08-17 納品
試作ヘリコプターの試験が完了したその夜、来客があった。
モーガンである。
「ゴロー、何やらやらかしているらしいな?」
開口一番、そんなことを言われてしまう。
「耳が早いですね」
「そりゃあな。あれだけ大きな音を立てていれば、噂にもなるぞ」
「ああ、そうですよね……」
ヘリコプターの騒音の元はメインエンジンとテールローターとも言われており、試作ヘリコプターにはテールローターはないのでこちらは関係ない。
またこの試作ヘリコプターのエンジンはほぼ無音である。
つまり、2重反転ローターが立てる風切り音が騒音の大半を占めているのだが、こうした『機械』に慣れていない住民からしたら、十分に騒音なのであった。
ハカセも『うるさい』と評していたくらいである……。
「それにしても噂が届くのが早いですね」
「まあ、な……」
モーガンは苦笑した。
実のところ、ゴローの屋敷は『隠密騎士』による監視対象になっているのだ。
これは警戒というよりも、余計な干渉からゴローたちを守るための意味合いが大きい。
よくも悪くも、ローザンヌ王女のお気に入りで、クリフォード王子も出入りする民間の屋敷なのだから(今は準貴族扱いだが)。
その隠密騎士からローザンヌ王女に知らせが入り、どうやら試作機が形になったらしいとわかったというわけだ。
王女としてはさっそく見に行きたかったようだが、もう夜ということで泣く泣く断念、代わってモーガンが確認に来たというわけである。
「まあ、お察しのとおり、完成しました。明日、納品に伺います」
「おお、そうか! 殿下もお喜びになるだろう。さっそく帰って報告しよう」
身を翻して帰ろうとしたモーガンを、ゴローは引き止める。
「あ、ちょっと待ってください」
「うん? どうした?」
「その納品について、相談があるんです」
「ふむ? 聞こうか」
「じゃあ、こっちへ来てください」
「おう」
そこでゴローは、中庭に駐機してある試作ヘリコプターをモーガンに見せる。
「こ、これがそうか……! 大きいな」
「ええ、ですから、納品はこいつを飛ばして持っていきたいんですよ」
「お、おお、そうか、これでは運んでいくのは難しいか……」
モーガンは、ゴローの言いたいことを察してくれたようだ。
「なるほど、事前連絡なしに王城へは飛んでいったらまずいだろうからな」
「はい」
王城前まで、にしても、音で警戒され、矢や魔法を射掛けられたらたまったものではない。
それでモーガンが来てくれたのをこれ幸いと、相談を持ちかけたのである。
「うーむ、いきなり城の中は無理だろうが、城前の広場に一旦降ろせば大丈夫だろう」
「やっぱりそうなりますね」
王城の南側にある芝生の広場。そこに何時に持っていくと決めておけば、王女権限で一時立入禁止にしてもらえるだろう、とモーガンは言った。
「じゃあ午前9時頃に……」
「いや、8時にしておけ」
「なぜです?」
「姫様が早く見たいと仰るだろうからだ」
「ああ……わかりました」
そういうわけで、翌日の午前8時に、王城南側の広場へ試作ヘリコプターを飛ばして持っていくことに決まったのである。
「では、姫様にはそう伝えておく。明日は頼むぞ」
「はい、よろしくお伝えください」
こうして、納品についての懸念は一応なくなったのであった。
* * *
さて翌日、王城前広場、午前7時半。
空は快晴、無風という上天気である。
「ううむ、まだか……!」
「殿下、まだ8時には30分もあります」
「わかっている!」
「でしたら、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!」
折りたたみの椅子が置かれた芝生広場。
その椅子に座ったり立ったりと落ち着きのない様子を見せているのはローザンヌ王女である。
それをなだめているのはモーガン。だが、王女は聞き入れようとしない。
「姉上、落ち着いてください。皆が見ています」
「う、うむ……」
弟のクリフォード王子も一緒で、さすがのローザンヌ王女も弟からの苦言には素直に耳を貸すようだ。
周囲には20名ほどの近衛騎士や、物見高い貴族連中もいる。
付近一帯を立ち入り禁止にしているのだが、その向こうから覗き込む周辺住民も大勢いた。
「ふん、市井の技術者が、そうそう飛行機械など作れるものか。この私が化けの皮を剥いでやる」
飛行機工場初代工場長のウェスクス・ガードナーもいて、貴族に混じって嘯いていた。
そうこうするうち、8時が近付いてきた。
そして、何やら音も聞こえてくる。
「うん……?」
「何の音だ? 鳥……ではないな」
「うむ、ゴローたちの飛行機械に違いない!」
椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、伸び上がって遠くを見回すローザンヌ王女。そして彼女は、西の空に浮かぶ小さな点を見つけた。
それは次第に大きくなってくる。同時に音も少しずつ大きくなってきた。
「おお!」
「あれは!」
王族警護の騎士たちも皆、空を見つめている。
そこにははっきりと、『空を飛ぶ機械』が浮かんでいるのを確認でき、それは刻一刻と近付いてきているのであった。
「モーガン! あれか?」
「はい、殿下」
昨夜実物を見ているモーガンが答えた。
「ううむ、まさしく空を飛んでいる! 素晴らしい!」
「姉上、ゴロー殿たちは本当に作り上げたのですね!」
ローザンヌ王女とクリフォード王子は肩を並べ、近付いてくるヘリコプターを見つめていた。
* * *
さて、時間は少し戻って、7時45分、ゴローたち。
「それじゃあ、あたしは留守番しているからね」
ハカセは今回も顔も名前も出さない。
乗っていくのはゴロー、サナ、アーレン・ブルーの3人である。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けるんだよ」
「はい」
そして3人は試作ヘリコプターに乗り込み、扉を閉める。
ゴローはエンジンをスタートさせた。
昨日、もう何度も飛ばしているので、試作ヘリコプターは危なげなく離陸。
そのまま50メルほど上昇。
その後、機首を南に向け、飛んでいく。
事前にラーナから『王城の真上を横切るのは避けたほうがいいです』と助言を受けていたので、まず南に飛び、その後東に向きを変え、王城南の広場を目指すことにする。
「やっぱり空を飛ぶのは素晴らしいですね!」
はじめ、アーレンは空から見下ろす王都の町並みに見入っていた。
しかしそれも、王城南が近付いてくるとだんだん緊張感が勝ってきたようだ。
「ゴ、ゴローさん、ちゃんと着陸してくださいね?」
「おう」
「万が一にも、王族の目の前で着陸失敗なんてしないでください!」
「大丈夫だって」
そのため……というか、反射神経がゴロー程よくない者にも安定して飛ばせるようにややデチューンしたのである。
スロットルの反応を鈍くし、速度上限も7割に抑えてある。
操縦桿も少し重くしてあるので、ゴローにとっては非常に扱いやすい機体に仕上がっていた。
そして近付いてくる広場。
ゴローの視力には、そこに集まった人々の表情まで見えている。
皆こちらを見上げ、一様に驚いているようだ。
それもそのはず。
『亜竜』を使わずに空を飛んでいるのだから。
『研究所』でさんざんグライダーや飛行機を飛ばしまくっていたゴローやサナには……そしてもう何度か飛んでいるアーレン・ブルーにも……見当もつかなかったが、今3人は歴史的なエポックの只中にいたのである。
試作ヘリコプターが芝生広場に着陸し、エンジンが止まると、あたりは大歓声に包まれたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月9日(木)14:00の予定です。
20210905 修正
(誤)つまり、2重反転ローターが立てる風切り音が騒音の大半を締めているのだが
(正)つまり、2重反転ローターが立てる風切り音が騒音の大半を占めているのだが
(誤)そして3人は試作ヘリコプターに乗り込み、扉を締める。
(正)そして3人は試作ヘリコプターに乗り込み、扉を閉める。
(旧)「うーむ、いきなり城の中は無理だろうが、城前の広場に一旦着陸させれば大丈夫だろう」
(新)「うーむ、いきなり城の中は無理だろうが、城前の広場に一旦降ろせば大丈夫だろう」




