14-34 餞別
着々と進んでいく旅行準備。
「あとは一応、モーガンさんや姫様にも断っておく必要があるかな……」
「うん、その方がいいと思う」
留守が長引いて騒ぎにならないとも限らない。
「何か言われるかもしれないけど、話さないわけにはいかないか」
「うん」
サナとそうした話し合いをしたゴローは、夕食時に皆にそれを伝えた。
「そうですね、王女殿下には話しておいた方が、後々のことを考えるとよさそうですね……」
ラーナは賛成のようだ。
「僕もそう思います」
「私も」
アーレンとヴェルシアも賛成した。
「どのみち、頼まれた『エメラルド』を『マッツァ商会』に持っていくつもりだからな……」
「私も納品してくるのです」
「なら今回は、堂々と『ANEMOS』で昼間帰れば、きっと姫様はやって来る」
「それはいえるな……今夜帰ろうと思ったけど、明日の朝にするか」
「それがよさそうですね」
アーレンたちとしても、昼間帰らないと工房が閉まっているわけだ。
「あと、マリーの『分体』を改めて招待というか、連れてきますよ」
「それはいいと思うよ」
ハカセも賛成してくれたので、ゴローとサナ、それにアーレンとラーナは翌日『ANEMOS』で王都に戻ることにした。
ゴローは『マッツァ商会』へ、アーレンとラーナは『ブルー工房』に一旦顔を出す予定。
サナは屋敷で留守番である。
というか、王都での甘味目当てかもしれない……。
* * *
そして翌日。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けて行っておいで」
残るのはハカセ、ヴェルシア、ルナール、それにフランク。
『ANEMOS』はゴローが操縦する。
フランクを研究所に残したのは、いざという時に飛行機を操縦できる者がいたほうが都合がいいからだ。
一応ルナールも、教えたから操縦はできるが、あくまでも『できる』というだけで、非常に心許ない……。
* * *
ゴローが操縦する『ANEMOS』は1時間で王都に到着。
「お帰りなさいませ」
『屋敷妖精』のマリーが出迎えてくれた。
時刻は午前8時。
堂々と飛んでいたので、王城からもよく見えたはずである。
もし、ローザンヌ王女が暇なら、9時ころにはやって来るだろうと思われた。
そこで、アーレンとラーナは『ブルー工房』へ。
ゴロー、サナ、ティルダはまだ屋敷に残ることに。
ティルダは『マッツァ商会』に行くわけだが、ゴローが『自動車』で一緒に行くといったので残ったのだ。
そして、予想は的中。
「ゴロー! いるな!!」
午前8時50分。ローザンヌ王女の来訪である。
「姫様、ご無沙汰しております」
「おお、やっぱりいたな。……飛行船が来たと報告があったから飛んできたのだ」
「はあ」
「ゴロー、先日ぶりだな」
「おはようございます、モーガンさん」
もちろんモーガンも一緒であった。
まずは応接室へ通すゴロー。
ティルダは工房へ退避している。
「殿下、お久しぶりでございます」
「おお、サナも元気そうだな」
「はい、おかげをもちまして」
……などと、ほぼ恒例の挨拶を済ませると、まず王女が尋ねてきた。
「土産は見たか? 大したものではないが」
「あ、はい、ありがとうございました」
実はまだ開けていないのである。
が、ハカセとともに『単眼鏡』で中身を確認したので、それが何であるかはわかっている。
赤、黄、緑の宝石である、直径2セルほどの球形。
「あれは、『Celeste』が訪れた先の国で譲り受けた物の一部なのだ」
「そうでしたか」
「どこの国……かは、まだ一般に公開できぬのだ。すまんな」
「いえ、お気になさらず」
国と国との付き合いには、そうした関係もあるだろうし、あえて聞く気もないゴローだった。
「それでだな、ゴロー」
モーガンが話を切り出した。
「この前、お前たちは旅行に行くと言っていたろう?」
「あ、はい」
旧教会の残党が捕まったとモーガンから聞いた時のことだ。
ちょっと長い旅行に出てみようと思っている、と話したのである。
「そのことを姫様にちょっと話したらな……」
ぎくっ、とするゴロー。
(まさか、連れて行け、とか言わないだろうな……)
と緊張する。
「……餞別をくださるそうだ」
「……え?」
予想と違う言葉が出てきた。
「うむ。……ゴロー、なんでも、東か西へ、行けるところまで行くというではないか」
「あ、はい」
「うらやましいな。私もそんな冒険をしてみたいが、立場上かなわぬ夢だ」
「……」
「それで、そなたらに餞別を渡そうと思ってな」
ローザンヌ王女がそう言うと、モーガンは持参した袋から何やら小さな包みを取り出した。
そして、それをテーブルの上に置き、ゴローの方へと押しやった。
「姫様からの餞別だ。受け取ってくれ」
「たいしたものではない。受け取ってくれ、ゴロー」
そうまで言われては、素直に受け取るしかない。
「では、ありがたく頂戴します」
と言って包みを受け取ったのだった。
「……見てもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
この世界では、もらった物をその場で開けて確認する、ということは別に失礼は当たらない。
ゴローは包みを開けてみる……。
そこから出てきたのは、おそらく銀でできていると思われる鳥の置物。
大きさは手の平に載るくらい。
形状からして鳩だろうな、とゴローは思った。
「ハトの置物だ」
モーガンが言う。
「ハトは、遠くからでも巣に戻って来るからな。無事に帰ってこられるようにという縁起物でもある」
「そうでしたか」
ローザンヌ王女なりの気遣いだと感じたゴローは、座ったままではあるが深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、殿下」
が、ローザンヌ王女は笑って、
「そんな堅苦しい態度はやめろ。ほんの気持ちだ」
と言う。
「一応純銀製だ。もしも路用に困った時は売り払ってもいいぞ」
「いえ、大事にします。そして、帰ってきた時には、これをまた殿下にお見せしますよ」
「ふふ、そうか。その日を楽しみにしているぞ」
そう言ってローザンヌ王女は微笑んだのであった。
* * *
お昼前には、ローザンヌ王女とモーガンは帰っていった。
それで、ゴローたちはお昼を済ませたあと、『マッツァ商会』へと向かう。
「行ってらっしゃいませ」
ゴロー、サナ、ティルダの3人で自動車に乗って行く。
『屋敷妖精』のマリーが留守番である。
通りを行く自動車だが、最近は他にも自動車を見かけるため、それほど目立ってはいない。
『ブルー工房』が量産しているのだ。
「おお、ゴローさん、サナさん、ティルダさん、ようこそ!」
商会主、オズワルド・マッツァが一行を出迎えた。
そしてすぐに奥の応接室へ。
そこでまず、ティルダが納品を行う。
今回は銀製の食器類と、アクセサリー類だ。
食器は大皿、中皿、小皿、フォーク、スプーンなど。
アクセサリーは指輪、ペンダント、バレッタ、ポニーフック(ポニーテールを束ねる金具)などである。
チェックが行われ、代金が支払われる。
その間、ゴローとサナは出されたお茶とお茶菓子を堪能していた。
「お待たせしました、ゴローさん」
ちょっとだけ済まなそうにオズワルドが言う。
が、ゴローはそれを笑って流した。
「いえいえ、うちのティルダとの商談ですからね。……それより、この前頼まれたエメラルドですが」
と言ってゴローは、袋からエメラルドの原石を取り出し、テーブル上に並べた。
「おお、これはいいですな!」
「あまり大きいのはなかったんですが」
「いえいえ、これで結構ですよ!」
ゴローが持ってきたエメラルドは、原石そのままではなく、多少カットされており、状態がよくわかるのだ。
「この大きさで、傷がほとんどないというのは貴重ですよ!」
「これでいいでしょうか?」
「ええ、ええ、これでしたら、先方も十分満足されるでしょう」
「だったらいいんですが」
……と、こちらも商談がまとまったのであった。
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次回更新は12月11日(木)14:00の予定です。




