10-09 帝国領へ
そして夜の8時、ゴローたちは予定どおり『ALOUETTE』に乗って出発した。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくるよ」
遠征メンバーはハカセ、ゴロー、サナ、ティルダ、ヴェルシア、フランク。
留守番はマリー(の分体)とルナール、アーレン・ブルー、ラーナ。
フロロから分かれた『木の精』のルルや『水の妖精』のクレーネーもいるので、1日や2日の留守は心配がない。
* * *
『ALOUETTE』は闇の中を南へと飛んでいく。
ヘリコプターと違い、ほとんど音らしい音を立てていない。
『レイブン』に比べて内部はそこそこ広く、楽々仮眠をとれる程度には居住性もいい。
速度はやや抑えて時速200キル。所要時間は1時間。
王都シクトマの遥か上空を通過し、さらに南へ。
ここから『ドンロゴス帝国』まではあと500キル。だが、それは北端の国境線までの話。
帝国の奥へとなると、もう少し距離がある。
「帝国のどの辺へ行こうかねえ? ヴェル、心当たりは?」
ヴェル、というのはヴェルシアの愛称である。
「そうですね……海沿いの方が人口密度は高めですので、なるべく内陸がいいかと思います」
「ああ、海洋国家だっけね」
「そうなんです」
『ドンロゴス帝国』は海に面した海洋国家で、首都はジュート。
森林が国土の4割を占めており、熱帯にあるので農業・林業も盛ん。
最近工業立国化への方針を打ち出し、富国強兵に努めている。
「……くらいしか知りませんが」
「いや、それでもあたしたちの誰よりも事情通だよ、ヴェルは」
「……ありがとうございます」
ゴローたちはハカセをはじめ、皆『世間知らず』といってもいい顔ぶれなので、ヴェルシアの知識は非常に助かっている。
比較的常識人のティルダでさえ、南の国のことになると途端に疎くなるのだ。
「内陸だと、何か目安は?」
操縦しているゴローが質問した。
「そうですね……ええと、北の国境は山脈なんですが、その東外れにズーミ湖という大きな湖があります。そこから南へ向けてバリー川という川が流れ出ていまして、東の国境線になっています。その2つは目印にならないでしょうか?」
「ああ、いいかもな。特に湖はいい目印になりそうだ。あと、距離はわかるかい?」
「えっと、北の国境までがシクトマから500キルくらいです。首都のジュートまではさらに200キルくらい。湖までも同じくらいだと思います」
「なら700キルくらいだな。3時間半ってところか。ああ、湖の周辺に大きな町なんかあったりするのかい?」
「いえ、辺境ですので小さな村しかないはずです」
「ふうん」
ここでサナが質問を挟む。
「国境なのに、軍の駐屯地とか、砦とか、ないの?」
「はい、ないみたいです。というのは、バリー川の東はずーっと密林が茂っていて、人跡未踏なんです」
「ああ、そういうこと」
「ええ。でも、北の国境線の山脈には砦があるはずです。といってもその向こうは『バラージュ国』なので、軍事的な重要度は低いみたいですが」
『バラージュ国』はエルフの国であり、まったくと言っていいほど拡張政策を取ることもなく保守的なため、『ドンロゴス帝国』としてはあまり心配はしていないのだという。
「なるほどねえ。教会って、そういう情報が集まってくるのかい?」
ヴェルシアの地理関係の知識にはハカセも舌を巻いた。
「はい。私はそうした資料をまとめる手伝いもやらされていましたので……」
「そうだったのかい。それじゃあ詳しいわけだねえ」
「帝国も『人族』の国ですので布教しようという動きがあったんですが、実現する前にあの騒動で……」
「ああ、そうだったんだね」
飛行中は暇なので、こうした話を聞くにはうってつけである。
「ええと、そうすると今回の第1目的である『キナの木』はどこで採れるんだろう?」
「ズーミ湖周辺にもかなりの森が広がっているのでその辺で見つかるんじゃないでしょうか」
「第2目的の石はどうだろう?」
「そうですね、ズーミ湖の西の山脈に鉱山があると思います。鉱物資源はそこだけですから」
「じゃあ、まずはそのズーミ湖を目指せばいいな」
ゴローは『ALOUETTE』の高度をぐんと上げた。
「今夜は月明かりがきれいだから、高空から見下ろせば湖の位置くらいわかるだろう」
暗い大地の中に、銀の鏡のように光って見えるはずなのだ。
高度は3000メルくらい。
気密性が高く、空調もされている室内は快適である。
「山脈の標高ってどのくらいなんだ?」
「2000メルくらいだと思います」
「ならこれで十分だな」
『ALOUETTE』は暗闇の中、南を目指し飛んでいく。
* * *
日付が変わり、午前1時頃。
「お、見えたぞ」
ゴローの声に、ウトウトしかけていたハカセ、ヴェルシア、ティルダらははっと目を覚ました。
眼下にはズーミ湖が仄白く光って見えていた。
「どの辺りに着陸したらいいかな?」
「そうですね、北側の湖畔がいいと思います。湖の北岸には村も集落もないはずですから」
「わかった」
ゴローは『ALOUETTE』をズーミ湖北岸へ向けて降下させていく。
ぐんぐん大きくなるズーミ湖。
やがて湖畔の様子が肉眼で見えるようになってきた。
「確かに北岸には人が住んでいるようには見えないな」
しかも、広い草原も見えてきた。
「あの草原に着陸するか」
「いいと思います」
「よし」
ということで、ゴローは『ALOUETTE』をズーミ湖北岸の草原地帯に着陸させたのである。
そこは湖から200メルほど離れており、乾燥した草原が広がっている。
「それじゃあ、朝まで仮眠するとしようかねえ」
「はい」
「フランク、夜の間の警備は頼んだよ」
「はい、お任せください」
「それじゃあ寝るとしようかねえ」
眠る必要のないフランクに夜間の警戒を任せ、ハカセたちはシートをリクライニングさせて仮眠をとることにした。
実際にはゴローとサナも眠る必要はないので、眠ったふりをして周囲を警戒しているのだ。
(ゴロー、何か感じる?)
(いいや。サナは?)
(私も、何も感じない。周囲10キル以内に、危険な動物はいない)
(なら、よかったな)
(うん。でも、警戒は怠らない)
(わかった)
そして、何ごともなく夜は明けた……。
* * *
天候は薄曇り。
まずまずの天気である。
ゴローたちは用意してきた朝食を口にする。
焼きおにぎりだ。これなら冷めてもそこそこ美味しい。
「うん、美味い」
「美味しいです」
「この焼きおにぎりってやつはなかなかいいねえ、ゴロー」
「はい」
そしてお茶を飲んだ後、最後の打ち合わせ。
持ち物確認やこの日の行動指針など。
それらが済んだら装備を整えていよいよ出発である。
ドアを開けて外に出た面々の感想は……。
「やっぱり暖かいな」
「いえ、暑いくらいなのです」
「随分変わるものだねえ」
朝5時の気温は摂氏23度くらい。
とはいえ、湖畔なのでこれでも涼しい方なのだ。
そして、暑さよりも厄介なものが襲ってきたのである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月28日(木)14:00の予定です。
20220721 修正
(誤 眠る必要のないフランクに夜間の警戒を任せ、ハカセたちはシートをリクライニングさせて仮眠をとることにした。。
(正)眠る必要のないフランクに夜間の警戒を任せ、ハカセたちはシートをリクライニングさせて仮眠をとることにした。
20220723 修正
(誤)周囲10キロ以内に、危険な動物はいない)
(正)周囲10キル以内に、危険な動物はいない)




