月6日(木)14:00になる予定です。
m(_ _)m
20200312 修正
(旧)甘いものはあまり好まないが、この甘さはなんともしつこくなく、ティルダちゃんが言うように心地よいな!」
(新)甘いものはあまり好まないが、この甘さはしつこくなく、ティルダちゃんが言うように『なんとも心地よい』な!」




