02-01 スローライフしています
ヒューマン系の王国、ルーペス王国。
その首都は『シクトマ』といい、城塞都市である。すなわち、周囲を頑丈な城壁で囲まれているわけだ。
その北西の隅にある屋敷を手に入れたゴローとサナは、のんびりとした日々を過ごしていた。
とはいえ、『ご近所づきあい』というものは往々にしてあるもので、彼らの場合は屋敷を斡旋してくれたモーガン・マリアン夫妻との交流が多くなっていた。
ということで、
「おおサナちゃん、今日もクッキーを持ってきたぞ」
「いらっしゃい、ようこそ、モーガンさん」
人付き合いの苦手なサナが、すっかり餌付けされていた。
一方で、
「ゴローさん、あのハーブ、少し分けてくださらないかしら?」
と、マリアンはこの屋敷の庭で栽培されているハーブにご執心だった。
ハーブは乾燥させて、また生のままでも使う。多すぎて余らせると香りが落ちるので、ストックが切れそうになるとマリアンはやって来るのだ。
「いいですよ。何がお入り用ですか?」
「ローズマリーとレモンセージを少し」
「わかりました。……マリー、フロロ、頼む」
「はい、ご主人様」
「わかったわ、いいわよ」
マリーは『屋敷妖精』、フロロは『木の精』。
どちらも、普通なら顕現や実体化は一時的なものであるはずなのだが、この2体はいつでも顕現できるのだ。
それというのも、『契約』したゴローとサナの『哲学者の石』から魔力の供給を受けているからである。
『哲学者の石』は無限の魔力を生み出すことができるので、彼女らが必要とする魔力程度、蚊に刺されたほどでもないのであった。
この屋敷内には『木の精』のフロロがいるので、庭に植えられた植物の生長が早く、しかも質がいい。
それを『屋敷妖精』のマリーが収穫し、持ってきてくれた。
「マリアン様、どうぞ」
「まあ、ありがとうね、マリーちゃん」
必要な量を摘んで持ってきてくれたマリーに、マリアンは礼を言った。
「ここので作ったハーブティーは美味しいのよね」
「そりゃあ、あたしが面倒見ているからね!」
『木の精』のフロロが胸を反らした。
『木』の精とはいうが、『木の精』は『なわばり』内の植物の面倒を見ている。
なのでフロロが手を掛けた植物は生長が早いし、栄養もたっぷりなのだ。
「おーい、ティルダ、休憩にしろー」
ゴローが『工房』に向かって声を掛けた。
それから3分後、ドワーフの職人、ティルダが手を拭き拭きやって来た。
「あ、モーガンさん、マリアンさん、いらっしゃいませなのです」
「おお、ティルダか。頑張っているようだな」
「はいなのです」
モーガン・マリアン夫妻は、このティルダを子供のように可愛がっていた。
離れて暮らしている愛娘ライナの面影をティルダに見ているようだ。
ティルダも席に着いたところで、恒例(?)のティーパーティーである。
マリーが淹れてくれた紅茶と、モーガンが持ってきてくれたクッキー。
それに、ゴローが作った甘芋チップス。
「うむ、ゴロー君の作った甘芋チップスも美味いな!」
「最近、『マッツァ商会』でも売り出されたらしいですわね」
そんな話で盛り上がるゴローたち。
「……ああ、そういえばモーガンさんに聞いてみたいことがあったんでした」
「何だね?」
甘芋チップスを食べながらモーガンが聞き返した。
「教会についてです」
「教会か……」
途端にモーガンの顔が険しくなった。
「あそこはだめだ」
そう吐き捨てるように言うと、むっつりと押し黙った。
「あなた、ゴローさんはそんなつもりで仰ったんじゃありませんよ?」
さすがに見かねたマリアンが助け船を出してくれた。
「む、それはわかっている」
ぶつぶつ言いながらも、モーガンは教会について説明を始めた。
「教会は、正しくは『正教教会』あるいは『プルス教教会』という。派生した宗派はすべて邪教だと断定するほどに頑なな奴らだ。だから私は『プルス教教会』としか呼ばない」
よほど嫌いなのだろう、説明するモーガンの顔は苦虫を100匹くらいまとめて噛み潰したようだった。
「そのくせ、『裏』の仕事も請け負っていると噂されている」
「裏、ですか?」
「そうだ。神敵を密かに消す……というような」
「ぶ、物騒ですね」
ゴローはその『謎知識』で、信仰に裏付けられた権力や武力がいかに厄介か『知って』いた。
そして、大半の宗教が排他的なことも。
「……まあ、噂の範疇だがな……」
モーガンは吐き捨てるようにそう言って、
「この話はもうやめよう。……うむ、この芋菓子は美味いな!」
と、甘芋チップスをぱくつき始めたのである。
が、ゴローはしばし考え込んだあと、
「モーガンさん、もう1つ変なことを質問させてください。……あの、小さな丸い玉を飛ばす武器ってありますか?」
「何?」
モーガンが再び険しい顔を見せた。
「……なぜそれを知っている?」
並の者ならちびってしまうくらい凄みのある声だったが、ゴローは平然と、
「実は先日……」
例の『ヘルイーグル』が狙撃された話をしたのである。
「何だと? ……ううむ……」
それを聞いたモーガンは難しい顔になった。
そして、
「……確かに、そういう武器は存在する。魔力で丸い玉を遠くまで飛ばすのだ。貫通力はそこそこあるが、破壊力はあまりないので、普通の生物には効くが、大型の魔物には効かないし、重鎧も貫けないから、使いどころが限られる」
そう説明してくれたのである。
「……かの『ダングローブ・エリーセン』と並び称される魔法技術者、『スミス・ブルーウッド』が作ったといわれている」
「スミス・ブルーウッドですか?」
ダングローブ・エリーセンは多分『ハカセ』のことだろうな、と思いながらゴローは聞き返した。
「ブルーウッドの名前を聞いたことはないか? もう故人だが、さまざまな発明をして、世の中に貢献した人だ」
「田舎者なもので」
そう言って誤魔化しておくゴロー。
「あ、私は知っているのです」
ティルダは知っている、と言った。
「汲み上げポンプ、とか、メガネとか発明した人です?」
「おお、そうそう。あとは小型のクロスボウという武器も開発した人だ」
「へえ……」
その発明内容に、ゴローはなんとなく引っ掛かるものがあったが、それが何かはよくわからない。
考えているとサナが、
「おかわり」
と言ってマリーから紅茶を注いでもらい、砂糖をたっぷり入れているのが見えた。
「そうそう、白砂糖の作り方もそのブルーウッド殿が開発したと言われているんだ」
「それ、ありがたい」
サナが一言言って紅茶に口を付けた。
「その人って、お子さんとかお弟子さんは?」
ふと気になって、ゴローは尋ねてみた。
「うむ。弟子なら、この町に工房を構えていると思ったな。……南東の区域だったか?」
最後の言葉はマリアンに向けてである。
「ええ、そうだと思いますよ。確か『ブルー工房』と名乗っているはずですわ」
マリアンが少し詳しい情報を教えてくれた。
(そのうち、暇を見て行ってみるか……)
と思ったゴローであった。
* * *
モーガン・マリアン夫妻が帰った後、ゴローはサナと話し合っていた。
〈……それにしても、やっぱり銃に似た武器があったんだな……〉
念話である。口に出すより手っ取り早いからだ。
〈うん。……それで、その『スミス・ブルーウッド』っていう人、聞いたことがある気がする〉
〈え?〉
〈昔、私が作られたばかりの頃、『ハカセ』がそんな名前を呟いたような覚えが、ある〉
記憶力のいいサナにしては珍しいが、作られたばかりで自我もまだほとんどなかった頃なので仕方がない。
〈1度か、2度。それきり〉
〈そっか……逆に、その人……はもういないから、弟子にハカセのことを聞いてみたら何か知ってるかもな〉
〈うん、確かに〉
〈明日にでも行ってみるか?〉
〈特に問題はない〉
〈よし〉
そんなわけで、ゴローとサナは翌日の予定を決めたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月7日(木)14:00の予定です。
20210629 修正
(旧)「教会は、正しくは『正教教会』という。派生した宗派はすべて邪教だと断定するほどに頑なな奴らだ」
(新)「教会は、正しくは『正教教会』あるいは『プルス教教会』という。派生した宗派はすべて邪教だと断定するほどに頑なな奴らだ。だから私は『プルス教教会』としか呼ばない」




