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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第3章 ~皇都アウガスティア~

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第15話 ~潜みし刃 急転~

 仲間たちがそれぞれに獲物を定め向かう中、マリアベルは違和感の中にいた。

 彼女が向かったのは、愛しきマスターへと毒のダートを投げつけたという、汚らわしき盗賊じみた男だ。

 蘇らせた被害者たちから話を聞くと、精霊使いの足元からの拘束とこの男の麻痺毒で何もできなかったものが殆どであった。

 精霊使いには精霊術の封印を行える九乃葉が押さえに向かい、こちらの毒使いは種族特性から毒が効かない吸血鬼のマリアベルが向かうと事前に決めていたのだが…


(おかしいわ……こんなこと、有り得ない)

「………どうした、俺に何かするんじゃねぇのか?」


 軽薄そうな笑みを浮かべる男の前で、マリアベルは吸血鬼としての感覚が告げる事実に、気付いてしまったのだ。


(この男、もう、死んでる!? 表面的には生きているように見えるけど、この男からは命の匂いがしないわ!?)


 マリアベルは、真祖吸血鬼である。

 多彩な吸血鬼としての能力と、吸血鬼にとっての致命的な弱点である太陽等を克服した真祖は、アンデットとして生者を自然に感知する能力がある。

 それは主に血の匂いとして認識されるのだが、その感覚が告げていた。

 目の前の男は、死んでいるのだと。


 一見呼吸もしているし、体温も脈もあるように感じるだろう。

 しかし、血の匂いは偽れない。

 生きているように見せかけているだけだ。

 まるで同様に生者を装うマリアベルのように。

 だが、マリアベルとこの男とは明らかに違う点があった。

 吸血鬼の能力には、視線を合わせた異性を意のままにする<魅了の視線>があるが、それも効果がない。

 この男に効かないのではなく、意志も意識もない死体だからこそ無意味なのだ。


 故に、だからこそ……マリアベルは困惑する。

 目の前の()()はいったい何者なのか?

 生者であるかのように振る舞い、言葉を話しているように擬態した死体とは?


「ははっ、その様子だと気づいたか。いいぜ、それで良い。ようやくかかった極上の獲物なんだからな

……雑魚に付き合って来たかいがあるってもんだ」

「……何者なの? 他のお仲間はお前に気付いていないみたいだけど……よく隠し通せたものね?」


 マリアベルが自身の様子を察したと見たのか、盗賊の男は楽しげだ。


「ああ、この身体に関しては気にするな。適当に操ってるだけだからな。今まで気づけた奴は碌に居ない節穴ばかりで、いい加減飽きてきたんだが……これで俺も動き出せるってもんだ。感謝するぜ、お前ら」

「操ってる……? もう一度、聞くわ。何者なの?」


 目の前のモノは、明らかに侮ってはいけない存在だとマリアベルの直感が告げていた。

 密かにほんの少し態勢を変えると見せかけて、自らの背後に愛しきマスターを隠す。

 そんなマリアベルの様子を知ってか知らずか、盗賊の男を装う死体は、懐から短剣を取り出した。

 抜き身の短剣は、刀身にうっすらと暗緑色の液体を滴らせている。

 それはかつてのアナザーアースにおいても度々見られた、毒生成の魔力を持つ魔法の短剣に見えた。

 だがその滴る毒とは別に、おどろおどろしい不穏な色合いの淡い光が、柄に埋められた宝石に宿っても居た。


「ああ、紹介しよう。()()()()()()()。ついでに、言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「なっ!? 何を!?」


 次の瞬間、盗賊めいた死体は目にも止まらぬ速さで腕を振るった!


(投擲!? マスター!!)

「ギャァッ!? な、何しやがるアバル!?」


 男が短剣を投げつけると見たマリアベルは、とっさに身構え主へ害が及ばぬように身を盾にせんとして、目を見張った。

 続けて聞こえた悲鳴は、今まさにリムスティアに全身を浅く切り裂かれて、甚振られていた大剣使いの男から。

 その腕に、先の短剣が深々と突き刺さっていた。

 同時にドサリと響いた音に振り返れば、盗賊の男が地に倒れ伏している。

 マリアベルには判る、その男の身体は生者の偽装を解かれたのだと。

 以後どれほど経っているのか。数舜前までみずみずしく見えていた肌は、毒々しい紫へと変じていた。


 だが悠長に死体を確認している状況にはない。

 変化は今だ終わっていないのだと知らせる悲鳴が、大剣使いの口から洩れ出で、悲鳴へと変わる。


「アバルの野郎! 投擲下手(ノーコン)にも程があるだろうが! ……な、何だっ?! お、俺の腕が!?」


 短剣が刺さった二の腕が、見る間に紫色へと変じていく……まるで、今倒れ伏した盗賊のように。

 その変化はあまりに早く、一呼吸程の間を置かずに大剣使いの顔まで紫に変じる。

 それまでリムスティアの猛攻に恐怖を浮かべていた顔は、今は一切の表情が抜け落ち、目は裏返り、アナと言う穴から緑の液体を滴らせていた、

 恐らくは、毒とあの禍々しい気の両方が、それを為した。

 未だつばぜり合いと言う名の緩やかな圧殺劇を演じていたゲーゼルグとダインを始めとして、この場にいる全員がその変化を目撃していた。

 そして大剣使いは、何事もなかったように顔を上げる。


「あ、あ~……なるほど。思った通り、コイツの身体も対して性能は変わらないな」

「オイ、ベン!? お前、何を言って……」


 直前まで異様に変じていた筈の顔が、まるで普段のように。

 だが精霊使いには、判った。

 大剣使いが浮かべている表情は、盗賊が浮かべていたモノだと。

 何が起こっているのか、理解が及ぶ前に、更に大剣使いは動き出す。


「ああ、気にするなよ、カーティス。次はお前だからな」

「なぁっ!?」


 流れるように自らの腕に刺さった短剣を抜き取ると、今度は精霊使いへと投げつけたのだ。

 だが、飛来する短剣は、不可視の壁に遮られ、空中に弾かれていた。


「ええい! 世話が焼けるわ! 何故妾が貴様などを庇わねばならぬのか!!」


 手にした符を投げ、空中に障壁を張った九乃葉が、無様に尻もちをついた精霊使いを尻目に不満を漏らす。

 本来彼女達夜光の仲間にとって、襲撃者達は主の仇であり、その命を守らねばならぬなど不満でしかない。

 とは言えこの者達は手下に過ぎず、大本の指揮命令者を叩くには情報を吐ける口は多い方がいいという事情がある。

 九乃葉の目から見ても、既に倒れ伏した盗賊まがいと、同じように短剣を投げつけた直後に倒れた大剣使いは既に事切れていた。

 好む好まずにかかわらず、これ以上生きて語れる口を減らすわけにはいかないのだ。


 蘇生魔法で無理やり復活させる方法もあるにはあるが、蘇生魔法は高位の奇跡になろうとも蘇生対象の生前の善行や悪行という『(カルマ)』が多大に影響を及ぼす。

 多くの傭兵たちを殺して身ぐるみを剝いでいた襲撃者達では、悪行の影響が大きすぎて蘇生が困難であろうことは容易に予測がついていた。

 故に夜光の仲間たちは、怒り狂いながらも襲撃者達を殺すまでは追いやらなかったのだ。


 しかし状況は未だ悪い。

 九乃葉の刃った障壁に弾かれた短剣は、宙を舞って居たかと思うと、見えない手で投げつけられたかのように、向きを変えて一直線に空気を切り裂き飛んだのだ。


 ザグッ! と重く濡れた音とともに、その者の胸元から、刃が生える。

 ゲーゼルグにつばぜり合いを強要され、全力で圧力に抗っていた槍使いのダインの胸元から。

 奇しくもそれは、夜光がダインに刺され致命傷を受けたのと同じ場所。

 つまり、槍使いの命は此処で尽きるのだ


「ケフッ!? そ、そんな……俺の、力……」


 最後の言葉さえ力を求めながら、大剣使いと同じように槍使いのダインは膝から崩れ落ちた。

 違いがあるとするなら、刺さった短剣がひとりでに抜け、槍使いの周囲をゆっくりと回っていることだ。

 つばぜり合いしていたゲーゼルグは飛びのき、今は夜光の傍で警戒を続けている。

 最早襲撃者は精霊使いのカーティスを残すのみとなっていた。




「これはちょっと想定外と言うか……」


 僕は立て続けに起きた殺人劇にあっけに取られてしまった。

 あの短剣、どうもかなりの厄物のようだ。

 多分ある種の知性ある(インテリジェンス)(ソード)、それも持ち主の意識と肉体の支配を乗っ取る明らかに魔剣妖剣の類だ。

 質が悪いにもほどがある。

 とは言え手をこまねくわけにもいかない。

 このまま放置するわけにもいかないし、そもそもあの短剣が言わせたと思われるセリフで、僕達を獲物と認識している風だったのだ。


「ここの! その土使いはこっちに保護! 他のみんなは何時ものフォメーションで」


 とにかく、レオナルドから依頼されている襲撃者達の身柄引き渡しの為にも、あの短剣から精霊使いを守りつつどうにかしなければ。


「おお、イキがいいじゃねえか。それだけ気が張れるんなら、お前たちを殺した時の力も質がよさそうだなぁ、オイ」


 僕達の様子を見て、槍使い……の身体を乗っ取ったらしい短剣が、槍使いの顔をニヤつかせる。

 見るモノが自然と不快感を抱いてしまうような、厭な、笑い方だった。


「あら、どうやら<知性ある剣>みたいですけど、そこに転がっている剣みたいな運命をお望みかしら?」


 その笑みから僕を守るように、黒騎士装束のリムが前に出て僕をかばう。

 大剣使いの剣を斬ったように、リムの手にする魔剣<牙折(ファングブレイカー)>なら、それも可能だとは思う。

 だけど今槍使いの身体を操るそいつは、こう言ってのけたのだ。


「<知性ある(インテリジェンス)(ソード)>? はっ! 的外れたぁこの事だ! 俺様はそんな雑魚じゃねぇ! 俺は滅びそのモノなんだよ!」


 滅び。

 そうだ、僕は直接見なかったけれど、ナスルロン連合のホッゴネル伯爵も、何か指輪のようなものに半ば操られていたと。

 まさか、こいつも……

 そう僕が考える中、こいつは決定的な名を口にしたのだ。


「俺の名は貪欲(アバース)! 全てを殺し奪い終わらせる()()()()だ! ……こいつらは、俺の事をアバルスだのアバルだのと呼んでたがな」


 皇都の片隅、重なり合った世界で、滅びの獣がまた一匹、雄たけびを上げた。

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[気になる点] 〉 好む好まずにかかわらず、これ以上シャベル口を減らすわけにはいかないのだ。 「シャベル口」→「喋る口」
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