14-06 夢
ハカセたちの、追加仕様検討はまだ続いている。
今は、緊急用の脱出用装備についてだ。
「背嚢式の浮遊装置、という考えはいいと思うんだよねえ」
ハカセが言う。
「でも、装着者の体重の違いを考えると、調整が難しいですね」
アーレンが応じた。
そしてここで、珍しくティルダが発言する。
「あの、事前に調整しておくのは駄目なのです?」
「え? ……ああ、そっか。たくさん用意して、乗る前にそれぞれの浮遊装置を調整しておくわけか。……いいな、それ」
ゴローが感心したように言った。
「なら、何段階か、事前に区分けしておくと、調整も楽なんじゃないですか?」
これはヴェルシアだ。
一度方向性が決まると、次々にアイデアが出てくる。
「そうだね。体重10キム刻みなら、調整も楽だろうし」
「操縦士は専用の物を持っていればいいですし」
「あの、発言よろしいでしょうか……?」
今度はルナールがおずおずと口を開いた。
「非常用ということは、普段は背負っていないんですよね?」
「まあそうだねえ。何でもない時は邪魔になるし」
「つまり、非常事態が起きた時に背負う、と」
「そういうことだねえ」
「その時、他の人用に調整した物と取り違えたりしないでしょうか?」
「あ……」
「ありえますね」
非常事態だと慌ててしまい、パニックに陥ったりするため、他者用に調整した浮遊装置を背負ってしまうことは十分に考えられる。
設定より体重が重ければ急下降してしまうだろうし、軽ければ着地できずに浮き上がってしまうだろう。
「そうすると、やっぱりその場で調整できた方がいいのかもねえ」
ここで、ラーナも発言。
「ハカセ、ないよりはあったほうがいいので、アイデアが間に合わない時は、必要最低限の事前調整式の『浮遊装置』を作っておくのはどうでしょう?」
「ああ、そうだねえ」
「……小さくする、という方向性は?」
今度はサナである。
「乗る時に調整して、背負ったまま乗っていられるような小さいもの、にすることは?」
「そっちの方向性もありかねえ」
まずはアイデアを出し合おうと、否定はせずに次々に思い付きを並べていく。
そんな中、ゴローが、
「……そうだハカセ、個人を特定できるような魔法はありませんか?」
と言い出した。
「ああ、『調整値』を、その装着者に合わせようっていうのかい」
ハカセはすぐその意図を見抜いたが、
「個人を識別する魔法はあるけど、それだけさね。登録した本人かどうか、を真か偽か、しかわからないよ」
「うーん……そうですか……」
「あ、それなら、『始動キー』みたいなものに、調整値を書き込んでおいて、使用時はそれを差し込むことで『浮遊装置』が起動する、というのはどうでしょう?」
「アーレンのアイデアはいいな」
「うん、なかなかいいと思う」
「始動キー、というのがいいねえ。……うーん、これが一番現実的な気がしてきたよ」
ハカセがそう言い、アイデア出しはこれで一様終了となった。
次は現実的な検討である。
「やっぱり『始動キー』に調整値を入れておいて、『浮遊装置』にそれを差し込んで使うのがよさそうだねえ」
「長所はよくわかりました。短所を出してみませんか?」
「うん、ゴローの言うとおりだね。短所を挙げていって、それを潰すことができるか検討しないとね」
そういうことになった。
「非常時に『始動キー』を差し込むのは難しいかも?」
「それは他の方式でもあることじゃないかな?」
「『始動キー』をなくしたり、すぐに取り出せなかったら?」
「うーん……」
「『始動キー』は、乗っている間は首から提げるようにしたらどうでしょう」
「あ、ゴローのアイデアはいいね。それならすぐに使えるだろうからねえ」
「……どうも」
ゴローとしては『謎知識』が教えてくれた、『IDカード』を参考にした意見だったのだが。
その後もいろいろと検討したが、『IDカード方式』が最もよさそうなので、その線で行くこととなったのである。
* * *
懸案事項が1つ片付いたため、ゴローたちは夕食を楽しみ、その後は自室でのんびりと寛いでいた。
「あともう少しで依頼終了だねえ」
「ですね、ハカセ」
「そうしたらどうしようかねえ」
「やっぱり、探検の旅?」
「サナの言う探検、いいねえ……」
制作意欲についてはここのところの飛行船製作でかなり落ち着いている。
逆に、研究に対する欲求が高まり始めているハカセであった。
そのためには『題材』や『素材』が必要になるわけで、そのためには『探検』ということになる。
未知の土地を訪問する、希少な素材を手に入れる、新たな発見をする……。
そんな欲求が膨れてきたというわけだ。
「依頼が終わったら、一旦研究所に帰って、準備をして……」
「どこへ、あるいはどの方角へ行くか、も大事ですよね」
「そうだねえ。『3次元帰還指示器』があるから、進む方角を間違うこともないだろうし」
「『ANEMOS』なら、『亜竜』よりも速く飛べる」
「サナの言うとおりだね。……ああ、『積層翼膜式推進器』を、ちゃんと装着する必要があるね」
「更にスピードアップできそうですね」
「うんうん、それもやらないとねえ」
ハカセは実に楽しそうである。
そんなハカセを見て、ゴローも嬉しかった。
見れば、サナも、ティルダも、ヴェルシアも……もちろんアーレンもラーナもルナールも笑っていた。
「そういえば、ティルダの方は、もうミユウ先生のところへは行かないのかい?」
ハカセが尋ねた。
「はいなのです。今回は応用編ということで、下地のいろいろとか、加飾技法のいろいろを教えてもらいましたのです」
「それはよかったねえ。……で、もう行かないでいいのかい?」
「そうなのです。先生は、大きな注文が入って、1ヵ月くらい大忙しなのです」
「手伝ってあげなくていいのかい?」
「それは大丈夫なのです。昔のお弟子さんたちが手伝いに来てくれるということなのです」
だから自分のような駆け出しには、あまりできることがない、とティルダは言った。
「そういうことならしょうがないねえ」
「というか、研究所へ帰るには都合がいいですよ」
「確かに、ゴローの言うとおりだねえ」
そうなると、いつでも帰りたい時に帰れることになる。
「まあ、明日は『浮遊装置』を作って、明後日納品ということだろうから、明々後日頃かねえ」
「そんなところでしょうね」
「今度は、南へ行くのもいいかもねえ」
「夏になるから、涼しい北も、いいかも」
「それもいいねえ」
そんな、他愛もない話の中、ある意味とんでもない話題が出た。
「西か東へどこまでも飛んだらどうなるのです?」
「世界を一周して戻ってくるだろうな。何日掛かるかわからないが」
「えっ?」
「えっ?」
「ええっ?」
「ええええっ?」
ハカセやサナには『科学』の一端として、世界は惑星の上にあり、惑星は丸いもの、と説明したことがあるが、ティルダやヴェルシア、アーレンやラーナ、ルナールらには理解できない話だった。
「うーん、ほら、空の高いところから見ると、地平線や水平線が丸くなっているのがわかるだろう?」
「……あんまり気にしてませんでした……」
「同じく……」
地球の場合だと、1万メートルの高さからでは、あまり丸くは見えないという。
『丸く』、つまり水平線(地平線)が曲線に感じられるのは個人差もあるが、おおよそ10キロメートルから100キロメートルの間くらいだそうだ。
この世界、惑星の直径はまだ不明だが、地球と同程度だとすると、これまで彼らが上昇した高度では、はっきりと『丸い』とは言えないようである。
「水平線で見るとわかるんだが、遠くの島なんかは、丸みの向こう側になるからあまり距離が離れると見えないんだよ」
と別の説明をしても、
「……海へ行った時もそんなこと気にしてませんでした……」
と言われ、お手上げである。
「……まあ、いいや。……多分、この世界も丸いと思うからさ。いつか、それを証明……『世界一周』をしてみよう!」
「世界一周!」
「世界一周か、いいねええ!」
「まさに偉業ですね」
ハカセたちも皆、乗り気である。
「いつかみんなで、世界一周」
最後に、楽しそうに呟いたのはサナであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月22日(木)14:00の予定です。
20250515 修正
(誤)「そうれはよかったねえ。……で、もう行かないでいいのかい?」
(正)「それはよかったねえ。……で、もう行かないでいいのかい?」




