第01話 ~皇都への旅路~
大河エッツァーを遡ると、両岸は次第に平原から丘陵が入り混じるようになる。
ほぼ真っすぐだった流れは、両岸の地形に合わせて大きくうねるようになるのだ。
流れの勢いは普段穏やかなものの、上流で大雨が降れば曲がりくねった大河は荒れ狂う事となる。
この地域の堤は、歴史上何度も決壊し大きな被害を出した過去があった。
皇国中央地域は、このうねるように流れる中流域を超えた先に在る。
「今のところは順調ですね」
「そうねぇ~。河賊とかも出てないしね~。通行料は取られちゃうけど」
商人とその護衛に偽装した僕達は、順調に皇都への道のりを進んでいた。
商人役は、関屋さんの所の商人が中心だ。
ガーゼルとゼヌートでフェルン地方農作物を一杯に積み込んだ交易船は、順調に川をさかのぼっている。
川の流れに逆らって進むこの船の動力は、驚くべきことにモンスターだ。
どうも過去に見つかった門の中に、水棲馬を呼び出す魔法道具がある程度まとめて見つかっていたかしていたらしい。
元々は岸沿いに人力や馬などを使うか、流れが緩い場所で順風なら帆を使うなどしていたらしいのだが、これにより一気に上りの船が航行しやすくなったのだとか。
船は水棲馬に引かれ、波を切って川を上っていった。
道中はいくつもの領地を通り抜けることになるのだが、事前に予想していた通りに、その度に通行税を徴収されていた。
川の通行税に関しては、古くから河川域を領有する貴族の正統な権利とされている。
なので、以前の話し合いで挙がったフェルン侯への牽制や妨害と言うわけではないらしい。
僕らがフェルン候の配下と言う形ではなく、あくまで皇都へ荷を運ぶ商人だからと言うのもあるのだろう。
皇都は皇王の親征や、それ以外の他国侵攻の起点であるため、常に物資が飛ぶように売れる、
その為皇国中から物資が流れ込むわけで、その流れを滞らせるような真似は中央地域の領主も出来ないのだろうとも思う。
「あら? 通行料を取られるのがご不満? ならワタシがなんとかしちゃうわよん?」
「ア・ン・タはじっとしてなさい! ミロードの心労をこれ以上増やさないで!!」
「そもそも、何でここにいるのよ!? マスターは呼んで無いでしょ!」
「妾の鼻でも気づけなんだ……ほんに厄介な」
不穏な事を言い出して、リム達に食って掛かられているのは、本来は此処にいるはずのない人物だ。
男の欲望を煮詰めて性癖の型に流し込んで固めたような美女。
今は後から着せたローブでごまかしているが、その下は煽情的と言う言葉が生ぬるいような過激な下着モドキの何かだ。
七大魔王の一人、色欲の大魔王ラスティリス。
彼女は、アナザーアースの登場NPCの中でも、R-18的二次創作を最も多く作られたという伝説を持っている。
それは幾つか理由があるのだが、その一つに、相対する相手が最も欲情を抱く姿へと変えられるという権能を有しているというものがある。
ラスティリスに戦いを挑む前にされる幾つかの質問によって戦闘時の姿が変わるのだが、プレイヤーからは性癖暴露イベントと呼ばれたものだ。
年齢体型肌色髪色に始まり、果てはケモノや無機物に至るまで、ありとあらゆる性癖をカバーする権能は、ネタ的な意味合いも含めて、大いに創作意欲を触発したのだろう。
今は女性の姿をしているが、女性冒険者の前では男性体を取ることもできるのだ。
まぁ一応基本的な姿は今の妖艶すぎる美女であり、大概はその姿で誘惑攻撃を仕掛けてくるのだけれど。
そしてその彼女が、何故かこっそりと皇都へと向かう商人NPCに紛れ込んでいたのだ。
いやまあ、理論的には判るんだ。
権能を駆使したなら、『決して目立たない控えめなお手伝い娘』なんて姿も可能だと言うのは。
更に言えば、その変化の権能を駆使するなら、人化の護符さえ必要なく偽装が可能だと言うのも。
出来る出来ないで言うのなら可能だけれど、そもそもなんでこの皇都行きの集団に紛れ込んでいたのか?
彼女達七大魔王にも、僕のマイフィールドの管理を頼んでいた筈なのだけれど…
「ん~、一応ルーフェルトとハーミファスの許可は貰ってるわよん? 外の世界にワタシたち大魔王も出られるのかとか、権能持ちが箱舟世界から外れても大丈夫なのかとかの確認をさせて欲しいってお願いしたのよん」
「……建前は判りました。本音は?」
「夜光ちゃんを美味しく頂きに!」
「「「ふっざけんじゃ無いわよ!!!」」」
あっ、リムやマリィやここのが切れた。
今にも噛みつきそうな勢いで掴みかかっているけど、ラスティリスはひらひらとあっさり避けている。
ああ、そういえば彼女の試練の序盤は、魅了とかのデバフを無数にこちらにかけてきた上での鬼ごっこだったな……
「だってえ、せっかく初物は遠慮してたのにい、全然あなたたちったら進展しないんだものお」
「余計なお世話ですわ!」
「ご主人様は多忙なお方なのです!」
ラスティリスはああ見えて位階は伝説級の120という規格外だ。
僕のパーティーメンバーは伝説級:100とその位階に迫るものがあるのだけれど、全く相手になっていない。
「でもでもぉ、そんな多忙な夜光ちゃんを身体で癒してあげたいってならないのぉ?」
「そ、それは…」
「ミロードのご意思もありますし…」
あ、雲行きが怪しい。
言いくるめられておかしな方向になる前に、助け舟を出さないととばっちりが飛んできかねない。
「それ以外にも、理由はあるんでしょう? ルーフェルトの指示ですか?」
「あらん? わかっちゃう?」
未だに止まない三人娘の追撃をいなして、ラスティリスは僕の背後に降り立つ。
そして三人娘に見せつけるように、僕を後ろから抱きしめてきた。
うわっ、悔しいけどいい匂いがする。
背中に押し付けられた柔らかさは、劇物そのものだ。
味方モンスターからの魅了などのバステは、<万魔の主>のパッシブ効果で無効化されているはずだから、これが全部素の魅力という事実が何より恐ろしい。
「「「「あ~っ!!」」」」
嫉妬と羨望の悲鳴を上げる彼女たちをよそに、ラスティリスは僕の耳元で甘く囁いてくる。
皆には聞こえないだろう細やかな声は、傍からの見え方とは裏腹に真剣な響きを僕に伝えてきた。
「ルーフェルトがね、ワタシの力が多分必要になるって」
「それは……!?」
以前七曜神と七大魔王と話し合った席で、終末の獣が似た属性の権能持ちが居る場合力を増す可能性を彼らには伝えてある。
ラスティリスの権能は色欲。
もし皇都やその道中に色欲に近しい属性の終末の獣が居た場合、良くない結果が起きる可能性がある。
それを考慮しても、高慢の大魔王ルーフェルトは、皇都でラスティリスの力が必要になると感じたのだろう。
かつて七曜神の中の星を司っていたルーフェルトは、ある種の未来予知のような能力がある。
所謂占星術のように、ある種の運命を感じ取れるらしいのだ。
だとしたならば、ラスティリスの力が必要となる状況が、皇都で待ち受けていることになる。
大魔王の力が必要となるような事態……想像するだけで今から気が滅入りそうだ。
姿を自由に変えられ、精神に作用する無数の魔法を駆使できる彼女が力を貸してくれるのは、心強くはある。
ただ、似たようなことを出来るリムやマリィが既にいる中、追加の戦力として彼女をこちらによこしたというのは、何か別の思惑もあるような気もする。
純粋に戦力や能力としては心強いのは確かなのだけれど、色々と問題を起こしそうで、頭が今から痛いなぁ。
本当に、皇都では何が起きるのやら。
そんな僕の懸念の一つは、直ぐに現実になってしまった。
「後ね、あの世界の皆からの突き上げも激しいのよん。お世継ぎはまだかって」
「はぁ!?」
何それ、聞いてない。
いや、気付きたくない方面の話だと無視してたのは確かだけど。
彼女が言うには、とにかく誰でもいいから僕の後継者は必要だろうという話にマイフィールド内のNPCの意見が一致しているのだとか。
それで、色欲の大魔王である彼女がテコ入れにやってきたと。
都合良く、相手として丁度いいリムやマリィにここの、そしてホーリィさんも同行していることから、この旅で誰かと一線を超えさせたいのだとか。
お見合いを勧める親戚のオバちゃんかな? と思ってしまう。
それにしては色気が有り過ぎる、などと思って居ると、更にラスティリスは背中に胸を押し付けて囁いてきた。
「だから、ワタシのマスター……何ならワタシを初めての相手にして好きに使っていいのよ?」
「はぅっ!?」
「「「「~~~~っ!?」」」」
甘い囁きの最後、皆に見せつける様にラスティリスは僕の耳たぶを甘く嚙んだのだ。
全身に走った甘い愉悦に、僕は全身の力が抜けてしまう。
(だ、だめだこれ!? 腰から力が抜けてる!?)
それを見た皆は、既に言葉も失って再度色欲の大魔王に挑みかかっている。
いけない、止めないとと思うけれど、舌先まで融けていて言葉もままならい。
一応船の上と言う事もあり、それを考慮して皆威力のある攻撃はしていないみたいだけれど、かなり本気が混ざり始めていた。
それを全く問題にしないラスティリスは、あんな素振りでもやはり大魔王と言う事なんだろう。
「やっくんも大変ね~」
そう言いながら近づいてきたホーリィさんの声が妙に冷たく聞こえるのはなぜだろう?
理解したいようなしたくないような……
「ひょ、ひょうでふね……」
「……やっくんだらしなさすぎよ~?」
呂律が回っていないことを指摘され、さらに墓穴を掘ってしまった。
……気まずい。何とか空気を変えつつ、抜けた力を入れなおさないと。
余り流されたくない方向性を振り払って、僕はこの先を考える。
そしてそんな僕を見ながら、ホーリィさんもまた何かを考えてるようだった。
なお、大魔王と伝説級のモンスター娘三人の追いかけっこは、ヴァレアスさんが取り押さえて鎮圧していた。
流石多頭の竜王。人間サイズに見えて、髪を無数の首のように操って全員取り押さえてくれたのだ。
「まったく、やはり我が面倒を見ることになったではないか」
口調とは裏腹に、ヴァレアスさんは妙に楽しそうで。
そんな僕らを乗せながら、船は順調に大河を溯り続けたのだった。




