14-36 旅立ち前夜
兎にも角にも、王都での用事はひととおり済ませたゴローたち。
「それじゃあ予定どおり、明日の朝、研究所へ行こう」
「うん」
「はいなのです」
「わかりました」
その日は、夕食まで各自自分の部屋を片付けて過ごしたのである。
* * *
夕食は、いつもどおり。
「いよいよ明後日、旅行開始ですね」
「楽しみなのです」
「まったくだ」
「うん、同感」
「支度はもう済みましたし、まずは明日ですね」
* * *
そして、その明日……つまり翌日である。
天候は曇り。
しかも、今にも雨が降り出しそうな空模様である。
「まあ、今日は研究所に戻るだけだし」
「そうですね」
そしてゴローたちは『ANEMOS』に乗り込み、研究所を目指した。
途中、
「やっぱり降ってきたか」
……と、小雨に降られたものの、
「こっちは止んでいるな」
と、研究所に着いたときには雨は降っていなかったのである。
「回復傾向なのは、いいこと」
とは、サナの言葉。
* * *
「おかえり、ゴロー」
「おかえりなさい」
ハカセとヴェルシアが出迎えてくれた。
「全部済みましたよ。いつでも、堂々と出発できます」
「それはよかったよ。……なら、明日かねえ」
「いいですよ。……あ、アーレンたちは疲れているかな?」
工房の書類仕事を片付けてきたので疲れが溜まっているのではないかとゴローは心配したのだが、
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ旅行に出た方が気分転換になります」
と言ってアーレンは笑った。
「そうか? ……どっちにせよ『癒やしの水』を飲んでおいたほうがいいぞ」
「そうですね、そうします」
アーレンとラーナは、肉体的な疲労よりも精神的な疲労が溜まっているようで、その発散のためにも早く旅行に行きたいようである。
そして肉体的な疲労は……。
「ああー……身体がすっきりしました」
「あちしもです……」
『癒やしの水』コップ1杯で雲散霧消したようである。
* * *
「それじゃあ、『ANEMOS』の最終点検と装備をしてしまおうかね」
「はい、ハカセ」
「もう準備はできているんだよ」
フランクを残していったので、準備するための助手には不自由しなかったようである。
そういうわけなので、ハカセはゴロー、サナ、フランクらとともに『ANEMOS』の最終点検を行い、旅行に必要な装備を積み込んでいった。
その中には修理用の素材や『竜の骨』も含まれる。
「あとは行った先で鉱石を見つけるという手もあるしねえ」
「そうですよね」
『何かあった時』用のものを揃えていったらキリがない。
どこかで線引きをする必要がある。
「こんなもんだろうね」
「はい、ハカセ」
「あとで全員の意見も聞こうかね」
「うん、それがいい」
そういうことになった。
* * *
「私は、これだけあるんですが」
「ロッカーに入れておいてくれ」
「はい」
「私はこれだけなのです」
「僕はこれとこれを」
「私はこの2つを」
各自、着替えや身の回りのものをカバンや袋に入れ、『ANEMOS』のロッカーに収納していく。
このロッカーは『ANEMOS』の床下(というか船体の下半分)に設けられているのだ。
小物入れはそれとは別に、船体の上半分(居住区)の天井下に設置されている。
現代日本の旅客機の手荷物入れのような感じだ。
「洗濯は基本的に魔法でやるからねえ」
『浄化』という魔法を使うのである(『浄化』とは別)。
「それでも、機会があったら洗濯もしたいですし、お風呂も入りたいですね」
「ヴェルは綺麗好きだからねえ」
ハカセは笑って言う。
「でも、温泉は確かに魅力的だねえ」
「疲れも取れますし」
ヴェルシアとハカセがそんなことを言い合っていると、ゴローがそれを耳にした。
「なら、折りたたみ式の浴槽を作ったらどうでしょう?」
ゴローのイメージは『謎知識』が教えてくれた『ビニールプール』である。
ただし……。
「『亜竜の抜け殻』も余っていますし」
……と、素材的にはとんでもないことを言っているが。
「水が豊富な土地だったら、浴槽を組み立てて水を汲み入れて、魔法で温めれば……」
「うんうん、いけそうだね。それじゃあ折り畳みの浴槽を作ってみるかね。……ゴロー、どんな形がいいんだい?」
「底が円形がいいです。深さはそこそこあってもいいですね。水の量を調整すればいいんですから」
側面には水圧が均等にかからないと歪むからだ。
「よっしゃ、わかったよ」
ハカセは工房へ向かった。
「……あと、衝立があったほうが……」
女性の入浴時には必要だろうとゴローが言うと、ヴェルシアが頷き、
「じゃあ、それをハカセにお伝えしてきます」
と言ってハカセの後を追うのであった。
* * *
「あとはクレーネーとミューかな……」
明日の朝ではなく、今のうちから慣れておいてもらったほうがいいかも、とゴローは考えた。
出発直前になってここがよくない、ここをこうしてほしい、と言われても困るからだ。
そういうわけで、ゴローは庭園へ。
まずは『心字池』へと向かう。
「クレーネー、いるかい?」
「はいですの、ゴロー様」
『水の妖精』であるクレーネーが現れた。
「いよいよ明日から旅行に行くことになったんだが、クレーネーに使ってもらう水槽の居心地を確認してもらおうと思ってさ」
「わかりました、ごいっしょしますですの」
「よし、じゃあちょっと待っててくれ。……ミュー、いるかい?」
「はい、ゴロー様」
「わふわふ」
『エサソン』のミューが、『クー・シー』のポチに乗ってやって来た。
「ポチも来たか。ちょうどよかった。しかし……」
「?」
「わふ?」
はじめの頃は、ポチもまだまだ小さかったので、乗っているミューとのサイズ差にあまり違和感を覚えなかったのだが、今のポチは牛くらいとなっており、10セルほどのミューとの大きさの差がもの凄いことになっている。
まあ本人たちが何も思ってなさそうなので、ゴローもコメントは控えた。
「ええと、明日から旅行に行くんだ。で、クレーネーやミューやポチの居場所も用意したので、確認してもらいたくてな」
「わかりました」
「うぉん」
こうして、クレーネー、ポチ、ミューを引き連れ、ゴローは『ANEMOS』へ。
「中に用意してあるんだ」
そう言ってゴローは先導しつつ『ANEMOS』の中へ。
「すごいですの……凄まじい力を感じますの……」
「ああ、『竜の骨』をあっちこっちに使っているからかな?」
「そうだと思いますですの」
「居づらいか?」
「いえ、それは大丈夫ですの」
クレーネーは別に居づらいことはないという。
ゴローはポチとミューにも尋ねた。
「大丈夫、です」
「うぉん」
ミューは大丈夫、ポチも尻尾がぶんぶんと振られているから平気のようだ。
「ええと、クレーネーはこの水槽だ」
「まあ、住みやすそうな水槽ですの」
そう言って、水槽の中の水にとぷん、と身を浸す。
「とっても居心地がいいですの」
顔だけ水面から出してそう告げるクレーネーが微笑ましくて、ゴローも笑顔になった。
「そっか。じゃあそこに住んでくれ」
「はいですの」
次はミューである。
「このケースの中で過ごしてもらいたいんだが」
テラリウムっぽく仕上げた水槽である。
ミューはポチの背中からぴょん、と飛び降りて苔の上に着地。
体重はゼロなので苔も動かなかった。
そしてその下を覗いてみたり、植えてある草の下に潜り込んでみたりして、
「すごく居心地よさそうです」
と答えた。
「なら、旅行の間、そこで暮らしてくれるかい? 湿り気は欠かさないようにするから」
「はい、大丈夫です」
最後はポチである。
「ポチ、ここで寝られるか?」
「わん?」
ゴローは、ポチ用に製作した犬小屋を見せた。
「わう! わう!」
それを見たポチは、尻尾を振って中を覗き込む。
そしてゴローを振り返り、『ここで寝ていいの?』というような顔をする。
「旅行の間、そこがポチの寝床だ」
とゴローが言うと、
「わぅん」
と鳴いて小屋の中に入り、丸くなって寝そべった。
「居心地はどうだ?」
とゴローが聞けば。
「くーん」
と、のんびりした声が返ってくる。
どうやら気に入ったようだとゴローは安心した。
「よし、これで旅行の準備はオーケーだ」
そしてこのまま明日まで暮らしてもらうことにした。
クレーネーもミューもポチも、満足そうに頷いたのである。
* * *
「……ということで、支度は全部済みました」
夕食時、ゴローが報告すると、
「これで、心置きなく旅行に行けるねえ!」
と、満面の笑みでハカセが言った。
「楽しみですね」
「楽しみなのです」
「うん、楽しみ」
「明日が待ち遠しいですよ」
「本当に」
皆、わくわくする気持ちを抑えきれないようだった。
いつの間にか夜空は晴れ渡り、満天の星が輝いていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月25日(木)14:00の予定です。
20251219 修正
(誤)「このケースの中で過ごしてもらいたんだが」
(正)「このケースの中で過ごしてもらいたいんだが」




