01-44 屋敷所有
「あー……」
ゴローは反省した。
『屋敷妖精』に認められた時点で半ば決まっていたようなものだが、名前を付けたことで完全に『主人』になってしまったのだ。
だが後悔はしていない。
その屋敷は、敷地面積は2000坪(6600平方メル)もあるのに、屋敷の建築面積は小さい。
2階建てのレンガ造りで、1階床面積は100坪くらい、2階も同じ。屋根裏部屋もある。
玄関は南に向いており、前庭は芝生。
裏庭は北西側が林、北東側が畑になっている。
屋敷に隣接して、倉庫や厩がある。馬を飼わないなら、そこを改築して工房にしてもいいな、とゴローは考えていた。
王都の隅というのも静かでよさそうである。
何よりサナが、
「マリーちゃん、かわいい……」
と、『屋敷妖精』のマリーを撫で、愛でているのだ。マリーも嫌がっていない。
元レイスだったサナと『屋敷妖精』のマリー、何か通じるものがあるんだろうか……とゴローが思っていると。
「ゴロー君、気に入ったようだな」
と、ようやく現実に戻ってきたモーガンが声を出した。
「あ、はい。よろしければ、ここに住みたいんですが」
この時点で住まないという選択肢はない。
「そ、それじゃあ、代金は1億8000万シクロになるわ。もちろん分割で構わないから……」
とマリアンが言うと、
「ではこれでお支払い致します」
とマリーが、1億8000万シクロ分のゴル晶貨を差し出した。
ゴル晶貨は1枚100万ゴル。
1ゴル=10シクロなので都合18枚だ。
(えっ? 今、どこから出したんだ?)
ゴローは驚愕した。彼の視力をもってしても、取り出す瞬間が見えなかったのだ。
(どう考えても、忽然と現れたとしか思えない……)
事実そのとおりなのだが、今のゴローにはわかっていなかった。
「モーガン様、ゴル晶貨でもかまいませんでしょう?」
「お、おう」
モーガンは驚き、引きつった顔でそれを受け取る。
「あらあら、用意がいいのねえ」
マリアンがそれを数え、18枚あることを確認すると、
「それじゃあゴローさん、ここにサインしてね」
と、持ってきた手提げ袋の中から契約書とペンを取りだした。
「あ、はい」
言われたとおりにゴローはサインをすると、
「はい、これでこのお屋敷はゴロー君たちのもの。できれば、大事に使ってね」
「ええ、それはもちろん」
「ああ、これで安心したわあ。さ、あなた、帰りましょ。まだお仕事残っているんですからね」
「う、うむ」
まだ少し惚けているモーガンを、マリアンは引きずるようにして連れていく。
そのモーガンは、
「おお、いかん。ゴローくん、これが屋敷の鍵だ」
と言って、持っていた鍵束をゴローに放って寄越した。
「ありがとうございました」
2人の後ろ姿にお辞儀をするゴロー。
モーガンとマリアンは、
「時々は遊びに来てくれよ」
「時々様子見に来るわねえ」
と言って去っていったのである。
* * *
「ご主人様、さあ、どうぞ、おいでください」
モーガンとマリアンが帰ったあと、ゴローとサナはマリーに屋敷内を案内してもらっていた。
「ここが玄関ホール、正面が2階への階段です。階段の下は掃除用具等をしまう倉庫になっています」
今のマリーは、実体がある……ように見えるのだが、その足は地面……床に付いておらず、ふよふよと空中を漂っていた。
「向かって右側、つまり東側が応接室、洗面所です。左側、つまり西側が居間、食堂、厨房となっております。浴室は北側に別棟で建っています」
1階の説明をひととおり行うと、今度は2階だ。
「2階へは、中央階段を使いますが、非常用に東西の端にも狭いですが階段が設けてあります」
そうやって案内してもらう屋敷内は清潔で、埃一つ落ちていない。
「どのくらい、この屋敷を独りで守っていたんだ?」
「……10年と7ヵ月です」
「そうか、大変だったな。ご苦労さん」
「ありがとうございます。そう仰っていただけるだけで報われます」
そして2階の説明が始まる。
「階段正面、南側が執務室、その東側が書斎です。さらに東側がご主人様の寝室になります。客室は西側に3部屋となっております」
南側執務室からはベランダ……というよりバルコニーに出られるようになっていた。
「2階の上は屋根裏部屋です」
「おお」
秘密基地めいていて、屋根裏、天井裏ってワクワクするな……と謎知識が囁いているので、一応そこも覗いてみる。
中央階段のある北側の壁に狭くて急な隠し階段があり、そこから屋根裏へ出られるのだった。
「ここもいい感じだな」
屋根の傾斜があるので、中央部は立って歩けるが、屋根の先端側は狭くなっている。
天窓を開けることもでき、ちょっとしたペントハウス気分にもなれる。
そんな天井裏にも埃やネズミの糞はなく、清潔だった。
「ご苦労だったな」
もう一度ゴローはマリーを労ったのだった。
最後は地下室。
「食料貯蔵庫とワインカーブがあります。ワインは幾らか残っていますが食料はありません」
「まあそうだろうな」
前の主人がいなくなってから10年以上経っているわけで、食料の保存は難しいだろう。
「それから秘密の酒蔵があって、古いお酒があります」
前の主人が酒好きだったらしい。
「うん、そっちはまたあとでいいや」
ゴローは、酒にはさほど興味ないのであった。そして、サナも。
「ご主人様、そういうわけで食材が全くございませんので補給をお願い致します」
ひととおり屋敷内を見て回ったあと、居間で寛ごうとしたら、マリーがそんなお願いをしてきたのだった。
「わかった。俺たちも一旦、今世話になっているマッツァ商会に戻って荷物を取ってこないといけないからな」
なんだかんだで時刻はもう午後4時を回ってしまっていた。
「そうだな、明日の朝、荷物を持ってくるよ」
今夜は夕食のこともあるし、今後の打ち合わせもあるから、向こうに泊まってくる、とゴローは言った。
すると、マリーは少し悲しそうな顔で、
「はい、わかりました。……でも、戻ってきてくださいね、ご主人様?」
と頷いたのである。
「……そういえば、さっき支払った晶貨はいったい?」
荷物の話が出たので、気に掛かっていたことを質問するゴロー。
「あれは、わたくしのへそくりです」
「えっ」
へそくりという単語がマリーの口から出たことにも驚きだが、1億8000万シクロものへそくりがあったことに、ゴローはもっとびっくりした。
それを言うと、
「前の前の前の前のご主人様の時、とある盗賊が庭に盗品を埋めていきまして、そのままになったことがあるのです」
その金額、実に3億ゴル。
3億ゴル=30億シクロであるから、とんでもない大金が庭に埋まっていたものだなあとゴローは半ば感心、半ば呆れた。
「この国の法では、100年間所持していたものはその者の所有物になるということなので、あのお金はわたくしのものです」
それを聞いて、非合法のお金ではなかったことにゴローは安心した。
「ありがとうな。少しずつ返すよ」
ゴローがそう言うと、マリーは断った。
「いえ、あれはわたくしのへそくりといいましても、正当な手段で手に入ったものではありません。むしろ、お金の流れに戻してやれたことが嬉しいのです」
「そういう考えもあるのか」
「はい。ですので、お気になさらないでください」
「わかったよ」
そして今度こそ出掛けようとして……。
「なあ、マリーはどうして俺にいきなり姿を見せてくれたんだ?」
と、もう一つ気になっていたことを尋ねた。
「はい。ご主人様が、途轍もなく巨大な魔力をお持ちなのを感じ取ったからです」
「巨大な魔力?」
「はい。わたくしがずっと顕現していられるのも、そのおかげです」
「……ちょっと待って」
ずっと黙っていたサナが話に割り込んできた。
「………………ゴロー、少しだけ魔力の隠蔽が緩んでる」
「え、そ、そうか?」
サナはこくり、と頷いた。
「ほんの少し、だけど」
ここでマリーもそれを裏付ける。
「はい。ですが、その少し、だけでわたくしは向こう10年は顕現していられます」
「そうなのか?」
「はい。もちろん、大きく魔力を使うような仕事をした場合はそれに応じて期間は短くなりますが、その場合はご主人様が、魔力を分けてくだされば、またお役に立てるようになります」
「ふうん……」
出掛けるつもりだったが、次々に興味深い話が出てきたので、ゴローはこの際その辺のことを全部聞いておこうと心を決めたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月20日(日)14:00の予定です。
20191017 修正
(誤)100年間所持していたものはその者の所有物になるということなので、あのお金はわたくしものです」
(正)100年間所持していたものはその者の所有物になるということなので、あのお金はわたくしのものです」




