14-15 真相解明への1歩
王家の配下が『古代遺物』を持ち帰った、その礼物。
それが、貴重品倉庫に収納されているという。
貴重品倉庫は、倉庫と呼んではいるが、屋敷の奥に設えた『ウォークイン・クローゼット』のようなものだ。
場所は、誰も使っていない執務室の奥。頑丈な扉が付いている。
「こちらです」
中は床も壁も天井も石造り。
とはいえ壁には板が張られており、棚が置かれている。
その棚の中段に『礼物』があった。
「これがその礼物です」
ティッシュの箱よりもすこし大きいくらいの包みである。
「まだ開けておりませんが、危険物ではなさそうです」
「うーん……なんか気になるねえ……う——ん……」
包みをひと目見て、ハカセが唸った。
「ハカセ、気になることでも?」
「いや、魔力はほとんど感じないんだけど、なんとなくぞわぞわするんだよ……」
「じゃあ、『単眼鏡』で見てみましょうか?」
「ああ、その手があったねえ」
『単眼鏡』を使えば、包みをほどくことなく中身を確認できるはずである。
「どれどれ……ええと、何やら宝石のようなものが3個、入っています」
「宝石かい。色と大きさは?」
「色は、1つは緑、1つは赤、もう1つは黄色ですね。大きさは直径2セルくらい、真球です」
「うーん……特に怪しくはないねえ……魔力も感じないし……原因はこれじゃないのかねえ……」
「ハカセ、開けるのは後にして、可能性は小さいですがもう1つの納品物を見てみましょう」
マッツァ商会から納品された小麦粉と砂糖である。
「はい、それは食料倉庫にあります」
『屋敷妖精』であるマリーの案内で地下にある食料倉庫に行ってみたが、こちらも何の変哲もない小麦粉と砂糖であった。
「うーん、振り出しに戻ったねえ」
「ですねえ」
「うーん……」
今夜のハカセは唸ってばかりである。
「ハカセ、ちょっとだけ休みましょう」
ここらでゴローは、ちょっと休もうと提案した。
「そうだねえ……」
「マリー、紅茶を淹れてくれないか。すこし甘めにして」
「私のは、うんと甘く」
「はい、わかりました」
というわけで、夜中(午後11時)の茶会となった。
ハカセは2徹や3徹は平気(健康には悪い)だし、ゴローとサナは眠る必要はない。
マリーは『屋敷妖精』なので、むしろ夜のほうが調子がいい……。
「ああ、ほっとする味だねえ」
「ん、甘い……おいしい……」
「……」
ようやく一息ついたなと、ゴローも肩の力を抜いた。
「そういえばハカセ、詠唱の前の呪文みたいな言葉はなんですか?」
この機会に聞いてみよう、とゴローは思った。
「『καθαρση』かい? あれは古代語の詠唱だよ。使うのが久しぶりだったから、補助として唱えたのさ。もう慣れたから普通の詠唱だけで大丈夫だけどね」
「そういうものなんですね」
「そういう意味では、『浄化』は古くからある魔法なんだろうねえ」
「今度教えて下さい」
「いいともさ」
そんなのんびりしたひととき。
だが……。
「………………あれ?」
「どうしたの、ゴロー?」
「どうしただい?」
「ゴロー様、お茶が不味かったでしょうか?」
突然、何かに気付いて動きを止めたゴローに、ハカセたちは三者三様の反応をした。
「あ、いや、あの、ハカセ、この屋敷に集っていた『黒ピクシー』は、何を狙って集まっていたんでしょう?」
「あ…………そうだねえ」
「確かに……」
「サナの魔力に集まってきたから、屋敷にある『何か』の魔力に惹かれて、なんだろうけど、それが何かなあって」
「……それらしい魔力はなかったねえ」
「……うん」
さらに謎が増えてしまった。
「マリー、わかるかい?」
「いえ、見当もつきません」
「そうか……」
屋敷内にある『何か』に惹かれたことは間違いなさそうだが、それがわからない。
このままでは、時間が経つとまた『黒ピクシー』に集られる可能性がある。
「……ハカセ、そもそも、『黒ピクシー』って、どうして生まれたの?」
「生まれたというか、普通の『ピクシー』が邪気とか瘴気に毒されたんだろうと思うよ」
「うん……」
ハカセとサナは『黒ピクシー』の発生原因について話し合ったが、結論は出そうもない。
一方、ゴローは、
「『竜の骨』かな……?」
「ゴロー様、それでしたら、いただいた直後から取り憑かれるのではないかと愚考いたします」
「そうだよなあ……あまりにもタイムラグがありすぎる」
……などとマリーと検討しているが、こちらも進展しない。
「あ、でも、『黒ピクシー』が発生したのが3、4日前からだとしたら辻褄は合うぞ?」
「仰るとおりですね……」
その可能性が高い、とゴローは考え、3、4日前に何があったのか、マリーに確認する。
「3日前がマッツァ商会様からの納品と王家から『礼物』が届いたこと、ですね」
「うん、それはさっき聞いたな。4日前はどうだ?」
「『Celeste』が探検行から戻ってきた日ですね」
「それが何か関与している可能性もあるな……」
考え込むゴロー。
「……だとしたら、王城にも『黒ピクシー』が集っている可能性もあるな」
「他のお屋敷にも、ですね」
「そうだな……」
ゴローは、ハカセとサナにもこの推測を聞いてもらおうと、横を向く。
「ハカセ、サナ……」
「ゴロー……」
すると、同じ様にこちらを向いたサナと目が合った。
「ゴローから、どうぞ」
「う、うん。……『黒ピクシー』が発生したのと『Celeste』が『古代遺物』を見つけて戻ってきたこととは関係があるのかもしれない」
「同感。だとすると、ここ以外の場所にも……王城にも、『黒ピクシー』が集っている可能性が、大」
「うーん……明日、調べてみるか……ハカセ、いいですよね?」
「いいともさ。……それじゃあ今夜はこっちに泊まりだね」
「そうなりますね」
「だったら『双方向夫婦石通信機』で、研究所に連絡を入れておいたほうがいいだろうねえ」
あれきり音沙汰なしでは皆が心配するだろう、とハカセは言った。
「そうですね、早速連絡してきます」
そう言ってゴローは席を立ち、3分ほどで戻ってきた。
「ルナールが出てくれましたので、状況をざっと説明してきました」
「ご苦労さん、ゴロー」
これで当面の気掛かりはなくなったので、休むことにした(主にハカセのため)ゴローたちであった。
* * *
翌朝、ゴローは6時に起きて庭へ出てみた。
『単眼鏡』で確認してみたが、今のところ『黒ピクシー』は戻ってきていない。
「ゴロー、おはよう」
「ああサナ、おはよう」
「フロロの所に行ってみようと思う」
「そうだな、行こう」
『木の精』のフロロの様子を見に行く2人。
「フロロ、おはよう」
サナが声を掛けると、本体である梅の木からフロロが顔を出した。
「サナちん、おはよう。昨夜はありがとね」
「もう大丈夫? 少し魔力、あげようか?」
「ああ、もらえるなら欲しいわ……」
「うん」
そこでサナは『哲学者の石』を5パーセント程度稼働させ、フロロに『マナ』を1分間ほど注いだ。
「ああ、随分楽になったわ、ありがと」
「うん。……で、いくつか聞かせて」
「わかったわ。……あの……サナちんが『黒ピクシー』と呼んだ奴らはね、3日前に大挙して押し寄せてきたのよ」
そのあたりはマリーに聞いた話と一致している。
「どうしてフロロに集ってたの?」
「うーん……説明しにくいけど、あたしの『精霊の力』を感じ取ったんだと思うわ」
「『精霊の力』? 魔力じゃなくて?」
「魔力とは別ね。うーん……あなたたち……というか人間に例えたら、魔力がご飯で精霊力は水、かしら?」
「よくわからない」
「でしょうね……サナちんたちのところにいるハカセ? だっけ? あの人なら少しは分かるかもね」
「戻ったら聞いてみる」
「うん、そうして。……あたしはもう少し休むわ……」
そう言い残して、フロロは梅の木に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「戻って、ハカセに聞いてみよう」
「うん」
ゴローとサナは顔を見合わせた後、屋敷に戻ったのである。
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次回更新は7月24日(木)14:00の予定です。




