08-19 王女の想い
『2重反転式ヘリコプター』に乗り込んだローザンヌ王女は、幾つかの計器を見てはそれは何だ、とか何を示しているのだ、とか、ゴローを質問攻めにする。
ゴローはそれらに対し、外の温度を計ります、とか速度を計ります、と簡潔に答えていった。
そして質問が一区切りしたので、
「席にお着きください。発進しますので」
と宣言した。
「おお、いよいよだな」
とローザンヌ王女は嬉々として席に着き、言われるままに安全ベルトを締めた。
王族、貴族用に取り付けた装備である。体幹が安定しているモーガンには必要なさそうである。同じくゴローにも。
先程のウェスクス・ガードナーには勧めなかったが……。
「では、発進します」
「うむ!」
ゴローは『2重反転式ヘリコプター』のエンジンを始動し、徐々に出力を上げていく。
「むう、思ったより中は静かだな」
「はい。窓を開けるとやかましいと思います」
「なるほどな」
そして『2重反転式ヘリコプター』はふわりと浮き上がった。
「おお、浮いたな!」
そのままゴローは『2重反転式ヘリコプター』を高度50メルくらいまで上昇させてから水平飛行に移った。
進む方角は先程と同じく北西、『翡翠の森』方面だ。速度も先程と同じく時速20キルほど。
「うむ、これはいいな……! 空から見下ろすというのはすばらしい!」
ローザンヌ王女は心底嬉しそうに言った。
「速度はどのくらい出せるのだ?」
「はい、時速50キルでしたら当分維持できますし、短時間でしたら時速70キルくらいですね。その場合マナの備蓄から言って10分程度でしょう」
「ふむ、そうか。なかなか速いな。しかも、地形に左右されないし、道なりに進む必要もない。馬車で行くより数段速い」
馬車の場合、1日の行程は30キルから40キルとなる。
これは馬や乗客の疲労や馬車の故障を考慮しての値である。
道が舗装されていればこの倍近くは進めるであろうが……。
「1時間足らずで馬車の1日の移動距離を翔破してしまうのか」
「至らない点も多々ありますけどね。……運べる荷物の量が、こちらはずっと少なくなります」
「ふむ、それもそうか」
そうこうするうち、『翡翠の森』上空である。
「おお、森を上から見るとこう見えるのだな」
常緑樹はくすんだ冬の緑に。
落葉樹は芽吹きの時を控えて、枯れ色の中にもほんのりと赤や黄色っぽさが兆しているように見えている。
「私は、幼い頃一度だけ『亜竜ライダー』を見たことがあってな」
唐突に語りだすローザンヌ王女。ゴローもモーガンも口を挟まず、黙って聞いている。
「あれには憧れた。……だが、『亜竜』に乗って空を飛ぶことは、エルフにのみ許された特権だと聞かされてもいた。残念に思ったよ」
「……」
「しかし今、私は……形こそ違うが、今私は空から王国を……いや、この大地を見下ろしている。『亜竜ライダー』たちが見ているのと同じ景色を見ているんだ」
その声が僅かに湿っていたことにゴローもモーガンも気付いていたが、何も言わず黙って聞いていた。
「ありがとう、ゴロー。……いや、私だけじゃない。これから後に続く『飛行士』たちを代表して礼を言おう」
「……光栄です、殿下」
『空を飛ぶ』ということに対するローザンヌ王女の想いを聞き、ゴローはこの『2重反転式ヘリコプター』をよりよいものにしたいな、と感じたのである。
そして王女の想いを汲み、
「短時間ですが、速度を上げてみます」
と宣言。
「おお、頼む」
「はい!」
無理のない範囲で速度を上げてみることにしたゴローであった。
その速度は時速60キル。『亜竜ライダー』の巡航速度と同じである。
「おお、速いな! これが『亜竜』の速度か!」
はしゃぐローザンヌ王女。とっくの昔に安全ベルトは外しており、窓に張り付くようにして外を見ていた。
その様子を見て、ゴローもモーガンも、王女を乗せてよかった、と感じたのであった。
* * *
「そろそろ戻りますよ」
「む、仕方ないな」
さすがにローザンヌ王女もそれ以上の我が儘を言うこともなく、『2重反転式ヘリコプター』はUターン。
ぐるりと回る際、横Gにも気を付けていたが、王女はむしろそれが新鮮だったようだ。
「おおっ! 今のは面白いぞ! ゴロー、もう一度やってくれ!」
「え……あ、はい」
日常生活で大きな横Gが掛かることはない(自動車もまだまだ発展途上である)から、こうした経験も楽しいのであろう。ゴローは大きな旋回を3度ほど行った。
「おお、これはいい。楽しいな!」
だが、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。
旋回を止めたゴローは、今度こそ王都を目指した。
王都に近づくにつれ速度を落とし最終的には時速10キルで王城前広場へ向かう。
「おお、皆が手を振ってくれているな」
「殿下、椅子に座って安全ベルトを締めてください」
「む……わかった」
ローザンヌ王女は渋々ながら椅子に座り、ベルトを締めた。
それを横目で見たゴローは、広場上空で停止し、
「では、着陸します」
と宣言をし、『2重反転式ヘリコプター』を降下させていく。
窓を閉めていても歓声が大きくなっていくのがわかる。
着陸した『2重反転式ヘリコプター』からは、まずモーガンが降り立ち、次いでゴローが。
最後に、2人に手を取られてローザンヌ王女が芝生に降り立つと、大歓声が沸き起こった。
「王国ばんざい! 姫様ばんざい!」
「空飛ぶ機械万歳!」
「ルーペス王国ばんざい! ローザンヌ王女殿下、ばんざい!」
「フフ、何だかくすぐったいな。この『2重反転式ヘリコプター』を作ったのはゴローたちだし、操縦したのもゴローだ。なのになぜ私の名前が呼ばれるのだろうな?」
「姫様が作るように命じ、費用も負担なさったからですぞ。さ、観衆に手を振ってさし上げなさい」
苦笑したローザンヌ王女に、モーガンが諭すように言った。
王女は言われたとおりに観衆に向かって手を振る。大きかった歓声がさらに大きくなった。
「ご苦労だった、ゴロー。報酬については、……そうだな、明日、もう一度話し合おう」
この大観衆では、このあとすぐに話を、というわけには行きそうもないがゆえの提案であった。
ゴロー、サナ、アーレン・ブルーらは王城に泊まっていくこととなった。
あの人垣をかき分けて帰るのはかなり難しそうだったのである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月19日(日)14:00の予定です。
20210916 修正
(誤)これは馬や乗客の疲労の疲労や馬車の故障、を考慮しての値である。
(正)これは馬や乗客の疲労や馬車の故障を考慮しての値である。
(誤)「大、皆が手を振ってくれているな」
(正)「おお、皆が手を振ってくれているな」
(旧)「1時間足らずで馬車の移動距離を翔破してしまうのか」
(新)「1時間足らずで馬車の1日の移動距離を翔破してしまうのか」




