第24話 ~巨人激突 結 最後に刺すモノ~
(俺はいったい何を見せられたんだ!? こいつら一体何なんだよ!??)
精霊屋と呼ばれた男、襲撃者の最後の一人であるカーティスは、己が目の当たりにした一連の出来事を理解できずに居た。
荷物のように扱われ、襲ってきた傭兵が伝説に語られるドラゴンや巨大な魔獣へと変わり、異形の巨人と鋼の巨人がぶつかり合い、光の鎚が荒れ狂い、最後に巨大な太陽が皇都を焼き尽くした。
その一つ一つがカーティスの理解が及ばぬ領域にあり、目の当たりにしながらも夢を見ているかの様だ。
僅かな痛みさえ伴いキツく拘束されている感覚が無ければ、悪い薬でも無自覚にキメた果てに見た幻覚だと思えたかもしれない。
しかし現実は無常だ。
破壊され尽して街灯も残らず消し飛び、辛うじて六枚の翼を持つ女が纏う光に照らされるだけの跡地となった皇都は、幾ら目をしばたかせても変わることがない。
尚も最悪なのが、これらの天変地異を引き起こした者達がカーティスを拘束していることだ。
カーティスの頼みの綱である土の精霊術を容易く封じたこの化け物共は、何の目的があってかここまで彼を連れまわしたが、何時その気が変わって殺されるか分かったモノではない。
なんて化け物共に喧嘩を売ったのかと、カーティスは己の所業を恨んだ。
特に最後に巨大な炎の塊を放ち、皇都を消し飛ばしたソイツ。
何故か今は小娘になっているガキが、この化け物共の中心だと言うのは見ていれば容易に判る。
そのガキを、カーティス達は殺したのだ。
今ソイツは生き返っているとしても、相応の報復がこの先待っているのはどんな馬鹿でも解ることだろう。
現状でも荷物として凄まじく雑に扱われているが、到底それだけで済むとは思えない。
戦々恐々としていると、その小娘になっているガキが、不意にカーティスに眼を向けた。
そいつは一瞬思案気に目を伏せ直ぐに何かを思いついたのか、周囲の化け物女達にカーティスには判らぬ指示を下していく。
(何だよお前、俺を見て何を思いついたんだよ!?)
カーティスの声にならぬ呻きが響く中、この戦場の最後の局面が訪れようとしていた。
僕が祭壇の片隅に転がる精霊使いの男に視線をやったのは単なる偶然だ。
皇都ごと消し飛ばした瓦礫の巨人の消滅を確認しても、なお消えない違和感に戸惑い何かヒントをとさ迷わせた視線の先に、たまたま居ただけの事。
だけど、その姿を視界に収めた時、脳裏に閃くモノがあった。
精霊使いの男が居た、あの拠点での出来事。
曖昧だった違和感が明確な疑問に変わった。
「ラスティリス! ラスティリスは居る?」
僕はいつの間にか姿を消していた色欲の大魔王に呼びかける。
彼女を通じて、確認しなければいけない事を思い出したのだ。
「はぁ~い、夜光ちゃん、お呼びなのん?」
呼びかけに答えたのは、未だ6枚の翼をはためかせたホーリィさんだ。
彼女の全身を覆う鎧は兜も完備している為に、聊か聞こえにくい。
だけど僕がホーリィさんの声を聞き間違える訳も無く、その声がラスティリスのものだと気が付いた。
その状態に色々聞きたいことはあるけれど、今は横に置く。
何よりも先に確認しなければいけないことが有るのだ。
「例の毒の短剣は、今どういう状況? 動きは止まった?」
そう、あの襲撃者の拠点で襲い掛かって来た毒の短剣。
もしここで倒した瓦礫の巨人、特に目立っていた赤黒い光を放つ核と思われる部分。
アレが本当に<貪欲>の本体なのだとしたら、毒の短剣も挙動を止めるはずだ。
「それがね、まだ私の本体のナカで動いてるのよん。ヤンチャで困っちゃうわねん」
しかし帰って来たのは、未だアチラは健在と言う事実。
今思い返すと、あの毒の短剣には、特徴的な赤い宝石が柄に埋め込まれていた。
そう、赤黒い不穏な色合いの光を湛えた宝石が。
あの宝石こそが<貪欲>の力の起点だとして、似たような光を放つ物が複数ある以上、力の大小は別としても本質的には同じだと考えることが出来る。
此処から導き出せる仮定は三つだ。
一つは、あの毒の短剣に付いて居た赤い宝石も含めた、一種の群体である可能性。
つまりあの宝石を全て破壊しなければ、<貪欲>は倒せないと言う仮定だ。
あれほどの力を持つ宝石が他にも存在する可能性はあるけれど、ある意味これは話が早い。
これから取って返してあの拠点跡で封じられて居る毒の短剣を破壊して、その魔力痕跡から同様の存在を探索する<不逃の標的>等の追跡魔術で探せばいい。
ここまでの力を発揮する他の宝石が無いとも限らないけれど、やることは単純なだけに話は早い。
一つは、あの赤黒い光は本体ではなく、分身の一つだったという可能性。
つまり、あの赤黒い光を放つ宝石を生み出せる本体と言うべき存在が別に居るという可能性だ。
この場合最悪だ。
先に挙げた仮説の場合、増える事が無いと言う仮定で考えていたから終わりも見えていたけれど、こちらの場合は延々と生み出される宝石の対処が必要となるし、本体は魔力の質が違い追跡魔法で追えない可能性もある。
そしてもう一つ。
これはある意味最もシンプルな話だ。
あの本体として仮定した赤黒い光が、まだこの場で健在である可能性。
思えば違和感は、あの瓦礫の巨人を倒す前からあったのだ。
ホーリィさんの猛攻に晒されたあの瓦礫の巨人は、じり貧になりかけた状況を打開しようと自分の身体を爆発する勢いで四散させた。
その膨大な体積を構成する瓦礫のほとんどを攻撃用の弾丸に転じたのだ。
だけど、ここで疑問が残る。
そもそも攻撃に転じるなら、爆発のように全方向に瓦礫を振りまく必要はない。
四方を囲まれていたならともかく、あの瞬間は攻め込むホーリィさんとその補助をするゼルとここのという構図だ。
瓦礫の山が攻撃を向けるべき方向は限られていた。
だと言うのに、あの攻撃は全方向に振りまかれていた。
もしそれが、逃げの手でもあったのなら?
一度は瓦礫の山に隠れて見えなくなり、爆発後にこれ見よがしに再び輝いたあの光。
最後の瞬間に赤黒い光を伴った瓦礫を見せつける様に一方向に投げていたのも、怪しく思える。
もっともここまでは全て仮定だ。
だから、後は確認の時間になる。
「ギガイアスは巨人形態へ。マリィは<不逃の標的>で、魔力痕跡を追って。リムはこの場に他の『ココロを持つモノ』が居ないか確認。ホーリィさんもゼルもここのも、一旦ギガイアスの中に来て欲しい」
この場に<貪欲>の本体が未だ居るなら、あの溢れるほどに放っていた魔力を追えば見つかるはずだ。
同時に魔力を押さえて息をひそめるにしても、精神魔法に秀でるリムが『ココロを持つモノ』を見逃すはずもない。
同時に、まだ戦闘があるのなら、何時までもこの祭壇状態は不味い。
魔法を投射する関係で術者本人がむき出しになって居るし、弓などの射撃武器や射程の長い魔法には、この形態は弱点だらけなのだ。
先の瓦礫の巨人の爆発でも、ホーリィさんの障壁がなかったら最後まで魔術の詠唱を終えられなかっただろう。
攻撃に転じたと見せかけて、守りに転じていた<貪欲>と、守りを捨て去って完全に攻撃に傾けていた僕。
だから、これは必然だったのかもしれない。
「!? 居ます、至近に!?」
「何で!? いつの間に!?」
探知を始めた二人が即座に驚愕の声を上げ、
「?! こーくん危ない!!」
ホーリィさんの悲鳴と同時に何処からともなく飛来した一本の短剣が、僕の胸に刺さったのだ。
滅びの獣の一柱である<貪欲>の在り様は、結局の所シンプルだ。
生き延び、より多くを手に入れる。
その一点をひたすら突き進む。
殺した相手の全てを奪うという力はその在り様に最適だったものの、無差別な殺戮では望む様な結果が得られないことを<貪欲>は知っていた。
有象無象を殺したところで得られるモノは少なく、殺害を重ねるほどに獲物たちの警戒は強まる。
だからこそ、<貪欲>は多くのモノを持つ獲物をかぎ分け、最小の殺害にて多くの者を得ようとしたのだ。
この時もそうだ。
相対する者達の中心、最も多くのモノを持つ者が何者か、<貪欲>は戦いの中で見抜いていた。
あの拠点でも中心となり、この戦場に巨人を呼び出した子供。
あれこそ、あの者こそ、殺した際に得られるモノの最も多き者。
恐らくは皇国一国全てすら上回る莫大な『物』を、<貪欲>にもたらす筈だ。
だからこそ、仕込みは入念にしなければならない。
これまでこれ見よがしに見せつけていた赤黒い宝石は、確かに<貪欲>の本体であった。
巨大な血を思わせるような色合いのルビーこそ、その正体。
毒の短剣に埋め込まれた居たものは、一部を分割させたまさしく分身であった。
そして今夜光に突き立った短刀、その柄にも、ごく小さいモノが埋め込まれていたのだ。
夜光の読み通り、爆発の後に見せた赤黒い光は、確かに本体であるものの見せ札でもあった。
本体こそ先の爆発にて灰燼に帰したものの、分身が欠片さえ残っていれば<貪欲>は健在なのだ。
そして本命は、この短刀。
刺した者に即死効果をもたらすこのスティレットは、セザンネル・ペリダヌスを殺害した際に使用したものと同じ。
柄に埋め込まれた微小な欠片の表面を蓋するように微小な瓦礫で覆い、爆発に紛れさせて飛散させ、密かに機会を窺っていたのだ。
そして時は来た。
完全に戦闘が収まり、あの者達の気の抜けた所でゆっくりと近づいた。
何やら思いついたらしいあの子供が指示を出し始めるが、既に間合いであった。
「!? 居ます、至近に!?」
「何で!? いつの間に!?」
「?! こーくん危ない!!」
何人かが悲鳴を上げるが、それもむなしく、スティレット<死神の指>は、子供に不釣り合いな豊かな胸へと突き立った。
即座に発動する即死効果。
そして莫大な富が、物が、者が、モノが、<貪欲>のモノとなる。
その、筈だった。
「ざ~んねん。はずれよん?」
子供の口から溢れた声は、平然としたものだ。
次いで辛うじて感じ取れたのは、短刀の刺さった場所が泥の様に融け崩れた事。
何? と思う間もなく、
「オイタする悪い子には眠ってもらうわん。それだけ小さな身体しか残ってないなら、抵抗力も弱くなってるでしょうねん」
いつの間にか<貪欲>である短刀をてにした女から精神魔法が放たれ、その意識は闇に囚われた。
もう一方の分身である毒の短剣側も含めて。
ああ、びっくりした。
何に驚いたかと言えば、飛来した短剣が刺さった事もそうだけど、その突き立った場所である女体化した僕の胸の部分が融け崩れた事だ。
僕の身体を覆っていた女性の部分が崩れて、短刀を巻き込んだまま一か所に固まったかと思うと、次の瞬間には妙齢の美女、ラスティリスの姿になって居た。
その手には、僕に突き立った短刀が握られている。
「ほんと、保険かけて置いて良かったわん」
精神魔法で<貪欲>の意識を奪ったらしいラスティリスは、何とも得意げにほほ笑んだ。
余りにもまぶしいその笑顔こそ、この一連の<貪欲>との戦闘の終結となったのだった。




