14-31 万が一の対策
旧教会の残党が捕まったとモーガンから聞き、ゴローたちは胸を撫で下ろした。
「残党の残党はまだいるかも知れませんが、もう大したことはできないでしょうね」
「いても1人か2人くらいだろうしな。引き続き警戒は続けるがな」
「その最後の1人というのが厄介かもですね」
「そうだな。大体において、そうなると逃げ回ると相場は決まっているからな」
ゴローたちも、気が付いたことがあったらまた報告してほしい、とモーガンは言った。
「それでですね……」
話の区切りが付いたところで、ゴローはモーガンに旅行の話を伝えることにした。
「一段落したら、ちょっと長い旅行に出てみようと思っています」
「ほう、目的地は?」
「決まっていません。……とりあえず、ずっと東か西へ、行けるところまで行ってみようと」
「ふむ……探検みたいなものか」
「そう、かもしれません」
『帰還指示器』があるので、帰る方角がわからなくなることはありません、とゴローは言った。
「そうだな。遠出した時、未知の場所へ行った時、あれは心強いな」
「はい」
「気を付けて行ってこいよ」
「ありがとうございます」
「お茶、ごちそうさん」
「お構いもしませんで」
そしてモーガンは帰っていったのである。
* * *
「……うーん、なんとかなりそうだねえ」
「そうですね、ハカセ」
モーガンが帰ったあと、ゴローとサナはハカセを交えて打ち合わせをしている。
「一応、後顧の憂いはなくなったと考えていいんだろうね」
「そうだと思いますよ」
「でも、留守がちょっとだけ心配だねえ……」
「まあ、確かに。『油断大敵』といいますし」
「それも『謎知識』かい?」
「はい」
「……でも、言いえて妙」
「サナの言うとおりだね。警戒を解いて油断した時が一番危ないよ」
「はい」
「だから、油断しないよ!」
ハカセは、握り拳を作って力説した。
「ゴロー、今夜、研究所へ連れて行っておくれ」
「? はい」
「研究所で、『浄化の魔導具』を幾つか作って、この屋敷に仕掛けておこうと思ってね」
「ああ、それはいいですね」
「起動はマリーにやってもらえばいいからね」
そういうことになったのである。
「でも、そんなにすぐにできるんですか?」
「ふっふっふ、それができるんだよ」
ハカセはにやりと笑って種明かしをする。
「先に、『呪具』を見ただろう?」
「はい」
「あれで、『穢れを発する呪具』のことが大体わかったんだよ」
やはりハカセはすごい、とゴローは驚愕した。
「あいつの『逆』をやるのが、一番の早道なのさ」
「なるほど」
「うまくすれば『呪い返し』みたいな効果も出せるよ」
「それもすごいですね」
ハカセでなければできないだろうな、とゴローは素直に感心した。
「というわけで、今夜研究所へ行って、明日の昼間に魔導具を作って、夜またこっちへ戻ってくればいいさね」
「お任せします」
とにかく、そういうことになった。
その際に、オズワルド・マッツァから頼まれた『緑柱石』……『エメラルド』を取ってこよう、と考えたゴローであった。
* * *
その日は何事もなく、夜を迎えた。
「それじゃあ、行こうかね」
「はい、ハカセ」
「お気を付けて、ゴロー様、ハカセ様、サナ様」
見送るのは『屋敷妖精』のマリー。
ゴローは操縦士、サナはハカセの助手として、『レイブン改』で研究所へ向かうことになる。
さすがに今夜は何ごともないだろうとは思っているが、注意するに越したことはない。
「マリーも気を付けておくれ」
「はい、承知しております。行ってらっしゃいませ」
そして『レイブン改』は夜の闇へと舞い上がった。
* * *
改良に改良を加えられた『レイブン改』は、30分ほどで研究所に到着。
「おかえりなさい、ハカセ様、ゴロー様、サナ様」
『双方向夫婦石通信機』で連絡しておいたので、ルナールが出迎えてくれた。
そして研究所の中へ、
居間には全員……ティルダ、アーレン、ラーナ、ヴェルシアらが待っていた。
「事情は説明したとおりさ」
ルナールが用意してくれたホットミルクを一口飲み、ハカセは口を開いた。
「どうやら『元教会関係者』が『救い』と称して『穢れ』を屋敷に取り付かせたようなんだよ」
「……」
うなだれて聞いているヴェルシア。
彼女はかつて教会の『助司祭』だったのだ。
が、たまたま侵入したゴローの屋敷で捕まり、ゴローに洗脳を解除されて以来、『仲間』となった。
今ではもうすっかり『家族』の一員である。
……が、やはり所属していた教会が犯罪を起こしたという話を聞くのは辛いようだ。
「気にすることはないよ、ヴェル」
「はい、ハカセ……」
ハカセに声を掛けられても、ヴェルシアの落ち込みは治らない。
ならばいっそ言いたいことを言わせてみるのもいいかも、とハカセは考え、質問を行った。
「そうだ、教会の下っ端って、みんなあんな風なのかい?」
「あんな風、というのがよくわかりませんが、……私もそうでしたが、狂信的、ですね……」
「やっぱりそうなのかい。……しかし、『穢れ』を『救い』と思っているのはちょっとねえ」
「……もしかすると、『執行者』かもしれません」
「『執行者』?」
「はい。……司教以上の意思を体現するための……兵隊みたいなものです」
また1つ、元教会の闇が明らかになった。
「彼ら『執行者』にとって、司教以上の上司はほとんど神様みたいなものです」
「それはまた……」
「ですので、命じられたことは盲目的に実行します」
今思うと、私もそれに近い状態だったんですよね、と言ってヴェルシアはまた落ち込んだ。
「でも今は違うだろう? ヴェルはもうあたしたちの家族だからねえ」
「そうだよ」
「うん」
「そうですよ」
「ありがとう、ございます」
皆から温かい言葉を掛けられ、少しヴェルシアの気持ちも上向いたようだ。
「それで、話を戻すけど、『穢れ』を操るような奴を知ってるかい?」
が、ヴェルシアは首を横に振った。
「いえ、知りません。……私はどちらかと言うと内勤でしたから、外部のことはほとんど知らないんです」
「そうかい、それなら仕方ないねえ」
「あ、ですが、大司教でしたら『穢れ』を操れても不思議ではないです」
「なるほどねえ」
やはり実行犯は『執行者』で、彼らに指示を出したのが大司教なのかもしれない、とゴローは思ったのである。
「そうすると、奴らが使う術には詳しくないんだろうね」
「いえ、少しでしたら知ってます」
「ほう? 聞かせておくれ」
「はい。……『魔法』とは言わず、『呪法』と呼んでいます」
「神法、じゃないんだね」
「はい。神の名を関するのはあまりに恐れ多いということで」
「なるほどねえ。……続けておくれ」
多少参考になるかな、とハカセは思い始めている。
「『呪法』は、要するに魔法陣ですね」
「やっぱりそうかい」
『呪具』を見た限り、そうではないかと思われていたのだが、その裏付けが取れたわけだ。
「『呪具』を作るための機関もありまして、『製造者』と呼ばれていました」
「なるほど、『製造者』かい」
ガーゴイルもそいつが作ったんだろうね、とハカセ。
「今回、そいつは捕まったのかねえ?」
「どうでしょう……実行機関じゃないので、捕まっていないかもしれません」
『製造者』は、基本的に一般の教会関係者との接触はなかった、とヴェルシアは説明した。
「王都内ではなく、郊外に隠れている可能性が高いです」
「なるほどね。……そのあたり、捕らえた連中は吐いたのかねえ」
「どうでしょう。……吐いたとしてもごく表面的なことしか話していないと思います」
「そういうものかねえ」
「はい。……命令に説明はないもの、という考え方でしたので」
「ああ、それじゃあ無理ないかねえ」
こうしてヴェルシアの話を聞くだけでも、組織として腐敗していることがよくわかった。
ハカセは、そんな組織に自分たちの邪魔をさせてなるものか、とやる気を漲らせたのである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月13日(木)14:00の予定です。
20251106 修正
(誤)「でも今は違うだろう? ヴェルはもうあたしたの家族だからねえ」
(正)「でも今は違うだろう? ヴェルはもうあたしたちの家族だからねえ」
(誤)ハカセは、そんな組織に自分たちの邪魔をさせてなるものか、ととやる気を漲らせたのである……。
(正)ハカセは、そんな組織に自分たちの邪魔をさせてなるものか、とやる気を漲らせたのである……。




