10-23 治験……
王都から帰った翌朝。
朝食後にゴローは皆へ報告を行った。
「ほう、少なくとも王都から教会関係者は一掃されたんだね」
「絵の修復で青い顔料が必要なんですか」
「手紙を届けてくださってありがとうございました」
「オズワルドさんが私たちのこと心配してくださったのですね」
「お砂糖発注してきたゴロー、えらい」
皆の反応はそれぞれだったが、
「しかし、シナージュ国はそこまで好戦的だったかねえ……」
エルフの2国間の紛争については、首を傾げるハカセである。
「あの国は『亜竜ライダー』を持っているくらいですから、好戦的なんじゃないんですか?」
「いやゴロー、そうじゃあないんだよ。シナージュ国の周囲にはわりと凶暴な魔獣が多くてね。それに対抗するため、そうした部隊が編成されるのさ」
「そうなんですか」
「うん。派手だから『亜竜ライダー』ばかりが取り沙汰されるけどね、森の中を担当する『魔犬ハンター』なんてのもいたと思うよ」
「それって魔犬を狩るハンターという意味ですか?」
「そうそう」
シナージュ国の周辺には『イビルウルフ(脅威度2)』よりも凶暴な『魔犬(脅威度3から5、5は群れた時)』がいるのだという。
そいつらの脅威から集落を守っていた戦士たちが『魔犬ハンター』と呼ばれるようになり、国となった今では陸戦隊の呼称になった、という流れのようだ。
空と陸に特化した兵がいるシナージュ国であるが、ハカセによれば水軍はいないようだ。
「海はないし、湖もないから、船で戦う者はいないねえ」
「まあそうでしょうね」
「せいぜいが小舟で漁をするくらいだしねえ」
「住んでいるのが内陸みたいですものね」
「うん、そうなんだよ。あたしも、船には興味があるんだが……」
「あ、僕もです」
ここでアーレン・ブルーも賛同した。
「王都周辺には大きな川もなければ湖もないですしね」
「海まではかなり距離がありますしね。ラジャイル王国まで行かないと駄目ですから」
ラーナもアーレンの言葉を補足した。
「あれ、この前行った湖があったじゃないですか」
ラピスラズリを採取した湖、ズーミ湖。
「あそこは、知ってのとおり魚がいないからね」
「ああ、そうでしたね」
「虫はいるし」
「あれは厄介でした」
「だから住民がいないんだよねえ」
昔からほとんど住んでいなかったが、この前行ってみて、本当に人の気配がなくなったなと思った、とハカセは言った。
「つまり、利用されていない湖なのさね」
「わかりました」
バラージュ国がズーミ湖を利用しない理由はさておき、シナージュ国がバラージュ国に攻め込む理由がわからない。
「シナージュ国の方が文化的には上だと思うんだけどねえ」
「バラージュ国の何かがほしい、のかも」
「そんなもの…………薬かねえ」
サナの発言を一瞬否定しかけたハカセであったが、『薬』というキーワードを思い出したのである。
「なぜかあの国は、薬の開発は進んでいるからねえ」
「なら、それがほしいという可能性は、ありそう」
「そうかもしれないねえ」
「でも、それだけで攻め込みますかね?」
「そこはわからないさね」
「うーん……」
皆、悩むものの結論が出せるわけでもない。
「指導者が好戦的になった、とかはどうです?」
ゴローが思いつきを口にする。
「ありえないことじゃあないけどねえ」
「そういえば、シナージュ国の統治形態ってどんななのです?」
ティルダがハカセに質問した。
「あたしの知っている限りでは、族長の中から国王が選ばれているねえ。王政ではあるけど、世襲制じゃあないし」
「王の権力は?」
「それなりにあるねえ。でも絶対王政じゃないしねえ」
「うーん……」
ますますわからなくなってきたので、ハカセは一つ、ぱん、と手を叩いた。
「もうやめやめ! 考えてもわからないよ。もう少し情報を集めないとねえ。そんなことよりもっと建設的な話をしようじゃないかね」
「そうですね」
「うん」
「わかったのです」
「わかりました」
「で、薬の話だけどね」
ハカセは仕切り直し、今後問題になりそうな薬について話題を振った。
「ゴローが聞いてきた話だと、鎮痛剤と胃腸薬が足りなくなりそうだって?」
「はい」
「……幸か不幸か、その2つ、作っちゃったよねえ」
「でも治験はしていないんですよね」
「なんだい、治験って?」
「ええと、本当に効くのか、人に害はないのか、を確認することですよ」
「ああ、人体実験のことかね」
「……ま、まあ、そうですね」
もしかしたら罪人で試したりもしているんだろうか、と、ふと頭をよぎったゴロー。
治験と人体実験では趣が違うのだが、『謎知識』に『治験』を教えられたゴローは、どこぞの平和な世界よりこの世界の人権はずっと軽いのだと再認識したのである。
「そのへんはあたしもよくは知らないねえ。ヴェルは何か知っているかい?」
「え、はい。ええと、『教会』では信者たちから希望者を募って効き目を試していました……」
ヴェルシアが少し俯きながら答えた。完全に洗脳が解けた今、あまり思い出したくもないのだろう。
「それで、かえって具合が悪くなったような者はいなかったのかい?」
「……いました……」
やはり犠牲者はいたようである。
それも、ヴェルシアが目を覆うような惨状になった者も……。
「ああ、いいよいいよ。それ以上詳しく聞こうとは思わないから」
俯いて言葉を途切れさせ、肩を震わせたヴェルシアを、ハカセは慌てて宥めた。
『教会』の連中は鬼畜なことも平気でやっていたんだろうなとゴローは察したのである。
「……いえ、大丈夫です。……普通は、ごく少量を服用させて様子を見るのに、いきなり所定量を飲ませるのはいい方で、2倍3倍を飲ませて副作用を見るんです」
「おいおい」
「特に、お布施の少ない信者は、ご奉仕とかご奉公と称して無茶な実験を……」
「もういいよ、ヴェル。胸糞悪くなってきた」
「はい、すみません」
「いやいや、ヴェルのせいじゃないさね。そんな顔をするのはおよし」
俯くヴェルシアの頭を、ハカセはぽんぽん、と軽く叩いて慰めたのだった。
* * *
「さあて、バラージュ国からの薬が入ってこなくなると、困るのは庶民だよねえ」
ハカセは渋い顔をする。
「国同士が仲違いをするのは勝手っちゃあ勝手だけどさ、それで普通に暮らしている庶民が苦労するのは間違っているよね」
「ハカセの仰るとおりです」
「うん、そう思う」
「だろう? なら、お偉いさん向けじゃなく、庶民向けの薬を作ろうじゃないかね」
「それはいいんですが……具体的には?」
「ヴェルがいくつか心当たりがあると言っていたよ。あたしにも少しは思うことがあるさね」
ハカセは俄然やる気を見せていた。
* * *
ゴローはまず、『水の妖精』クレーネーのところへ行って、『癒やしの水』をもらってくる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。……なあ、少し量が増えていないか?」
「はいですの。毎日、少しずつですが、出せる量が増えているみたいですの」
「成長してるんだな」
「だったら嬉しいですの」
日を経るごとに成長するのか、それとも魔力などの要因があるのかわからないが、今日のクレーネーは2リル近くの『癒やしの水』をくれたのである。
これを飲むようになったハカセも、さらに元気になったようで、ゴローとしても嬉しい。
そういえばこの水については治験していなかったなあと思いながら、池から研究所へ戻っていくゴローであった。
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次回更新は11月3日(木)14:00の予定です。




