11-14 噴射と噴霧
ローザンヌ王女にせがまれ、ゴローは『水鉄砲』を取り出して見せた。
「ゴロー、これは?」
「水鉄砲、といいます。弾丸の代わりに水を飛ばす鉄砲……鉄じゃないんですが、語感がいいので」
「ふむ、それは面白そうだが、何に使うのだ?」
「はい。手軽な護身用の武器として使えます」
「ほう?」
「まずはただの水を入れて使ってみましょう」
「うむ」
ということで、ゴローは水を入れた水鉄砲を持って庭へ出た。
もちろんローザンヌ王女とモーガンも一緒である。
「こう構えて、この引き金を引きます。すると……」
「おお!」
「飛ぶものだな……」
およそ10メル先まで水が飛んでいったのである。
「中に魔導式が刻んでありまして、誰でも使えます」
「なるほど、面白いな」
「もう1つ機能がありまして、この先をこう回して使いますと……」
「おお、霧になったな!」
感心するモーガン。
ローザンヌ王女は興味津々。
「これは面白い。ゴロー、やらせてくれ!」
「どうぞ、殿下」
「よーし!」
水鉄砲を受け取ったローザンヌ王女は、まず『直噴』で離れた木の枝を狙う。
「おお、これは面白いぞ!」
水鉄砲なので連続して細い水が噴射されるわけで、狙いが外れていても噴射されているうちに修正できるわけだ。
「今度は霧にして……ぷわっ!?」
風に吹き戻されて霧が戻ってきたのを被ってしまったのだ。
「殿下、風上に向かって霧を噴射してはいけません。魔法でも同じですよね?」
「わ、わかっている!」
今度は風下に向けて霧を噴射するローザンヌ王女。
「おお、なるほど。……これは応用が利きそうだな」
ひとしきり試した王女は、満足した様子でゴローの手に水鉄砲を戻した。
「うむ、ゴロー、面白かったぞ。……で、これが護身用になるのか? 確かに水を噴きかけられれば怯むかもしれぬが、この強さでは魔法よりも弱い。退けることはできぬであろう?」
「そこでこれを使います」
ゴローはポケットから小瓶を取り出した。
「それは?」
「トウガラシエキスです」
「トウガラシだと?」
「トウガラシといえば……赤くて辛い香辛料だな?」
「はい。ご存知かもしれませんが、これはかなりの刺激物でして、目や鼻に入ると途轍もない痛みを引き起こします」
「な、なるほど」
トウガラシを使った料理を食べたことがあるのだろう、ローザンヌ王女もモーガンも、少し引いたようだった。
「これを水鉄砲に入れて暴漢に噴き付ければ無力化できます。10メルは飛びますから、野獣にも有効でしょう」
「なるほどな……」
「ただ、自分にも影響があるので使い方には気を付けなければいけません」
「自己責任ということだな」
「うむ、面白い。ゴロー、さすがだな!」
ローザンヌ王女は上機嫌である。
「実物は献上いたします。それからこちらは設計図です」
「おお、至れり尽くせりだな。感謝する」
「では、中に入りましょう」
そろそろプリンも冷えた頃合いと、ゴローは食堂へ王女とモーガンを誘ったのである。
* * *
食堂にて。
「うむ、いつ食べてもこの『プリン』は美味しいな!」
「おそれいります」
一息入れたゴローは、作っておいたプリンを出した。
もちろんサナとモーガンもお相伴している。
「バラージュ国とシナージュ国の紛争はどうなりました?」
「うむ、相変わらずだな……だがなんとか我が国の物流と物価はほぼ元に戻ったぞ」
「それはよかったです」
「なに、ゴローもその一端を担ったのだ。……薬の供給は非常に助かった」
ローザンヌ王女はゴローを誉めた。
「あ、ありがとうございます?」
「うむ。いずれ正式な報奨の話もあろう」
「ええ……」
困惑するゴローに、モーガンも声を掛ける。
「ゴロー、それだけの功績を上げたのだ、受けるべきものは受けておけ。……なに、お前が派手なことは苦手なのは知っているからな。それなりの配慮はされるはずだ」
「は、はあ……」
あまり安心できないゴローである。
そんなゴローにサナも声を掛ける。
「ゴロー、もう1つの」
「え? ああ、そうか。殿下、少々お待ち下さい」
「ん? うむ」
ゴローは一言断りを入れ、食堂を出ると、1分もしないうちに戻ってきた。
「これを殿下に」
一応、きれいな布で包んである。
「私に? 何だろうか」
ローザンヌ王女は包みを開けてみる。
「これは……手鏡か? しかも何と見事な木目だ……」
そして手に取って、その軽さに驚く。
「これは……軽いな!? 銀鏡ではないのか?」
「はい、金属ではなく、ガラス製です」
「ガラスだと? ……これが……? 歪みもなく、この映り具合は素晴らしい。銀鏡でなくガラスというのが信じられん」
「お気に召しましたか?」
「ああ、もちろんだ。ゴロー、しかと受け取った。ありがとう」
ローザンヌ王女は手鏡を布で包み直すと、大事そうに懐へしまったのである。
* * *
「それでだな、最後になったが、『トリコフィトン症治療薬』はよく効いているぞ。試験的に試した患者たちは、もうほとんど症状がなくなった」
「それは何よりですね」
ここでゴローは思い出す。
「ああそうだ。殿下、その治療薬ですが、筆で塗るのではなく、この水鉄砲の小さいものを作って霧を噴いたらいいんじゃないかと思っています。筆を使うより手軽ですし」
「おお、なるほど。……香水瓶に入れて使うといいかもしれぬな」
「……それで専用の霧吹き…………え?」
香水瓶、とローザンヌ王女は言った。
「そういう物があるのですか?」
「うん? あるぞ。香水の瓶の蓋に取り付けて、こう……」
ローザンヌ王女は何かをつまむような手付きを見せた。
「ああ、そういうことですか!」
その手の動きを見て、ゴローの『謎知識』が『香水瓶』について教えてくれた。
古くは、体臭を消すためのものだった香水あるいは香油。
その起源はメソポタミアやエジプトまで遡る。
つまり紀元前だ。
それが香りを楽しむものになってから、一気にバリエーションが増える。
掌に少量を出してそれを首筋や耳たぶに付ける方法や、スプレー瓶を使う方法だ。
スプレー瓶……噴霧器、霧吹き……には2種類ある。
ボトル内の液体に正圧を掛けて細いノズルから噴き出させる方法。ゴローたちの『水鉄砲』はこれにあたる。
もう1つは負圧で液体を吸い出す方法だ。
塗装に使う『吸上式スプレーガン』はこちらで、塗料を吸い上げるパイプの上に、直角方向に速い空気の流れを作ってやればいい。
『ベルヌーイの定理』により、空気は速度が速くなると圧力が下がるため、大気圧によって塗料はパイプの中を押し上げられてくる。
そして速い空気の流れで吹き飛ばされ、細かい霧になって飛び散るというわけだ。
それはさておき、この世界で使われている香水用のスプレー瓶は後者である。
バルーンスプレーとかバルブアトマイザーなどと呼ばれるものと似た外見をしている。
要は先の『速い空気の流れ』をバルーンを押すことで作り出すわけだ。
「ああ、確かにそれに入れて患部に噴き付ければいいと思います」
「うむ、そうであるな。……まあ、間違えるものはおらぬだろうが、目印は付けておくべきだな」
「専用の容器にして、配色も変えればいいと思います」
「確かにな。地味な色合いで作らせるか」
* * *
こうしてローザンヌ王女は帰っていった。
「……うーん……アーレンに頼んだスプレー瓶、無駄になるかもな……」
「早めに、行ってきたほうがいい」
「そうするよ……というか、サナも知らなかったのか?」
「うん。そんな香水の付け方があるなんて、知らなかった」
「知らなかったのなら仕方ない」
ということで軽い昼食を食べたあと、ゴローはブルー工房へ向かったのであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月6日(木)14:00の予定です。
20230629 修正
(誤)……まあ、間違えるものはおらぬだおろうが、目印は付けておくべきだな」
(正)……まあ、間違えるものはおらぬだろうが、目印は付けておくべきだな」




