14-04 1号機試験飛行
翌日、そして翌々日と、『飛行船』建造は順調に進んだ。
要所要所ではハカセたちが手伝ったりチェックしたりしたので、1号機と2号機の出来にほとんど違いはない。
そして今日の朝、いよいよ試験飛行となったのである。
「おお、できたのう!」
「これは見事なのじゃ」
女王ゾラとリラータ姫も見にやって来ていた。
「これより、1号機、2号機の順に試験飛行を行います」
「うむ、見せてもらおう」
「楽しみなのじゃ」
「はい」
ゴローが女王に告げ、1号機に乗り込む。
もちろん『飛行ベスト』は着ている。
続いて『狐獣人』のケーンが。
まずは、この2人で飛ばしてみせるのだ。
船体各部のチェックは全員で念入りに行なっている。
そもそも、燃えたり爆発したりするような機構は皆無なので、そっち系の事故の心配はない。
ありそうなのは暴走だが、こちらはもう何度も作っている推進機であり、信頼性も高いので、そちらの可能性も低い。
「しっかりね、ゴロー」
「うん」
サナの声援を受け、ゴローは1号機に乗り込んだ。
続いてケーンが乗り込む。
ハカセ、サナ、アーレン、ラナ、ヴェルシア、ティルダ、ルナール、そしてフランクらは地上に残る。
2号機を手掛けた技術者たちも同様だ。
ゴローは主操縦席に座り、ケーンは予備操縦席に座る。
この『予備』操縦席は、飛行中に操縦を交代しやすいようにと、今回の2隻に作られた。
ゴローたちの『ANEMOS』はフランクが操縦士なので、24時間休みなしに操縦してくれるが、『ジャンガル王国』の場合はそうもいかない。
着陸せずとも交代できるようにと、予備操縦席を追加し、どちらからも操縦できるようにしてある。
なお、それぞれが違う操作をした場合は、主操縦席が優先される。
「それじゃあ、起動するよ」
「はい」
自分たちが作り上げたものを信じているゴローは、自家用車のエンジンを始動するような気楽さでメインスイッチをオンにした。
これにより飛行船全体に魔力が行き渡る。
が、まだ浮遊はしない。
2人は数少ない計器をチェックし、最終的に異常がないことを確認する。
「すべて異常なしです、ゴローさん」
「よし、発進する」
ゴローは『浮遊』レバーのロックを外し、ゆっくりと押し上げた。
それに伴い、内蔵された『亜竜の翼膜』に魔力が流れ、浮遊力が発生。
1号機はゆっくりと上昇を始める。
「おお! 浮き上がったのう!」
「浮いたのじゃ!」
外では女王ゾラとリラータ姫が歓声を上げている。
技術者たちは逆に無言のままで、固唾を呑んで見守っていた。
「このまま高度を取る」
「はい。現在、およそ20メル……22メル……24メル……」
1号機はそのまま、対地高度50メルまで上昇。
「およそ50メルです」
「よし。ゆっくり前進する」
ゴローは推進器レバーをゆっくりと押し込んだ。
『積層翼膜式推進器』が作動し、1号機はゆっくりと前進を始める。
「反応は良好だ」
「対地速度、およそ1メル毎秒」
「少しずつ速度を上げるぞ」
ゴローは推進器の出力レバーを少しずつ押し込んでいく。
それに呼応して、1号機は速度を上げていった。
「いいな、扱いやすい」
対地速度、20メル毎秒弱……時速70キルを出す1号機。
推進機と安定性の確認を追えたゴローは、操縦性のチェックを開始する。
操縦ハンドルを軽く引くことで、機体は上を向き、上昇を開始する。
ただし飛行機とは違うので、操縦ハンドルを引き続けることで宙返りする、などということはない。
安全のため、最大でも20度程度の上昇角度しか取れないようになっている。
とはいえ。
「最大上昇角度20度は大きすぎるかな?」
ゴローは自問自答する。
『ANEMOS』は宙返りもできるほどの運動性能を持っているが、それは飛行原理が異なるからで、同列に語ることは出来ない。
「ケーンはどう思う?」
「……そうですね、問題はないと思いますよ。ただ、その場合の乗客はシートベルト着用が大前提でしょうね」
「そうだろうな……」
今回の飛行船の場合、危険回避のために上昇するなら、浮力を上げるという方法もある。
ここは一般にいう『飛行機』とは違う点だ。
「そうだな、通常は上昇角度は10度に抑え、非常時には20度にできるようにするというのはどうだろう?」
「いいと思いますが、手段は……?」
「操縦ハンドルに簡単なストッパーを付けるんだ。力を入れればすぐに外れる程度の」
「ああ、普通はストッパーで引っ掛かって止まるけど、少し力を込めれば動かせるようにするわけですね」
「そういうことだ」
最終的には、戻ってからハカセたちとも相談しよう、ということになった。
対地高度は200メルを超えた。
今度は旋回能力のテストだ。
ゴローは操縦ハンドルをひねる。
* * *
ここで説明しておくと、操縦ハンドルは、飛行機の操縦桿に近い機能を持っている。
床から棒ではなく『柱』が立っていて、そこにハンドルが付いている形状だ。
ハンドルは円形ではなく長方形で、その左右の辺を握って操縦する。
柱は操縦桿同様に前後に可動し、船体の角度を変える。
力を抜くと水平状態に戻るようになっている。
ハンドルをひねると、自動車同様に飛行船は旋回する。
ちなみに、船体を傾けるには、足元にある左右のフットペダルを踏めばいい。
この辺は飛行機とは大きく異なる。
飛行機ではフットペダルはラダーを操作して機体の向きを左右に向けるものである。
また、操縦桿を傾けることは機体を傾けることとなって、旋回するようになるのだ。
ゴローが乗る飛行船では、ハンドルの動きにサイドスラスターが連動して船体の向きを変えるとともに求心力を発生させて、旋回させるのだ。
* * *
「うん、旋回性も良好だな」
「いい感じですね」
「もう少し上昇させて、速度も上げてみよう」
「了解です」
ということで1号機はさらに高度を上げた。
対地高度500メル。
そこでゴローは出力レバーを5割ほどまで押し込んだ。
設計どおりなら、推進力も5割くらいまでアップするはずなのだ。
「対地速度、30メル毎秒」
「時速100キルか……十分だな」
ほぼ、リニア(線形)な特性であることがわかる。
レバーの位置と出力・速度が比例するというのは、操縦する者にとって馴染みやすいわけだ。
* * *
今回の出力レバーと速度の関係は、安定した操縦ができるよう、推進力と空気抵抗をうまく関係させて、レバー位置固定で速度もほぼ一定になるよう工夫されている(追い風・向かい風などの外的要因で少し変わる)。
その点も確認済みだ。
「最大速度は時速200キルくらいになるだろう」
「すごい速度ですね」
『亜竜』の飛行速度を大きく上回ることができることに、ケーンは驚きを隠せない。
「『亜竜の翼膜』を使っているのに、その『亜竜』よりも速く飛べるなんて……!」
「『青は藍より出て藍より青し』っていうからな」
「何です、それ?」
「……どこかの国の言い回しだよ。弟子が師を上回る、くらいの意味だけど」
「ああ、なんとなくわかりました」
1号機のテストが順調なので、次第に2人の口も軽くなってくる。
「試験飛行は大成功だな」
「そうですね」
「続いて2号機だが、そっちはケーンに操縦してもらおう」
「はい」
「そのためにも、少しこちらを操縦してみるといい」
「わかりました」
予備操縦席に座っているケーンは、ゴローが操縦ハンドルから手を放したのを確認し、自分の前の操縦ハンドルに力を込めた。
「ゆっくりと旋回させてみるといい」
「はい」
急激な操作は厳禁である。
ケーンは自分にそう言い聞かせながら操縦ハンドルを操作した。
「そうだ、いいぞ。次は速度を調整してみようか」
「はい」
……と、このようにして、ケーンは1号機を使って操縦のイロハを学んだのである。
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次回更新は5月8日(木)14:00の予定です。




