04-43 旅行11日目 その8
サナの忠告に従って、最大の『強化』を掛けたゴロー。
そんな彼に向かって、何かが飛んできた。
「おっと」
ゴローは3倍に強化された身体能力で、余裕を持ってそれをかわす。
飛んできた『何か』は、背後の木の幹に食い込んで止まった。
ゴローは素早くそれを確認する。
(鉛玉……? 狙撃か!)
いつか王都で狙撃されたことを思い出す。
〈サナ、少々まずいぞ〉
〈どうしたの?〉
〈いつか、おれを撃った奴かもしれない〉
〈銃使い?〉
〈そういうことだ。サナは女王様と姫様を守ってくれ〉
〈うん。ゴロー、頼むね〉
〈おう〉
念話での会話は1秒足らずで済む。
ゴローは女王たちの守りをサナに任せると、弾丸が飛んできたと思われる方向へ駆け出した。
それは宮殿の屋根の上。
3倍になった身体能力を使い、手近な木の枝を経て屋根の上に上ったゴローは、目を凝らした。
(いた)
狙撃が失敗したことを悟り、ポジションを移動させる黒い影。
ゴローは屋根の上を音も立てずに走り、黒い影に肉薄する。
「待て!」
「!?」
まさか屋根の上にまで追いかけてくるとは思わなかったのか、狼狽する黒い影。その手には銃と思われる長い武器が握られていた。
「よくもやってくれたな」
「くっ!」
慌てて銃をゴローに向けるが、もう遅い。ここまで近接したなら、長い銃身の銃は不利である。
ゴローはその銃身を掴み、捻り上げる。発射音が響き、空へ向けて銃が発射された。
見たところ単発銃のようで、もう一度撃つには弾込めをしなければならないようだ。
「まずはこいつから手を放してもらおう」
掴んだ銃をさらに捻り上げるゴロー。元々強かった力が更に3倍に引き上げられているのだ。
黒い影から銃をやすやすと奪い取ることができた。
「こんな危ないものは捨てっちまえ」
奪い取った銃を、ゴローは投げ捨てた。もちろん人のいなそうな方角へ向けて、だ。
「さて、おとなしく捕まってもらおうか」
そう言いながらゴローは黒い影の腕を掴んだ。
と、その時。
黒い影は、懐から銀色に光るナイフを取り出し、ゴローの胸めがけ突いてきたのである。
だが、今のゴローは反応速度も3倍になっている。
余裕を持ってナイフを刃のない側からつかみ、捻り上げればこれまたナイフを奪い取ることに成功した。それもまた投げ捨ててしまう。
「残念だったな」
ゴローは、あっさりと武器を奪い取られて慌てる黒い影のみぞおちめがけて軽い拳打を加える。
「ごふっ」
軽く、のつもりだったが3倍の強化がなされた『軽く』は、黒い影の意識を刈り取るに十分すぎたようだ。
がくっとうなだれ、四肢を痙攣させ始めたので、ゴローも少し強すぎたか、と反省しつつも、殺意を持って襲ってきた相手なので同情はしない。
「よっと」
黒い影を肩に担いだゴローは、一気に屋根から飛び降り地面に降り立った。
そのまま警備員詰め所へと行き、引き渡す。
「ゴロー様、ありがとうございます!」
警備員はゴローに向かって敬礼をする。
その間に別の警備員が縛り上げ、覆面を取っていた。
「こいつが犯人か……」
覆面の下から現れたのは、人族の若い男だった。まだ気絶したままである。
「あ、そうだ」
ゴローは、男が使っていた銃とナイフを投げ落としてあることを思い出し、拾いに取って返す。
「ええと、この辺のはず……おかしいな?」
心当たりを探してみるが見つからないのである。
「あの辺りから投げたんだから……おや?」
立ち木の幹に傷が付いていた。おそらく投げ落とした銃がぶつかってできたものだろう、とゴローは判断した。
「だとしたらこのあたりにないのはおかしい」
人気もないので、誰かが持っていった、ということも考えにくい。おまけにナイフも見つからないのだ。
(……もうひとり……いた……?)
だが、サナが感じ取った気配はもう全部ひっ捕らえたはずだ。ゴローは念話でサナに確認することにした。
〈サナ、どう思う?〉
〈……わからない。情報不足〉
〈そうなんだが……もう怪しい気配はないよな?〉
〈ない。……ちょっと待って…………もう1つ、変な感じが……〉
〈え?〉
〈ゴロー、わからない?〉
〈いや、待ってくれ。………………この、なんというか……ザラザラした感覚か?〉
〈そう〉
〈……これって、一体何だ?〉
〈多分、人工物〉
〈人工物?〉
〈そう。具体的に言うなら、ゴーレムか、ガーゴイル〉
〈な、何だって!?〉
ゴーレムもガーゴイルも、魔法技術で生み出された動く人型の魔導人形である。
その違いがどこにあるかというと、ガーゴイルは意思を持たず、命じられたことのみを行うだけだがゴーレムは若干の意思を持ち、判断力を有するところだ。
〈……こういうシーンで使うなら、おそらくゴーレム〉
〈そういうことか〉
多少の判断力がなければ、臨機応変に動けないため、この場合はゴーレムだろうとサナは見当をつけたのである。
〈どうやって持ち込んだんだろう?〉
〈その判断はあと。とりあえず戻ってきて〉
〈わかった〉
サナの要請により、急いで戻るゴロー。
戦力は分散させないほうがいいに決まっているからだ。
大急ぎで宴席に戻ると、女王ゾラとサナだけが残っていた。
リラータ姫やルーペス王国の面々がいないところを見ると、どこかへ避難してもらったらしい。
これならかなり安心である。
ジャンガル王国で親善使節である王子王女が怪我をしたとなると国際問題になりかねない。
「ただいま戻りました」
「おおゴロー、またもや曲者を捕らえてくれたと聞いたぞ。女王として感謝いたす」
「はい、いえ、どういたしまして? ……あの、陛下、なにやらおかしな気配を感じませんか?」
「なに? おかしな気配のう。………………な、なんじゃ、これは!?」
どうやら女王もゴーレムの気配を感じ取ったらしい。
「ゴーレムではないかとサナは言っています」
「むう……ゴーレム、のう……一体どうやってこの神域に入り込んだのやら」
「陛下、いまはそれどころじゃありません」
「うむ、そうじゃな」
「方向は……」
「あちら、じゃな」
女王ゾラが指差した、その方角に、身長3メルを超える巨体がぬっと立ち上がった。
「なっ! あれがゴーレムかや!?」
「でかい……ですね」
ゴローも顔を顰めた。
「陛下、あれを破壊するような武器は……?」
「うむう……ここは神域じゃから、大した武器はないぞ……」
「あ、やっぱり」
おそらくはそれを見越して、ここにゴーレムを仕掛けたのだろうとゴローは想像した。
〈サナ、なんとかなるか?〉
〈……あのゴーレムの性能がわからないから、なんともいえない〉
〈まあ、そりゃそうか〉
〈でも、多分ゴローならどうにかできる〉
〈……ほんとか?〉
〈……思い出して〉
〈何を?〉
〈……生まれたときのことを〉
〈え……あ!〉
サナに言われて、ゴローは思い出した。
目が覚めて、『人造生命』としての自覚もないまま、4メルもあるようなガーゴイルと戦う羽目になったことを。
〈……だけどよく考えてみると、『強化』を掛けているのに、あの時より弱いような気がするのはなぜだ?〉
今更ながら、矛盾に気が付いてしまったゴロー。
サナはそんなゴローに説明をしてくれた。
〈今のゴローは『制限』を掛けた状態で『強化』を掛ける、ということをやっている〉
〈え?〉
〈つまり、わざと弱体化して、改めて強化しているということ。弱体化を全部解除すれば、あんなゴーレムは簡単に排除できる。多分だけど〉
〈多分、か〉
〈データがないんだから仕方ない。……でも、『ハカセ』が作ったガーゴイルよりは弱いと、思う〉
〈それは、確かに〉
だが、1つ問題があった。
〈『制限』って、どうやったら解除できるんだ?〉
〈……わからない。それは、ゴローが『人間として』振る舞うことを覚える上で、自然と身に着けたもの、だから〉
〈そ、そうなのか……〉
必死に自分のことについて思い巡らすゴローなのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月2日(日)14:00の予定です。




