09-33 捕縛
目の前に現れた銃口。
ゴローはとっさに右手の人差し指を突っ込んだ。
そして右手だけに集中した『強化』を掛ける。
瞬間的な強化値はおよそ10倍。
次の瞬間、引き金が引かれた……らしい。
ゴローの目の前で銃が暴発したのである。
さて、銃の暴発であるが、通常、指を突っ込んだくらいで銃身が破裂するようなことはないようだ。
漫画や映画で指を突っ込んだり粘土を詰めたりして銃を暴発させるシーンがあるが、実際は弾が出ないだけで終わる……らしい。
だが、銃身の工作精度や強度が低い場合は違う。
狙撃犯の使っていた銃は、外見的にはマスケット銃に似通っていた。
だが先込めではなく元込め(後込め)式である。
弾丸は球形。銃身にライフリングはない。
工作精度は推して知るべし。
そんな銃が、筒先を塞がれたのである。
「ぐああああああ! 目、目があ!」
火薬の爆発力は銃身の継ぎ目や弾丸の装填口に吹き戻され、合わせ目を膨らませて噴出した。
そして、狙撃者にとって運が悪かったことに、爆発ガスの吹き出した方向に己の顔があったのだ。
爆発の高温ガスを顔面に食らった場合、最も弱い箇所である目がやられる。
そして、黒色火薬の場合は熱だけでなく多量の白煙が発生する。
この白煙は、黒色火薬の成分である硝石……硝酸カリウムに起因するカリウム塩微粒子である。
多少なりとも刺激性があり、目に入れば当然しみる。
狙撃犯も、高温のガスが、というよりも黒色火薬の燃焼煙を顔に浴びたため、目と鼻と喉に大打撃を食らった……らしい。
一方で、『強化』10倍を掛けたゴローの指先は……無事だった。
「……こいつが犯人か」
ゴローは、のたうち回る狙撃犯を後ろ手に拘束し、本人のベルトで縛り上げた。
その頃になってようやく、城の兵士が駆けつけてくる。
「そいつが犯人か!」
「協力、感謝!!」
そして少し遅れてモーガンが息を切らして駆けてきた。
「おおゴロー、大手柄だったな! 姫様も感謝しておったぞ。それ以上に心配なさっておったから、犯人はこちらに任せ、姫様とサナちゃんの所に戻ってやれ」
「あ、はい。それではモーガンさん、こいつをよろしくお願いします」
「うむ、引き受けた」
ゴローはモーガンに狙撃犯を引き渡し、城門から下りていく。ちゃんと階段を使って。
集まった群衆は兵たちにより解散させられていた。
* * *
「ゴロー、無事だったか!」
広場に戻ると、近衛兵の輪の中からローザンヌ王女が声を掛けてきた。
よく見ると、王女の頭上に『空気の壁』の気配がある。
(サナだな……)
囲んだ近衛兵により、横方向からの狙撃はまず無理。
なので斜め上方からの狙撃を阻止すべく、サナが展開しているだろうとゴローは見当を付けた。
まあ、この展開位置でないと声が伝わらなくなるわけだが。
「ゴロー、お疲れ様。さっきの『空気の壁』、使い方、すごかった。まさか足場にするとは」
「はは、ありがとう」
「ゴロー! こちらへ来い! サナもな! それにアーレン!」
「あ、はい」
「はい」
「は……はい!」
近衛兵に取り囲まれたローザンヌ王女。
そこから出てくることはできないので、ゴローたちを呼んだのだ。
「まずはゴロー、大儀であった」
「はい」
「サナ、おかげで命拾いをした」
「はい」
「アーレン、自動車の工期短縮、見事であった」
「は、はい」
ローザンヌ王女は『公人』として声を掛けた。
ゴローたちも短くそれに返答する。
そして王女はすぐにいつもの調子に戻る。
「で、ゴロー、犯人はどんな奴だった?」
「あ、はい。……ええと……そうだ、なんか教会の人間みたいな服装でした」
「なるほど、聖職者に偽装していたのか」
それなら王城に出入りしていてもさほどおかしくはない、とローザンヌ王女は言った。
「司祭だか司教だかのあのだぶっとした服装なら銃くらい隠せそうだしな」
「確かにそうですね」
だがそのせいで逃げ足が遅れたことも事実。
もっとも、ゴローがあんな方法で駆け上がってくるとは思いもしなかったのだろうが。
「それにゴロー、あの技は何だ? サナによると、『空気の壁』を水平に出して、それを足掛かりにしたと言っていたが」
「そのとおりです」
「ほう、やはりそうなのか。だが、凄いものだな! 宮中にも魔道士は多いが、あんな事のできる者が何人いるか……」
足場は作れても、魔道士は身体能力が低い者が多いので駆け上がるなどできまい、とも王女は言った。
「魔道士とはいえ体力は必要だと思うのだがな」
「それは同感です」
そこへ、モーガンが戻ってきた。
「殿下、ここにいては危険ですので城内に戻りましょう」
「う、うむ」
「ゴロー、大手柄だったな。また後で……多分明日にでも、ゆっくり話をしよう」
「お待ちしてます」
「うむ」
「アーレン・ブルー、そちらの工房にも後ほど使者が向かうと思う」
「は、はい、お待ちしております」
「ではな。また会おう」
狙撃者が1人と決まったわけでもないので、モーガンは大事を取ってローザンヌ王女を王城に戻した。
『新型ヘリコプター』と『新型自動車』についても、城内から担当の操縦士が出てきて問題なく運転して運んでいったようである。
* * *
「あーあ、なんだかここのところごたごた続きだなあ」
「うん、同感」
ゴローとサナは徒歩で屋敷に向かっている。
一応『空気の壁』を周囲に展開しながら、だ。
狙撃者の仲間が報復してこないとも限らないからである。
「明日あたり、モーガンさんが来るのかなあ」
「うん、多分」
「……研究所に逃げたりは」
「しないほうが、いい」
「だよなあ」
本音としては何もかもすっぽかして研究所へ逃げたいゴローだった。
「……で、ゴロー、指は大丈夫?」
「え、ああ、とっさに指だけというか手だけというか、集中して『強化』を掛けたからな。多分10倍くらいになってたはず」
「それなら弾丸も平気」
「だったなあ。……なあサナ、もし指が吹っ飛ばされていたらどうなるんだ?」
「え? 治るのか、っていうこと?」
「そうそう」
「大丈夫。私たちは、『哲学者の石』を吹き飛ばされない限り、再生できる」
「それって頭がなくなっても?」
「ハカセはそう言ってる」
とはいえ試してみたくなるはずもなく。
「そうか……」
「でも頭を吹き飛ばされたら、再生後にどうなるか、は実験データがなくて不明」
「ああ、やっぱりな」
ハカセといえど、そこまでの検証実験は行っていないだろうとゴローは思っていたのだが、そのとおりであった。
「私たちの記憶は、『魂』にあると言われている。だから頭がなくなっても、大丈夫……だと思う」
「だといいなあ」
そんな話をしているうちに屋敷に到着。
ちなみにアーレン・ブルーも徒歩で自分の工房へと戻っている。
「お帰りなさいませ、ゴロー様、サナ様」
屋敷妖精のマリーが2人を出迎えてくれた。
「ただいま、マリー」
明日以降はまたゴタゴタしそうだから、せめて今日1日はのんびり過ごそうと決心したゴローであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により4月19日(火)14:00の予定です。
20220414 修正
(誤)「殿下、ここにいては危険ですので場内に戻りましょう」
(正)「殿下、ここにいては危険ですので城内に戻りましょう」
20220415 修正
(誤)『新型ヘリコプター』と『新型自動車』についても、場内から担当の操縦士が出てきて問題なく運転して運んでいったようである。
(正)『新型ヘリコプター』と『新型自動車』についても、城内から担当の操縦士が出てきて問題なく運転して運んでいったようである。
20220707 修正
(旧)『空気の・壁』
(新)『空気の壁』
4箇所修正。




