08-39 『向こう』と『こっち』
夕食後、サナがフロロの『分体』を呼んできた。
「何か聞きたいことがあるの?」
「ああ、悪いねえ。……調子はもういいのかい?」
「うん、もう大丈夫よ。それにここは本体……『分体』の本体って意味だけど……が近いし、サナちんもいるしね。で、なに?」
「それじゃあ、遠慮なく。……ええと、『亜竜』って翼膜に魔力を流して浮かんでいるみたいなんだけど……実際のところはどうなのか……わかるかねえ?」
ハカセの質問にフロロは頷いた。
「わかるわよ?」
「え? 教えておくれ! いや、ください!」
「わあ……」
「お、落ち着いてくださいよ、ハカセ」
ゴローに宥められるハカセ。フロロもちょっと引いている。
「……こほん。えー、それじゃあ説明するわね。まずは別の例ね。ピクシーだって飛んでいるでしょう?」
「うん、そうだね。でもピクシーには亜竜ほどの実体はないから……」
「慌てない慌てない。……ええとね、ピクシーは『半分実体』なのよね」
「半分?」
「そうよ。少なくとも、実体がなかったら蜂蜜を集めてもらえないじゃないの」
「ああ、そうだねえ」
「そういうこと。ピクシーもあたしも、『向こう』と『こっち』の両方にいるんだけど、その時その時でいる深さが変わっているのよ。……ここまではいい?」
「……よくないねえ……」
「…………」
「……」
「………………」
さすがのハカセにも理解できていない。
アーレンやラーナ、ルナールに至っては言葉も出てこないようである。
「うーん……説明が難しいのよね……」
適切な言葉が見つからないため、説明が難しいようだなとゴローは感じた。そこで、
「その『向こう』っていったいどこなんだい?」
と聞いてみる。
「え?『向こう』は『向こう』よね……」
「その『向こう』にはどんな存在がいるんだい?」
「え? ピクシーも木の精も屋敷妖精も水の妖精もレイスも……」
「……つまり、『精神体』?」
「うーん……その言葉は初めて聞いたけど、ちょっと違う気がする」
「そうか……」
ゴローの『謎知識』が発した言葉であったが、フロロは違うと言う。
「じゃあ、まず『こっち』ってのは、この世界、でいいんだよな?」
「そうね。実体のある身体を持つ生き物がいる世界ね」
「……つまり『肉体』のある世界か……」
「なんとなくだけど、そんな気がするわね」
『謎知識』の単語をフロロの説明に当てはめていけばなんとか理解できるかもしれない、とゴローは思い始めた。
「じゃあ、『向こう』というのは……」
「うーん、『魔力』? の世界といえばいいのかしら」
「……『生命体』かな?」
「どうなのかしらねえ」
「その『向こう』に、レイスもいるって言ってたな?」
「うん」
「だとすると『幽体』の世界かな?」
「その『幽体』っていうのがよくわかんないんだけど」
「うーん……」
さすがの『謎知識』も、精霊や魔法の基幹にまでは至れないようだった。
「……とにかく、『こっち』と『向こう』があって、くっついている、ということでいいのかな?」
「そうね。…………例えば、湖を思い浮かべてみて」
「うん」
「水の上が『向こう』。水の中が『こっち』。あんたたちは水の中の魚みたいなもの。あたしたち精霊はさしずめ鳥ね」
「ふんふん」
少しわかりやすい例えであった。
「水鳥のように、水面に浮かんでいれば、あんたたちにも認識できるわけ」
「なるほどな」
「でも、水の上……空中には、たくさんの鳥が飛んでいる。あんたたちにはそれを知ることはできない」
「例えとしてはわかる。それと『亜竜』が飛べるのとはどう繋がるんだ?」
「慌てないで、って言ったでしょ?」
先を知りたくて焦り気味のゴローをなだめるフロロ。
「今のは『向こう』と『こっち』をわかってもらうための例えだから。いい?」
「う、うん」
「亜竜が飛んでいるのは、そうね、『向こう』にぶら下がっているようなもの、かしら?」
「ぶら下がって?」
「そう。……想像できない?」
「いや……」
どうやら『向こう』というのは、『上位空間』もしくは『上位世界』のようだ、とゴローは気付き始めた。
水面のような2次元ではなく、3次元的に『重なって』いるので、『ぶら下がれば』自由に飛べるのだろう。
「そのぶら下がるための手というか、フックというか……それが魔力?」
「その認識でいいと思うわ」
「少し、わかった」
少なくとも普通の物理法則が通用しない現象だということも。
「……それで、どうして、飛ぶためには自分の魔力でないと駄目なんだい?」
黙って聞いていられなくなったハカセが口を開いた。
「それをこれから説明するわ。『ぶら下がる』ためには、『向こう』と『こっち』を『繋ぐ』わけだけど、『向こう』はいいとして、『こっち』側は繋ぐ相手を選ぶのよね」
「相手を選ぶ?」
「うん。……あ、そうそう、ちょうど鍵と鍵穴みたいに、対になるといえばいいのかな?」
「なるほどねえ……だから、翼膜を取った亜竜の魔力でないと、『向こう』には引っ掛けられても『こっち』……翼膜に引っ掛けられないというわけかい」
「あくまでも例えだけどね」
「でも参考になったよ。ありがとう、フロロちゃん」
「どういたしまして」
「……」
「ゴロー、どうかした?」
黙り込んで考え込んでいるゴローに、サナが声を掛けた。
「あ、いや。ちょっと思いついたことが……なあ、フロロ」
「なに? ゴロちん」
「鍵と鍵穴、って例えてくれたけどさ」
「うん」
「鍵だと『マスターキー』ってのがあって、同じ形式の鍵穴に使える鍵なんだけど、魔力の場合はそういうのってないのかな?」
「お、ゴロー、冴えてるね! ……どうなんだい、フロロちゃん?」
「フロロ、どうなの?」
「あるわよ」
「あるのかい!」
フロロはあっさりと答えた。
「それって、どういうものなの?」
「うーん……さらに説明が難しくなったわ……」
悩むフロロに、サナが助け舟……になるかどうかはわからないが、追加で質問をする。
「そもそも、『魔力の違い』ってどういうものなの?」
「ああ、それを説明したほうが早いかな?」
「お願い」
サナからのお願いに、フロロは一つ頷いて説明を始めた。
「魔力の違い、っていうのは、そうね、『音』に例えたらいいかしら」
「音?」
「そう。例えばビンを叩いた時の音と、鐘を叩いた時の音って違うでしょう?」
波長とか周波数みたいなものかな、とゴローは思ったが、まだそれを口にはしなかった。
「あるいは『声』かな? 一人一人、声って違うじゃない?」
「そうだねえ」
「うん、確かに」
「魔力もそういう感じね。一人一人、一頭一頭、みんな違うわ」
「そういうものかもな」
「だから基本的には、特定の魔力でないと反応しない、という現象が見られるわけ」
「なんとなくわかるなあ」
「で、これを解決する方法だけど」
「うんうん」
「また例えを言うけど、サナちんの声とゴロちんの声って違うじゃない?」
「そりゃそうだ」
「でも、『こんにちは』っていう言葉の意味は同じ」
「うん……」
「つまり、別の魔力でも、『うまく調整すれば』亜竜の翼膜は反応するってことかい?」
「そういうこと。どうやったらいいか、の説明がこれまた難しいんだけど……」
だが、暗闇の中に光明が見えてきたようである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月28日(日)14:00の予定です。
20211125 修正
(誤)サナかたのお願いに、フロロは一つ頷いて説明を始めた。
(正)サナからのお願いに、フロロは一つ頷いて説明を始めた。




