第19話 ~瓦礫の巨人~
とっさに展開した大規模戦闘用空間は、十全に目的を果たしていた。
今までと同じように、展開した場所の地形を、今回は広大な皇都の街並みを模した空間に、生まれかけている巨大な影を取り込む事に成功していた。
<大地喰らい>の時のように他の余分なモノは取り込んでいない。
これならば、周囲の被害を気にせずに思う存分戦えるだろう。
「な、何だあれは!? お、俺は一体何を見てるんだ!? いや、そもそも飛んでる!?」
騒がしいと思って視線を向ければ、ゼルが米俵のように担いだ荷物、精霊使いのカーティスとか言う男からだった。
気絶から目が覚めたら、自分は空を飛んでいて、目の前では化け物のようなモノが生まれ出る真っ最中となれば、混乱するのも無理はない。
「あら、猿轡を忘れてましたわ」
もっとも、騒がれても邪魔だ。
事実耳元でうるさくされているゼルは顔をしかめていた。
これから滅びの獣と言う強大な相手と戦わないといけないのに、気分を下げさせないで欲しいものだ。
僕と同じく鬱陶しく感じたのか、リムが手早くカーティスの口を封じていた。
まぁこの後激しく動く関係上、舌をかまないようにして上げるのは情けの範疇だと思う。
そんな事をしている内に、ペリダヌス家の敷地で生まれようとしていたモノが、遂に立ち上がった。
第一印象は、ガレキで出来た巨人だ。
敷地内にあった建物が建材に分解されて、その上で実に大雑把なヒトガタに組み直したような、そんな姿。
あれが滅びの獣<貪欲>の本体なのだろうか?
ダイン達にいくつもの魔法の装備を渡したというセザンネルと言う男を、ペリダヌス家の別邸から探し出すつもりだった。
だけどああも屋敷が瓦礫になっているという事は、あの<貪欲>が持つという能力から察すると、あの屋敷の持ち主が殺されたか、乗っ取られていることは間違いない。
つまりあの敷地内の全てのモノが、<貪欲>の支配下にあると言う事だ。
あの巨人は、その膨大な量のモノを使って作り上げた殻と言うべきだろうか?
目を引くのは、頭に該当する部分で輝く赤黒い光だ。
まるで目を輝かしているようで、そうなるとガレキで出来た一つ目の巨人とでもいうべきだろうか?
同じ巨人の括りで比較するなら、かつてアナザーアースの最後の3か月の際に苦労して契約した炎の巨人の王のスルトよりも更に体格が大きい。
頭頂までは60mを超えるだろう。
つまり僕の魔像、ギガイアスの体高55mを超える巨大さだと言う事だ。
皇都の街並みを模した結果、まばゆく夜闇を照らす街灯の灯りが、うっすらと巨人を雲一つない闇から浮かび上がらせる。
まるで怪獣映画のような光景に、サーチライトが欲しくなる、などと考えてしまった。
「あら、不味いわねん。ワタシの本体は動かせないから、ワタシではあんなにおっきいの相手にできないわん」
確かに、アレは人間サイズには荷が勝ちすぎる。
大魔王としての本体が手いっぱいなラスティリスの分身体では、アレは対処できないだろう。
今の僕達で相手取れるのは、即大型化可能なゼルとここの位だろう。
他のメンバーは、支援は出来ても直接戦闘は難しい。
それに全身を瓦礫で作り上げたあの姿は、かつてのアナザーアースで遭遇したことのあるモンスターの一種を彷彿とさせた。
そのモンスターの名は、『塵塚怪王』。
ゴミ捨て場のゴミが寄り集まり、巨大な一つの化け物と化した妖怪分類のモンスターだ。
大きな都市のゴミ処理場等で沸くモンスターで、各都市毎に付近のモンスターの姿を微妙に擬態する特性を持っていたのを覚えている。
実は僕のマイフィールドの各町にも配置してある。ゴミ処理エリアに配置すると、ごみを食べてくれるのだ。
暴力としてはゴミの集合体だけに悪臭が由来らしい毒ガスのブレスや、身体を構成するゴミを投擲してくるなど厄介な特性を持っていた。
似た姿を持つモンスターは、何かしら似たような攻撃方法を持っているものだ。
同時に先刻のダイン達の拠点での戦闘を思い起こせば、遠間で何をしてくるかは明らかだった。
一つ目のような頭部の赤黒い輝きが、僕達を見た。
そう感じた途端、僕は叫んでいた。
「来るっ! 全力回避!!」
僕の叫びと仲魔達の行動、そして巨人が身を震わせるが同時。
次の瞬間口と思える場所が開き、無数の何かが溢れ出した。
それは先の戦闘でも見せた武器などの装備の投射攻撃。
武器だけではなく瓦礫も混じったそれは、質量の濁流とでもいうべき破壊だ。
「おまけにっ! 追尾して! 来るとか!!」
厄介なことに、ただ直線的に吐き出されるだけではなく、避けた後も旋回して戻ってくる。
当然だ。あの瓦礫もすべて先ほどのように<貪欲>の力で支配下に置かれているのだ。
それも延々と。
空中を自在に泳ぐ大蛇の様な追尾性瓦礫のブレスに、僕達は回避するだけで手いっぱいだ。
このままでは幾らなんでも不味い。
これを解消する方法はただ一つだ。
「ゼル、その荷物をこっちに渡して! ここの一緒に大型化で時間を稼いで!」
何より問題は、空を飛べない僕やホーリィさん、そして荷物のカーティスが完全に足手まといになっていることだ。
今の僕はマリィに、ホーリィさんはリムに手を引かれて空を飛んでいる。
<重さ軽減>で負担は少ない筈だけど、だからと言ってこんな空中戦で不利にならない筈がない。
だからこそ、飛べない僕達が安全を確保する一手。
「……来い、ギガイアス!!」
相手が巨人で来るなら、こっちも巨人だ。
僕の命を受けたゼルとここのが巨大化するのを見ながら、僕はもう一人の頼りになる仲間を頼った。
「御下命、承ったで御座る!」
「主様のお求め、お待ちしておりました!」
僕の命令に従って、ゲーゼルグと九乃葉が瞬時に大型化する。
巨大な大剣を構え胸当てを身に付けた竜武人と、九つの尾を持つ巨大な金毛白面九尾の狐。
どちらも30m級の巨体だが、瓦礫の巨人はその倍以上だ。
体格差で言えば、人間の大人と子供のソレよりも尚分が悪い。
だが二人とも、自身よりも巨大なモンスターとの戦いには慣れきっていた。
「巨体ではあれど、総身に知恵は回らぬと見えるの」
「瓦礫の息を操る間、本体はなぜ動かぬ? 貪欲と名乗る輩が、手を抜いて居る訳でもござらぬであろう!!」
竜武人が翼をはためかせ、大剣を振りかぶり一気に間合いを詰める。
頭部にて輝く目の如き赤黒い光。そこへめがけて振り下ろされんとした大剣を前に、巨人の身体から白銀に輝く腕が遮った。
ギィィ! と響くのは、まさしく刃と刃が打ち合った音そのもの。
白銀の腕をよく見れば、それは無数の剣で出来ていた。
瓦礫の巨人のカラダを形成する中でも、特に武器などをより集めた腕であった。
更には真下から迫る何かを感じ、竜武人は咄嗟に真下へ踏みつけの蹴りを振るう。
ゴォン!! と巨大な鐘のような音が周囲に鳴り響いた。
ゲーゼルグの脚は、壁の如く広り迫っていた巨人の腕を蹴り受けていたのだ。
こちらの腕は、頑丈な盾や鎧で出来上がっていた。
更には、瓦礫の巨人の身体のあちこちで、街の明かりを反射する何かを感じ、ゲーゼルグは盾腕を蹴った勢いに身を任せ飛びのく。
一瞬前までゲーゼルグが居た空間を、無数のバリスタの矢が射抜いていた。
上空に逃れたゲーゼルグを、瓦礫の巨人が赤黒い光を瞬かせ、不満そうに見上げるようだ。
「中々に芸が多彩で御座るな。されど、やはりその力、ある程度制限はあるようで御座るな」
ゲーゼルグの上空からの言葉に、何かを思い出したかのように瓦礫の巨人は赤黒い光を他方へ向ける。
「ほほほ、こちらの瓦礫の蛇が急に動きが拙く雑になったえ? 封ずるのは容易かったわ」
そこには巨大な属性を帯びた尾に絡め取られた瓦礫の塊があった。
炎の尾で溶かされ、氷の尾で凍てつき、土の尾に取り込まれ、水の尾で流れに巻き取られる。
他の属性にもさらされ、最早宙を走ることも出来なくなった瓦礫のブレスは、完全に無力化されていた。
「先の戦でも、短剣を投げた身体がその瞬間には崩れ落ちるなどしていたで御座るな? 動かし得るモノの切り替えや、同時の操作には一定の限界があると見たで御座る」
「ならばこうして別々の対処を強いるならば、対応しきれぬであろ?」
二体の巨大なモンスターの問いかけに、瓦礫の巨人は応えることは無い。
だが事実として、ゲーゼルグとの接近戦に気を取られた際、<貪欲>の瓦礫のブレスの操作は甘くなったのだ。
それは瓦礫の巨人の明確な弱点であった。
……だが、それで瓦礫の巨人が無力化されたわけではない。
「む?」
「何ぞ!?」
赤黒い目が再び瞬く。
すると上空に異変があった。
本来の空の様子を再現した大規模戦闘用空間の上空は、厚い雲に覆われている。
その一角、ペリダヌス別邸の上空に、なお一層黒い何かが現れたのだ。
それは現れた後急速に高度を落とし、地上へと迫る。
高度が下がり街灯に照らされたそれの正体を見たゲーゼルグは、思わず叫んだ。
「教会、だと!? グッ、ヌォォォォッ!!?」
上空から降って来たのは、そびえる尖塔を真っ逆さまに地上へと向けた荘厳な教会だった。
尖塔をゲーゼルグに向けて落ちてくる様は、巨大な槍の如く。
とっさに身をひるがえしたものの、ゲーゼルグは巨大な弾丸の如き協会の落下を避けきれず、吹き飛ばされる。
更には落下で吹き飛んだ瓦礫が、新たな弾丸となってゲーゼルグへと襲い掛かった。
吹き飛ばされ体勢を崩されては無数の瓦礫も完全にはよけきれず、ゲーゼルグは少なくない石礫をその身に受ける。
「ええい、よもやよな!」
とっさに九乃葉の尾が伸び、ゲーゼルグへとなおも襲いかかる礫の群れを防ぐも、残りは逆に瓦礫の巨人へと吸い寄せられ、その身を更に膨らませていた。
「一体、今のは何で御座るか!?」
「……恐らくは、主様が語られた、『都市拡張せっと』とやらであろうな。この皇都がそれで作られた以上、何処かに似たようなモノがあっても不思議ではなかろ?」
九乃葉の推測に、ゲーゼルグの竜顔が驚愕に歪む。
「かつての妾達の世界の物品を抱える大店となれば、建物や屋敷程度の物なら一つ二つ手に入れていてもおかしくなかろ? アレはその所持品をすべて操れるとなれば、こうもなるわよな」
「おまけに砕こうとも彼奴の身体となるか! むぅっ! また来るで御座る!!!」
再び頭上の異常に二人が目を向けると、今度はなおさら巨大な影が覆っていた。
再び落下する影は、今度は無数の尖塔を抱える建物。
「城!?」
「いかん! この規模はお館様をも巻き込むで御座る!!」
慌てる二人の視界に、さらなる異常が飛び込んでくる。
だが、それは二人にとっては見慣れたものだ。
空に描かれる、光り輝く巨大な魔法陣。
その中から飛び出した巨大な何かが、今まさに落下する城を、横合いから貫き、吹き飛ばした!!
その勢いのまま大きく旋回し、二体の後方上空に差し掛かると、その巨体は皇都の光に照らされ、ゆっくりと降下しながら変じていく。
巨大な怪鳥の如き飛行形態から、存分に力を振るえる巨人の形態へ。
<超合金魔像>ギガイアス。
それは彼らの、多くのモンスターが忠誠を誓う<万魔の主>、夜光の最大戦力。
滅びの眷属である瓦礫の巨人の前に、力強き鋼の巨人が、今降り立ったのだ。




