13-09 『見る』
『謎の単眼鏡』を覗くゴロー。
「『ANEMOS』の壁が見えるだけで肉眼と何も変わらない……では魔力を流してみます。……ん? ……ええ!?」
「ゴロー、どうしたんだい?」
「いえ、ちょっと……」
もう一度『ANEMOS』の壁に向けて『謎の単眼鏡』を構えたゴローは、覗きながら魔力を流した。
「……やっぱり……」
「どうだい、ゴロー?」
「ええとハカセ、『壁の向こう』が見えました」
「え?」
「だから、壁の向こうが」
「つまり、壁を透過して向こう側が見える?」
「はい」
「凄いじゃないか! ……壁以外も透過して見えるのかい?」
「わかりません……ハカセもやってみてください。使う魔力はほんの少しですので」
魔力はほとんど消費しないので、こうした実験はハカセの指示でやるより、ハカセ自身に行ってもらったほうが効率がいい。
ただし、やり過ぎないようゴローとサナが注意する必要があるが。
ハカセは喜々として実験を始めた……。
* * *
「ハカセ、夕食にしましょう」
「……え、もうそんな時間かい?」
「はい。もう外は真っ暗ですよ? さあ、ハカセ」
「わかったよ。……ああ、やっぱりお腹が空いたねえ」
「でしょう?」
ということで、一同夕食にすることに。
明日には研究所に帰れるので、持ってきた食料の大半を消費してもいいと、ご飯を炊いたり肉を焼いたり甘いものを作ったりしたのである。
白いご飯、焼き肉、甘い玉子焼き、野菜のスープ、お新香。
統一感のない献立になったが、みんな美味しい美味しいと平らげたのであった。
* * *
「で、何かわかりましたか?」
食後のお茶を飲みながらゴローが聞いた。
「ああ、だいたいわかったよ。これは、障害物を無視できる単眼鏡だね」
「障害物を無視……ああ、だから壁の向こうが見えたんですね」
「そういうことだね。ただ、それだけじゃなくて、魔力を余計に与えると、暗いところでも見えるようになるんだよ」
「……だからハカセ、外が真っ暗でも、夢中になってた?」
「サナの言うとおりさね」
「それは凄いですね」
普段はあまり出番はないが、いざというときに役に立ちそうである。
「まだもうちょっと使いみちがありそうなんだけど、ご飯だったからねえ」
「明日また調べてくださいよ」
「まあ、そうしようかね」
ゴローに念を押されたハカセは渋々頷いたのだった。
その夜も、移動はせず、空に停止して過ごしたのである。
* * *
朝になった。
「さあ、急いで帰ろうねえ」
ぐっすり眠って元気になったハカセは、朝食を食べるとそう言った。
早く帰って研究所で『単眼鏡』を調べることにしたようだ。
その気持ちもわかるので、皆でちょっと相談した結果、もう寄り道はせず、真っ直ぐ研究所を目指すことにした。
速度も上げ、時速200キルで……。
もうかなり研究所に近付いていたので、昼前には見慣れたテーブル台地が見えてきたのである。
時刻は午前11時。
「ああ、帰ってきたねえ」
「お疲れ様でした」
「ゴローもサナも、ヴェルもティルダちゃんも、それにルナールもご苦労さん。もちろんフランクもね」
ハカセは皆を労ったのだった。
『ANEMOS』は所定のポジションに着陸。
ゴローとフランクは大して多くはないが荷物を下ろした。
ルナールは大急ぎで昼食の用意である。
ハカセは時間を惜しんで研究室で『単眼鏡』の調査をしている。
いつもの日常が戻ってきたな……と、ゴローはふ、と笑みを漏らした。
* * *
その日の夕方まで、ゴローは外で『クー・シー』のポチと遊んでいた。
サナはハカセの助手。無茶をしそうな時は止めるストッパー役でもある。
ティルダは工房で『夫婦石』を加工し、『3次元帰還指示器』(未設定)を10個ほど作っていた。
ヴェルシアはルナールと一緒に保存用食材をいろいろと作り、次の遠征に備える。
なお、太古(?)の木の葉は、『木の精』のフロロに見てもらってから解析することにした。
……と、それぞれの午後を過ごしたのである。
* * *
夕食後、満足そうなハカセから報告が行われた。
「大体のことがわかったよ」
温かい蜂蜜入りミルクを飲みながらハカセは説明を始めた。
「大雑把に言って、この『単眼鏡』の機能は『見る』ことに特化しているね」
「『見る』ですか……」
「うん、簡単に言うと『見たいところが見える』んだよ」
「……はあ」
「あ、わかってないね、その顔は」
「ええ、まあ……」
見たいところが見える、というのは至極当たり前のような気がするゴローである。
が。
「ゴロー、そうじゃない。ハカセが言いたいのは、『壁の向こうであっても、見たいと思えば見える』ということ」
「お、サナ、そうそう、そういうことさね」
「え? えええ!?」
「それって、凄いことじゃないですか!?」
「そうだよ。だからこれは、凄い『古代遺物』なのさ」
「……」
その意味を知って、絶句するゴローたち。
「……話を続けるよ」
「あ、はい」
「で、どこまでその機能が働くのかをいろいろ調べていたというわけさ」
「はい」
「まずは、『壁の向こう』を見たい、と思えば見える」
「でしたね」
「これは単純に『何があるかな?』と思う程度で発現するから、比較的やさしい」
「ですね」
「壁の厚さは問題にならないみたいだよ。研究所の中から空を見たいと思ったら見えたからねえ」
ハカセの研究室の上には、厚さにしたら100メル以上の岩盤があるはずなのだ。
「で、次は、『遠くにあるものをよく見たい』と思ったら、それが拡大されて見えるじゃないか」
「え、そうなんですか?」
「無限に、は無理のようだけど、それはあたしの魔力が足りないからかも知れないね。……とにかく、1キルくらい先の木の葉っぱ1枚1枚が確認できたのさ」
「すごい……」
「あとは拡大だね。『大きく見たい』と願えば、小さな砂粒も拡大できたよ」
「確かに『見る』機能に特化してますね……」
望遠鏡としての倍率は2000倍くらい。
拡大鏡としてもそれくらい。
そして、この『単眼鏡』の凄いところは『手ブレ』がないことである。
2000倍どころか10倍の望遠鏡でも、手持ちではかなりブレが気になる(というかブレのため画像が安定しない)のだが、この『単眼鏡』にはそれがなかった。
倍率も魔力を流しながら『思え』ば、自由に(上限は2000倍)変えられるのも凄い。
そしてもう1つ。『暗くても見える』のだ。
前日、ハカセは夜になったのに外の景色を見ることができていた。
「使い方によっては相当便利だよ、これ」
「ですねえ……」
「いろいろな応用が考えられますね」
ちょっと考えただけでも……。
1.壁の向こうに隠れている賊を発見できる。
2.真っ暗闇の中でも賊を見つけることができる。
3.遠くにいる指揮官を見つけることができる。
など、軍が欲しがりそうである。渡す気はないが。
「もしかすると、身体の中も見えるんじゃないですか?」
「ちょっとやってみるかねえ」
ハカセは手にしていた『単眼鏡』で自分の脚を見てみた。
「うーん……よくわからないよ。何かは見えているんだけど。、ごちゃっとしていてね」
肉やら血管やら神経やらが一緒くたに見えてしまったようだ。
「選択的に『骨だけ』見えないんですか?」
「ああ、なるほど、ゴロー、いいアイデアだね。やってみようか」
ゴローの提案を聞いたハカセは再び自分の脚を覗き……。
「おお、見えた見えた。その気になれば『骨』『血管』『神経』が見えるよ。筋肉は……分離できないねえ」
「それでも凄いですよ」
思った以上の性能であった。
「まあ、研究用ということで、面白半分でむやみに使わないようにしようかね。逆に必要な場合はどんどん使っていくよ」
「それがいいですね」
こうして、『単眼鏡』という『古代遺物』がゴローたちの手に入ったのである。
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次回更新は10月17日(木)14:00の予定です。




