章間 第3話 ~彼の目覚め 彼女の目覚め~
彼が自己の意識に目覚めたのは、最近の事ではない。
そもそも、魔像と他の魔法生物に、自意識の目覚めに関して大きな条件の差があるわけではなかった。
極論を言ってしまえば、かつてのアナザーアースのNPCやモンスターは全て仮想的に作られたモノ達だ。
種別ごとに個体差は在れど、終わりの三ヶ月には全てのモンスターが自意識に目覚めていたのだ。
そもそも、能力により創造されたという点では、魔像も召喚時に召喚者の魔力により生成されるモンスター達も同じである。
夜光の仲間で言えば、リムスティアが魔力により生み出されたモンスターに該当する。
だから、そう。
(………)
「<破軍衝>用の精霊石の積み込み終わって無いわよ~! 左膝のがまだ!」
「そっちより<魔力純液>補給の方が先! 魔力回路の配管に亀裂が有って漏れてたのよ! 今積み込むと誤作動起すわ!」
「も~! だからそれをするにも配管の入れ替えが先だって!!」
(…此度は一際騒がしいのである)
多くの蟻女の整備女中達に絶賛オーバーホールされているギガイアスもまた、自意識に目覚めていたのだった。
ギガイアスが己の意志を自覚したのは、多くのモンスターと同じ世界の終焉が告げられたその時だ。
とは言え、彼は寡黙であり、自分が戦闘以外では動くべきでないことも知っている。
故に為すがままであり、命じられない限り自発的な行動を控えていた。
それ以外に動く必要などない。彼は己をそう定義していた。
同時に意思疎通の手段である声を出せるような機能は持ち合わせていなかったため、自意識が無いと思われていたに過ぎない。
故に、主である夜光の言葉に従い、彼が相手するにふさわしい敵を打倒すのみ。
とはいえ、そう。
命令ではなく、頼まれ事でああるならば、聞き入れないでもないのだ。
「ギガイアス様―! 右手上げてくださいー! 右脇のハッチもオープンで―!!」
(……うむ)
今も蟻女整備女中の声を聞き入れて、ギガイアスは鉄塔の如き腕を上げていた。
ギガイアスが声に応えたことに蟻女整備女中たちは特に疑問も持たず作業を再開する。
これは整備中ではごく当たり前の光景として受け止められるようになっていた。
きっかけは、かの大地喰らいとの戦いの直後であった。
あの激しい戦闘の後、万魔殿に戻ったギガイアスは、入念に整備を受けていた。
見た目には大きな損傷こそない物の、一撃必殺の全魔法回路を連動させた必殺の抜き手は、放った腕にも反動で深刻なダメージを負っていたのだ。
ここで問題になったのが、MMOであったアナザーアースの時期と違い、巨大なギガイアスの整備が容易ではないと言うこと。
全てが実体化してしまったことで、夜光らプレイヤーの意識に浮かぶメニューからではギガイアスの損傷を修復できなくなっていたのだ。
これにより、この60m近いギガイアスの巨体を直接整備する必要が出来たのだった。
この大任を任されたのは、元々ギガイアスの格納庫に配置されていた蟻女整備女中の面々と、それらも統括する蟻女のトップであるターナだ。
元々拠点機能の中には、魔像の整備を担当する人員を配置する事で魔像の基礎性能を向上させる要素が有った為に、これは自然の流れであったと言えるだろう。
夜光自身は<門>の外での活動で忙しく、ゆっくり整備に付き合う時間も無かったことも大きい。
しかし、整備を任された方はその時途方に暮れていた。
「……ど、どうしたら……?」
ギガイアスの巨体は50mを超える巨大なものだ。
それも実体化してしまったことで、装甲版一つ張り替えるのも一苦労だ。
何しろ今までデータでしかなかった為に、格納庫兼整備スペースには意匠としてのクレーンなどはあってもお飾りでしかなかったのだ。
更には根本的な問題として、格納庫でギガイアスの体勢を変えるのも巨体過ぎて容易ではないと言う事実がある。
これには陣頭指揮を執るターナも頭を抱えたものだ。
だからそう、それは気の迷いだったと言えるだろう。
「ギガイアス様がせめて横になっていただければ……え!?」
直立したままのギガイアスに思わずターナがこぼした言葉。
それに応え、ゆっくりと身を横たえ始めた超合金の巨人に、その場に居た蟻女達がそろってポカンと口を開けたのも無理のない事だろう。
これをきっかけにギガイアスへの整備の蟻女達の<お願い>は始まったのだった。
ただ、これもギガイアスが意志を持っているとは思われていなかった。
蟻女達は整備の為にギガイアスの体勢や開閉部位の操作を頼んだが、これは命令者が夜光だけではなく少し幅が広がった程度に思われていたのだ。
そも格納庫の中で蟻女達がギガイアスに願う事は整備に絡むような内容にとどまり、それ以上を要求しなかった面もある。
もし自意識が有ると認識されていたのなら、ターナとハーニャが乗り込みギガイアスを戦場へ送り届けると言う事も無かっただろう。
そして、彼女たちが実戦を経験することも……
とはいえ、それらは過ぎた事である。
「ギガイアス様ー! 今度は飛行形態になってくださーい! 可動状態チェックしまーす!」
(……うむ)
周囲の蟻女達に気を付けながら、変形していくギガイアス。
格納庫の中では当たり前になった光景を目にして、夜光が何かに気付くのは、まだまだ先の話であった。
夜光のマイフィールドには、通常の空間とは別に幾つかの亜世界と言うべき拡張空間が存在している。
それは精霊や妖精が住まう精霊用の居住空間である精霊界であったり、悪魔や魔王が住まう魔界であったりだ。
これらは専用の空間に配置しなければ維持コストが増加してしまうモンスター達をテイムするには必須の設備であり、マイフィールドの拡張セットの中でも人気のジャンルでもある。
やはり自分だけの魔界を手にできると言うのは、ある種の特定の層にはたまらない魅力なのだろう。
そして、それらの中には天使や亜神らが住まうためのエリア、天界も存在していた。
無論夜光もマイフィールドに天界を備えている。
苦労して仲間にした光の側のモンスターの頂点、七曜神。
彼らを仲間にする条件には、マイフィールドに天界を用意し、一定数の天使や亜神系のモンスターを配置しておく必要があった。
つまり設定的に言うなら、『あらかじめ下級の亜神に認められておく』という状況を作り出す必要があるのだ。
それらを満たしたうえで、ようやく仲間として契約するための試練が受けられる。
これは悪魔側の七大魔王と契約する試練の条件と比べ、幾分難易度が高いと言える。
大魔王との契約の試練自体は、そもそもそういった前提条件が無いからだ。
もっとも、大魔王に遭遇するというのは魔界にたどり着いているという事であり、多くの戦いを突破した末にたどり着ける魔界に居る時点で一定資格を得て居るからと言う事情もある。
逆にいうとアナザーアースの世界で、天界に行くのはそこまで難易度が高くなかったという事情もあった。
とある必須クエストの受注場所が天界に有った為に、運営としても天界へのアクセスは難易度を下げざるを得なかったという事情もあるのだ。
そんな夜光のマイフィールドの天界は、仲間にした七曜神が居とする神殿や白亜の城が並ぶ荘厳な光に溢れた場所だ。
如何にも天界と言う風に、足元は純白の雲で出来ている。
雲に切れ目が無いのと、特に空気も薄くないので通常空間の上空と言う事も無く、この場所はこういう場所なのだろう。
前述の通り、この場所には多くの天使系モンスターや亜神系のモンスター、そして神獣聖獣などの光側のモンスターが配置されている。
七曜神らの神殿を中心に立ち並ぶ大小の白亜の建物が、天使や亜神の居城だ。
ある場所には光を放つ木々が生え並ぶ光の森と言った場所もあり、神獣らはそういった場所を棲み処としている。
時折上空を横切る影は神鳥の類だろう。
穏やかな光に常に包まれる此処は、絵本で描かれる天国とでもいった風情があった。
そんな夜光のマイフィールドの天界において、ひときわ目立つのは中央に鎮座する七曜神の神殿だろう。
MMOアナザーアースにおいて、世界の運営を担う神々である七柱の神々は、特に信仰を集める存在であった。
これは夜光のマイフィールドでも変わらない。
この世界の主でもある夜光直々にマイフィールド内の世界運営を任された神々は、今日もかつての世界で設定されていたように、一つの世界と化した世界を滞りなく運営していた。
その一柱、太陽と光そのものを司る陽光神ハーミファスは、いま己の神殿でとあるモノを見守っていた。
幾重にも重ねられた純白のヴェールの上に鎮座する球体。
内からほのかな輝きを放つそれは、表面をうねる万色に覆われていた。
一瞬たりとも動きを止めない色彩は、透明さを失ったシャボン玉の様でもある。
大きさも一定ではない。
時折ゆったりとした膨張と収縮をなす様は、まるで呼吸か鼓動でもあるかのよう。
その奇妙な球体を、幼女の姿のハーミファスは愛おしそうに見つめ続ける。
彼女には、その動き続ける色彩と鼓動のような膨張収縮から何らかの意味を見出せるようで、時折何かを語りかけてすらいた。
だから、判ったのだろう。
突然、球体の色彩の変容が動きを止めた。
その変化をハーミファスは見逃さなかった。
何かの最後の一押しをするかのように、幼女の姿の神が陽光の如き光を放つ。
その光を、その球体は余さず受け止めた。
陽光そのものの光を球体は全て受け止めると、今度は自ら光を放ち始める。
同時に球体はそのカタチを崩していった。
ゆっくりと、糸玉がほつれていくように……
そして光が消えたそこには、一人の少女が立っていた。
目の前のハーミファスの面影を持つ少女は、ゆっくりと目を開いて行く。
初め虚ろな視線を宙にさ迷わせたが、直ぐに目の前のハーミファスをとらえた。
ずっと球体を見つめ続けた陽光神の視線と、少女の視線が重る。
幼女と少女、二柱は申し合わせたように微笑み合った。
「おはようございます、母上」
「ええ、おはよう。でも母上はいやよ?」
告げたのは陽光神。応えたのは少女。
少女の言葉に驚いたのか、陽光神が硬直する。
「で、では何とお呼びしたら……?」
いっそ泣き出しそうなほどに狼狽した幼女の姿の陽光神に、球体から出でた少女は悪戯気に微笑む。
「そうね……この姿の時は、アンナ。そう、アンナと呼んでちょうだい」
少女、アンナが名乗りを上げる。
朗々と、世界に宣言するように。
かくして、彼女もまた目覚めたのだ。
遅れましたが3月中に何とか更新です。
次話より、4章となります。




