03-20 再びの旅立ち
そして、夏も終わりに近い日。
ゴローたちがジャンガル王国へ向けて出発する、その日となった。
午前9時前に迎えの馬車が来てくれることになっている。
今は午前8時半。
「……あの、皆さん、お気を付けて」
「あ、ミュー」
『エサソン』のミューが見送りに出てきてくれた。
シャイな彼女は、明るい朝が苦手なのか、すぐに引っ込んでしまったが。
「忘れ物はございませんか?」
『屋敷妖精』のマリーがゴローたちに確認する。
「ああ、大丈夫だ」
なくて困るようなものはほとんどない。
「昨日のうちに、手荷物以外は取りに来てくれたから楽だよな」
土産と着替え、日用品、そして『おやつ』などは前日に預けていたのだ。
なので、今のゴローたちは手荷物だけである。
忘れてはならないものは『木の精』の『分体』が植わった植木鉢くらいか。
マリーの『分体』が宿る古いレンガはゴローの手荷物の中だ。
出掛けるのはゴロー、サナ、ティルダの3人。
3人とも、ジャンガル王国から贈られた服を着ている。
前回の晩餐会はルーペス王国開催だったため、ルーペス王国から贈られた服を着ていったが、今回向かうのはジャンガル王国なので、当然ジャンガル王国から贈られた服を着たわけだ。
ちなみに、礼服ではない。
出発4日前に、獣人のネアが、道に迷わないよう心配したお付きの人たちと共に持ってきてくれた『普段着』である。
貰った服は、湿度の多いジャンガル王国向けなので涼しげだった。
「これって……麻かな?」
ゴローが着ているのは、やや太めの糸で織られたざくっとした生地を使った、背広上下に似た服。
「着心地のいい素材」
サナは涼しげなノースリーブ。胸元はあまり開いておらず、代わりに背中が大きく開いている。生地は、ゴローには木綿のように感じられた。
「うう、やっぱりスカートって穿き慣れないのです」
そしてティルダは半袖のブラウスとミドル丈のスカート。こちらも木綿のようだ。
いつもは革製のツナギなので、スカートはスースーして落ち着かないようだ。
「晩餐会でもスカートだったじゃないか」
とゴローが言えば、
「あのスカートは丈が長かったのでスースーしなかったのです」
という反論が返ってきたのであった。
そして……。
「ご主人様、馬車が近づいてきます」
『屋敷妖精』のマリーが教えてくれた。
「お、そうか」
その1分くらい後に、屋敷の前に馬車が停まった。
「ゴロー様、サナ様、ティルダ様、お迎えにまいりました」
御者が大声で呼ばわった。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ。留守居はお任せください」
マリーはゴローたちの留守を守ると宣言してくれた。
『屋敷妖精』が守ると言ったからには、余程のことがない限り安心できる。
「行ってきます」
「行ってきますです」
「行ってらっしゃいませ」
サナとティルダもマリーに声を掛け、馬車へと向かった。
ちなみに、魔力供給源のゴローが遠くへ行ってしまうことになるが、その分は十分に『チャージ』できているから3年や4年は大丈夫です、とマリー自身が保証してくれたのだった。
* * *
ゴローたち3人を乗せた馬車は南下し、西通りに出ると右折し、西門に出た。
そこには今回ジャンガル王国へ向かう他の馬車が待っていた。
が、6台しかいなかった。
ここにいるのは侍女や使用人の乗る馬車と、荷物を運ぶ荷馬車のようだ。
ゴローたちの荷物を載せた馬車もあった。
「あと、来ていないのは王族の馬車」
ざっと見回したサナが言った。
「そりゃ、王族が待つ、という事態はまずいだろうからな」
2分ほど待つと、王城方面から4台の馬車がやって来た。
2台はルーペス王国の紋章が、そして2台にはジャンガル王国の紋章が付いていた。
その周囲は騎士10人に守られている。皆軽鎧を着け、精悍な馬に跨っている。
先頭の騎士はモーガンだった。
そのモーガンは馬に乗ったままゴローたちの馬車に近づいてきた。
「ゴロー殿たちも準備できているようだな」
「はい。お世話になります」
馬車の窓を開け、ゴローも挨拶をした。
「よし、出発だ!」
先頭は若い騎士。続いてジャンガル王国の馬車2台。その後ろはルーペス王国の馬車2台。そしてゴローたちの馬車、使用人と侍女の馬車2台、荷馬車4台と続き、最後尾はモーガンだった。
そして馬車の列の左右には騎士が護衛に付いた。
そうした隊列を組み、一行はジャンガル王国を目指すのだった。
* * *
「街道はしっかりしているな」
馬車の揺れが少ないことから、ゴローはそう判断した。
「しっかりと踏み固められているだけじゃなく、魔法でより丈夫にしているみたい」
サナがそう評した。
「道幅も広いな」
馬車と、その両側を騎馬が進めるほどの道幅があるのだ。6メルくらいだろうか。
「それだけ、ジャンガル王国との行き来があるということ」
「だろうな」
おそらく産物の交易がメインなのだろうとゴローは想像した。
「……所要日数ってどのくらいだっけ?」
「馬車で、7日から8日」
馬車の速度は時速5キルくらい。1日に8時間から10時間進む。よって40キルから50キルが1日行程。
「だから300キルくらいか?」
「首都から首都、だとそのくらい?」
国境までどのくらいなのかはサナも知らなかった。
馬車はごとごとと進んでいく。
「……ティルダ、暑くないか?」
「少し、暑いのです」
「だよな」
夏の終わりとはいえ、まだまだ日差しは強く、馬車の屋根は焼けるように熱くなっていた。
少々風を入れても文字どおり焼け石に水。
「試してみるか」
ゴローは事前に考えていた、馬車内を快適にする魔法を使ってみることにした。
まずは、
「『乾かす』」
生活魔法の『乾かす』を使い、馬車内の湿度を減らした。
3人が乗っていることで70パーセントを超えていた湿度は40パーセントくらいまで下がる。すると、それだけでもかなりしのぎやすくなった。
「『氷』」
次は水属性魔法で氷を出す。
この氷は魔力でできているため、溶けても水にならず、『マナ』に戻るだけ。
つまり湿度を上げる要因にはならないのだ。
「あ、涼しくなってきたのです」
湿度と温度を下げたので、馬車内はぐっと居心地がよくなった。
「これで長旅も安心だな」
「うん」
ゴローもサナも、その『哲学者の石』により、無尽蔵の魔力を持っているので、いくらでも魔法が使える。
よって馬車内は常に適温適湿に保たれるわけだ。
一行が向かう西の空は青く澄んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
これで3章はおわり、4章に続きます。
書き溜めが心許なくなりましたので
次回更新は1回分お休みさせていただき、
3月10日(火)14:00の予定です。
20200305 修正
(誤)「アキラ様、サナ様、ティルダ様、お迎えにまいりました」
(正)「ゴロー様、サナ様、ティルダ様、お迎えにまいりました」
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