03-09 一般参賀
今日は王女殿下の誕生日、8月22日である。
王都は朝から浮かれた様子。
商店はお祝い価格と言って値引き販売をしているし、王城前広場には露店が出て青空市の様相を呈していた。
王城の南側は残る東西北よりも広い芝生となっており、こうしたイベントに利用されているのである。
食べ物の店も多々あって、マッツァ商会も『焼き芋』の屋台を出しており、評判のようだ。
蛇足ながら、ゴローが教えたようにゆっくりじっくり加熱しているので、デンプンが糖に変わって甘くなっており、他の店の焼き芋とは一線を画していた。
「明日が宮廷晩餐会1日目となるのか」
露店巡りをしながらゴローが誰にともなく呟いた。
「そう。で、明後日が、私たちが参加する一般人を招いて行う晩餐会」
焼き芋をぱくつきながらサナが答えた。
ティルダはマッツァ商会に呼ばれていて、この場にはいない。
「……で、もう少しかな?」
広場に立つ日時計を見てゴローが言った。時刻はもう少しで午前11時になるところ。
11時ちょうどに、広場から見えるバルコニーに王女殿下と国王一家が姿を見せ、手を振るという。
(正月の一般参賀みたいだな)
と、謎知識に照らし合わせたゴローであった。
南側広場から見て北側が王城の城壁である。
その中央にはバルコニーがあって、閲兵や演説、そしてこうした一般参賀などで利用されるらしい。
11時近くなり、民衆もぞろぞろとバルコニーが見える場所に集まってきている。
「ほら、サナ、もう食べるのは一旦やめておけ」
ゴローとしても、そのくらいの常識はある。ものを食べながら王族に挨拶……1対1でなくても……は不敬であろう。
「うん、大丈夫」
残った焼き芋を一口に食べ終えたサナは、口の周りを拭うと、毅然とした顔つきになった。
そんなサナを見て、さすがだな、と思うゴロー。
「……おや?」
集まった群衆の中に、見たことのある顔を見つけたゴロー。
(あれって……トーマ・テンポ?)
隠密騎士とか名乗っていた男だと、ゴローは思い出した。
(警護のため、だろうな)
王族が姿を見せるのだから当然の警備だろう、とゴローは納得した。
(多分他にも大勢居るんだろうな)
* * *
そして時刻は午前11時となり、鐘の音が響いた。この鐘は慶事に鳴らされるのだそうだ。
「おおおお!」
「王家万歳!」
「王女殿下万歳!」
歓声が響き渡る中、王族がバルコニーに姿を見せた。
中央が国王、向かって右に王妃、その右にローザンヌ王女。
国王の左側にはクリフォード王子、その左側には小柄な王女が、おそらく末の姫、ジャネット王女だろうと思われる。
少し離れて近衛騎士と思われる兵士が左右に2人ずつ、計4人立っていた。
さらに歓声が大きくなったが、頃合いと思ったのか王様らしき人がすっと手を挙げると、騒々しかった群衆は一気に静まりかえった。
一呼吸おいて、
「我が親愛なる国民よ」
魔法を使っているのか、よく通る声だった。
「本日は我が愛する娘、ローザンヌの誕生日であり、また今回より末の娘ジャネットが社交界に顔を出す年頃となった。無事ここまで来ることができたのも、王国民のおかげである」
そう言ってもう一度手を振った。
すると再び歓声が巻き起こる。
「ローザンヌ王女万歳! ジャネット王女万歳!」
「ローザンヌ姫万歳! ジャネット姫万歳!」
しばらくその状態が続いた後、今度はローザンヌ王女が半歩前へ進み出、右手を軽く挙げた。
群衆は一気に静まりかえる。よく訓練された群衆だ、とゴローは変なところに感心した。
(『……皆さんが静かになるまで5分かかりました』……っていうフレーズが頭に浮かんだんだが、いったい何だろう?)
そんなことを考えながら、バルコニーを見上げると、ローザンヌ王女が口を開いたところだった。
「皆のもの、本日は私の誕生日を祝ってくれてありがとう。これからも私は、この刀にかけて、王国のために尽くすことを誓う!」
またしても群衆は大歓声を上げた。
(今、『刀』って言ったな……ああ、あれを身に付けているのか)
儀礼用に金銀で装飾された刀を提げているのがゴローの目に見えた。
(役に立つといいな……いや、それって荒事に使われるということだから、使われない方がいいのか……)
ゴローがそんなことを考えていると、次いでジャネット王女が口を開いた。
「あ、あの、今度、姉上の誕生会から社交界に出ることになりました。どうぞよろしくお願いします」
これまでに増して大きな歓声が巻き起こった。
今日はローザンヌ王女の誕生日であることと、ジャネット王女の社交界デビューの告知ということで、他の王族のスピーチはなかったが、集まった群衆は十分に満足したようだ。
(それにしても、ここの王族は国民に愛されているんだな……)
少し感心するゴロー。
サナはと見れば、いつもの無表情でバルコニーを見上げていたのであった。
* * *
「……終わったな」
王族がバルコニーから姿を消すと、群衆もちりぢりにばらけていく。
が、広場の賑わいは相変わらずで、折からお昼が近いこともあって、食べ物関連の露店が賑わっていた。
「どうする?」
「うん、帰ろ?」
ゴローがサナにどうするか聞くと、帰ろうというのでその意志を尊重することにした。
ゆっくり歩きながら広場を離れる2人。
「あ、あれ食べたい」
「はいよ」
帰る途中でも露店で食べ物を買いながら、ゴローとサナは歩いていくのであった。
* * *
「この国の王族は人気があるんだな」
歩きながらゴローはサナに話し掛けた。
「うん、そう思う。善政を敷いているからだと思う」
「そういうことかな」
税金が国民の負担にならない程度で抑えられていること、治安がいいこと、言論・行動について規制や取り締まりが緩いこと、などが挙げられる、とサナは言った。
「それに、王子王女が気さく」
「それは言えるな」
自分の屋敷に入り浸っている王女と王子……王子はまだ1度きりだが……を思い出した。
そしてサナは、それまでより小さな声で、
「上に立つ者というのは、難しい」
と、呟くように言った。その顔が少し寂しそうに見えたので、ゴローは言葉を飲み込んでしまう。
「……」
だがそんなサナは、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。
「ゴロー、あれ食べたい」
「はいよ」
ゴローとしても、寂しげな顔よりも、食いしん坊の方がサナに似合っているよな。と若干失礼なことを考えながらサナの後に付いていくのであった。
* * *
人通りのない路地の奥で、幾つもの影が常人には聞き取れないような小さな声で会話を行っている。
(警備、ご苦労だった)
(はっ)
(不審な者はいなかったか?)
(はい。特には)
(それならよし。……不確かではあるが、『奴ら』が動き出したという情報もある)
(『奴ら』ですか……厄介ですね)
(うむ。まだしばらくは気を抜けないぞ)
(はっ)
(よし、解散だ)
影は散っていった。
その1つはゆっくりと人通りの多い大通りへと歩いていった。
そんな影を、警備の兵士が呼び止めた。
「おや、モーガン隊長ではありませんか?」
「……やあ。……俺はもう隊長ではないよ」
「そうでしたね。近衛騎士隊をお辞めになって、どうなさってらっしゃるのですか?」
「……楽隠居さ。今までもらった給金で、贅沢さえしなければ遊んで暮らせるからな」
「自分としましては戻ってきていただきたいんですけどね」
「はは、済まないな。……さあ、持ち場に戻れ」
「はい。お元気で」
「ああ、ありがとう」
そしてモーガンはその場を立ち去ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月11日(火)14:00の予定です。
20200623 修正
(誤)これからも私は、この刀に掛けて、王国のために尽くすことを誓う!」
(正)これからも私は、この刀にかけて、王国のために尽くすことを誓う!」




