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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第3章 ~皇都アウガスティア~

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第10話 ~レオナルドと、とある少女~

 グラメシェル商会の会頭、レオナルド・グラメシェルは、目の前に広がる光景に言葉を失った。

 今は持ち主が居ないとある商会の所有であった倉庫、その地下。

 今朝がた商会で騒ぎを起こした傭兵たちの報せで出向いたそこには、並べられた無数の死体があった。

 多くが肉体の一部を欠損しているそれらは、レオナルドとして見知った顔ばかり。


(さてさて、これはどうしたモノかな? 想定外と言えば想定外で、期待以上であったのは確かだが)


 地下室で死体の列を前にしているという異常事態の中、レオナルドは冷静に状況を見極めんとしていた。


 グラメシェル商会は、『門』の物品を皇国相手に取引することで財を成したが、ごく普通の商品も手広く扱っている。

 皇都だけではなく各地に支店を持ち、水路や陸路で繋がった販路は国内随一だ。

 西方のフェルン領は、交易都市であるガーゼルの商人達の縄張り意識が強く浸透できていないが、それ以外では他の追随を許さない勢力である。


 そのグラメシェル商会は、今幾つかの深刻なトラブルを抱えていた。

 このひと月で、専属の護衛である傭兵たちが、次々に行方知れずとなっていたのだ。

 そして、傭兵たちが行方をくらました翌朝、決まって商会のあちこちに、行方が分からなくなった傭兵のモノと思われる体の一部が無造作に置かれるようになったのである。


 余談ながら、皇国の傭兵、それも水運に絡む護衛を主とする傭兵は、皆身体に特徴的な刺青を入れるのが主であった。

 今ほど治安が安定する以前は、交易の度に河には河賊が出て襲われる事が多かった。

 水上の戦いは落水も多く、結果水死体になる可能性が高かったのだ。

 水死体は無残な状態になることが多く、容姿だけでは素性をうかがい知ることは困難であり、何時しか水運に関わるモノは自信を判別しやすいように刺青を入れるようになったのだ。

 この傭兵たちも、その風習に倣っていた。

 刺青のある体の一部は、主に腕や手と言った部分だが、稀に下顎や背中の皮と言った、およそ切り取られれば命に係わるであろう部位も多かった。

 その誰か一目で判断しうる部位が切り取られ、送り付けられていたのだ。

 つまるところ、これは商会への明らかな脅迫だった。


 ただ商会は今厳重に状況の隠蔽に努めていた。

 現段階では、あくまで傭兵たちと連絡が取れなくなっただけであり、また脅迫めいた肉体の放置も、商会への具体的な要求などは伴って居なかった。

 つまり商会としては、まだ商会の風評を狙った他の商会の妨害工作ととらえていたのである。

 少なくとも会頭のレオナルドは商会内の人員を落ち着かせるために、そいう見解を広めている。

 傭兵と言うのは専属であろうとも根本は流しの浪人じみた存在であり、行方をくらますなど茶飯事であるというのは、多くの皇都の人々にとっても共通の認識であった。


 むしろ変に騒いで噂になる方が、商会の多くの者にとっては問題であると言えた。

 商会にとって風評というのは死活問題であり、それらの情報が外部に漏れないように手を尽くしたがために、未だ酒場の噂にすらなっていない。

 しかし明るみになれば、グラメシェル商会は皇国の政商と言う地位を失いかねない問題であった。

 何しろ今商会は、とある物品を皇国から預かっているのだ。

 普段は皇城で保管されているそれを預かる資格が無いとされた場合、どの様な処理がとられるか余りに不透明であった。


 だが、専属の護衛がことごとく連絡さえ途絶え、臨時に雇った傭兵たちも同様になったとなれば流石に話が違ってくる。

 遂には碌に戦ったことさえない店の者が商品を自ら守るしかなくなるほどだった。

 悲壮の表情で守りに付いた商会の丁稚等にはまだ被害が出ていないが、それが何時までもつものか?

 レオナルドがそう考えていた先日、商会に奇妙な傭兵たちが護衛の押し売りをしていると知らせが入ったのだ。


 商売において、取引相手がどれ程信じるに値するかを見極めるのは、商品の良し悪しを判断する目利きに通じる。

 グラメシェル商会の会頭であるレオナルドは、売り込みに来た傭兵の一団を前にしながら、そんなことを考えていた。

 商会として人手不足となった矢先の、余りにタイミングの良い護衛の押し売りは、彼らが脅迫じみた行いをしている当人ではないかと疑うのに充分であった。

 故に、一旦は彼らを雇うとした上で、動向を見ようとしたのだ。


 その結果、商会のカウンターに、少年の首が晒されていたのは今朝の事だ。

 雇った傭兵の身体の一部をいつの間にか置き去る手口はこれまでと同様であった。

 それも、今回は被害者が死に至ったのが明らかな状態。


 これを見て、レオナルドは内心失望したものだ。

 売り込みに来た傭兵でありながら、余りに不甲斐ないではないかと。

 確かにあの少年は、レオナルドの目利きとして一団の中でもっとも腕に劣ると見たが……だからこそ、そういう仲間一人守れないとは。


 だが、そういった皮肉の一つもぶつけてやろうかと件の傭兵たちを呼び出せば、とても口を滑らせられる有様ではなかった。

 少年の首を見た傭兵たちが放った殺気は、凄まじいものだった。

 店の者のほとんどが瞬時に恐怖で失神し、意識を保てたのはほんの片手で数えられる程度という有様だったのだ。

 長い黒髪の女傭兵が何かを他の者に話し出した後にその殺気は収まったが、そのままであったならレオナルドも保たなかっただろう。

 そのまま彼らは少年の首を丁重に保護して店を去ったが、それから暫くして彼らの使いだと言う少女が訪ねてきた。

 何でも、少年の体を見つけ出したついでに、無数の傭兵を見つけたのだとか。

 覚えは無いかと尋ねられれば、有るとしか言いようがなく、確認できるような正気を保っているのが未だレオナルドだけと言う事もあり、こうして問題の地下室までやって来たのだ。



「僕の、僕のお兄ちゃんの身体と一緒に、この人たちも見つけました。それで、この人たちに見覚えはありますか?」

「ああ、知っているよ……彼らは私の商会で護衛の仕事に就いて居たのさ。ただ、このところ行方知れずになっていてね……このような再会になるとは思わなかったよ」


 首だけになった少年によく似た少女に問われ、レオナルドは沈痛な面持ちで頷くと、護衛であった傭兵たちの亡骸を確認していく。

 間違いない。確かに誰も彼も見覚えがあった。

 特に一番損傷の激しい古い遺体は、商会に古くから専属で仕事をしていた男のもの。

 腕に巻きついた錨の刺青が目印となっていたのだが、その錨が描かれたうでは根元から失われていた。

 彼の腕が、商会に送り付けられた初めの一本だったのだ。


 レオナルドは、改めてこの場所に彼を連れてきた傭兵たちを見る。


(よく、彼らを見つけてくれたと言うべきか、それともこんな簡単に見つけたことを怪しむべきか……さて、私はどうするべきなのだろうね?)


 彼らの言葉を鵜呑みにするのなら、探索に秀でた黒髪の女が僅かな痕跡を辿り、此処へ行き付いたのだと言う。

 一応、不可能ではないだろう。

 グラメシェル商会は、『門』の中の物品にも相応の知識がある。

 商会は現在所有していないが、皇国に献上した物品には、僅かな痕跡を辿り標的を探しだす追跡のアイテムも存在していた。

 彼らほどの腕利きの傭兵なら、そのような物品を密かに所持しても不思議ではないように思える。

 実際荒事を生業とする傭兵は、違法と知りながら国にも秘して『門』内の物品を所有している場合も多くある。

 しかしそれが彼らの真実だろうか?

 レオナルドは商人としての見地から、彼らの言い分が正確ではないと察していた。

 同時に、この無数の死体を作り上げたのが、彼らではないと言う事も、見て取っていた。


 グラメシェル商会は、今でこそ皇国の政商として勢いのある位置にいるが、かつては代々行商人たちを相手にするごく普通の規模の商家の一つに過ぎなかった。


 かつてこの国が王国だった頃、街道は今よりも治安が悪く、陸路では野盗、水路では河賊や海賊などに、行商人たちが被害にあっていたものだ。

 行商人相手の商売と言うのは、ある意味日々博打を打っているようなものと言えた。

 商いをする相手が、一度の取引だけで二度と戻らない事が当たり前だったのだ。

 東方諸国への仕入れの往復の間に積み荷を奪われ労役奴隷に落ちた者や、南方へ足を延ばし海賊に命まで奪われた者など、例を挙げればきりがない。

 そのような状況では、取引相手との信用など二の次。

 そもそも信用を交わし合うような、何度も顔を見せるような『固い』相手などめったに居なかったのだ。

 瞬間瞬間の取引で、如何に利を確保するかに重きが置かれるようになる。

 粗悪な商品を嵩増しして売りつけたり、砂などを混ぜて重さを装うなどと言った行いなど、些細ないたずらに過ぎないと流されるほど。

 そういった劣悪な商品を見破れないような相手なら、取引する価値もないというのが常識だった。

 同時に、そういう目を持たない者ほど、行商中も隙が多く賊に襲われるものなのだ。


 目の前の相手がいかなる実力で、どんな意図を持っているか、何をだまそうとしているのか。

 そういった事象を見極める目利きこそ、レオナルドとグラメシェル商会を躍進させた基盤であった。

 かつての王国の頃に培った見地は、今の皇国においても有効であり、今もそうだ。


 傭兵たちは確かに何かを隠している。

 しかし、それはレオナルド個人を騙そうとしているようには見えない。

 むしろ、彼らとしてはレオナルドが今ここで並んでいる傭兵たちの亡骸について何も語らなかったことへ疑念を抱いているのだと。


(ああ、それと……この少女、隠していると言うのか何なのか、気になるのは確かか)


 そしてあからさまな一つ、生首になった少年を兄と呼んだ少女に対して、レオナルドは何とも言えない表情を自身が浮かべているのを自覚していた。


(これ、どう見ても死んでいた少年にしか見えないのだけど……以前皇国に献上した蘇生の魔法薬か、それとも蘇生の奇跡か? ……だが何故性別が変わっている?)


 訳が分からないな……、などと首を振る原因になったのが、とある大魔王の遊び心だとは、大商会の会頭をしても想像の埒外なのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] …良い眼を持ってんじゃん。
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