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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第4章 ~混迷の皇都~

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プロローグ 後 ~裏方のお仕事~

 皇都の皇城周辺は、城の中に納まりきらない行政庁舎が立ち並ぶほか、大貴族の皇都別邸が立ち並んでいる。

 貴族社会は権威のせめぎ合いだ。有形無形様々な形で他との違い、優位性を誇示し続ける。

 それは時に皇都別邸の規模と言う形でも競争になる。

 何しろ皇都の敷地は綿密に区画整理されているが為、自由に敷地を切り取ると言うことが出来ない。

 結果既存の区画の限られた区画を如何にして確保できるかと言うのが、各貴族の力の差となって現れるのだ。


 一例を挙げよう。

 皇国北方平原アセンデル地方の最北端、フィスク半島を領有するスウェル伯爵家は、北方群島諸国との貿易と水産業で栄える家だ。

 寒冷地での航海技術においては右に出る者は無く、また北方群島諸国への知見の深さ、関係の深さは知らぬ者が居ないほどだ。

 北方の珍しい品々は南方諸国では特に珍重される為、ナライム運河を通じて皇都へ運ばれ、更に南方へと運ばれていく。

 当然それらを取り仕切るスウェル伯爵家はかなりの財力を保持することとなる。

 そのスウェル伯爵家の皇都の別邸は、領地の位置を示すかのように貴族区画の北端、つまり皇城に最も近い区画の一角を占めている。

 しかし同時に、皇国……その前身である王国へ帰順した時期は比較的遅いため、敷地自体の広さはさほどでもないのだ。

 財力と家格と軍事力、そして勢い。

 皇城への近さ、そして敷地の広さが貴族間の力関係を明確に示していた。


 では現状最も勢いがある家が何処かとなると、それは一目見てわかる。

 皇城へと続く中央通り、その終着点。

 皇都の北端にそびえる皇城の前に、中央通りを挟んで二つの建物がある。

 一つは、文官が行政を執り行う皇都中央政庁舎。

 そしてもう一つが、今最も勢いがあり、財力があり、力を持つ家の皇都別邸。

 つまり、フェルン候の屋敷であった。




 フェルン候の皇都別邸は、その敷地の広さ、そして家格に見合うだけの家人を常に常駐させていた。

 それは別邸がフェルン侯爵家の単なる拠点ではなく、政治的な重みも意味している。

 皇国はその前身の王国と比べ、国家の中心である皇王の権限が強いが、その実旧来の形式である無数の貴族領の集合体であるともいえる。

 各貴族領はそのまま小さな国家ともいえるのだ。

 王はその中で最も有力であり、数多の貴族の中の盟主ともとらえることが出来る。

 この場合、王の領土は各地の直轄地と、この皇都を中心とする大陸北西の中央内陸部であると言えた。

 その皇都に屋敷を構えると言う事は、例えるならば皇王領という国に建てられた一種の大使館と言うべきだろうか。

 勿論皇王の権威が強い皇国では各貴族の別邸に治外法権などないが、それでも類似するものを当てはめるならばソレとなる、

 つまり、普段より厳重に警備が為されているのだ。

 ましてや、今夜は普段とは違う。

 屋敷の主であるフェルン候シュラートが、御前会議の為にはるばるフェルンから到着したのだ。

 供の者を含めれば数百人からなる一団を収容した別邸は、普段の数倍の人間で溢れていた。


 人が多くなれば、また普段接する機会のない物も増える。

 皇都勤めとフェルン領から来た者、お互い普段顔を突き合わせるわけが無く、更にはそれぞれに新たに雇った者が混じる状況。

 例えば最近皇都で雇った奇妙なメイド。

 先ほどから前回のフェルン候の皇都入りには見なかった騎士と文官らしきものと話し込んでいるが、恐らくはフェルン領から出てきた同郷と言った所か。

 同様に、新たにフェルン候の傍に佇んでいるのは、新たに将軍位に付いたと言う如何にも歴戦の傭兵と言った風体の男。

 彼らは今まで見た事も無く、同時に非常に目立つために使用人たちも興味深く注視していた。


(…………)


 そんな中、先に挙げた者達のように見慣れない文官らしきものが物陰に紛れていた。

 一見無手であるが、袖には黒く塗られ光を反射しない刃。

 特徴に乏しいその顔が伺うのは、フェルン候が休んでいるであろう屋敷の奥だ。

 それらが意味するところは一つ。

 皇都の陰の側面。闇の中で行われる暗闘であった。

 訓練を積んだ者ならば、この如何にも侵入しやすく人員が潜り込みやすい状況において、屋敷内に無数の不穏な存在を感じ取ることもできるかもしれない。

 更に言うならば……


(………っ!? な、何だ……!?)


 そういった存在の微細な気配が、次々に消失していることに。

 この陰の者もまた、同様の道をたどっていた。

 意識が明確なまま、全身の一切の自由を失ったのだ。

 何も事前の変化も見出せないまま、指一本動かせなくなったその陰の者は、立っていることも出来ずに崩れ落ち……


「お静かに」


 一言短く告げられた声に合わせ、直立不動となる。

 その間一切の音を立てる事もない。

 陰の者の意志はそこに関与していない。

 その身体は声の主の意なままとなって居た。


「メイドの目から見てもこのお屋敷の清掃は完璧です。お客様の服で拭き掃除などする必要もありませんわ」


 その言葉と、不意に現れた者に陰の者は眼を見開く。

 現れたのは、女中服を着た女だった。

 それも訓練で女と言うモノになれているはずの陰の者でさえ陶然となりそうな絶世の美女だ。

 女と言う存在を男を狂わせる方向に象徴化したらこうなるだろうと思わせるような魔性の美貌。

 しかし陰の者が目を見開いたのはその美貌のせいではない。

 彼女が現れた場所、そこは一切隠れる場所の無い廊下の一角だったからだ。

 更に言うなら、ずっとフェルン候の動向を探る為視線を向け続けて居た方向だ。

 間違っても、そんな場所に人など現れるはずがない。

 しかし女は確かにそこにいた。

 更に言うなら、陰の者の生殺与奪の一切も握っていた。

 陰の者は異常を感じた直後から、奥歯に仕込んだ毒を嚥下しようとしていたのだ。

 しかし、身体はその意思に反して直立不動するばかり。

 恐らくは呼吸などの無意識行動すら、今や女中服姿の美女の意のままであると察し、陰の者は蒼褪めた。


「お客様。お加減がよろしくないのですね? ご安心を。十分にお休みできる寝所がございますわ。惜しむらくは少々底冷えする石造りの寝所であることでしょうか……それに、お仲間と相部屋でもありますわ。皆さま最後の一人であるお客様をお待ちですわ」


 楚々として微笑む姿に気兼ねなく見入ることが出来たらどれほど幸せだろうか。

 陰の者は美女から告げられた言葉に既に絶望しかけていた。

 つまり、この美女は仲間も含めて全員を捕縛したと言っているのだ。

 恐らくは、今陰の者が陥っているような様に全員なって居る。

 そう理解する前に、陰の者の身体はひとりでに歩き出していた。

 向かう先は当然牢屋だろう。


「それではごゆるりと……」


 女中服の女がスカートのすそをつまんで、見ほれそうな程見事な礼をしてくるが、残念ながらすでに気絶した陰の者がそれを見ることは無かった。



「とまぁ、こんなところで御座るな。この期に及んで暗殺に走る愚か者が居ることに驚きで御座るよ」

「珍しくもない。俺を正面切って討ち取れぬ、戦にも負けたとなれば、悪あがきする者も現れると言うモノだ。納得はするが容易に討ち取られる惰弱な者と思われているのは我慢ならんがな」


 フェルン候の暗殺に屋敷へ忍び込んだ者たちは既に全員捕縛され、その身元や雇い主を聞き取りまとめた書を手に、フェルン領軍の新将軍ゼルグスは、主君に向けて報告していた。

 暗殺者たちを差し向けてきたのは、ナスルロン連合に参加していた諸侯が主であった。

 戦場での決着は、皇都からの使者により宙に浮いた形であるが、実際にはフェルン軍の圧勝であった。

 御前会議にて今回の紛争の責任の所在を問われることになるが、慣例として停戦時点での優勢無勢が判定に大きく作用する。

 それを考えれば、ナスルロン地方の諸侯が御前会議前にフェルン侯を暗殺しようとするのは理解可能な範疇と言えた。

 何しろ、フェルン候はまだ後継が居ないのだ。

 フェルン候が討たれれば、この紛争は白紙に戻りかねない。


「道中の船でも、露骨な偽装をした河賊が襲って来たで御座るからなあ」

「全く腹が立つ。戦後処理が終わり次第ナスルロンに逆侵攻して思い知らてやるべきか」


 実際、船旅の最中両手の指に余るほどの襲撃を受けていたのだ。

 しかし……


「まぁ、あちらもお館様が出るまでも無かったで御座るからな……」

「あの女中、破裂人形共を作り出した者の傑作と言う話であったな」

「その通りで御座る」


 先の陰の者と同じく、襲撃者達は軒並み身動き取れないままに捕らえられていったのだ。

 女中服の美女、つまり創造者ライリーの嫁であるメルティは、メイドであると同時に高位階の暗殺者であり、毒に精通している。

 無味無臭透明な麻痺と誘導の毒を使い、意志があるままに相手の身体を操ることさえできるのだ。

 その毒もただ散布するのではなく指向性を持ってして漂わせることが出来ると言う、厄介極まりない代物。

 更にはその後自白剤を飲まされた河賊たちは、自分たちを誰が雇ったかも簡単に漏らしていた。


「良い腕だ……アレも俺の部下に欲しいが」

「アレは造り主以外の命令は効かぬで御座ろう。此度は作り手の助命の為に此方に力を貸してくれている、それだけで十分で御座ろう」


 そう、メルティはフェルン領軍に多大な被害をもたらした爆榴弾兵の作り手であるライリーの為に、裏の仕事を買って出ていたのだ。

 彼女はメイドや魔像のオペレーターとしての顔以上に、暗殺者として、そして毒使いとしての面が強力であり、だからこそ同じ裏の世界の人員を圧倒したのだ。

 何しろ、この世界の陰の者は余程の例外以外は中級で実力が頭打ちになる。

 しかしメルティは伝説級だ。その差は歴然としていた。


「惜しいな……」


 更に言うなら、ゼルグスの言うとおりに創造主以外の者を主とする存在でもない。

 そのことを察し得るフェルン候シュラートは、何とも惜しいとばかりにため息をついた。



 そんな仮初の主君を横目に、将軍ゼルグスに扮し続ける名もなき上級鏡魔は、一つの懸念を脳裏に浮かべていた。


(暗殺者は概ねこの地の者達。稀に門の中の物品で実力以上の力を発揮する者も居たが大した問題ではなかった。しかし……)


 多くの現地人の中、数人例外が居たのだ。


(……朝になり次第、夜光様にご報告差し上げねば……)


 かくして夜は更け、そして明けていく。

 御前会議の朝が迫っていた。

プロローグ終了。

次回から本題に入っていきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔の作品が不死鳥のように復活されておまけに、加筆と改稿され更に面白い作品になってましたね。書籍化もめでたいし応援させてもらいますよ。
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