第18話 ~皇都の夜を駆ける~
上空から見下ろす皇都の夜は煌びやかだ。
MMOであるアナザーアースは、プレイヤーの視認性と言う意味で、開始都市の王都を夜間でも明るさを維持していた。
そのアナザーアースの王都を写し取ったかのようなこの都は、彼方此方に据えられた街灯に照らされて、眠ることがないみたいだ。
現実の大都市の夜景を彷彿とさせる無数の輝きの上空を、僕達は飛ぶ。
僕の仲魔は皆飛べるし、飛べない僕やホーリィさんは<重さ軽減>の魔法で軽くしたうえで皆に手を引いてもらっていた。
こんな時で無ければこの夜景を堪能したいところだけれど、残念ながらそんな余裕は無い。
一刻も早く、滅びの獣<貪欲>の本体を探し出さないといけないのだから。
「当然向こうには、さっきの状況は筒抜けよん? ワタシ達がアッチを見つけるまでの時間的な猶予があるから、万全の体制になって待ち構えるでしょうねん。あの力に時間を与えるのは危険すぎるわん」
そう言って先頭を行くのは、普段のラスティリスの姿をした彼女の分身だ。
彼女の本体は、未だ貪欲の支配下にある無数のアイテムを封じ込めている。
ラスティリスはその本性である膨大な容積の粘液体から、ごく一部を分離させて分身とすることもできるのだ。
総合能力的には落ちるし、分身は大魔王としての真の姿を展開する事は出来ないが、それでも離れた場所での意思疎通や人間体としての姿の戦闘力は発揮できるため、十分な戦力だった。
今も、本体が押さえている毒の短剣の状況を伝えてきている。
毒の短剣が変に動きを見せないのは、恐らく向こうには焦りは無いのだろうと。
それを受けて、僕達は急いだ。
その場で手早く身支度を整えると、大規模戦闘用空間を解除し、通常空間に戻ってくる。
この付近は都の外れに近く近隣の住民はわずかで、<見果てぬ戦場>の展開と解除は気取られなかったようだ。
一見戦いのあった拠点だった建物も、何も変化がないように見える。
ただし、実際の拠点は大規模戦闘空間内の戦闘の余波でボロボロでほぼ廃墟にされていた。
今建物と見えるモノは、ラスティリスの魔王としての本来の姿が、変化し擬態した姿なのだ。
その内側には今もぎっしりと粘液が満ちていて、中で動こうとする無数の装備を絡め取ったままだ。
少なくとも本体を叩いて動かなくなるまでは、このままにしておく必要がある。
ダインと言う襲撃者達に魔法の武器を与えたのは、セザンネル・ペリダヌスという、レオナルドが言っていたペリダヌス家の重鎮だと言う。
その中には、<貪欲>が仮の身体としていた毒の短剣も含まれている。
ただそのセザンネルが、<貪欲>の本体である可能性は低いだろうと、僕達は予想していた。
ナスルロンの侵攻でのホッゴネル伯爵が怪しい指輪に操られていたのと同じように、セザンネルと言う男が間接的に利用されていた可能性は低くないのだ。
ただ<貪欲>の能力の特性上、理想的な狩を襲撃者にさせて居た以上、セザンネルと<貪欲>は無関係であるとは思えない。
やはりまずは手掛かりとして、セザンネルの居場所であるペリダヌス家の別邸に向かって居るのだ。
そこは商家としてのペリダヌス家の本拠であり、ダイン達襲撃者が彼に接触するのにも使っていた場所だ。
どの貴族も本邸は皇城近くに構えているものの、商家をしている家は文邸も構え、比較的離れた場所に存在していることもある。
ペリダヌス家も同じように、比較的商業地区に近く大規模な倉庫も併設する港の一角を押さえていた。
厄介なことに、襲撃者達の拠点はその場所から遠く、下手に街中を走っては時間がかかり過ぎた。
だからこうして、僕達は空を駆けている。
幸い今は夜であり、夕方からかかり始めた雲のおかげで、上空は暗い。
上空を行くにも、街灯りに照らされないようにマリアベルの霧で皆を包んでももらえば、偽装は十分だった。
だからこそ、僕達は待ち構える存在に向けて気を引き締める。
「<貪欲>の能力って、ルーフェルトの忠告とあの短剣から僅かに読み取れた思念からすると、『殺した相手の所有権があるモノを全て自在に操れる』ってことなのよねん。一気に襲ってきた武器は、殺された槍使いと大剣使いが手に入れてた略奪品なのだわん」
話を聞くほどに、恐ろしい能力だと思う。
死体を操っていたのは、命を失った肉体も『物』として扱われてしまうと言う事だろう。
同時にあの宙を舞っていた装備は、元の持ち主である傭兵たちが復活していたのに操られていた。
恐らくは所有に関しては本人たちの認識が大きく影響するのだと思う。
ただ、幸いだったのは僕の装備は操られなかった為に、あの後すぐ回収できていた事だ。
「……夜光ちゃんの装備は、そこの子が『自分の分!』してたから無事だったのかもねん」
放置することも出来ずに荷物扱いで運搬されている精霊使いの男だけど、そういう事なら一応礼を言ってもいいかもしれない。
何しろ、身ぐるみはがされてしまった装備の中には、『同盟』のメンバーの証であるユニオンリングも含まれていたのだ。
一度同盟を作ってしまえば、リーダーとして駆使できる機能は、意識下のメニューで操作できるけれど、だからと言って失いたいモノじゃない。
槍使い達は特に魔力を帯びるでもない指輪には見向きはしなかったようで、だからこそ助かったけれど、これに関しては内心背筋が凍る思いだった。
精霊使いにしても、関屋さんの所謹製の杖や保護服に意識が向いて、指輪に関しては良く調べもしなかったようだ。
その精霊使いは、今は色々限界なのか気絶してしまっているけれど、あとで境遇位は考えても良いかもしれない。
この世界で土の精霊をあそこまで扱えるというのは中々見所があるし、レオナルドに上手く使い倒されれば良いのではないだろうか?
そんなことを考えている内に、港が近づいてくる。
川船からの荷を下ろす為の倉庫が立ち並ぶ一角と、商業地に差し掛かる中間の、ひときわ広い敷地のその邸宅。
アレこそが目的地のはずだ。
「……あの様子からすると、どうやら間違いないわねん」
「変に探し回らなくて済みそうかな、これは……ああ、もう! やっぱりコレが必要になった!」
目指していたペリダヌス家の別邸、そこに巨大な何かが生まれ、立ち上がろうとしていた。
港はまだ人が行き交い眠る気配がないけれど、だからこそ未だ大きな音を立てていない何かに気付いていない様だった。
なら、まだ間に合う!
僕はさっきも使用していた<見果てぬ戦場>を発動し、大規模戦闘用空間にその巨大な何かを僕達毎取り込んだ。
その発動の瞬間のエフェクトを気付いたものは極僅か。
この夜最後の戦いの舞台は、こうして整う事になった。
<見果てぬ戦場>が展開されるしばらく前。
ペリダヌス家当主の弟、セザンネルは苦渋の表情を浮かべていた。
「ダインめ、一体何をしていた!? グラメシェルに嗅ぎつけられるとは…!」
夕刻の事だ。現在セザンネルが追い落としを画策していたグラメシェル商会の会頭が、このペリダヌス家の別邸に訪れたのだ。
現在裏でグラメシェル商会に攻撃を加えているペリダヌスではあるが、表では穏当な範囲の取引相手でもある。
それぞれの商会で得意分野や取引先が異なる以上、有益な商品のやり取りは内心どう考えようと行うのが商人と言うモノだ。
実際この夕方の取引は問題なく終了していた。
セザンネルも、内心先の護衛の押し売りをした傭兵の件で思うことが有ったものの、取引用の笑顔のままで握手を交わしたのだ。
しかし問題は帰り際った。
レオナルドは、思い出したように新しい護衛を紹介したいと言い出したのだ。
そしてやって来たのは、セザンネルも良く知る男。
かつてグラメシェル商会の専属の護衛を長く続けていた男。そしてセザンネルがダインを利用して殺したはずの男だった。
「確かに、あの男は死んでいた筈だ! 何故、生きている!?」
初回は念のために、ダインに殺した証である体の一部、特徴的な刺青が彫られた腕を直接確認したのだ。
更には、地の底へ残りの死体を片付けたと報告も受けていた。
それが明らかに生きていた。
セザンネルに向けた傭兵の目は、明らかに怒りと憎しみの色を湛えていた。
つまりあの男を殺した者達が誰の手引きであったかを理解しているのだ。
となれば引き合わせたレオナルドもまた、その情報を得ていることは間違いない。
「こうなればダインを切り捨てるより他ないか……頃合いでもある」
あの男はよく働いたが、力を得てそれを鼻にかける様になってきたこともあり、切り捨てるにも惜しくは無かった。
ただしあの4人を切り捨てるにしても、相応の実力が必要なのは確か。
何しろあの内の精霊使い以外の3人に与えた魔法の武器は強力だ。
並みの傭兵なら、今まで4人が狩ってきた者達と同様に殺されるだけだろう。
だがセザンネルは問題にすらしていなかった。
真に頼るべき男は手元に抱えているのだから。
「フェルド、仕事をしてもらおうか。ダインを始末しておけ」
呼び出したのは、ペリダヌス家の中でも、重要な仕入れなどを任され、家内ではセザンネルの右腕して目されている男だ。
ペリダヌス家の家令の家系に生まれ、幼少期よりセザンネルと共に過ごして来たこの男は、特に重要な仕事を任されてきた。
特に貴重な『門』の中の物品を管理しているのがこの男であり、ダイン達に渡したのもその中のいくらかであった。
更に言うならばペリダヌス家の中で最も『門』の中の物品を使いこなせるのがこの男、フェルドなのだ。
普段も護衛として傍に置いていて、この男もダインの事はよく知っていた。
最後にダインと打ち合わせていた際に、グラメシェルの状況を知らせたのもこの男だ。
ダインはあの殺した敵の数の応じて持ち主の力を増す魔槍を幾ら駆使しようが、このフェルドの相手にすらならない、そうセザンネルは確信する。
事実、その通りだった。
「ご安心を、旦那様。先ほどダインの命は奪ってあります」
告げられた主の言葉に対して、フェルドと言う男は、事も無げにそう告げたのだ。
「……早いな、既に動いて居たか。流石はフェルドだ」
期待以上の仕事の速さに、セザンネルは頷く。
実際夕刻のグラメシェルとの商談があった以上、セザンネルがそう命じるのも予測の範疇だろう。
「それで、他の手下共も始末したのだろうな?」
「大剣使いのベンに盗賊崩れは済んでいます。ただ、残念ながら精霊屋のカーティスには逃げられまして」
しかし、段々と様子がおかしくなる。
「土の精霊で地面にでも潜られたか!? いかん、奴をグラメシェルに押さえられでもしたら、隠した死体もすべて暴かれるぞ!?」
「……旦那様をダイン様は悠長と評されましたが、まさしくその通りかと。夕刻にあの死んだはずの男が現れた以上、死体は全て掘り起こされていると考えるべきでしょうな?」
「な、何を言っているフェルド!?」
表情を変えぬまま、主へと告げるとは思えぬ言動へと、その男の言葉は続いて行く。
「既にあのレオナルド会頭は全て把握し、手遅れ……そして、あちらも此方に向かって居ります。つきましては、お暇と退職金を頂きたく存じまして」
「あちら? 暇!? お前、何を言って……!?」
「旦那様は、本当に悠長でいらっしゃる」
フェルドの言葉と同時に、スト、と静かな音を立てて刃がセザンネルを貫いていた。
体の中心心臓を、細く鋭い短刀、スティレットが正確に。
「この短刀<死神の指>は、旦那様もご存じの通りに刺された者を即死させます。この身体の長きにわたる主であった以上、慈悲はかけましょう。痛みなく逝かれるが良いかと」
その言葉の通りに、セザンネルは既に事切れていた。
何が何やらと判らないように、虚空に視線をやったまま。
フェルドは主だった男が完全に息絶えたのを確認すると、懐から赤黒く輝く奇怪な宝石を取り出した。
するとフェルドの身体は崩れ落ち、宙に宝石が浮いたまま。
『……まだ育つだろうと収穫の時を待っていたら、こうなるとは。中々思い通りにはいかないものだ。まったく、政商の座さえ手に入ったなら、一気に皇国全てが手に入るところまで見えていたものを』
それは崩れ落ちたフェルドの言葉ではない。
鼓動を打つように赤黒の光を放つ宝石そのものが放つ思念であった。
『だが事ここに至ってはもう動くより他ない……ペリダヌス家の全ての物が今この手にある。奴らが来るまでにアレらを倒せる体を作らねば……!!』
瞬間、その宝石に向かって、部屋の中のあらゆる物品が吸い寄せられるように集まっていく。
いやその部屋だけではない。
ペリダヌス家の別邸の全ての物品が一つに集まっていくのだ。
それは世界が変わったような変化をその宝石……<貪欲>の核が察知しても続く。
かくして、皇都の夜に滅びの獣は降り立ったのだ。




