魔族1
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一話目です
消えた王女を探すために。
我とメイは事件の起きたダンジョンへとやってきた。
薄暗い空間を光魔法で照らしながら進む。
上層なので、話を聞いて十分ほどで現場にくることができた。
原因究明に走る他の教師陣の姿もあった。
既に生徒たちは安全のために退避させているようだ。
「レイラ先生……こ、この学生は……」
「こちらのムート殿は……かくかくしかじかで」
「な、なな、なんと……あの学園長に」
そんなやり取りが後ろで交わされる。
学生服を着た我の登場に戸惑う教師陣だが、レイラが例のペンダントの話をすると納得したようだ。
「ここで消えたのか、一斉に……」
「は、はい」
現場近くにいたという教師が頷く。
ふむ……なるほどな。
茶色い地面、見た目には違和感も、痕跡もないが……。
「ほぼ間違いなく、転移魔法だろうな」
「て、転移魔法ですか?」
「ああ、魔力感知で調べたら転移魔法陣の名残りがある。時間経過で自然消滅するように術式がかけられているが……」
しっかりと魔力の残滓が残っている。
空間魔法は制御が難しい。
座標位置を間違えると、転移先で壁に嵌ることになったりする。
事前に補助用の魔法陣をしっかり描くなど、準備をしなければ使えない。
まぁ女神なんかは、そんなものなしでポンポン飛んでいたが、あれを基準にしては駄目だろう。
「そ、そんな……と、ということは転送されたのはこのダンジョンではない可能性もあり得るということですか」
「落ち着け、少し探ってみる」
顔を青くしている教師を制し、地面に手をかざす。
集中して地面を調べてみることにする。
「ふむ、これなら追跡できるかもしれん」
「ほ、本当ですか……ムート殿」
座標を見るに……このダンジョンの深層、かなり深い場所。
それほど時間経過していないのが、幸いしたな。
魔力の残滓から魔法陣の概要を読みとけそうだ。
マルティナが来るまで待っていたら、確実に間に合わなかったな。
「お……おぉ」
「なんだ、メイ」
何故かメイが目を輝かせて、我のことを見つめていた。
「いえ、その……やっぱり王様なんだなぁ……と」
なんだそれは、謎かけか?
「ただ……急いだ方がよさそうだ。面倒なことにこの魔法陣、陣を構築した魔力の持ち主にしか発動できないようになっていてな」
「そ、そんな……それじゃあ」
「心配するな、陣に残滓の魔力が残っている……起動は可能だ」
二人くらいならどうにか転移できるはずだ。
片道ではあるがな……問題は誰が向かうかだが。
「我が行くのは確定として……」
ここにマルティナがいればよかったが彼女はいない。
「わ、私も一緒に行くっす!」
「いいのか?」
「リリーラは私の大事な後輩っすから」
決意を固めるように、ギュッと強く杖を握るメイ。
我は魔族のことをよく知らん、安全の保障はできんが……。
まぁできる限りのことはしよう。
「お、王様……帰り道は」
「マルティナは転移魔法を使えるか?」
「は、はいっす」
「なら問題ないな、座標を伝えておけば、時間がかかっても迎えに来てくれるだろう」
準備を終えたあと。
メイと一緒に転移魔法陣を起動させた。
バハムートが転移する少し前に遡る。
「ここ、は……」
私が目を覚ますと、そこは地下だというのに、高さ百メートル以上もある広大な地下空間が広がっていた。
そして身体から伝わるごつごつとした地面の感触。
(身体が……動かせない)
腕に足にぐるぐると巻かれた粘り気のある緑色の細い触手。
振り解こうとしても、ギチギチに拘束されていて外れない。
「やぁお姫様……お目覚めみたいだね」
「あんた……」
この異常な状況にも関わらず。
いつもと同じような笑みを見せているノス。
「あ、あんたが……これを」
「ふふ、そうだよ……驚いたかい?」
視線の先、地面に倒れているのは一緒にいたパーティメンバーと引率の先生。
す~す~と呼吸が聞こえる。
「強力な睡眠魔法をかけてある、今頃彼らは夢の中さ」
「でも、なんで……私だけ起きて」
「それは、やっぱり見物人がいないと寂しいからね」
「は? ……ひっ!」
ノスに意識を取られていると、突然ねちゃねちゃ……と、絡みついた触手が皮膚を這ってきた。
得体の知れない魔物、見た目は緑色のクラゲのようだ。
触手から放たれる甘ったるい不快な匂い。
すぐにでも鼻を塞ぎたいが、両手を拘束されているためどうしようもない。
腕に絡みついていた触手は胴体の方へと移動していく。
「や、やめっ……っ!」
「よせ……まだ早い」
ノスが叱ると、静かになったクラゲ魔物。
「ふふ、僕にこんな真似をされるとは思ってもみなかったかい?」
「それについては別に……」
「あれ? ……そうなの?」
「あんたのことは出会った時から胡散臭い奴だと思っていたから、やっと本性をみせたなぁって、すっきりしているぐらいだわ」
初めて会った時から、どういうわけか好きになれなかった。
別に嫌がらせをされたわけでもないのに。
紳士的に振舞ってくれた、優しくしてくれた。
だけど、周囲の評価と反比例して、私の心はこいつに拒絶を示していた、
「まったく、よくないと思うよ……人を最初から疑ってかかるのは」
「アンタみたいな奴が、この世にたくさんいるからでしょ」
「はは……そうだね、君は正しい。でも、結局捕まっちゃ世話ないよねぇ」
嘲るようにケラケラと笑うノス。
「ただ疑うだけじゃ何の意味もないよ。まぁ君に限らず、今の世界の人間は平和ボケしているみたいだけど……おかげで転移魔法陣をダンジョンに設置するのも拍子抜けするほど簡単だった」
「て、転移魔法陣ですって? アンタ、私たちをどこに飛ばしたの?」
「ここは魔法学園の地下ダンジョンさ、少しだけ深層のね」
あっさりと私の問いに答えるノス。
「もしかして、助けを期待しているのかい? 残念ながら不可能さ、ここはダンジョン内とはいえ遥か深部の未踏の領域だ。空間魔法を使わなければ移動できない秘密の場所。学園長のマルティナすらもこの場所は知らない」
「な、なんで、そんな場所をアンタが知ってんのよ」
その目が……唐突に赤く輝く。
それはある種族の特徴を示すもので……。
「ま、まさか……あんたはっ!」
「そう、僕は魔族だよ……」
魔族、人に害を為すために生まれてきた、悪意の塊のような存在。
私自身、魔族とこうして会うのは初めてだ。
「そう……遥か昔の大戦で、深い傷を負いこの地で逃げ込んできた。ま、大けがを負っただけで死なずにすんだけどね、長い休眠期間が必要だったけれど」
嫌な記憶を思い出したようで、忌々し気に呟くノス。
「休眠状態から目覚めたとはいえ、万全の状態には程遠い。力を失い、子供の姿となった僕は隠れ蓑に公爵の家を利用した。ま、ちょっと暗示をかけてね」
つまり、彼は何十年も平然と人間になり切って生活してきたということ。
「矛盾しているわね、隠れ蓑、それにしてはアンタ学校と色々と目立ち過ぎじゃないの?」
「だって、君たち如きに見下されるなんて腹が立つじゃないか、そんなの僕には耐えられないよ。本気を出したりしない限りは、魔族の特徴が表にでることもない。手抜きをしても、学生の子供たちの中でトップを取るくらい簡単なことさ」
「本当に、不愉快なやつ」
「はは……怖い怖い、ま、さすがにマルティナの存在には警戒していたけどね。魔族だとバレたら今の僕でも確実に殺される」
あっけらかんと言うノス。
「だけど……それももう終わりだ。もし彼女が来たとしても、アレがある限り僕は負けない」
私の後ろを指差す。
そこには高さ五十メートルを超える、圧倒的なサイズの謎の石像が存在していた。
「どうだい? 凄いだろう……」
「な、なによあれ……」
「戦魔像、今から千年近く昔、かつて世界を震撼させた第七代魔王の設計提案した殺戮兵器の一体さ……その強さは上位魔族すらも上回る」
当代の魔王は錬金術を得意にしていたとかなんとか。
「そ、そんなものが学園の地下に……」
「この空間はソイツの製造所でね。戦争が終わり、製造途中で未完成のまま取り残された一体だったんだけど、目覚めてから僕がこつこつ頑張って作ったんだ」
その上で学生という立場はとても都合がよかったらしい。
内部への侵入も容易い。
「で、だ。後は起動するだけなんだけど、その時に思いっきりエネルギーを食うんだよ……そこで君たちをここに呼び寄せたというわけさ」
「まさか……」
「そう、君たちにはコイツを復活させるための生贄になってもらう」
そのために、私たちを呼び寄せたということか。
「な、なんで……」
「うん?」
「だったら、私たちが眠っている間にでも、さっさと生贄に捧げれば」
「はは、あははは……それじゃあつまらないだろう」
馬鹿にしたように笑うノス。
「本当はここの魔物を適当に捕まえて代用することだってできたよ。でもさ、久々に起きたんだ……十年以上も我慢したんだ、勿体ない。こういう時こそ、人間で楽しみたいじゃないか」
「……っ!」
ゾッとするような、嗜虐的な笑み。
「さて、話をしている間にそろそろ……かな」
「な、なに?」
「どうだい王女様? 身体がいつもと違わないかい?」
「……」
そういえば、少し前から感じていた身体の異変。
も、もしかしてこいつのせいなの?
(あ、熱い……)
動いたわけでもないのにかなりの汗をかいている。
なんかこう、ポカポカと……火照ったように。
やだ、お、落ち着かない……どうして。
「ふふふ……効いてきたようだね、もじもじと太ももを擦り付けて」
「っ!」
な、なな、何をしているのよ、私は……こんな男の前で。
まったくの無意識だった。
「肌に赤みがさしている、頃合いのようだ」
「あ、アンタ……私の身体に何をしたの」
「大体想像はできているんじゃない? 言っとくけど原因は僕じゃないよ。君を捕まえている希少魔物の能力さ……ちなみに名前はネトリーヌ、君のためにわざわざ捕まえて来たんだ」
(な、名前聞いただけで既に嫌な予感しかしないんだけどおおっ!)




