09-23 1日目・2日目
受注した『新型ヘリコプター』の製作が始まった。
ハカセは夜のうちに『レイブン改』で研究所へ。
その際ゴローとルナールも同行し、研究所で一泊。
翌日、つまり1日目、まずハカセは研究所でアルミニウムやマグネシウム、チタンなどの精錬を担当。
ジュラルミンのインゴットを大量生産する。
昼、ゴローがそれを『雷鳴』で王都へ運ぶ。
「ゴローさん、待ってました!」
アーレンがそれを受け取り、設計図に従って『ヘリコプター』の製作を開始。助手はサナとティルダ。
サナはハカセほどの腕前はないが、無尽蔵の魔力を使い、大まかな加工を担当。アーレンとティルダがそれを精密加工するわけだ。
ゴローはとんぼ返りで研究所へ戻り、ハカセやフランクと共に『雷鳴』の改造を進めていく。
この『雷鳴の改造』で得られたノウハウは取捨選択して『新型ヘリコプター』に生かすことになる。
ルナールはといえば、研究所で家事全般を担当し、フランクが心置きなくハカセをサポートすることができるようにする役目だ。
* * *
研究所での1日目午後、『雷鳴』のローターを湾曲させる実験が行われた。
「うーん、気持ち静かになったかねえ」
「ですね。もうちょっとカーブさせてみますか」
現代地球における開発のようにスーパーコンピューターで解析ができるなら、最大効率を得られるような形状の算出ができるのだろうが、ゴローたちは『勘』頼みだから試行錯誤していくより他にない。
ローターブレードを湾曲させすぎては強度が心配なので、長さに対して『反り』が10パーセント程度での実験となる。
ちなみに『反り』とは、湾曲した物体を上が凸になるように平面上に置いた際、平面と物体の間にできる隙間の最大距離である……これは『日本刀』の用語だが、『刀』と『ブレード』という共通点があるのでそれを今回は用いている。
試行錯誤を10回ほど行った結果、最終的にはおよそ1割程度の静音化に成功したのであった。
「まずまずでしょうか」
「うーん、もう少し静かにしたかったねえ」
とはいえ、効果があったのは事実。
ゴローは、また何か考えておくとハカセに告げ、その日の夜更け、『レイブン改』で王都へと戻ったのである。
* * *
2日目。
おそらく進捗状況を見に、誰かが来るだろう……とゴローは予測しており、それは見事的中する。
「ゴロー、サナ、どんな具合だ!?」
ローザンヌ王女である。
「すまんな、朝っぱらから」
お目付け役兼護衛としてモーガンも一緒である。
まあきっとそうだろう、と予想していたゴローなので、それほど驚きはない。
「おお、大分進んでおるな」
「はい」
基本は『雷鳴』なので、製作は比較的楽である。
なので、今は機体本体の構造材が組み立て終わったところだ。
つまり機体としての形が見えているので、ローザンヌ王女としても進んだ、と思えるのだろう。
「この後、エンジンの取り付け、操縦装置の組み付け、内装などの据え付けを経て外板を張ることになります」
王女殿下への説明役はゴローが受け持つ。
「うむうむ、やはり大変そうであるな。モーガンが5日は必要だと申したのがわかるというものだ」
「恐れ入ります、殿下」
「期日は厳しいだろうが、頑張ってくれ。ではな」
まだエンジンすら載っていないので見どころもないためか、ローザンヌ王女はゴローが思っていたよりあっさりと帰っていったのだった。
「……多分、明日も来ると思うが、よろしくな」
……という、モーガンの言葉を残して。
* * *
ローザンヌ王女が帰ったので、プレッシャーに悩まされることもなく、アーレン・ブルーは作業を進めていく。
ほぼ予定どおりの進み具合で、夕方にはその日の作業を終えることができた。
「少しほっとしました。これから、ブルー工房へ帰って、自動車の進捗状況を見てきます。で、明日の朝また来ますよ」
「無理はするなよ?」
「ええ。……ゴローさんも頑張っているんですから、僕も頑張ります」
「徹夜はやめろよー」
「はーい……」
そう言い残してアーレン・ブルーはブルー工房へと帰っていった。
一応、体力温存のためにゴローたちの自動車を貸したので、少しだけ安心である。
* * *
「さて、こっちはこっちでいろいろやることがあるな」
まずは夕食の準備だ。
これはほとんどを『屋敷妖精』のマリーがやってくれているので、ゴローはサナのリクエストで甘い玉子焼きを作るに留めた。
「ねえゴロー」
夕食後のお茶をお飲みながら、サナが話しかけてきた。
「ローターブレードの後ろにできる渦? を消せれば、静かになるんだよね?」
「多分な」
ローターブレードが回転することで空気の圧力差が生じ、渦ができる。
この渦に回転するローターブレードが突っ込むことでさらなる空気の振動が生じ、騒音となっている。
つまり渦を消せれば、騒音を小さくできる可能性が高い。
「渦って、どうしてできるの?」
「ええと、流体……この場合は風、空気だな。それがローターブレード表面から『剥離』するから起きるんだ」
その剥離箇所が微妙にブレたり、ブレードが振動したり、空気の流れが変動したりといろいろな要因で渦が幾つもできる、とゴローは説明した。
「剥離させないことってできないの?」
「難しいが……そうか……その手もあったな」
ゴローの『謎知識』は、『気流の剥離』は層流よりも乱流の方が起きにくい、と告げていた。
層流とはわかりやすくいえばスムーズな空気の流れ、乱流は文字どおり乱れた流れ。
空気の動きを『流線』という線で表した場合、線と線の間隔が揃っている状態が層流、線と線が近付いたり離れたり、波打っているのが乱流である。
で、翼やローターブレードの表面をざらざらにし、層流でなくすることで剥離しにくくする手法がある。
フクロウの羽がほとんど音を発生しないことからヒントを得た新幹線のパンタグラフがその代表だ。
そしてもう1つ。『空気を吹き出すこと』。
こちらは『高揚力装置』、つまり『フラップ』で実用化されている。
主翼の後端を下に下げることで揚力を大きくする装置がフラップだが、この下げる角度が大きいと、フラップ上面で空気が剥離する。
これを防ぐため、フラップを下げると同時に後方へ動かし、主翼との間に僅かな隙間を作り、下方から気流を回り込ませて剥離を防ぐ方法があり、『スロッテッドフラップ』と呼ばれる。
「うーん……」
ローターブレード表面を粗くして乱流を作る方法は、効率を落としそうな気がするのであまりやりたくはない……が、最高速を狙う機体でなければいいかもしれない、とゴローは思い至った。
何より、今回の納品に間に合うレベルの実験で済むところがいい。
「実験だけはしておいてもいいかもな。ありがとう、サナ」
「うん。何か役に立ったなら、よかった」
* * *
その日の夜もゴローは『レイブン改』で研究所へ。
ハカセに、静音化のアイデアを伝える。
「なるほどね。『雷鳴』の出力には余裕ができたから、やってみてもいいねえ」
動力源を『魔導炉』に換装してあるので、多少ローターブレードの抵抗が増えたところで、出力には余裕がある。
翌日、さっそくその改造を行うことにして、ゴローはハカセが作ってくれていた『円盤式エンジン』の主要部品……タングステン製の円盤を受け取って王都へと戻ったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月10日(木)14:00の予定です。
20220306 修正
(誤)空気の動きを『流線』という線で表した場合、線と線の感覚が揃っている状態が層流、
(正)空気の動きを『流線』という線で表した場合、線と線の間隔が揃っている状態が層流、




