04-28 旅行9日目 王都巡り 1
「すっかり忘れていたよ……」
ゴローは、ここへ来る途中……旅行3日目に手に入れた『レンコン』の残りを前に考え込んでいた。
今の陽気ではあまり長期保存はできないので、ここらで調理してしまおうと思ったのだ。
「カロットはあったな。あとは豆も見かけたから絹さやもあるかもしれない。……シイタケ……は見てないな……」
こういうときにキノコに詳しい『エサソン』のミューがいてくれたらなあ、と思わなくもないが、こればかりは致し方ない。
「午前中は食材を探しに出てみるか……」
「ゴロー、どっか行くの?」
呟きを聞きつけてサナが寄ってきた。
「ああ。何かいい食材がないか、町を見てこようと思って」
「私も、行く。何か美味しいものがないか、探す」
「まあいいけどな。ティルダはどうする?」
「ゴローさんとサナさんが行くのでしたら行きますです。何か珍しい素材がないか見てみたいのですよ」
「よし、それじゃ一緒に行こう」
「あ、でしたら私が町をご案内します」
と、そこにネアが案内役を買って出る。
ネアは女官ラナと入れ替わってゴローたちへの対応をしてくれていた。
が、3人の目つきに気が付き、
「いくら私でも、この町で迷子になったりしませんよっ!」
と強弁するのであった。
* * *
そういうわけで、ネアの案内でゴローたちは町へ繰り出した。
「迎賓館は町の中心から少し外れた、静かな一角にあるんです」
「そうみたいだな」
迎賓館の周りには、高級そうな住宅と自然公園が点在している。
そこから南へ向かう道を歩いていくネア。
「ネア、今向かっている方角はどっちかわかるか?」
「はい? えっと、南ですよね?」
「正解だ……」
太陽の向きで大体の方角はゴローにも見当がつく。
どうやらこの王都でなら、ネアは迷うことなく道案内をしてくれそうなのでゴローはほっとしたのだった。
* * *
「このあたりが商店街ですね」
「お、いろんな店があるなあ」
「面白そうなのです」
「……いい匂い」
皆、期待できそうだと目を輝かせたのである。
まずは工芸品の店に入ってみる。一番近くにあった、という理由からだ。
「木のアクセサリーが多いのです! きれいな色に塗ってあるのですよ!」
ティルダは珍しい品揃えに大興奮。
ゴローとサナ、ネアもそれぞれ店内を見て回る。
「ふうん、木と……銀をつかったアクセサリーが多いのか」
民族性から来るのかな、とゴローは思った。
「はい、そうですよ。私たち、木製品が大好きなんです。それに、銀の奥ゆかしさも好きなんです」
「奥ゆかしさ?」
「ええ。ほら、銀って、放置すると黒くなるでしょう? あの黒ずんだ色も好きな人が多いんです」
「へえ……」
銀は、常温では酸化しづらい(錆びにくい)金属だが、硫黄と反応し硫化銀となりやすい。この硫化銀は黒いので、わざと黒化処理をして『いぶし銀』とすることもある。
また磨いた銀は、金属中で最も反射率が高いため『白く』見える。それで『はくぎん』『しろがね』と呼ばれることもあるのだ。
その銀を使ったアクセサリーが多く見受けられたのである。
「これは……簪かな?」
ゴローも1つを手にとって見た。
「はい、簪ですね。はやりのデザインですよ」
ネアが教えてくれる。
その簪は銀製で、そこに布で作った可愛らしい花が3つ付けられているもの。
「桜……かな?」
「そう、桜です。王国で好まれているお花なんですよ。……桜は、春になると国内のあちこちできれいな花を咲かせてくれます。それを見ながらお酒を飲んだりお弁当を食べたりするんです」
「花見か」
「はい、そうです。これも『けもなー』様が広めた習慣と言われています」
これまたネアが教えてくれたのだった。
「桜も植えたのかな?」
「はい。桜に限らず積極的に植樹を進められまして、王宮のまわりのスギの森もその1つだそうです」
「ふうん」
やはり『日本』という名の国から来た人物なんじゃないかな、とゴローの『謎知識』は囁いていたが、ゴロー自身、その『日本』なる国をよく知らないので口には出さなかったのだった。
代わりに、この王都は緑が多くて素敵だ、と褒めるのに留めておいたのである。
だがその言葉は、ネアの心の琴線に触れたようだった。
「ありがとうございます。私も、緑の多いこの町が好きです」
「そっか。俺もなんとなくだけど居心地がいいなと思うよ」
「ふふ、嬉しいです」
その時、サナがゴローの袖を引っ張った。
「どうした?」
「ゴロー、これ見て」
「これは……」
サナが注意を惹かれたのは、キラキラする石がはめ込まれた簪。
その石は、赤と緑の2色をしていた。
もう少し詳しく言うと、球形に研磨された石の半分……つまり半球が赤で、残る半球が緑色だったのである。
「これって『トルマリン』かなあ……?」
「とるまりん?」
ゴローのつぶやきにサナが首を傾げた。
「ああ。別名『電気石』。電気石のことをトルマリンって言って、これは2色だから『バイカラートルマリン』かな」
「ふうん……面白い」
バイカラートルマリンはハカセのいた山では産出しなかったので、サナも初めて見たようだ。
「自然にこういう色になるの?」
「そうらしいな。トルマリンは結構いろいろな色が出るけどな」
「確かに、触ると尻尾の毛が逆立つ石がありますね」
「えっ?」
ネアの言葉に、思わずゴローは声を上げてしまった。
が、考えてみれば静電気で髪の毛が逆立ったりするのだから、尻尾の毛が逆立つこともあるだろうと思い直す。
「……エボナイトで毛皮をこすると結構高電位の静電気が起きるんだっけか」
などと関係ない情報が『謎知識』からゴローにもたらされた。
毛皮とエボナイトは『帯電列』で両極に位置づけられる物質で、こすり合わせると毛皮がプラス、エボナイトがマイナスに帯電する。
蛇足ながらエボナイトとは生ゴムに硫黄を30から40パーセント加硫した『ゴム』である。あくまでも天然樹脂であり、合成樹脂ではない。
機械的強度があるので万年筆の軸やボウリングのボールに使われる。
名前の由来は、その黒い外観がコクタン(木の一種、英名エボニー)に似ているためという。
近年はエボナイト製の万年筆は少なくなっているということである。
それはさておき、尻尾の毛を逆立てたネアを想像してゴローがほっこりしていると、サナに念話で話しかけられた。
〈ゴロー〉
〈何だ、どうした?〉
〈……ティルダを見て〉
〈ティルダ? ……何やってるんだ?〉
〈あの小物が欲しいんじゃない?〉
確かにサナの言うように、ティルダは並んでいる小物の1つを手に取って、じっと見つめていた。
それは直径10セル弱の手鏡で、黒く塗られた枠にはめられていた。
何の塗料を使っているのか、しっとりした上品な黒い艶をまとっており、そこに金で絵が描かれているようだった。
「欲しかったら買ってやるよ」
「ふえ!? あ、ゴローさん!?」
「あ」
「あ!」
ゴローが声を掛けると、考え込んでいたティルダはびっくりして手鏡を落としてしまったのであった。
「おっと」
反射神経は人族の数倍。
ゴローはなんとか手鏡をキャッチし、割れることを防いだのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月11日(木)14:00の予定です。
20200607 修正
(誤)一番近国あった、という理由からだ。
(正)一番近くにあった、という理由からだ。
(誤)バイカラートルマリンはハカセのいた山では算出しなかったので、サナも初めて見たようだ。
(正)バイカラートルマリンはハカセのいた山では産出しなかったので、サナも初めて見たようだ。




