14-35 なくなった懸念
「はあ、旅行にですか……」
ティルダの納品と、ゴローからのエメラルドの納品が順調に終わった後。
応接室でお茶を飲みながら世間話という名の情報交換を行っている。
その中でゴローは、旅行の予定を説明した。
「何か珍しいものがないか、探す旅でもあります」
「なるほどなるほど。そういうものがあったら、是非仕入れさせていただきたいですな」
「ええ、その時はこちらに持ってきますよ」
「おお、よろしくお願いしますよ、ゴローさん」
「それで、今日はこちらへうかがったついでと言ってはなんですが、砂糖を20キムほど購入して帰りたいんです」
「そうですか、ええ、まいどありがとうございます」
こうして、『マッツァ商会』の用事も問題なく終わったのである。
* * *
ゴローたちが屋敷に戻ると、アーレンたちも戻ってきていた。
全員揃ったのでティータイムとする。
「『マッツァ商会』の方は問題なく終わったよ」
とゴローが言えば、
「『ブルー工房』の方も書類を片付けてきました」
とアーレンが報告する。
「じゃあ、もう懸念はないわけですね」
「ん、砂糖も買ってきたし」
ラーナの言葉にサナが応じた。
「ティルダの方は、注文はいいのか?」
「はい。半年分をまとめて納品しましたから」
「それならいい……のか?」
半年で帰れるという保証はないのである。
が、ティルダは、
「その懸念も含めて、オズワルドさんには納得してもらいました」
と言ったので、ゴローもそれ以上は言わなかったのである。
代わりに、
「それじゃあ、もういつでも旅行に行けるというわけだな」
という確認じみたセリフを口にした。
「はい、ゴローさん」
「はいなのです」
それに応えるアーレンとティルダ。
いよいよ、最後の旅行準備である……。
* * *
「貴重品は半分くらい研究所に持っていっておこう」
「唐辛子は全て収穫したようなので、全部お持ちください」
「お砂糖は積んだ?」
ゴロー、マリー、サナである。
「マリー、一緒に行くに当たって、この屋敷の管理はどうなる?」
「本体が行いますのでご安心ください。ご旅行には『分体』をお連れください」
「それで大丈夫なのか?」
「はい。『竜の骨』のお陰で、『分体』も本体に近い力を出せますし、戻ってきた時に吸収すれば、記憶と経験も私のものになります」
「なるほど」
その点では『木の精』のフロロやルルよりも勝手がいい、といえる……のだろう。
『木の精』は分かれて久しいと独立してしまうのだから……。
「それじゃあ、『竜の骨』をもう少し置いていこう」
「ありがとうございます。さらなるパワーアップが見込めます」
「そ、そうか」
* * *
そして、庭のフロロへはサナが出向いている。
「……というわけで、長い旅行に行くんだけど、フロロ、どうする?」
「うーん、そうね……」
『木の精』は植物の精霊であるから、基本動かない(動けない)。
「えっと、ゴローが言うには、結構環境のいい植木鉢を用意する、って」
「へえ……なら、あたしの『分体』を連れて行ってもらおうかな」
そして、いずれどこかの土地に植えてきてもらおう、とフロロは言った。
「その時、あたしには何も伝わらないけど、あたしの子供たちがどこかで育ってくれると思うだけでなんとなく楽しいわ」
「そうなの?」
「うん。普通は種から、ということになるけど、あたしくらいになると『分体』で増えられるからね」
「なるほど」
それもまた、植物にとっての繁殖という戦略なのかもしれない、とサナは思った。
* * *
「ということだから、ゴロー、植木鉢を出して」
「わかったわかった。『ANEMOS』の中にあるよ」
そういうわけで、ゴローとサナは植木鉢を持って改めてフロロのところへ。
直径約30セルの素焼きの鉢である。いわゆる『10号鉢』だ。
ちなみに、植木鉢の号数に3を掛けると直径が出る。つまり号数とは『寸』なのだ(1寸=3.03センチ)。
「ゴロちん、それがそう?」
「うん。いい土を用意したつもりだけど」
「そうね。これならいいわ。それじゃあ、『分体』を用意するからね」
そう言ったフロロは、1本の枝を取ってゴローに手渡した。
「これを植えておけばいいんだな」
「そうね。……今回は特に力を分けたから、すぐに根付くと思うわよ」
「でもそうしたら、フロロとのつながりが切れてしまうんじゃ……」
「それでいいの。あたしたちは移動そのものを楽しむ、という感情はないから」
違う土地に根付く、という方が嬉しいと、フロロは言った。
「そういうものか」
「そういうものよ」
そしてゴローは植木鉢の土にフロロの『分体』すなわち若い枝を挿し木したのである。
「今回は、いずれどこかに植えてもらうつもりで『分体』に力を込めたから、目覚めるのは1日か2日後になるかもね」
「それまでは適度に水をやっておけばいいかな?」
「それでいいわ」
ここでゴローはふと思いついたことを尋ねてみる。
「ええと、『水の妖精』のクレーネーが『癒やしの水』を出せるんだけど、それを水代わりに撒いたらどうなる?」
「ああ、そういうこと。……そうね、根付くのは早くなるでしょうね」
「じゃあ、時々やることにしよう」
「ええ、そうしてあげてちょうだい」
こうして、フロロについても準備は完了したのである。
* * *
「だいたい準備ができたから、まずは明日、全員で研究所へ行こう」
「そうですね」
「で、向こうでも準備を整えて、出発は明後日だな」
「いよいよですね」
「楽しみなのです」
そういうことになった。
と、ここでサナからの意見が出る。
「ゴロー、『ルー』には声を掛けなくていいの?」
「え?」
『ルー』とは、『ルサルカ』のことである。
王都の北西にある『池』(泉)にいつのまにか棲み着いていた。
最初は『穢れ』をまとっていてゴローに害をなそうとしたが、『浄化』の魔法と『癒やしの水』の効果、それにゴローが『ルー』と呼んだことで、今ではゴローに懐いて(?)しまっていた。
そのため、西の方にあると思われる『いえにかえる』と言っていたルーだったが、今では池に棲み着いてしまっていた。
「私たちも西の方へ行こうとしているなら、連れて行ってあげてもいいんじゃ?」
「そうだな……聞くだけ聞いてみよう」
「ゴローさん……」
「水妖まで慣らしてしまったんですか?」
「いや、成り行きで……」
そう言い訳したあと、ゴローはサナとともに『池』へと向かった。
* * *
「ルー、いるかい?」
「あ、ゴロー、サナ……きて、くれた」
「元気か?」
「うん、げんき」
「その後、変な奴は来たか?」
「こない、よ」
「ならよかった。……今日はちょっと話があるんだ」
「な、に?」
「ええと、まず、ルーは、家に帰りたいか?」
この問いに、ルーは小首を傾げて考え……。
「すこしまえまでは、かえりたかった。でも、『ルー』になってからは、そうでもなくなった」
「そ、そうか」
「ゴローが名付けた影響で、この土地と『縁』ができた」
サナが言う。
「俺たち、明日から長い旅に出るんだが、一緒に行かないか、と思って」
「たび?」
「うん」
「いっしょに?」
「そうだ。西の方へ行くから、ルーが元々住んでいた場所へ連れて行ってやれるかもしれない」
またルーは小首を傾げて考え、答える。
「いきたい、けど、ちょっと、むり」
「そうなのか?」
「うん。……みずからながくでて、いられない」
「そうか……じゃあ、大きな入れ物に水を満たして、その中に浸かるのはどうだ?」
「それでもむずかしい、とおもう」
「なぜ?」
「ゴローとサナはきにしないのかもしれないけど、にんげんにとって、わたしは、ばけもの、だから」
「……」
「そんなひとたちを、たくさん、みてきた。であって、きた」
「……」
「わたしがいっしょにいると、ゴローたちも、きらわれてしまう、かも。そんなの、いや」
「…………」
「だから、いかない。いきたくない」
アーレンやラーナ、ハカセ、ヴェルシア、ティルダ、ルナールらがどう感じるか。
「でも、ゴローのきもち、うれしい。ありがとう」
「そう、か……残念だ」
本人(本妖?)が行けない、行きたくない、というのでは、ゴローとしてもそれ以上誘うことはできなかった。
「そのかわり、ゴローがもどってくるまで、ここに、いる。かえりを、まってる」
「そうか、わかった。それじゃあそうしよう」
「うん」
ルーを連れていけないのはちょっと残念だが、仕方ない、と諦めるゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月18日(木)14:00の予定です。
20251211 修正
(誤)ちなり号数とは『寸』なのだ(1寸=3.03センチ)。
(正)つまり号数とは『寸』なのだ(1寸=3.03センチ)。




