11-02 新たな希望
朝が来た。
今日はおそらくローザンヌ王女がやって来るはずである。
ゴローはそれを予想し、朝からプリンを作っていた。もちろんサナの分もたっぷり。
1台余分に持ってきた冷蔵庫でプリンを冷やす。
これまでは『屋敷妖精』のマリーが『保冷室』で冷やしてくれていた(時にはゴローやサナが『冷やせ』で冷やした)が、これで少しマリーの負担が減ることになる。
「その分マリーにはやってもらいたい家事が多いからな」
「ゴロー様、お気遣いありがとうございます。ですがわたくしも成長しておりますので」
「そうなんだな。でもまあ、肩代わりできるものは道具に任せよう」
「はい」
そんなやり取りもあったりしたが、屋敷内は静かである。
その静けさが破られるのは、当然……。
「ゴロー、サナ、来たぞ!」
ローザンヌ王女の来訪である。
もう最近はゴローの屋敷へ顔を出すのが当たり前になってきている王女であった。
屋敷内へ入ってきたのは、いつもどおりローザンヌ王女とモーガン。
「あ、王女殿下、薬、できてますよ」
「おお、そうか!」
「さ、どうぞ」
「うむ!」
勝手知ったるゴローの屋敷、ローザンヌ王女は早足で奥へ進んでいく。
モーガンとゴローは慌ててそれを追いかけた。
* * *
「これが薬です」
ゴローはテーブルに瓶を置いた。
「これだけ……か?」
0.1リル入りの瓶なので見た目も小さい。
ローザンヌ王女は少し拍子抜けしたようだった。
「ええと、これはサンプルです。万が一、こちらが考えていたのとは違う原因だったらまずいので」
「う、うむ、なるほど、わかった」
ローザンヌ王女は猪突猛進の傾向にあるが、理解力は高い。
今回も理由を説明するときちんと理解し、納得してくれた。
「使い方はどうすればいい?」
「薬液を患部に塗布ですね。その際、絵筆みたいなものを使って塗るといいでしょう。そして使った筆はその都度熱湯消毒してください」
「なるほど、道理であるな」
横で聞いていたモーガンも納得したようだ。
「よし、モーガン、王城に帰ったら治験者を数名選抜しよう。そしてこの薬を……そうだゴロー、1日に何回塗ればいい?」
「何回塗っても害はないはずですが、塗れば塗るほど効果が増すというものでもないですから、朝昼晩の3回塗ればよろしいかと」
「うむ、わかった。……で、これはどういう製法なのか、教えてもらえるのか?」
「はい。……ええと、想定しているのは『トリコフィトン』という……まあカビの一種による病気です」
「そうか、カビなのか」
「はい。……で、『トリコリヴォア』という、やはり良性のカビを培養し、その薬効成分を煮出したものなのです」
「ふむ。カビでカビをやっつける、というわけか」
「仰るとおりです」
ローザンヌ王女の理解力はやはり高かった。
それは次の言葉でもわかる。
「なら、そのカビを増やせば、いくらでも薬を作れるわけだな!」
「あ、はい、そのとおりです」
まさに研究所では今、それを行っているところだ。
「そのカビをもらえば、王城でも作れるだろうか?」
「うーん、どうでしょう」
「何が難しい?」
「俺は専門家ではないので詳しくはないのですが、一番まずいのは他のカビが混じってしまうことだと聞いています」
滅菌処理された部屋で、同じく滅菌処理された器具を使っての培養は基本である。
が、言うは易く、行うは難し。
目に見えないカビの胞子は空気中に漂っている。
目に見えないため、油断するとすぐに混じり込んでしまうのだ。
研究所では、滅菌されたシャーレの中で培養しているのだが、ハカセもヴェルシアも細心の注意を払って行っている。
1個でも他のカビの胞子が入り込んだら、そのシャーレ内の培地は廃棄せねばならない。
ここで、生活魔法『殺菌消毒』が使えるというのが功を奏していた。
「なるほど、私にはわからんが、いろいろ守らねばならないコツのようなものがあるのだな」
「はい」
「すぐに、とはいかないようだな。ならば仕方ない。今回は諦めよう」
しかし、いずれは王城でも薬を生産できるようにしたい、と王女は言った。
「だが今は、この薬の試験が先だ。ゴロー、これで失礼するぞ。モーガン、行こう」
「はい、殿下」
「ゴロー、今夕、何らかの形で途中経過を連絡する」
「わかりました、殿下」
来て1時間も経たないうちにローザンヌ王女は帰っていった。
それほどに薬の効果を知りたかったんだろうなとゴローは思ったのである。
(もしかすると、王女の身近な人が罹患しているのかもな……)
そう考えると、万が一にも薬が適合しないなんてことはないだろうなと、少し心配になるゴローであった……。
* * *
「ゴロー、王女の応対、ご苦労さま」
「やれやれだ。……ああ、プリンが余ったな」
せっかく用意したが、出す暇もなかったのだ。
「それは私が食べるから、大丈夫」
「うん、まあ、いいけどな」
いつもと変わらぬサナの様子に、ゴローはほっとし、肩の力が抜けた。
「……王女殿下、薬の効き目を気にしていたなあ」
「それって、誰か身近な人がかかっているのかも」
「サナもそう思うか。俺もそう思った」
とはいえ聞いてみるわけにもいかず、王女が自発的に話してくれるのを待つしかない。
「うん。……もしかしたら、王様かも」
「え!?」
サナは突拍子もないことを言うなと一瞬は思ったゴローだったが、考えてみるとその可能性はある。
国王といえど人間。
靴を履きっぱなしの毎日、白癬菌に足が冒されても不思議ではない。
「……ところでサナ、白癬菌って魔法で退治できないのかな?」
ある意味素朴な疑問である。
生活魔法『殺菌消毒』で白癬菌をやっつけられないのか。
ゴローはそうした疑問を抱いたのである。
「……生活魔法『殺菌消毒』は、靴の消毒には有効」
「そりゃそうだ」
「でも人体には……表面しか効果が、ない」
「それは、どういう……」
「人体の奥へは、生活魔法『殺菌消毒』は、届かない」
「そうなのか……」
「うん」
サナの説明によると、特定の魔法を除き、人体の奥へは魔法は効果を及ぼさない、ということであった。
それはおそらく、人体が『シールドケース』のような役割をするからだろうとハカセは言っていた、とも。
「何となくわかる気はする……」
ならば、人体の奥深くへ届くような殺菌魔法はないのか、とサナに問うが、ない、という短い言葉が返ってきたのみ。
『治療』ならば人体の奥深くまで(例えば胃や骨など)届くようだ。
「だけど、白癬菌には効かないんだろうな」
「うん、そうだと思う。多分、患部を癒やすだけでは駄目、なんじゃないかな」
「ああ、そういうことか」
一時的に患部を癒やしても白癬菌はそこに残ったままであるから、治ったように見えてもじきに再発するのだろう。ゴローはそう考えた。
「ならば、人体の奥にまで効く殺菌魔法は? ……サナ!」
「うん、発想は、わかった。……普通……これまで、体内の殺菌なんて考えた人はいなかった、と思う」
「ということは……」
「私の知る限り、そんな魔法は、ない」
「そうか……」
ちょっとがっかりするゴローに、サナが続けた。
「でも、ハカセなら」
「……そうか! 新しく魔法を作れば……!」
「うん」
新たな希望が見えてきたようである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月13日(木)14:00の予定です。
20230407 修正
(誤)とはいえ聞いてみるわかにもいかず、王女が自発的に話してくれるのを待つしかない。
(正)とはいえ聞いてみるわけにもいかず、王女が自発的に話してくれるのを待つしかない。




