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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第3章 ~皇都アウガスティア~

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プロローグ 後 ~最後の記憶~

 オタマさんと出会ったのは、マイフィールド巡りをしたしばらく後の事だった。

 前々からフェルン領のとある農村に出現した『門』の存在は知っていたが、ナスルロンの侵攻もあって後回しになっていた。

 紛争からしばらくたって、状況も落ち着いたところで、会いに行くことにしたのだ。

 既に面識のあるアルベルトさんに事前に話を通してもらっていたので、邂逅はスムーズだった。

 ゼルグスの働きかけもあり、アルベルトさんがオタマさんのマイフィールドへの連絡をするのに同行できたのもある。


「初めまして、オタマさん。僕は夜光。アルベルトさんが所属することになった同盟のリーダーをしています」

「あらあらいらっしゃい。アルちゃんから話はきいてるわよ? アタシはオタマ・ナタマっていうの。よろしくね?」

「アルちゃんは止めてくれよ…」


 彼女のマイフィールドの中の農村、その村長宅らしき建物の応接で、僕達は歓待を受けていた。

 …何というか、このオタマさんのマイフィールドは、西洋の牧歌的な村落と言う色が強い。

 温かみがあると言うか、何と言うか。

 用意してくれたお茶も香りや味が素晴らしく、あっという間に気に入ってしまった。


「お茶、美味しいですね」

「ありがとねぇ。これ、あの丘の向こうで作ってるのよ」

「自家製なのかよ、これ」


 自家製で発酵させたというお茶は、製法からして紅茶に分類されるようだった。

 更にこれも手製のクッキーでもてなされた僕達は、一時のお茶会を楽しんだ。

 クッキーも絶品で、これはこれで楽しいひと時だったのだけれど、お茶会をする目的でオタマさんに会いに行ったわけじゃない。

 雑談が一通り終わった後に、僕は本題を切り出した。


「……さて、そろそろ本題に入ろうと思います。オタマさん。貴女もうちの同盟に所属しませんか?」

「同盟? それはまたどうして?」



 そう、オタマさんに同盟への勧誘をしたのだ。


 今更だけれど、僕達の同盟『迷子達(ロスト・チルドレン)』は、プレイヤー間の相互連携をとる為のものだ。

 同盟作成当時、余りにも情報が少なすぎることから行動方針すら無かったけれど、最近では情報収集とプレイヤーの勧誘という二つの大目標で動いている。

 特にそれが決定的になったのが、先のナスルロンの侵攻だ。

 大きな力を持つプレイヤーが、外の世界で無暗に力を振るえばどうなるか。

 ナスルロン連合軍の主力がフェルンの中心部まで侵攻できた理由は、ライリーさんの作り出した爆榴鎧兵であった。

 またアルベルトさんとヴァレアスのコンビもフェルン側の中心戦力となったことを考えると、プレイヤーは外の世界では力が大きすぎるのだ。

 そして大きな力を知った外の世界の人々がどういう行動をするか。

 少なくとも、様々な情報を集めるのに適した状況にはならないように思えたのだ。

 だから、出会える範囲のプレイヤーには、外への干渉を最低限にするように働きかけたい。

 アルベルトさん達に関してはもう仕方ないとしてもだ。


 アルベルトさんのような門の中がマイルーム程度の規模の場合、外への干渉を抑えようにも不便だということも理解できる。

 そこを僕らの同盟に加入してもらえば、僕らのマイフィールドを活用するなどして不便さを解消できるという思惑もあった。

 オタマさんはあまり積極的に外に出る意思は無いらしいと聞いているし、農村型のマイフィールドなら外への干渉を抑えて自給自足できているようにも見える。

 とはいえ農業偏重なのは確かなので、関屋さんの商店街や僕のマイフィールドと交流できるようになるのは、彼女にとってもメリットになると思う。


 僕は、これらの考えを、包み隠さずにオタマさんに伝えた。


「ふ~ん、色々考えてるのねえ。若いのに偉いわあ」

「……いえ、僕のこの姿はアバターで、一応中身は成人していまして」

「えっ、そうなのかよ!? 俺はてっきり…」


 僕のアバターが小さいのは今更だ。

 リアルの無駄に大きくて不便さをいつも感じていた身体よりもよほど気に入っているのは確か。

 とはいえ、小さい身体も色々大変だというのは最近身に染みている。

 ガーゼルなどで情報収集に傭兵仕事をしていると、どうしても侮られる面はある。

 魔法を使って見せれば荒くれの傭兵も押し黙るのだけれど。


 あとは、僕の配下であるはずのNPCからの扱いだろうか。

 ある種の嗜好の持ち主らしいNPCやモンスターから、その、何というか、獲物を見る目で見られている時があるのだ。

 信頼を置いているパーティーメンバーである3人のモンスター娘からも、たまにそれらしき視線を感じて、正直に言えば少々怖くもある。

 自分の好みを煮詰めた様な彼女達に、本気で迫られたら抵抗する気が起きるかどうかも怪しいのだ。

 というか、位階差で抵抗すら出来ない気がする。

 寄って集って貪られた挙げ句に、ぼろ雑巾みたいになる想像しか浮かばない。

 …いや、それは横に置こう。ちょっと良いかもと思ってしまうあたり、色々と不味い。


 それはともかく、僕の話を一通り聞いたオタマさんは、やがて頷いてくれた。


「いいわ。先に入ったアルちゃんも居るし、その同盟に入るわ」

「ありがとうございます。オタマさん」

「良いのよ。危なっかしいアルちゃんが心配だったのよね」

「なんだよそれー」


 子供っぽく口をとがらせるアルベルトさん。

 そういうところが心配させる理由だと思う。

 …この短い期間だけれど、アルベルトさんのリアルは、かなり若いと予想している。

 先ほどアルベルトさん自身が口走りかけたけれど、多分僕のアバターの外見と同じくらいの年頃ではないだろうか?

 オタマさんも同様に予想して、心配しているのだろう。

 だから、この時も多分同様だったのだ。


「はいはい、口尖らせないの。ああそうだ、アルちゃん。同盟の人達にお土産用意してたのよ。とれたての野菜や果物いっぱいあるから、ヴァレちゃんに乗っけといてくれない? お駄賃あげるから」

「ええ〜、俺だけ?」

「アタシはもう少し夜光ちゃんとお話があるのよ」

「…しょうがないなあ」


 それが、アルベルトさんには聞かせたくない話だと、何となく察したのだろう。

 この時のアルベルトさんは、素直にオタマさんの言うことを聞いて、その場を離れてくれた。


 それからしばらく、僕たちは無言で向かい合っていた。

 僕はオタマさんの言葉を待ち、彼女は言葉を選んでいる様だった。


「そうね、何から話せば良いのかしら…夜光ちゃんは、こうなる前のこと、どれくらい覚えてるの?」


 オタマさんの視線は、僕を案じるよう。


「僕ですか? アナザーアースのサービス最終日まで、マイフィールドの設定を弄ってましたね。その後寝ようとベッドに向かうところまでは覚えているのですけど、それ以降はよくわからなくて」


 僕の記憶は、そこまでしか辿れない。そのままベッドに入ったのか、それとも急に意識を失ったのか、それすらもわからなかった。


「そうなのね。夜光ちゃんはそうなんだ…アタシはね、サービス最終日の事は知らないの」

「……と、言うと?」


 僕の相槌に、オタマさんは少し迷いながら、こう切り出したのだ。


「末期医療って、夜光ちゃんはわかる?」



 オタマさんがその後語ったのは、彼女のリアルの姿だ。

 元々主婦だったという彼女は、とある難病にかかったそうだ。

 体調不良から検査し、発見した時には、手がつけられなくなっていたのだとか。

 直ぐに命を失う訳ではないけれど、着実に命を蝕むそれにより、オタマさんは長期の入院を余儀なくされていた。

 そのときに出会ったのが、アナザーアースだったという。


「ずっと、元気になれたら畑仕事とかやりたかったのよね。だから戦いとかはしなくて、ずっと此処で土いじりしてたのよ」


 マイフィールドを拡張しての畑仕事は、ノートPCのモニターの中だけれども彼女の夢をささやかに叶えてくれたのだそうだ。

 だけど病気は無慈悲に進行した。


「アタシが最後に覚えてるのは、サービス終了の何日かくらい前ね。看護師さんがアタシの容態が急に悪くなったって、慌ててる姿。それが、最後の記憶。気がついたら、ここに居たの」


 そう言って僕を見つめたオタマさん。

 僕は、その言葉の意味を理解する。


「……つまり、リアルのオタマさんは、サービス終了の時には、命を落としていた…?」

「ええ、アタシはそう思ってる。死んで生まれ変わったからここに居るのかなって、そう思うのよ」


 僕は、すぐにはその言葉に返せなかった。

 正直なところ、その可能性を考えないでもなかったのはある。

 こんなアバターの姿でのリアルな感触は、生まれ変わりでもない限りあり得ないだろうと。

 だからといって、それを断言する材料は今まで無かったのもある。

 同時に、仮にそうなら…


「前にね、アルちゃんにそれとなく最後の記憶を聞いてみたの。ご家族と出かけていたのが最後だって言ってたわ」

「それは…?」

「出かけていた帰り道の車の中ね。嫌な予感がしたから、それ以上詳しくは聞けなかったわ」

「……そうですか」


 確かに、嫌な想像が頭をよぎった。

 もしこの世界に来ているプレイヤーの条件が、リアルで命を落としているからなのだとしたら、アルベルトさんのリアルの最後の記憶はあまりに酷くなってしまう。

 下手に詳しく聞けないのも通りだ。


「マナーだと思って、関屋さんやライリーさんのリアルの最後の記憶は聞いていませんでしたけど…彼らには確認しておくべきなのでしょうね」


 同時に、恐らくはリアルでも成人しているだろう彼らには聞いておくべきだろう。

 僕達の同盟の目的の一つは、『何故この状況になったか』の解明なのだから。



 オタマさんとの初めての出会いは、こういう顛末だった。

 僕は図らずしも、この世界や僕達の状況の手がかりを一つ手に入れた。

 同時にそれは、僕にとっては悩みが一つ増えた事でもある。

 関屋さんやライリーさんに、その後リアルの最後の記憶を聞いてみたのだが…


「最後の記憶だぁ? ちょうどリアル仕事がデスマーチで会社に詰めてたなあ……仮眠室で寝て、それからどうだったか…?」

「メルティの妹たちの設定をギリギリまで詰めてて、多分寝落ちしたな。3轍位してた気がするがそれが何か?」


 過労死がチラついて、余計に転生説の可能性が高まるなんて。

 ホーリィさんもあの夜の記憶はあやふやだと言っていた。

 もしリアルの死が僕達の身にも有ったのだとしたら、サービス最終日のあの夜、なにが有ったのか…


 思い出せないままに、時は過ぎていった。

 結局、僕は不安と悩みを抱えたままに、皆とともに皇都へ出発するのだった。

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