10-11 鉱石採取
『ALOUETTE』はちゃんとそこにあり、フランクが一行を出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、皆さん」
「ただいま、フランク。留守番ごくろうさん」
『ALOUETTE』の中に入り、皆は緊張を解いた。
中で冷たい水を飲むと、皆ほっとしたようで、口も軽くなる。
「はあ、まったく、虫がこんなに厄介だとは思わなかったよ」
「ですね、ハカセ」
「うん。……今度はフロロを連れて、くる」
「それがいいのです……」
「虫除け、も作ったらいいのでしょうか……」
高温高湿の環境下で森の中を歩き回った疲れは思ったよりひどかったようで、ハカセ、ティルダ、ヴェルシアはちょっとげんなりした顔をしている。
時刻はおよそ午後3時、夜まではまだ時間がある。
そこで今度はフランクの出番だ。
「フランク、湖の底に潜って、価値のありそうな鉱石を探してきておくれ」
「はい、ハカセ」
フランクは防水仕様なので、水の中でも平気だ。また、万が一内部に水が入っても、電子機器ではないから動かなくなるような心配はない。
また、多少は魔法も使えるので、泥に埋もれて身動きが取れなくなるようなこともほとんどないはずであった。
鉱石を入れるための袋を背負い、フランクは出掛けていった。
* * *
フランクの帰りを待つ間、暇なのでゴローたちは採取してきた『キナの木の皮』を確認することにした。
「この皮のうち、内側の黄色い部分に薬効成分があります」
「ほうほう」
「外側の、いかにも木の皮、ってところは駄目なんだねえ」
ハカセも南方の植物については知らないので、興味津々でヴェルシアの説明に耳を傾けている。
「じゃあこの黄色い部分だけを削ぎ落として乾燥させるんだね?」
「はい。そして細かく砕いてすり潰して保存するんです」
「なるほどねえ。その点は他の植物薬と同じだね」
「あの、ハカセがご存知の植物薬ってどのような?」
ヴェルシアはハカセの知る薬に興味を示したようだ。
「そうだねえ、似たような黄色い木の皮なんだけど、もっと北に生えているやつがあるね。それは苦くてね。お腹の薬になるんだよ」
ハカセの説明を聞いたゴローは、『謎知識』により『キハダかな?』という思いを抱いていた。
(もしそうなら、お腹の薬も作れそうだ……)
とも。
* * *
1時間ほどでフランクが戻ってきた。
その背中の袋はぱんぱんに膨らんでいる。
「おお、たくさん拾ってきたねえ。湖の底はどうだった?」
「はいハカセ。意外にも泥はほとんど溜まっておらず、透明度の高い水でしたので採取は容易でした」
「そうかい。早速見せてもらおうかね」
「はい」
フランクは背負った袋を下ろし、かねて用意のコンテナに中身をあけた。
「おお」
「わあ」
「これは……」
「……きれい」
「すごいのです!」
ハカセ、ヴェルシア、ゴロー、サナ、ティルダである。
「どれどれ、中身は……おお、これは紫水晶、こっちは普通の水晶か。なかなかいいね」
「あ、ラピスラズリもあったのです!」
「……これ、白金かな?」
「え?」
ゴローは、親指大の銀色の塊をつまみ上げた。
かなり重く感じる。
「多分、白金族元素の合金ですよ、ハカセ」
「ふうん? ……ええと、確か……プラチナ、ロジウム、イリジウム、パラジウム、オスミウム、あと……なんだっけ?」
「ルテニウムですよ」
「ああ、そうそう。これが、それだっていうんだね?」
「はい、多分」
白金族元素は単体で出土するより幾つかの元素の合金として出土することも多い。
銀色なので銀かと思われがちだが、自然銀はまずほとんどが黒く硫化している。
したがって銀色をしているのは別の元素あるいは鉱物である。
銀色をした鉱物といえば、鉛の鉱石である方鉛鉱。銀灰色の金属光沢があり、重い。
ただし軟らかいので白金族元素との区別は容易だ。
「白金族元素の合金はたいがい硬いですからね」
「なるほどねえ」
小型のハンマーで叩いてみると、硬い手応えが返ってきた。そして試料はほとんど変形していない。
「まず間違いなく白金族ですね」
イリジウムとオスミウムの合金は硬く、耐摩耗性が高いので、高級万年筆のペン先に溶接して使うこともあるほどだ。
「使いみちがありそうだね。お、ここにもあったよ」
そんなハカセにフランクは、
「ハカセ、その銀色の塊は重いためか、湖底を掘ると出てきそうです。探してみますか?」
と進言する。
「ああ、そうだねえ。それじゃあ探してもらおうかねえ」
「はい、わかりました」
「ついでにラピスラズリも見つかったら持ってきておくれ」
「はい。他にも何かありましたら持ってきます」
そう言ってフランクは再びズーミ湖へと向かったのだった。
* * *
「それじゃあこっちはこっちで、仕分けしちゃおうかねえ」
「はい」
「はい!」
ということでゴローたちは、フランクが採ってきた石の仕分けを行った。
その結果は……。
ラピスラズリ 6個
紫水晶 5個
水晶 9個
めのう 5個
白金族 3個
蛍石 12個
黄鉄鉱 7個
ガーネット(濃赤) 22個
コランダム(ほぼ透明)8個
残り (色がきれいなだけの石) 34個
となった。
中でも面白いのは黄鉄鉱で、きれいな立方体の結晶が5個。残りの2個は、大きな立方体に小さな立方体がめり込んだような外見で、これはこれで珍しい形であった。
「鉄と硫黄の化合物なんですよ」
とゴローが『謎知識』に教えられて説明。
「面白いねえ。あたしのところにあったやつはこんなきれいな形じゃなかったねえ」
ハカセの研究所にも黄鉄鉱はあるが、小さな結晶がくっつきあった塊だった。
「これはこれで、欲しがる人がいそうです」
とはヴェルシアのセリフ。
彼女はまた、蛍石を見て、
「これってきれいな形に割れますよね?」
とゴローに尋ねる。
「そうだな。正八面体に割れやすいな」
「……そういう形に割った石を、『聖別』されたものだと信者に高く売りつけている連中がいました」
ここでまたヴェルシアによる『教会』の内部が腐っていることを裏付ける発言が出た。
「ええと、これはガーネットらしいですが、色がちょっと濃すぎるのです」
と、原石を見ていたティルダが言う。
「ああ、それって多分『鉄ばんざくろ石』ってやつだな」
ざくろ石は、ころころした24面体や12面体に結晶しやすい。
そのさまが果物のザクロの粒に似ているのでこの名があるという。
赤いガーネットは『苦ばんざくろ石』。
『苦』はマグネシウムの意味だ。つまりマグネシウムを含むざくろ石である。
で、こちらは鉄を多く含む『鉄ばんざくろ石』。どういうわけか結晶しやすく、こうしたころころした形で見つかる。
「薄くスライスするときっときれいだぞ」
ゴローはそう言うと、『ナイフ』を取り出して『鉄ばんざくろ石』の1つを1ミルくらいにスライスしてみる。
「ほら」
「わあ……確かに、きれいな赤なのです。装飾に使えそうです。ゴローさん、ありがとうなのです」
「……」
そんなゴローの手元を見て、ヴェルシアは絶句していた。
「うん? どうした?」
「え……あ……」
「?」
「ゴ、ゴローさん、それって『古代神具』ですよね!?」
「へ?」
聞き慣れない単語が、ヴェルシアの口から飛び出したのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月11日(木)14:00の予定です。
20220804 修正
(誤)意外にも泥はほとんど溜まっておらず、透明度の高い水でしたので採取は用意でした」
(正)意外にも泥はほとんど溜まっておらず、透明度の高い水でしたので採取は容易でした」




