04-01 旅行1日目
ジャンガル王国へ。
ゴロー、サナ、ティルダ。
ローザンヌ王女、クリフォード王子、お付きの人々。
リラータ王女、ネア、お付きの人々。
モーガン、護衛の騎士。
そんな一行は西を目指して進んでいく。
(西遊……記……? って何だろう)
ふとゴローの頭に浮かんだ単語。謎知識によるものだ。
ゴトゴトと揺れる馬車に乗っていると眠く……はならないが、退屈である。
窓の外の景色は、ずっと代わり映えのしない林だ。
「『翡翠の森』とは違うんだよな」
「うん。どうやらこのあたりは、薪を採るための林らしい」
ゴローの独り言に、サナが答えた。
「確かにな」
下草が刈られていて藪が少なく、風通しがよさそうに見えるあたり、かなり人の手が加わっていると思われた。
「あまり木材にはならなそうだな」
そんなゴローの呟きに答えたのはティルダ。
「このあたりの木は生長が早いものが多くて、その分材が軟らかいらしいのです」
「へえ、そうなんだ」
「です。だからあまりいい材木にはならないのです」
その説明に納得するゴローであったが、別の疑問が頭に浮かぶ。
「それじゃあ、材木はどこから来ているんだ?」
シクトマの町ではかなりの材木が使われていた。
「多分、ジャンガル王国からなのですよ」
これもティルダが答えてくれた。
「ジャンガル王国は高温多湿なので木が多いらしいのです。種類も豊富で、主要産業の1つらしいです」
「詳しいな」
とゴローが褒めれば、
「工房やっていると自然に耳に入ってくるのですよ」
と謙遜するティルダであった。
* * *
2時間ほどで小休止である。
広場があり、そこには石造りの休憩舎があった。なんと2階建てである。
もちろん馬車置き場や厩舎もあり、井戸も掘られていた。
ここでお昼である。
折りたたみ式の簡易テーブルが並べられ、これも折りたたみ式の椅子が用意された。
それらは全て、両国のお付きの人々がやってくれている。
てきぱきと進めていく様を見る限り、何度も行って手慣れているようだった。
ゴローたちのテーブルにはモーガンがやって来た。
「ゴロー君、サナちゃん、ティルダちゃん、酔わなかったか?」
ゴローたちは全員何ともなかった、と答えた。
「そりゃよかった。馬車酔いは辛いからな。まだ旅は始まったばかりだし」
そして簡単な食事が並べられる。
また初日であるので、柔らかなパンと、新鮮なフルーツが出された。
飲み物もフルーツジュースだ。
「そのうちパンも硬くなるし、ジュースじゃなくて水になるだろうなあ」
モーガンがぼやく。
「それでも軍の携行食よりはマシだが」
あれは本当に味気ない、としかめ面したモーガンだった。
食後、フルーツジュースのお代わりがもらえたので、魔法で冷やし、ゆっくりと味わう。
「休憩舎って随分と立派なんですね」
ゴローはモーガンにそう言うと、
「寝泊まりもできるようになっているのさ」
モーガンが教えてくれる。
「シクトマの城門は、季節によっては日没と共に閉じられるから、首都を前にして無理をせず、ここで泊まる者も多いんだ」
「ああ、そうなんですか」
「猛獣や魔物はほとんど出ないが、安全のために寝室は2階になっているのさ」
「利用料金は掛かるんでしょう?」
「それはもちろん掛かる。維持費だって安くはないからな」
だいたい1人あたり1泊1000シクロだという。素泊まりとはいえ、まあまあ安いな、とゴローは思ったのだった。
* * *
1時間ほど休憩した後、再び出発だ。
「今日の泊まりはカマシリャの村だそうなのです。牧畜が盛んらしいのです」
事前に知識を仕入れていたティルダが、メモを見ながらゴローたちに説明した。
「へえ、牧畜か。何を飼っているんだ?」
「ヤギとニワトリらしいのです」
ヤギからは乳が取れ、バターやクリームに加工される。
ニワトリは卵と鶏肉になる。
乳製品や卵は新鮮な方がいいので、シクトマにほど近いカマシリャの村で作られている、ということだ。
「3時間くらいなのです」
「とすると15キルくらいか」
休憩舎までが2時間、10キル。そこから15キルなので、この日の行程は25キルとなる。
王族のための旅であるし、1日目なので短めの行程なのだろうな、とゴローは推測した。
そんな時。
「ゴロー、おやつが欲しい」
とサナが言い出した。
「はいはい。パウンドケーキでいいか?」
「うん」
『和三盆もどき』改め『純糖』は日保ちするので、もう少し保ちが悪いパウンドケーキから食べていくことになった。
とはいえ、水を使わず、さらにウイスキーを混ぜてあるので4〜5日は保つだろうが。
「やっぱり、美味しい」
「美味しいのです!」
サナとティルダはいつも美味そうに食べるなあ、と思いながらゴローも一切れ口に入れたのだった。
* * *
そして夕方の早い時刻に、一行はカマシリャの村に到着。
「ここがカマシリャの村か……」
牧畜が盛んなだけあって、明るく開けた村である。
そして思ったより臭くない、とゴローは思った。
(鶏糞って結構臭いんだよな……ここはマメに掃除しているんだろう)
ゴローの想像通り、この村は嗅覚の鋭い獣人も利用するので、糞の処理はきちんとなされているのであった。
「俺たちはこの宿屋か」
当然ながら王族は村一番の宿である。ゴローたちは普通よりちょっと上、といった宿であった。
ゴローに不満はない。宿代や食事代は全部王国持ちであるから。
ただ1つ、少し残念な点があるとすれば、リラータ姫やネア、ローザンヌ王女らと言葉を交わすことができないことか。
(まあ、それはしょうがないよな)
正式な使節なのだから、そう自由気ままに出歩けないのは当然であった。
「ゴロー、お風呂がある」
物思いに耽っていたゴローの耳に、サナの言葉が届いた。
「お、ほんとだ」
宿屋の本館に併設された湯殿があった。
「王都に入る前に身綺麗にしておこうという人が多いんだろうな」
ゴローが推測を口にすると、
「うん、きっとそう」
サナも同意してくれた。
「夕食も期待できるかな?」
乳製品をふんだんに使った献立が出るといいな、と思うゴローであった。
* * *
「お、チーズか」
夕食にはナチュラルチーズが出された。最近作られ始めたものだそうだ。
ナチュラルチーズとは、ざっくりいって乳を乳酸菌や凝乳酵素などで固めたものである。
牛だけでなく、ヤギ、羊、水牛などの乳も使われる。
ここで出てきたのはヤギの乳を使ったナチュラルチーズであろう。
「どれどれ」
さっそくゴローはチーズを口に入れたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月12日(木)14:00の予定です。
20200310 修正
(誤)ヤギからは乳が取れ、パターやクリームに加工される。
(正)ヤギからは乳が取れ、バターやクリームに加工される。
202010203 修正
(誤)「ゴロー君、サナちゃん、ティルダちゃん、酔わなかったか?」
(正)「ゴロー、サナちゃん、ティルダちゃん、酔わなかったか?」
(誤)また初日であるので、軟らかなパンと、新鮮なフルーツが出された。
(正)また初日であるので、柔らかなパンと、新鮮なフルーツが出された。
20230904 修正
(誤)窓の外の景色は、ずっと変わり映えのしない林だ。
(正)窓の外の景色は、ずっと代わり映えのしない林だ。




