02-27 空調
「なるほど、よくわかったよ。ありがとう」
空調の魔導具についての概要を聞き終えたゴロー。その後、逆に質問を行う。
「今聞いた限りでは『湿度』の調整はしていないんだね?」
「湿度ですか? 湿気とは違うのですか?」
アーレン・ブルーは聞き慣れない単語に、首を傾げた。
「ああ、湿気、という感覚はあっても湿度、という概念はないのか……」
ここでゴローは、自分が考えていたことがほぼ役に立ちそうだと見当を付けた。
そこでまず、湿度の説明を行うことにした。
「空気中には、目に見えないけど水分があるんだよ。それが多い時は『じめじめ』して、少ないと『からっと』しているんだ」
この説明は、アーレン・ブルーにもよくわかったようだった。
「ああ、そういうことでしたらよくわかります」
ゴローは頷いて話を続けた。
「で、『湿気が多い』と、かいた汗がいつまでも乾かなくて不快なんだ。同じ温度でも『湿気が少ない』と、汗もすぐ乾くから、割合快適なんだよ」
併せて、乾燥しているときは日陰に入ると結構涼しい、とも説明する。
「わかります。この町は、夏でも割合湿気が少ないんですよね」
「そうそう」
内陸にあるためか、ゴローがこれまで体験してきた気候は、雨の日は別にして、割合乾燥していたのだ。
なのでこの夏も、庭に日除けを張ればその下は涼しい、という体験もしている。
「で、ここからが本番の話だ。……サーカスって知っているかい?」
「ええ、町の南西で『獣人』がやっているんでしょう? 1度見に行きましたよ。なかなか凄かったですね」
ゴローは、アーレン・ブルーが獣人に含むところがなさそうなのでほっとした。
「俺たちも先日行ってきたんだ。暑い日だったけど、中は空調のおかげか、まあ涼しかった」
「あ、あそこの空調の魔導具はうちの製品なんですよ。超大型を特注で納品したんです」
「そうだったのか」
これでなおさら話がしやすくなったとゴローは感じた。
「そのサーカスの空調だけど、湿気も取れるといいと思うんだ」
これがゴローの目的である。
この地方は、基本的に乾燥しているので、通常なら気温(室温)を下げるだけで快適になるのだ。
「でも、人が多いと汗や呼吸で湿気が増えるから、それを適度に取り除けると快適になると思う」
この説明に、アーレン・ブルーはうんうんと何度も頷いている。
「なるほど、『蒸し暑い』の『蒸し』という部分を改善しようというわけですね!」
「お、そうそう。そういうことだ」
一応、『湿度』については理解してくれたようだが、問題はここからだ、とゴローは思った。
「そうしますと、その空気中にあるという水分ですが、どうやったら減らせるんでしょう?」
空気中の水分を減らすのは、意外と難しい。
地球のエアコンでは、一旦温度を下げ、わざと結露させて水分を除去し、あらためて温め直すことで湿度を下げている……とゴローの『謎知識』は言っていた。
(でもこの世界には魔法があるからな……)
『『水』『しずく』』では、魔法により水を生成しているので、空気中の水分は関係していない。
(サナに聞いてみるか……)
〈サナ、ちょっといいか?〉
〈うん、何?〉
念話でサナに聞いてみることにしたゴロー。
〈濡れたものを乾燥させる魔法ってあるか?〉
〈ある。『水』『乾かす』と『乾かす』〉
〈どう違うんだ?〉
〈『水』『乾かす』は水属性魔法。水系の魔物を倒す際、その水分を奪うのに使う〉
〈ぶ、物騒だな〉
〈なら、『乾かす』。生活魔法で、濡れた服や髪を乾かすのに使える〉
〈そっちがよさそうだな……〉
根こそぎ水分を奪ってしまうような魔法はまずいだろうと、ゴローは生活魔法の方がよさそうだと判断した。
ここまで、およそ3秒。
ちょっと考え込んだくらいの間しか空かなかった。
「ええと、魔法についての心当たりはあるんだけど、そういうのって器具に付与できるのかい?」
「はい。さすがにゴローさんにもお教えできませんが、そういう秘術がある、ということだけはご説明しておきます」
「なるほどな」
さすがにそこは『工房』に代々受け継がれている奥義なのだろうと、ゴローも詮索することはなかった。
「生活魔法の『乾かす』を使えば、適当に湿気を奪えると思う」
「『乾かす』ですか……なるほど」
少し考えた後、アーレンは、
「『乾かす』で奪った水分を、どこかで水に戻してやる必要がありますよね?」
と言いだした。確かに、空気中に分散させてしまうのでは意味がない、とゴローはアーレン・ブルーの理解力に感心した。
「そうなるな」
確かに、ゴローの『謎知識』でも、エアコンにはドレンと呼ばれる、排水用のホースが付いていた。
もちろんそこからは湿気を凝縮した水を排出するのである。
「……逆に、湿気を増やしたい場合は……水のタンクを設置すればよさそうですね」
「お、おう」
ゴローは舌を巻く。アーレン・ブルーは文字どおり一を聞いて十を知る、といった頭の冴えを見せた。
その後は、湿度をどうやって検知し、魔導具を動作させるか、という話になる。
ゴローは湿度で変化するものとして『毛髪』を挙げた。
デジタル化する前は、『毛髪湿度計』は気象庁でも長いこと使われていた。
特に1日の変化を自動で記録するタイプはこれであった。
他には乾球湿球湿度計というものもあり、『湿球』は水に浸したガーゼが温度計の『液溜め』を包んでおり、気化熱を奪うことで温度を下げている。
このとき、湿度が高いと蒸発は緩やかなので温度の下がり方は小さく、湿度が低いと逆に蒸発しやすいので温度の下がり方は大きい。
ガーゼでくるんでいない『乾球』との温度差で湿度を測るわけである。
ちなみに、モーターやゼンマイで風を送り、強制的に湿球を冷やして温度差を大きくし、測定誤差を小さくした『アスマン式湿度計(アスマン式通風乾湿計)』というものもある。
閑話休題。
そうした『謎知識』をゴローが説明し、アーレンが設計に反映させていく、という作業が一時間ほど続き、
「できました!」
「できたな」
『新型空調』の構想が完成したのである。
あとはアーレン・ブルーの独擅場だ。
「試作も含め、4日間ください」
「頼んだ」
ゴローは『足漕ぎ自動車』に取り付ける小型のものと、『ティルダの工房』に設置する大型のもの2基を発注。
しかし、発注とはいうものの、今回の『湿度』関連の情報提供により相殺されることとなったので、ゴローの懐は痛まなかったりする。
* * *
「アーレンは頼りになるな」
自分が欲しい『空調』が手に入りそうなので、ゴローは上機嫌で屋敷に帰ったのであった。
「お帰り、ゴロー」
「お帰りなさいなのです」
「お帰りなさいませ」
ゴローが屋敷に帰ると、サナ、ティルダ、『屋敷妖精』のマリーが出迎えてくれた。そして。
「帰ってきたか」
「お邪魔しているぞ」
モーガンとローザンヌ王女が遊びに来ていた。
「どうだ、今日も稽古をするか?」
「え……」
戸惑うゴローだが、サナはその背中を押した。
ゴローは身体能力は超人だが、技術はまだまだ未熟である。
「ゴロー、やってもらうといい」
サナは剣術に関してはそれほど造詣が深くない。ゆえにこの機会にゴローを鍛えてもらいたかったのだ。
「……は、はい。お願いします」
こういう時は『姉』としてサナは押しが強い。それもこれも、自分のためだと言うことがわかるから、ゴローも断れないのだった。
前回同様、木剣を持って立ち会う2人。
「……いくぞ」
「はい」
先手を取ったのはローザンヌ王女。
素早い踏み込みで一気に接近し、剣を横なぎに振るった。ゴローは後方にステップしてそれをかわす。
「よし、いい動きだ! これはどうだ?」
今度はゴローの動きに合わせた踏み込みをしながらの振り下ろし。
ゴローはまともに受けることはせず、剣を斜めにして王女の剣閃をずらした。
「お、いいぞ!」
ここで、王女の動きが1段階上がった。
「ふわわ……」
ティルダの目には、もう何をやっているのかさっぱりわからないレベルになっている。
「おお、ゴロー、少し上達したな」
だがモーガンの目には全て見えていた。そしてサナの目にも。
〈ゴロー、その調子。でも、そろそろ負けないと、まずい〉
そのサナは、初心者のゴローがこれ以上王女といい戦いを繰り広げると不自然だろうと判断した。
なにしろその王女は前回と異なり、ゴローとの訓練を楽しみ始めているのだ。
今のゴローなら、身体能力だけで王女に勝つことができるが、それはあまりにも不自然である。
ゆえにそろそろ負ける頃合いだとサナは『念話』でゴローに忠告したのだった。
「わっ」
ローザンヌ王女の木剣を当てられるのはまずいので、ゴローはわざとバランスを崩し、横向きに倒れた。
「それまで!」
それを機に、面白がって見ていたモーガンも気を取り直し、終了の号令を掛けたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月16日(木)14:00の予定です。
20200115 修正
(誤)『『水』『しずく』』では、魔法により水を精製しているので、空気中の水分は関係していない。
(正)『『水』『しずく』』では、魔法により水を生成しているので、空気中の水分は関係していない。




