02-28 夕涼み
モーガンに終了を告げられ、ローザンヌ王女も我に返ったようだ。
「……ついムキになってしまった。大丈夫か? ゴロー」
「はい、大丈夫です」
ゴローは立ち上がって、服に付いた土を払った。
それを見たローザンヌ王女はふ、と微笑んだ。
「いや、なかなかの上達ぶりだったぞ! ついつい熱くなってしまった。済まないな」
「いえ、いい勉強になりました」
「うむ、ゴロー。我が国の騎士団に入る気はないか? お前ならすぐに班長……いや、隊長になれるぞ!」
「いえ、その儀ばかりは辞退させていただきます」
「む……残念だ」
そこへモーガンが、
「姫様、無理強いはいけませんぞ」
と救いの手を差し伸べてくれた。
「うむ、そうだな……」
そこへマリーが冷たい飲み物を持ってきてくれた。
冷たい飲み物が入っているので結露しており、見るからに涼しげだ。
「どうぞ」
「おお、これはありがたい」
ティルダが作ったガラスのコップである。何箇所もカットされた、『カットグラス』というタイプ。
ゴローが『ナイフ』で切り込んだ見本を作ったら、なんとティルダもガラス用ヤスリを使って同じものを作ってしまったのである。
「うむ、このコップは見事だな」
ローザンヌ王女も感心しているくらいの出来映えなので、これは売れそうだとゴローは思った。
ティルダの腕が認められるのは自分のことのように嬉しい。
「おお、これは美味いな」
「ほう、果汁と、ハチミツと……塩、か?」
モーガンは美味そうに一気に飲み干し、ローザンヌ王女は一口二口、ゆっくりと味わいながら飲んでいる。
これは、先日ゴローが作ったスポーツドリンクもどきをさらに改良したもの。
庭に生っているレモンの果汁と、『木の精』のフロロがピクシーとミツバチを使役して集めてくれたハチミツ、それに塩をひとつまみ。
今回はジュース寄りの配合として、やや濃いめに作ってあるようだ。
「ははは、やっぱりゴローのところは飽きないな」
マリーにお代わりを注いでもらいながら、モーガンは笑った。
「うむ。モーガンには感謝だな。ゴローたちを紹介してくれたことは、間違いなく私にとって喜ばしいことだ」
ローザンヌ王女もそういって微笑んだ。
「恐縮です」
モーガンは軽く頭を下げる。
そんなモーガンに、ローザンヌ王女は、
「だが、しばらくは城を抜け出すことも難しくなりそうでな」
と愚痴っぽく言った。
「それは、お誕生会の関係ですか?」
「まあ、そうなのだろうな。それに、同じ時期にジャンガル王国から使節が来るしな」
町中の警備が倍以上に増えるので、いろいろ面倒だと王女は言った。
「とはいうものの、今度やって来るという王女に会うのは楽しみだがな」
会ったことはないが、非常に気さくな王女で、たびたび王城を抜け出してお忍びで庶民の生活を見て回っているのだという。
そういった点でシンパシーを感じているんだろうな、とゴローは感じた。同時に、少しだけ嫌な予感も。
* * *
夕暮れが近づき、モーガンとローザンヌ王女は帰っていった。
「……今日は暑かったな」
気温の変化は感じられるゴロー。このくらいなら暑い、このくらいだと寒い、という見当は付く。
「夕涼みしたいのです」
ティルダは、ドワーフの常として、髪の毛がもさもさに多い。
「池の畔は涼しいかな?」
屋敷の西側には浄化用の池がある。
家庭廃水を沈殿させ、上澄みを浄化して堀へ流すための池だが、綺麗な水が湛えられている。
というのも、『屋敷妖精』のマリーが、廃水を浄化しているからだ。
「このような力を発揮できますのも、ご主人様からの魔力供給のおかげです」
……ということらしい。『屋敷妖精』凄い。
と思ったら、
「いえ、ご主人様の魔力容量が凄いのです」
と真顔で返されてしまったのだった。
とにかくそういうわけで、屋敷の西にある池は澄んでいて綺麗だ。
なので、夕涼みにはもってこいなのである。
嫌な虫はピクシーが捕まえてくれている……らしい。
「虫の大半は草や木の葉を食べるしね」
とは『木の精』であるフロロの言葉だ。
なので、この庭には、虫が少ない。
花粉の媒介はいいのかと思ったが、ピクシーがやってくれるのだという。
「庭の植物はあたしに任せてよね!」
「うん、フロロ、お願い」
サナがそう言うと、フロロは胸を叩いて庭の奥へと姿を消した。
* * *
「なんとなくいい感じだな」
「はいなのです!」
夕食後、池のそばに椅子を運んで夕涼み。
木の枝に魔導具のランタンを吊せば、淡い光に照らされた池の水面が幻想的にきらめいた。
湿度が低いので、日が沈めばそこそこ凌ぎやすいところへもってきて、水の気化熱も手伝って、さらに涼しくなっていた。
気化した水による加湿具合もちょうどいいくらいだ。
「……こんばんは」
と、そこにエサソンのミューが現れた。
「お、久し振りだな」
「は、はい……」
エサソンは人見知りなので、あまり人前に姿を現さないのだ。
ぴょこんとテーブルに飛び乗ったあと、ちょこちょこと歩いてサナの前に。
「あの、え、ええと、これも、どうぞ」
エサソンのミューは、手にしていたキノコを差し出した。
「ツキヨタケ、です。暗いところで光ります」
「へえ」
そこでテーブルの上にガラスのコップを置き、その中にツキヨタケを入れた。
「こ、これは、特別厳選ですから、ちょっと魔力を注いでくれれば、明るく光ります」
「やってみる」
ミューの言葉を聞いたサナは、コップに手をかざし、魔力をほんの少し注ぎ込んだ。
「おお」
すると、淡い緑色の光が放たれたではないか。
「これはこれで幻想的だな……」
ゴローも感心する。
「え、ええと、湿らせたおがくずに植えておけば長持ちしますので。ただ、毒キノコですから食べないでください」
ミューのそんなアドバイスに、
「では、そういたしましょう」
『屋敷妖精』のマリーが応えた。
いつかフロロが言っていたように、マリーとミューは相性がいいらしい。いいことだ、とゴローは思った。
「……」
ティルダはミューを見て驚いている。
そういえばサナが連れてきた時会っていなかったな、と思い出すゴロー。
ミューが教えてくれたモリーユのソテーは食べていたので、その存在は知っていたのだが、今日初めて姿を見て驚いた、ということだろう。
「……こんにちは」
「こ、こんにちは、なのです」
ミューとティルダは互いに挨拶を交わした。
いやそこはこんばんはだろう、と思ったゴローであったが、空気を読んで黙っていた。
ミューは、人見知りをするというエサソンであるが、ティルダはヒューマンではなくドワーフなので大丈夫なのかな、と思うゴローであった。
そして夜が更けてくると、池の上では淡い光を放つピクシーが乱舞し始める。
「ふわあ……綺麗なのです」
「綺麗だよな」
「うん、綺麗」
ゴローたちはのんびりとその幻想的な光景を眺める。
ミューはいつの間にかツキヨタケの入ったコップにもたれて眠っている。
なので、ゴローは小さな声で囁くように言った。
「こう、のんびりするのっていいよなあ……」
「ゴロー、年寄り臭い」
「そ、そうか?」
サナに言われて、少し凹むゴローであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月19日(日)14:00の予定です。
20200116 修正
(誤)そして夜が更けてくると、池の上では淡い光りを放つピクシーが乱舞し始める。
(正)そして夜が更けてくると、池の上では淡い光を放つピクシーが乱舞し始める。
(旧)「え、ええと、湿らせたおがくずに植えておけば長持ちしますので」
(新)「え、ええと、湿らせたおがくずに植えておけば長持ちしますので。ただ、毒キノコですから食べないでください」




