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11-20 思わぬ落とし穴

 2個1組の『魔晶石』を利用した無線接続装置(仮称)だったが……。


「あああ、これがあったんだねえ……」


 研究所に、ハカセのがっかりした声が響く。

 思わぬ問題点が発見されたからだ。


「いや、ちょっと考えれば想像がついたかもしれないけどね……」

「一応、測定してみますか?」

「そうだねえ……」

「それじゃあ、サナが送信側を身に着けて研究所から距離を取ってくれ」

「うん、わかった」


 問題点とは、『遠距離では役に立たない』ということだ。

 ゴローとサナの『念話』もおよそ10キル(km)が限界なのである。


 試しにゴローが『レイブン改』に乗って、空からの景色をハカセに届けようとしたところ、役に立たなかったのだった。

 ハカセが掛けた『ゴーグル』には何も映らなかったのだ。


 原因はどうやら到達距離らしい。

 『レイブン改』が研究所に戻って来る途中で、急にゴーグルに『景色』が映り始めたのだから。


*   *   *


〈ゴロー、聞こえる?〉

〈ああ、大丈夫だ。映像の方も、まだ見えているぞ〉

〈わかった。もう少し遠くに行くね〉


 ゴローとサナは『念話』でやり取りをしながら、到達距離を模索している。


〈どう?〉

〈まだ見えているぞ〉

〈じゃあ、もう少し離れる〉

〈……あ、そこだ〉

〈この辺?〉

〈ああ。映像が不鮮明になった〉

〈わかった〉


 念話はまだ十分に届いているので、研究所から10キル(km)は離れていないようだ。

 音声の送信も不十分だ。

 ゴローは、映像を確認して、サナがいる場所は研究所のあるテーブル台地上の中央付近であると見当を付けた。

 つまり到達距離は5キル(km)くらいということだ。念話よりも到達距離が短い。


「ううん、困ったねえ」

「これじゃ、ハカセはここにいて映像を見ながら指示を出す、という手を使えませんね」

「うーん……」


 さすがのハカセも、残り半日足らずで到達距離を大きく伸ばす方策を考案し、実行に移すのは難しそうだ。


「どうしましょうか、ハカセ」

「うーん……時間もないし、妥協するしかないかねえ……」

「妥協?」

「そうさ。つまりあたしが近くにいればいいわけだろう?」

「それはそうですが」

「例えば『レイブン改』でマッツァ商会の上空にいるとかさ」

「それは……」

「わかってるよ。……でも『自動車』で近くまで行っていればいいんじゃないかねえ?」

「ああ、それでしたら大丈夫でしょう。でも……」

「でも?」

「俺とサナがマッツァ商会に行っていたら、自動車を運転する者がいないのでは?」

「フランクがいるじゃないか」

「……いいんですか?」


 もし王都の誰かにフランクを見られたら大騒ぎになる可能性がある。

 もちろん悪い意味ではなく、いい意味で。

 フランクのように高性能な自動人形(オートマトン)は王都にもいないのだから。


「誰かに見られなければいいのさね」

「……とすると、やっぱり上空ですね」

「なら……上空1000メル()ならまず見つからないだろうさね」

「確かにそうですが」


 そんな話をしていると、サナが戻ってきた。


「ただいま」

「お帰り、サナ。ご苦労さんだったねえ」

「ハカセのため。……うまく行きそうで、よかった」

「え?」

「え?」


 サナのセリフに疑問符を浮かべるハカセとゴロー。


「うまく行きそうだって?」

「うん」

「どうして? 5キル(km)くらいしか届かないのに?」

「……だって、屋敷とマッツァ商会の距離もそのくらい、だし」

「あ」

「あ……」

「……ひょっとして、2人とも距離のこと、頭から抜けてた?」

「……うん」

「……いやあ、サナに一本取られたねえ」


 そう、王都の屋敷とマッツァ商会の距離はおおよそ5キル(km)くらい、ギリギリで届きそうである。


「ハカセなら、そのギリギリをなんとかできると、思う」

「ううん、そうだねえ。それくらいなら、なんとかなるかも……」


 受信側の性能を上げれば、5キル(km)が5.5キル(km)くらいにはできそうだと、ハカセは早速取り掛かった。

 そして……。


〈サナ、どうだい?〉

〈……さっきより遠くまで来ている。そっちはどう?〉

〈よく見えているぞ〉


 もう一度、サナが送信側を身に着けて外に出て試していた。


〈成功だな〉

〈うん〉

〈もういいよ。戻ってこい〉

〈わかった〉


 夕方までには、なんとか到達距離を6キル(km)程度まで伸ばすことに成功したのであった。


*   *   *


「でも、この方式じゃあこれ以上距離を伸ばせないねえ……」


 ハカセは少し悔しそうである。


「でも今回にはなんとか間に合うからよしとするかねえ」


 この先、必ず到達距離を伸ばしてやると誓うハカセであった。


*   *   *


 夕食後、支度を整えて、ゴローとサナ、そしてハカセ、ヴェルシアらは『レイブン改』に。

 ルナールとティルダ、フランクは留守番だ。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃいなのです」

「行ってらっしゃいませ」


 短いやり取りの後、『レイブン改』は夜空に舞い上がった。

 そして一路王都目指して飛んでいく。


「ああ、このまえ王都から戻ってきたときよりも寒くなったねえ」

「でしょう?」

「だから重ね着を、と言った」

「うんうん、サナのアドバイスは適切だったよ。ねえ、ヴェル?」

「あ、はい」


 『レイブン改』は夜空を駆け抜けていく。


「星もきれいですね」

「え? ああ、そうだな」


 星空を眺めながらヴェルシアが言った。

 秋が深まってきて、空が澄んできている。なので星もよく見えているのだ。


「あの、ハカセは『占星術』はお詳しいんですか?」


 ヴェルシアが尋ねた。


「占星術かい? 少しかじった程度だねえ。魔術のサポートになるからね」

「そうなんですね」

「なんだい、興味があるのかい?」

「はい、少し」

「なら、暇な時に、あたしの知っていることくらいは教えてあげるよ」

「わあ、ありがとうございます」


「ハカセ、天文学以上に、星の運行って意味があるんですか?」


 ゴローが疑問を呈するが、ハカセは真面目な顔でうなずいた。


「あるよ。星の位置で魔力の流れが変わったり、魔術の効果が変わったり、実際にあるからねえ」

「そうなんですね……不思議だなあ……」


 それを聞いて、天文学とは相容れない神秘的な何かがあるのかな、とゴローは思ったのだった。


「その疑問はゴローの『謎知識』からかい?」

「あ、はい」

「『謎知識』もこの世界のすべてを知っているわけじゃなさそうだし、いったい何なんだろうね、『謎知識』って……」

「正直、わかりません」


 そんな話をしているうちに、『レイブン改』は王都に到着したのであった。


*   *   *


「お帰りなさいませ、ゴロー様、サナ様。おいでなさいませ、ハカセ様、ヴェルシア様」


 『屋敷妖精(キキモラ)』のマリーが出迎えてくれた。


「ただいま、マリー。何か変わったことは?」

「いえ、特に」

「ローザンヌ王女は?」

「お見えになりませんでした」

「そりゃ運がよかったな……」


 不在時に王女殿下が訪ねてこなかったことは、偶然とはいえ間がよかった、とゴローはほっとしたのである。


 その後、荷物を降ろし、『レイブン改』を格納庫に仕舞ったゴローは屋敷の居間に顔を出した。


 そこではハカセ、サナ、ヴェルシアらが作り置きのプリンを食べながら談笑していた。


(夜にプリンか……)


 サナはともかく、ハカセとヴェルシアの健康がちょっと気になるゴローであった。


「食べ終わったらちゃんと歯を磨いて寝てくださいよ」

「はい」

「わかってるさね」


 王都の夜は更けていく……。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月17日(木)14:00の予定です。


 20230810 修正

(誤)フランクのように高性能なゴーレムは王都にもいないのだから。

(正)フランクのように高性能な自動人形(オートマトン)は王都にもいないのだから。

(誤)「なら……上空1000メートルならまず見つからないだろうさね」

(正)「なら……上空1000メル()ならまず見つからないだろうさね」

(誤)「『謎知識』のこの世界のすべてを知っているわけじゃなさそうだし

(正)「『謎知識』もこの世界のすべてを知っているわけじゃなさそうだし

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 謎知識の膨大な知識量からして、北極星や北斗七星くらい知らないとは思えない。 異界の知識だと分かるはず。
[一言] 中継器とか?。
[一言] >問題点とは、『遠距離では役に立たない』ということだ。 >ゴローとサナの『念話』もおよそ10kmが限界なのである。 >試しにゴローが『レイブン改』に乗って、空からの景色をハカセに届けようと…
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