表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/506

04-52 旅行14日目 その1 植え付け

 旅行を始めて14日目の朝が来た。


 いつもどおりの朝食を食べ終わり、のんびりしていると、じきに午前8時となる。


「ゴロー様、サナ様、陛下がお見えになりました」


 世話役のラナからそう告げられた。女王は約束の時間通りにやって来たようだ。


「ゴロー、入るぞ」


 ふすまがからりと開いて、女王ゾラが入ってきた。


「ゴロー、久しいな」

「ゴローさん、もう元気になりましたか?」

「ゴロー、体調はもういいのか?」


 一緒に入ってきたのはルーペス王国の面々。ローザンヌ王女、クリフォード王子、モーガンだ。


「ゴロー、もうよいのか?」

「ゴローさん、調子よさそうですね」


 そしてリラータ姫とネアも一緒であった。かなりの大所帯である。


「さあ、精霊様を呼び出してたもう」

「わかりました。……サナ」

「うん。……フロロ、出てきて」


 サナは植木鉢の苗に語りかけた。


「……呼んだ?」


 すぐに『木の精(ドリュアス)』のフロロが現れる。


「おおおお!」


 リラータ姫が感激している。

 フロロのことは知っていても、こうして呼べばすぐに姿を見せてくれる、というのが信じられないようだ。


「フロロ様、昨夜お約束しましたように、貴方様をお迎えする土地をご案内しに参上いたしました」

「あ、そうだったわね。お願いするわ。……鉢はサナちんかゴロちんが持ってね」

「それじゃあ、俺が」


 フロロの希望により、ゴローが植木鉢を抱えて行くことになった。


 移動は馬車である。4頭引きの大型馬車だ。屋根は付いておらず、オープンだ。


「揺れの少ない新型の大型馬車じゃ」


 女王ゾラが説明する。


「さあ、行こうぞ」


 大型馬車に、ラナを含めた全員が乗りこみ、出発である。


*   *   *


 まず第1位の候補として挙がったのは、当然ながら王宮のある敷地内である。

 ここは最も精霊の守りが強いところだ。

 だが。


「……日当たりが悪いから、嫌」


 そうなのだ、周囲は10メル()を超える高さのスギ木立に囲まれているため、日光が差し込むのは正午の前後1時間くらい。

 つまり日照時間が最長でも2時間ほどしかないのである

 フロロの親木は梅であるから、そこそこ日照にっしょうは欲しいのであろう。


「そうですか……では、次へ参りましょう。……次へ向かってくれ」

「はっ、陛下」


 フロロ(の分体(ブランチ))を王宮の敷地内に迎えられなくて残念そうな顔をした女王ゾラは、次の候補地を御者に指示した。


*   *   *


 次の候補地は、王宮へ続くスギ並木の入り口だった。

 ここなら日照にっしょうは申し分ない。

 だが。


「……ちょっと乾燥しすぎね」

「そうなのですか?」

「うん。ある程度成木になってしまえばいいけど、若木のうちはちょっときつそうね」


 やはり日照にっしょうと共に適度な水分は欲しいようである。


*   *   *


 3つめの候補地は、町中にある自然公園。

 ほぼ中央にあり、高い木はそれほどないから日当たりはいい。

 また、敷地内には池もあるので湿り気もほどほど。


「まあまあね。他になかったらここにするわ」

「候補地はあと1箇所あります。そこを見てお決めください」

「では、そういうことにするわ」


*   *   *


 4つめの候補地は町の北西にある小山の麓だった。


「あれ、ここは……」

「うん、ミユウさんの工房近く」

「だよな」


 ティルダが短期間教えを請うている塗師ぬし、ミユウの工房近くであった。

 そんなとき、フロロが何かに気付いたようだ。


「んー……右へ行ってくれる?」

「はい? あの、候補地は真っ直ぐですが……」

「いいから、右!」

「は、はい。……右へ行ってくれ」


 女王ゾラも、尊崇する精霊であるフロロにはたじたじである。


 フロロの言うとおりに進むと、そこはミユウの工房の前であった。


「ここがいい」


 フロロが指差したのは間違いなくミユウの工房の中。


「ええと、フロロ様、ここは私有地なのですが……」


 女王ゾラも、私有地を権力に任せて己の自由にする、などという真似はしないようだ。


「こういう場合は家主に許可を取るしかないのだろうな」

「そうですね、姉上」


 同乗しているローザンヌ王女とクリフォード王子も顔を見合わせている。


「……陛下、私が聞いてみます」

「ネア、頼むぞ」


 工房主のミユウには、遠い親戚のネアが交渉してみるようだ。


「……こんにちは」


 返事はすぐだった。


「おお、ネアじゃないか。どうしたのだ?」

「ええとですね、ちょっとお願いがありまして……」

「うむ?」


 そこに、フロロが参入した。


「ここに住みたいのよ!」

「おお!? せ、精霊様?」

「あーっと、そういうわけで、この庭が気に入ったみたいなんですが」

「おお、君はゴロー君だったね」

「はい、うちのティルダがお世話になっています」

「うむ。ティルダ君は熱心だよ。……で、精霊様がうちの庭を気に入ったというのですか?」

「そうよ! いいでしょ?」

「……ええと少しでいいから事情を説明してもらいたいのですが」

「あ、それでしたら俺から」


 さすがにいきなり精霊から庭に住みたい、と言われても面食らうばかりである。

 ゴローはそんなミユウに事情を説明した。


「ははあ……精霊様におかれましては、うちの庭がお気に召した、と」

「最初からそう言ってるでしょ」

「は、はあ……」


 そこに女王ゾラも顔を出した。


「ゴロー、ネア、どうじゃな?」

「へ、陛下!?」


 女王の顔を見て驚きを隠せないミユウ。

 さらにリラータ姫や、国外の王族も一緒と聞いて、さすがに腰が引けたようである。


「な、なんでまた、こんなことに……」

「……いろいろすみません」


 とりあえずゴローが代表して謝っておく。


「で、どうでしょう、ミユウさん」


 ネアが確認するように尋ねた。


「私はかまわないが……ええと、精霊様、うちの庭のどこがそんなお気に召したのですか?」

「え? 日当たりはいいし、湿り気も適度にあるし、なにより気脈が通っているでしょ、ここ」

「はい?」

「……フロロ、普通の人は気脈を感じることはできない」


 面食らうミユウを見て、サナはフロロに耳打ちした。


「ああ、そっか。……ま、とにかく気に入ったのよ。どこかに住まわせてちょうだい」

「ええと、どのあたりがよろしいのでしょう?」

「そうね……」


 フロロは庭を見渡して、


「ここがいいわ」


 と、南東の隅を指差したのであった。

 そこは工房の玄関口にほど近い場所である。

 今は何も植えられておらず、ただ庭石が置かれているだけであった。


「そこでよろしいのですか?」

「うん」

「でしたら、私に異存はありませんが」


 ミユウはそう言ってからネアに向き直った。


「ネア、本当にいいのかい? ……陛下にもお聞きしておくれ」

「ええ。……陛下、構いませんよね?」

「おお、もちろんだ」


「決まりね! ……ゴロちん、あたしを植えてちょうだい!」

「はいはい」


 ゴローはフロロの分体(ブランチ)を植えた鉢を持ち、庭石に近づいた。


「この石はどうしましょう?」


 この質問に答えたのはフロロだった。


「あ、それはそのままでいいわ。その石から手前1メル()のところに穴を掘って植えてちょうだい」

「肥料は?」

「いらないわ。欲しくなったら自分で調達できるから」

「なるほど」


 そんなやり取りをしながら、ゴローは棒を借りて穴を掘っていった。


 植木鉢くらいの穴を掘り終えると、ゴローは植木鉢からそっとフロロの分体(ブランチ)を取り出す。

 すっかり根っこでいっぱいになっていた。


「ほぐさなくていいのか?」


 とゴローが尋ねると、フロロ答えて曰く、


「大丈夫。植えてもらえれば、あとは自分で育つから」

「了解」


 そこでゴローは穴にフロロの分体(ブランチ)を収め、根回りに土を被せたあと、軽く踏んで土を固めたのだった。


「どんなもんかな」

「うん、ちょうどいいわ。あと綺麗なお水をちょうだい」

「は、はい!」


 苗を植えたあとは、十分な水やりが必要である。それでフロロは水を要求したのだ。

 ミユウは急いで手桶一杯の水を汲んでくる。


「ああ、それくらいあればいいわね。根の周りに掛けてちょうだい」

「はい、精霊様」


 言われるままにミユウは水を掛けた。


「ああ、いい感じ。これであたしもこの庭に馴染めそう。ミユウだったわね、これからよろしくね」

「は、はい、精霊様。こちらこそ、よろしくお願いいたしますです」

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月6日(日)14:00の予定です。


 20200903 修正


(誤)ほぼ中央にあり、高い気はそれほどないから日当たりはいい。

(正)ほぼ中央にあり、高い木はそれほどないから日当たりはいい。

(誤)「ははあ……精霊様におかれましてば、うちの庭がお気に召した、と」

(正)「ははあ……精霊様におかれましては、うちの庭がお気に召した、と」

(誤)「ええと、どのあたりがよろいいのでしょう?」

(正)「ええと、どのあたりがよろしいのでしょう?」

(誤)「でしたら、私に依存はありませんが」

(正)「でしたら、私に異存はありませんが」


(旧)女王ゾラも、私有地を権力に任せて自由にする、などという真似はしないようだ。

(新)女王ゾラも、私有地を権力に任せて己の自由にする、などという真似はしないようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点]  近頃、コロナ拡散防止対策はバッチリという謳い文句を耳にしますが、防止の対策なので、実は拡散させまくりだと言っていることになります。勿論、「防止策はバッチリ」であっても信頼度が上がるも…
[一言] うーむ、知り合いの家に住み込むのか まぁ、フロロの文体ならマイペースだから周囲もすぐ慣れる……かなぁ? 未「慣れるかっ!」どうしてこうなった!? 空「わらわの休憩場所も欲しいのう」日参した…
[一言] ミユウさん立ち退きさせられなくて良かったですwww(ノ´∀`*) フロロB(成体になったら名前どうするのかも気になります)が居れば漆や木地も強化(?)されそうですね♫
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ