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02-05 抜け道

「な、なんだこれ」

 『ブルー工房』との打ち合わせを終えて戻ってきたゴローは、棚を埋め尽くすジャムを見てびっくり仰天した。

「ジャム」

「いや、ジャムなのは見ればわかるけどな」

「イチゴジャム、梅ジャム、マーマレード」

「そういうことでもなくてな……はあ……まあいいや」

「よく煮込んであるし、マリーが保存の結界を張ってくれているらしいから1年は保つ」

「うん、まあいいから……って保存の結界? 凄いな」

 聞き慣れない単語に詳しい説明をしてもらうと……。

「うーん、滅菌して、なおかつ酸素を除去しているのかな? ……それと意識していないのになんて高度な結界だ」

 マリーからの説明を受けたゴローは感心したのであった。


「でも、砂糖がもうないだろう?」

「うん。ちょうどなくなった」

 あれだけジャムを作ればなあ、とゴローは肩をすくめた。

「確か今日は、定期納品がある日だから、夕方にはなんとかなるか」

「うん、ならいい」

 ここでフロロが発言。

「ねえねえゴロー、サナ。お砂糖も庭で栽培する?」

「え?」

「2本、甘い樹液が出る木があるのよね」

「それってサトウカエデか?」


 サトウカエデとは、その葉がカナダの国旗にもなっている落葉高木である。

 樹液を煮詰めるとメープルシロップとなる。


「そんな名前で呼んでいるようね」

 フロロは頷いた。

「でもあれって、冬でないと樹液が採れないんじゃないのか?」

 謎知識で反論してみると、フロロは胸を反らして笑った。

「そこはあたしの力よ!」

 少し余計に魔力をもらえれば、庭にある2本の木から、1日10リル(リットル)くらいの樹液が採れる、という。

「それをマリーに煮詰めてもらえば……」

「0.2リル(リットル)くらいのメープルシロップになるはずです」

 だいたい40倍から50倍に濃縮する、ということなのでそれくらいの量だろう、とゴローは納得した。

 1日0.2リル(リットル)

 少ないようだが、1年を通して採れるなら、とんでもないことになる。


「あとは蜂蜜が採れるといいんですけど」

 とマリーが言うと、

「養蜂なら、ピクシーを捕まえてきてもらえば、あたしが使役してあげるわよ」

 とフロロが言った。

「え?」

 ゴローが眉をひそめる。

「ピクシーって、妖精だよな? 捕まえて来られるものなのか? そもそも、そんなもの、いるのか?」

 するとサナが、

「ゴロー、屋敷妖精(キキモラ)木の精(ドリュアス)がいるんだから」

 と説得。ゴローも確かにそうだ、と納得した。


「ピクシーっていうのは、自然の『マナ(外魔素)』が形を取ったようなものだから、ある意味どこにでもいるんだけど、町中のものはそれこそ自我も意思も何もない、ただの魔力の塊」

 サナの解説は分かり易かった。

「そういうのが、変な魔力に引き寄せられて群体になり、さらに人の悪意にさらされたりすると『騒霊(ポルターガイスト)』になってしまったりする」

「へえ……」

 さすがにサナは魔法学や神秘学に詳しいな、とゴローは感心した。

「逆に、人の善意を受けて進化すると屋敷妖精(キキモラ)になることもある、らしい」

「そうすると『ピクシー』っていうのは、そういった魔法的というか神秘的というか、そうした存在の元……と言ってもいいのか?」

 サナは頷いた。

「そういう説が有力。でも確証はない」

「なーるほど」


「……いいから話を聞いて」

 フロロがゴローの服の袖を引っ張りながら言った。

「この屋敷内は『マナ(外魔素)』が濃いから、低位のピクシーでもあたしが調きょ……教育して、いいピクシーにしてやるから」

(……今、調教って言いかけたな)

 ゴローは口には出さず、別の質問をする。

「どこにでもいるっていうんなら、この屋敷にはいないのか?」

 するとフロロは残念そうに、

「あー、いないのよ。マリーが『変なモノ』を寄せ付けないから」

「あ、そうか」

 『屋敷妖精(キキモラ)』のマリーは、『変なモノ』……つまり、悪霊とか騒霊(ポルターガイスト)とかを排除してくれているのだろうと察するゴローであった。

「そうだよな、マリーが変なモノを寄せ付けないでいてくれるから、この屋敷は平和なんだよな」

 ゴローが口に出してそう言うと、マリーは嬉しそうな顔になった。


「だとすると、どこで、どうやったらピクシーって捕まえられるんだ?」

「それはあたしにお任せよ」

 フロロはそう言って、やり方を説明し出した。


「あたしが『分体(ブランチ)』を出すから、それを連れて、郊外の森か林に行ってほしいの。そうすれば、役に立ちそうなピクシーをあたしの分体(ブランチ)が勝手に集めてくるから」

「それでいいんなら、わかった」

「お勧めは、北西にある森ね。中には小さな泉もあるから、たちのいいピクシーがいるはずよ」

「よし」

「あ、時間は長くても半日以内にしてね。そうでないと分体(ブランチ)が枯れちゃうから」

「わかった」

 ゴローが頷くと、フロロは右腕をすっと伸ばし、掌を上に向ける。

 そこから黄緑色の芽が出たかと思うと、それはぐんぐんと伸び、育っていき、気が付くと身長50セル(cm)ほどのフロロそっくりの『分体(ブランチ)』が立っていた。

「それじゃあ、ゴローとサナはこの子を連れて外へ行ってきてね」

「お、おう」

 フロロの分体(ブランチ)を肩に乗せたゴローは、城壁を乗り越えようとして、マリーに呼び止められる。

「ご主人様、そのようなことをなさらなくても、抜け道がございます」

「え、ほんとか?」

「はい」

 マリーの説明によると、城壁の要所要所にはそうした抜け道が存在するのだそうだ。

 そして、

「こちらです」

 と、北側の城壁の下までゴローとサナを案内したマリーは、抜け道への入口を開いた。

「どうぞ」

「おお」

 それは地表から50セル(cm)ほどの高さに開いた薄暗い穴。高さは1メル()、幅も1メル()くらいの正方形だ。

「そのまま進みますと、出口です。中から鍵が掛かっていますので、開けて出てください」

「開けっ放しでいいのか?」

「いえ、手を離すと独りでに閉じて鍵が掛かります」

「え、ここもか?」

「はい。ですが私ならこのくらいの壁は通り抜けて中から解錠できますので」

「そ、そうか。……で、向こう側は? 堀じゃないのか?」

「いえ、堀の下をずっと通って、100メル()ほど先にある小さな林の中にある霊廟に通じています」

 そこはダミーで、誰も、何も祀られてはいないとマリーは言った。

「ならいいな」

「ですが、外に出る際は人がいないかご確認ください」

「わかったよ、ありがとう」


屋敷妖精(キキモラ)』のマリーは恐ろしいほど有能だった。

「お帰りの際も、ちょっとだけ魔力を解放してくださればすぐに開けますので」

「わ、わかった。じゃあ、留守を頼むな」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」


 そういうわけでゴローとサナは『抜け道』を通っていく。

 2人とも夜目は利くので問題ない。

 入口こそ1メル()四方だったが、内部は2メル()四方くらいあって屈まずとも歩けた。

 まず階段で下へと下りていく。そして堀の下を通っているらしき通路を100メル()ほども歩き、再び階段を上る。

 突き当たりにあったのはやはり1メル()四方ほどの石の扉であった。

「ええと、鍵は……と、これか」

 落とし込み式のかんぬきであった。

 それを持ち上げると、扉部分がフリーになる。

「これ、人間じゃ持ち上がらないだろう……」

 1メル()四方で厚さ20セル(cm)もある石材。重さでいうなら600キム(kg)ほどもある。

「結構重いぞ」

 と言いながらゴローは扉を持ち上げた。

 外は薄暗い。どうやら小さな林になっているようだ。

 霊廟というカムフラージュに加え、林の木々で出入りが見られないという点では好都合だ。

 サナが出たところでゴローも外へ出て手を放すと、鈍い音と共に石の扉が閉じた。

「よし、行こうか」

「うん」

 付近に誰も人の気配がないことを確認したゴローとサナは、できるだけ高位のピクシーがいそうな場所ということで、フロロお勧めの北西の森へと向かったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は11月17日(日)14:00の予定です。


 20191114 修正

(誤) お勧めは、北西にある森ね。

(正)「お勧めは、北西にある森ね。

(誤)気が付くと身長50センチほどのフロロそっくりの『分体(ブランチ)』が立っていた。

(正)気が付くと身長50セル(cm)ほどのフロロそっくりの『分体(ブランチ)』が立っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >>まあいいや ホムでも諦めが肝心 >>甘い樹液が出る木 砂糖黍や甜菜は搾るのも後始末も面倒か >>城壁を乗り越えようと >>抜け道がございます 出入り口「・・・」死~ん 五「返事が無い…
[一言] 砂糖が欲しいのに砂糖ダイコンやサトウキビを選ばずに砂糖カエデにした理由はなんだろう? 単なる好みなのかはたまた樹木の方が相性が良いだけなのか……?
[一言] へえー、ピクシーって種族ではなく妖精なんかになる前の存在なんですねえこの世界では 妖精印の蜂蜜・・・売れそうだなあ サナが食べ尽くしそうなので売るほど残らなそうですがw
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