08-29 一時帰宅
ゴローたちは、『最新型2重反転ヘリコプター』に全員が乗り込み、乗り心地を確認している。
「なんとなく安定しているような気がするねえ」
「中も暖かいですよ」
ハカセとアーレンは、改善された点を早速実感しているようだ。
「……でも、うるさい」
サナが言った。
そう、『レイヴン』に比べたら、こちらは数段うるさいのだ。飛行原理上、致し方ないとも言える。
「……これじゃあ、こっそり出かけるのは、無理」
「あ」
「そっか」
「確かに」
サナに言われ、ゴローもハカセもアーレンも、改めて気が付いた。
そう、『最新型2重反転ヘリコプター』はかなりうるさいのだ。
「……一刻も早く、『亜竜』の翼膜を使った新型飛行機を完成させないとねえ」
ハカセのやる気がさらにアップしたようである。
「ハカセ、音を吸収するような魔法ってないんですか?」
ゴローが尋ねた。
もしあるなら、それを使って音を消せるのではと思ったのだ。
「あるにはあるけど……『無音』という補助系がね。でもそれは、密談なんかを聞かれないよう、外に音が漏れなくする魔法だよ?」
「それを大きく広げてヘリコプター全体を包んだらどうでしょう?」
アーレンが言う。が、ゴローはそれを慌てて否定した。
「試すんならまず地上でな」
「なんでだい、ゴロー? 『謎知識』のお告げかい?」
「そんな感じです。……ええと、音っていうのは空気を伝わるんですよ。だから、音が伝わらないということは、もしかすると空気の層が断絶している可能性があるわけで……」
「ああ、ローターの風が意味をなさなくなって墜落するかも、ということかい」
「そ、それは怖いですね……」
幸い、ハカセもアーレンも、すぐに危険性を理解してくれたのだった。
「……それじゃ、この室内の騒音はなんとかなる?」
「あ、そうか。それはあるかもな」
サナの発言。
「うーん、できるかもしれないが、周りの音が全部聞こえなくなるというのも危険かもな」
「あ、ゴローの言うとおり、かも」
「難しい問題だねえ」
危険を察知するために『聴覚』を遮断してしまうというのはリスクが大きい、とゴローは言ったのだ。
「でも、ローターの音でどのみち周りの音が聞こえないんじゃ?」
「どうかなあ……」
内燃機関ではないので、エンジンの分の音は発生していないもしくは極小であるが、ローターの風切り音はやはり大きい。
「あ」
ここでサナがなにか思いついたらしい。
「……ハカセ、ローターの下側に『亜竜』の翼膜を貼ったら、どう?」
「うん? そうすると……ああ、ローターの浮力が増すんだね」
「お、そうなると、ローターの回転数を落とせるな」
「そういうこと」
ローターの回転数を落とせれば、風切り音も少しは静かになるだろうと思われた。
「浮力も上がるから、より重い荷物も積めるようになるねえ」
「機体の強度を見直す必要がありますけどね」
「そんなの、大したことじゃないさ。さっそくやってみようかね」
* * *
『亜竜』の翼膜は、半端なサイズのものならばまだ多少残っていた。
翼には使えないが、ローターになら使えそうである。
それに、このヘリコプターがあれば、また『亜竜』素材を探しに行けるだろう。
「もう全部使っちゃおうかね」
「ハカセ、バランスを考えてくださいよ」
重さが偏ってしまうだけでなく、浮力のバランスも崩れてしまうと調整が面倒である。
だが。
「こっちは任せてください」
「さすがだねえ、アーレン」
ハカセが翼膜の浮力バランスを取り、アーレンが重さのバランスをとることで、短時間に新ローターが完成した。
「あとは機体の強度をちょっとだけ見直して……」
ちょいちょいとハカセはカーゴルームの床の強度を1.5倍にし、機体全体の強度を1.2倍に上げてしまった。
そのくせ、重量は1割ほどしか増していない。
「どうやったんですか?」
というゴローの質問にハカセはしれっとして、
「ん? 強度と重さは比例しないだろう?」
と答えたのであった。
「ゴローの『謎知識』も、ハカセの技術にはかなわない?」
「はは、サナの言うとおりだな」
実際、『謎知識』はあくまでも『知識』であり『情報』である。
ハカセの技術、アーレンの技能は才能の上にたゆまぬ努力と研鑽を重ねた成果である。
『謎知識』でアドバイスはできるが、最後にモノを言うのはやはり技術であった。
* * *
ちょうど切りが良いので昼食にする。
お昼はラスク。王都でゴローが用意しておいたものだ。
ベースはパンなのでそこそこお腹にたまる。
「さて、どうしようかね。一旦帰ろうかね?」
「そうですね……」
昼食の後はお茶を飲みながら、これからのことを打ち合わせることにした。
「そうだ、ハカセ、このヘリコプターにも名前を付けませんか?」
「名前かい」
「ええ」
「うーん……雷ほどではないけど喧しいから『雷鳴』っていうのはどうだい? なんか速そうだし」
「あ、いいですね」
「うん、それに賛成」
「『ドンナー』……いいじゃないですか」
こうして『最新型2重反転ヘリコプター』は『雷鳴』と呼ばれることになった。
* * *
「それじゃあ、一旦『ドンナー』で帰って、ティルダやルナールを連れてきますか?」
「そうしようよ。食料も仕入れて来たいしねえ」
そういうわけで、その日の午後、『ドンナー』は王都目指して飛び立ったのだった。
「ああ、やっぱり音が静かだねえ」
「ですね」
「消費魔力の方はどうだい?」
「エンジンに回す分をローターに貼った翼膜に回しているわけですが、少し消費が少ないようです」
「つまり、『亜竜の翼膜』で浮く方が効率がいいってことだね」
「そうなりますね」
つまり『亜竜の翼膜』を使った飛行機の方が魔力の運用効率がいいということになる。
「うーん、こうなると新しい『亜竜』素材がほしいねえ」
「そうですねえ、ハカセさん」
ハカセとアーレンはもう次の製作を考え始めているようである。
4人乗った『ドンナー』の速度はおよそ時速250キル。
400キルの距離を1時間40分掛からずに翔破する。
一応王都が近づいたなら『翼膜』の浮力を切り、ローターだけで浮くように切り替える。
「やっぱりうるさくなるねえ」
「それはしょうがないですね」
王家に納めたヘリコプターも同様の改良を加えればいいのだろうが、『亜竜の翼膜』が手に入らないのでどうにもならない。
確実に入手できるとも思えないので、こればかりは請け合えないし、万が一『亜竜』の乱獲が始まったら生態系の破壊になるかもなあ……などと考えているゴローだったりする。
音を立てて飛ぶ『ドンナー』ではあるが、ゴローの屋敷は王都の外れ、北西の隅なので、あまり近所迷惑にはならない。
つまり音を聞いて集まってくる野次馬も少ないわけで、この日はそういった煩わしさを感じることなく帰宅できたのだった。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさいなのです」
『屋敷妖精』のマリーとドワーフのティルダが出迎えてくれた。
執事見習いのルナールはちょうど買い出しに出ているという。
折しも時刻は午後3時、サナに請われてティータイムにするゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月24日(日)14:00の予定です。
20211021 修正
(誤)「ああ、ローターの風が意味をなさなくなって墜落するかも、とうことかい」
(正)「ああ、ローターの風が意味をなさなくなって墜落するかも、ということかい」
20211224 修正
(誤)「浮力も上がるから、より重い荷物も詰めるようになるねえ」
(正)「浮力も上がるから、より重い荷物も積めるようになるねえ」




