01-50 花咲くドリュアス
「『木の精』!?」
「そう」
「そんな精霊が庭に……」
屋敷への帰り道、サナから『木の精』のことを聞いたゴローは驚いていた。
「で、サナが『フロロ』って名付けたのか」
「うん。緑って古代語で『フロロース』て言うから、そこから」
「なるほど」
そんな会話をしているうちに屋敷に着いた。何せ時速20キル、マラソンのトップランナー並の速度で走っていたのだから。
人通りが少ない環四だから出せる速度であるが。
「あ、お帰りなさいなのです」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
ティルダとマリーが出迎えた。
ゴローはさっそく庭の隅へと向かう。サナももちろん一緒だ。
「この木か……確かに凄いな、いったい何の木だろう?」
「……そういえば、それは聞かなかった」
「わたくしも、花が咲いたところを見たことがありませんので」
ゴローの疑問には、サナもマリーも答えてはくれない。
「……常緑樹ではないな。広葉樹で、楕円形の葉の縁には鋸歯(=ギザギザ)がある」
バラ科かな、とゴローは思ったが、それ以上はさすがに咲いた花を見ないとわからなかった。
「だったら、もっと魔力を分けてちょうだい!」
「え?」
いきなり、ゴローの前に『フロロ』が現れた。
「君がフロロか?」
「そうよ。あなたがゴローね? サナのパートナー」
「まあ、そうかな」
「まあいいわ。あたしの花が見たかったら、魔力を分けてくれれば、咲かせて見せるわよ」
「お、そうなのか」
こういうことについて『木の精』が嘘をつくはずはないので、ゴローは抑えていた魔力を解放した。同時に、サナも。
「え、なにこれ。ちょ、ちょっと……!」
『木の精』の姿が消えたかと思うと、古木に花芽が付き、つぼみとなり、そして花が咲いた。
5弁の、雪のように真っ白な花だ。
ティルダはうっとりとその花を眺めた。
「きれいなのです……」
「……梅か……」
我知らず、ゴローはそう呟いていた。
梅の花はそよ吹く風に揺らいでいたが、いつしかその花弁を散らし始めた。
最初はひとひらふたひらだったのが、やがてはらはらと、そして吹雪のように散り、地面に雪と見まがうばかりに降り積もった。
花のあとには小さな緑色の実が付いていたが、やがて少しずつ大きくなり、最終的には直径2センチほどの青い梅となったのである。
「……ふう……疲れたわ」
再び『木の精』が姿を現した。
「フロロは梅の木だったのか」
「うん、そうよ。意識を持ってから400年くらい経つのかなあ。……その頃から時々にしか花を咲かせなくなっちゃってさ。……多分、あたしが本体から力貰っちゃってるからなんだよね。だからできるだけ外に出ずに寝ているようにしたんだけど、なんか心地いい魔力が近くにあったから起きちゃったわけよ。そしたらこんなに凄いとは思わなかったし」
花を咲かせて実まで付けちゃった、とフロロは言った。
「花を咲かせたのは150年ぶりくらい。実を付けたのなんて300年ぶりくらいよ」
「そうなのか……」
「はい、私も見たことはございません」
「……マリーか」
気が付けば『屋敷妖精』のマリーもやって来ていた。
「そういえば、マリーはいつからいたんだっけ?」
「私が意識を持ちましたのは1800年頃でしょうか」
今は1960年ということなので、150歳くらいとなる。
サナによれば、屋敷妖精は1000歳を超えるものも時にはいる……らしい。
* * *
「うーん、どうしようか」
フロロの梅の木に生った実をどうするべきか、ゴローは悩んでいた。
「ゴロー、梅の実って、美味しいの?」
などとサナに聞かれているからなおさら用途を考えてしまう。
「やっぱり梅酒、それに梅シロップに梅ジャム、あとは梅干しかなあ」
「美味しいの?」
「うーん……梅干し以外はサナも気に入るかもしれない」
「うん、ちょっと前に作った、梅ジャムは美味しかった」
ということで、青い実は梅酒に、熟した実は梅シロップ、梅ジャム、梅干しを作ってみることにした。
「……スローライフっぽくていいな」
ゴローは謎知識からそんな単語を引っ張り出して呟いてみたのである。
* * *
「では、収穫は私たちにお任せください」
ゴローがちょっと考え込んでいる間に、フロロが実を落とし、マリーがそれを受け止めていた。
「おおよそ4分の1の実を収穫してみました」
「お、おう」
ものの20秒ほどで山のような青梅が採れてしまった。
「おおよそ20キムくらいあります」
マリーは、その青梅を宙に浮かしながら屋敷へと帰っていく。
「そ、そうか」
ゴローは少し引きながらもあとに付いていった。
サナもそのあとに続く。
そして展開について行ききれなかったティルダもまた、慌てて後を追ったのである。
* * *
「……とすると、蒸留酒が欲しいな」
屋敷の厨房で、青梅を洗い、
「ブランデー、とか?」
「そうなんだが……できればあまりそれ自体に味がない方がいいな」
梅酒を漬けるのは焼酎、もしくはホワイトリカーという、癖が少なく、アルコール度数の高い酒が使われる。
まれに、ブランデーベースのリキュールを使い、より高級な梅酒に仕立てることも行われるが、ブランデーそのものだと梅の味が負けてしまうだろうなとゴローは思っていた。
「でしたら、前のご主人様が秘蔵していたウォッカがございます」
「ほんとか!」
ウォッカは大麦や小麦、ライ麦、それにジャガイモなどの穀物を原材料としている。
アルコール発酵させたあと蒸留し、その後白樺の炭で濾過して作るので、無色透明、無味無臭に近いといわれる。
で、これで梅を漬ける者もいるらしい。
「はい。地下の秘密貯蔵庫に10樽ほど」
以前言っていた貯蔵庫である。あの時、ゴローは酒にはあまり興味がないので聞き流していたのだった。
「それって古酒になってるんじゃないのか?」
「50年経ったものを古酒といっていいなら、なっているかと思います」
マリーは平然と答えた。
「……あと、樽だったら、揮発して大変なことにならないか?」
木製の樽の場合、アルコール分が揮発して酒ではない何かになっていそうな気がしたゴローである。
「いえ、それはわたくしが保護していましたので大丈夫です」
『屋敷妖精』のマリーは、そうした酒類や食料の保存も、望めばできるのだという。
「……他の酒もあるのか?」
「はい。ウイスキーが10樽、赤ワインが同じく10樽、白ワインが8樽ほど」
「前の主人は酒が好きだったんだな」
「はい、それはもう」
「だろうな……」
地下室のさらに地下に、秘密の酒蔵というか貯蔵庫を造ってしまうほどだ。
「じゃあ、ありがたくそのウォッカを使わせてもらおうか」
「わかりました」
「で、せっかくだから、使った分のウォッカは新しいものを補充しておくことにする」
あとで買うなり届けさせるなりするから、とゴローは言った。
「承りました」
そしてゴローはウオッカの入った樽を1つ運び出す。思ったより大きかった。
「これって、100リルくらいあるんじゃ……」
ちなみに1バレルは119.3リットルである。
「ご主人様はそんな樽も易々お持ちになれるんですね。凄いです」
マリーは素直に感心していた。
「じゃあ、これで梅酒を漬けてみよう」
「はい」
梅酒の作り方は、家庭によって若干の差異があるが、概ね次のようなもの。
青梅を洗い、ヘタ(木に付いていた部分)を竹串などで取り除く。
ビンや瓶に青梅を入れ、氷砂糖を、甘めを好むなら同量、酸っぱく仕上げるなら青梅の半分(重量比)ほど入れる。
この時容器は熱湯やアルコールで消毒しておく。砂糖はザラメやグラニュー糖でもかまわない。
梅1キムに対し、リキュールは1.8リルを注ぐ。
これを冷暗所に半年ほど放置したあと、梅を取り除く(この頃の梅はエキスが浸みだしてシワシワになっている)。
適当な容器に保存し、味を楽しむ。
1年ほどおいておくと味がまろやかになる……と言われている。
ゴローは、マリーとサナに手伝ってもらい、梅酒を漬けていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月3日(日)14:00の予定です。
20191101 修正
(誤)そういえば、マリーはいつからいたんだっけ?
(正)「そういえば、マリーはいつからいたんだっけ?」
(旧)
マリーは平然と答えた。
「……他の酒もあるのか?」
(新)
マリーは平然と答えた。
「……あと、樽だったら、揮発して大変なことにならないか?」
木製の樽の場合、アルコール分が揮発して酒ではない何かになっていそうな気がしたゴローである。
「いえ、それはわたくしが保護していましたので大丈夫です」
『屋敷妖精』のマリーは、そうした酒類や食料の保存も、望めばできるのだという。
「……他の酒もあるのか?」




