08-30 お出かけのために
ゴローたちがお茶を飲み終わった頃、『屋敷妖精』のマリーがやって来て、
「フロロさんがお呼びです」
と告げた。
「なんだろう?」
「行ってみようかね」
「うん」
「なんでしょうね」
「なんでしょうか」
ゴロー、ハカセ、サナ、アーレン、ティルダらはマリーに先導され、『木の精』であるフロロの本体……梅の古木へとやって来た。
すると。
「おお……」
「これは……」
何の用で呼んだのか、聞く必要もなかった。
梅の木は今、満開の花をつけていたのである。
「お帰り、サナちん、ゴロちん、ハカセさん、アーレンくん」
姿を現したフロロが4人の名を呼んだ。ティルダが呼ばれないのはずっと屋敷にいたからだ。
陽気がよくなってきたせいか、声にも張りがある。
「フロロ、花が綺麗」
「でしょー! ……サナちんたちが帰ってくるまで保たせたんだから!」
どうやら、サナたちに見せたいがため、花を散らすことなくとどめていたらしい。
「……ありがとう」
「これでやっと散らせるわ」
サナが礼を言うと、フロロはほっと息を吐き出した。
そして優しい声音で告げた。
「天地自然の理に則り、花よ、お散りなさい」
ふっと、風が吹いた。
その風に乗り、花びらが舞う。それはさながら雪のようで、まさに花吹雪。
「うわあ……綺麗だ」
「きれいだねえ」
「綺麗」
「キレイですね」
「きれいなのです」
一斉に散る花びらを前に、ゴローもハカセもサナもアーレンもティルダも、ただお決まりの言葉しか口にできなかったのである。
「これで今年の花もおしまい。あとはまた実るまで待って」
「ありがとう、フロロ」
「いいのよ。サナちんが喜んでくれれば」
そこでフロロはふとなにか思いついたようだ。
「ねえ、サナちんたちが行ったり来たりしている場所って、どこ? ……ていうか、行ってみたいんだけど」
『分体』を使えば可能だ。
以前もそうやって『ジャンガル王国』へ行き、そこに定住した分体があった。
「うん、それじゃあ今度、行く?」
「行くわ。……そこに住めそうなら、住んでみたいしね」
そういうわけで、今度研究所へ行く際には、フロロの『分体』も連れていくことにした。
「でしたら、わたくしもお連れください」
「わかった」
『屋敷妖精』のマリーもそう言い出した。
ジャンガル王国へ行った際には、マリーが宿ることのできるレンガ片を持っていったので、今回もその手で行けるだろうとゴローは即答した。
「……いっそ研究所をもっと住みやすくしてみるかねえ」
ハカセがそんな事を言い出した。
「あ、いいですね」
「うん、賛成」
ゴローもサナも、全く異議はなかった。
アーレンはこの件に関しては部外者なので黙っていたが、ちょいちょい訪れている研究所が住みやすくなるのは大歓迎であった。
「そうしたら、何をどうすれば住みやすくなるのかねえ」
「そうですね……家具とか食料とか?」
「あと、庭も」
フロロが喜ぶような庭を作ろう、とサナは言った。
「サナちん、大好き!」
それを聞いて大喜びのフロロ。
そんなフロロにゴローが質問する。
「寒い地方の山の上なんだけど、どんな庭にすればいいかな?」
「そうねえ。あたしは梅の木だから寒さには比較的強いわ。寒風が直接当たらなければ大丈夫。あと、雪が降るなら枝が折れないようにしてもらえると嬉しいわね」
「なるほど。それは大丈夫だろう。それから?」
「寒さに強い木や草を植えれば少し賑やかになるわね」
「具体的には?」
「付近の高い山に生えている木や草……一般に『高山植物』って言われているものがいいわね。できるだけ近くの山から採ってくるのがお勧めよ」
「なるほどな。あとは?」
「ええと、水はあるのかしら? それによっても違うわね」
「水か……あるな」
研究所があるのは古いカルデラなので、雨水や雪解け水が溜まった湖……カルデラ湖が少し離れた場所にある。
また、ちょろちょろレベルだが、ハカセが飲料水に使っている湧き水もある。
「なら、小さな池を作ってもらえると嬉しいわね。ピクシーも呼べるし」
「……エサソンはどうなんだろう?」
庭に住み着いているミューを置いていくのはしのびないと思ったゴローなのである。
「そうね……庭を作ってキノコが生える環境ができて、エサソンが気に入れば可能性はあるんじゃない? あたしも多少なら手助けできるし」
「そっか……なら、用意するものってあるかな?」
「それなら、いい土が欲しいわね。寒い地方だと腐敗が遅いから、あまり土には栄養がないと思うのよね」
「つまり腐葉土か」
「腐葉土?」
「積もった落ち葉が腐ってできた土」
「あ、それなら最高」
実際には腐るというより分解なのだが、そこはわかりやすい表現で説明するゴローだった。
「あ、あと土壌のpHは?」
「なにそれ?」
『謎知識』由来の概念なので、フロロには通じなかったようだ。
「ええと、土壌が酸性かアルカリ性か、ってこと」
「酸性? アルカリ性?」
これもフロロには通じなかった。
「えと、酸性ってのは『酸っぱい』感じで、アルカリってのは……『苦い』というか……とにかく『酸っぱい』の反対だな」
「ああ、それならわかるわ。あたしは酸っぱい土は嫌いだし、苦い土も嫌い。中間がいいわ。でも、高山植物の中には『超苦い』のが好きなのもいるわよ」
「『超塩基性岩地』ってことか」
かんらん岩や蛇紋岩、石灰岩などでできた山がそう呼ばれている。
そういう山には『固有種』あるいは『希少種』が生えていることが多い。
例を上げると北海道の夕張岳やアポイ岳、東北の早池峰山や尾瀬の至仏山、上越国境の谷川岳、飛騨山脈北部の白馬岳などがそれである。
「よくわからないけど『珍種』が生えているようなところね。そういうのは確かに珍しいでしょうけど育てにくいわ。まあ、あたしがいれば大丈夫なんだけどね」
「なんとなくわかったよ。水苔なんかはどうだろう?」
「水苔、山苔なんかはエサソンが喜びそうね」
「わかった」
フロロとの会話、そして『謎知識』で、ゴローはおおよその見当がついたようだ。
* * *
その後はマリーとの相談になる。
「わたくしは、『依代』があれば『分体』を宿らせることができますので」
「うん、前にそれでジャンガル王国へ行ったもんな。そうじゃなくて、マリー自身は移動できないのかな?」
「……わたくしが宿れるような『依代』は難しいかと……」
「どうしてだい?」
ここでハカセが質問をした。
フロロとの話では出番がなかったが、こうした精霊との話であれば、ハカセの方が知識が豊富である。
「わたくしはこの家に住んでいた方たちの想いを受け続けて生まれた存在ですから、この家そのものがわたくしの『依代』なのです」
「つまりあんたは『家』という概念が形をとった存在、とも言えるわけかい」
「そう、かもしれませんね」
「だとしたら、だよ? この屋敷を作っている素材で、小さな『家』を作ったら、そこに住めないかい?」
「え……?」
つまり『依代』が家の形をしていたら、『分体』ではなく本体が宿れるのではないかとハカセは言ったわけだ。
「それは……試したこともありませんし、わかりかねます」
「よっしゃ。それなら試してみようじゃないかね」
ハカセがやる気を見せている。
「あ、私もお手伝いしますです」
「そうだねえ、細かい作業はティルダちゃんに頼もうかねえ」
こうして、フロロとマリーのお出かけ作戦が始まったのである。
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次回更新は10月28日(木)14:00の予定です。
20211024 修正
(誤)『分体』ではなう本体が宿れるのではないかとハカセは言ったわけだ。
(正)『分体』ではなく本体が宿れるのではないかとハカセは言ったわけだ。




