第04話 ~滅びの獣を宿すモノ~
ほとんど御前仕合の状況だった謁見室のひと時から解放されて、僕たちは案内された客間でようやく一息ついていた。
部屋の中には僕たち以外、誰も居ない。
この城の使用人や文官が監視も含めて近くに居るかと思ったけれど、姿を隠して僕達を護衛している聖なる幽霊や隠身蜥蜴人が確認しても人払いされているらしい。
有難いけれど、この無防備さや無関心さは何だろうか?
妙に気になってしまう。
気になると言えば、正直なところ、色々と情報過多で頭が痛くなるような思いだ。
まさか領主自身が伝説級で、更に配下に伝説級の騎士団長まで抱えているとか、まだ滅びの獣が憑いて居る方が判り易いまであるんじゃないだろうか?
おまけにその領主からはゲーゼルグを配下にと望まれている。
別れ際に聞こえた内容が本当だとすると将軍として召し抱えるつもりのようだ。
さらにその騎士団長とゼルの一騎打ちは、リアルの体格はいいけれど運動神経と動体視力がナマコ並みでAEでも近接職の素人な僕では到底理解できない代物だった。
正直な所、こっちの世界でゼルとまともに一騎打ち出来る存在が居るとは驚きだ。
領主も含めて、どうやってそれだけの力を得たのだろうか?
「それなのですが…あの者、剣聖にしては妙であったので御座る」
「というと?」
「<剣聖>ならば一騎打ちでは必ず使うであろう、いくつかのスキルを使う気配が無かったので御座る。気迫から手加減とも思えず…」
「ああ~、そういえば何で<剛身>や<錬気纏>を使わないんだろって思ってたのよね」
ああ、そのスキルは知っている。確か、<剛身>は剣士クラスの準上級である<剣豪>で、<錬気纏>は上級である<剣の達人>で習得できるのだったかな?
あれ? それって確かAEでもたまに見た事が有る状況だぞ?
「…まさか、成長促進剤?」
「あ~、その手があったね! 可能性はあるわぁ…課金アイテム死蔵してた誰かが居たのかなぁ?」
「何とも世知辛い…」
成長促進剤とは、AEで実装されていた課金による急成長アイテムだ。
AEは長い期間運営されていたMMOであり、サービス開始してから時間が経ったあとで新規に開始するプレイヤーは多かった。
そこで問題になるのが、そう言ったプレイヤーが最新コンテンツに挑めるようになるまで、レベリングに多大な時間がかかってしまう事だ。
僕みたいなじっくり1から低レベルコンテンツも含めて遊びたかったプレイヤーはともかく、人気のコンテンツは高レベルに固まっている。
新規プレイヤーがそれらをプレイしたいと望むのは仕方がない事とも言えた。
そこで運営が用意したのが、レベルを強制的に引き上げてくれるアイテムだ。
成長促進剤は、本来の位階開放のクエストを経ないで強制的にPCを上位の位階に引き上げてくれる。
成長促進剤のランクによって、準上級、上級、伝説級にそれぞれ成長することが可能だったのだ。
「…フェルン領は皇国の中でも広大で、当然見つかってる『門』の数も多いですよね。そうなると成長促進剤が見つかる可能性も必然的に高くなる?」
「早めに存在が知られちゃったら、お貴族様たちが全力で確保するわよねぇ…町の噂レベルじゃ促進剤の事は聞こえなかったから、かなり本気で情報封鎖もされてるんじゃない?」
「武具どころか、促進剤さえあるなら、そりゃ国を挙げて『門』を確保しますし、冒険者の取り締まりの厳しさも道理ですよ、これ」
「うむむ、惜しいで御座るなぁ。あの者良き太刀筋で有ったが故、しっかりと下積みも積んで居れば、拙者も手加減なしで打ち込めたものを」
あ、手加減してたんだ。
それはともかく、成長促進剤は位階を挙げてくれて、早々にその位階のクラスに就けるけれど、扱えるスキルを考えると下位職もこなしておいた方がいいというのは、AEでの常識だった。
下位の職は能力値補正などは低いけれども、使い勝手の良いスキルを多く覚えられるからだ。
いきなり上級職に就くプレイヤーは、まさしく促成栽培扱いされるのが常だった。
だけど、今の状況では、話は違う。
ガイゼルリッツ皇国、そしてこの世界には上位者が存在し得るという可能性が急速に高まったのだ。
「う~ん、ちょっとコレは本格的に潜入捜査が必要だし、相応の高レベルモンスターを情報収集に当てないと、万が一が出てきたなぁ…」
「やっくん、成長促進剤ってたまに運営が『新規加入キャンペーン!』とか言ってプレイヤーに配ってたわよね? それで貰うだけ貰って使わなかった子も多かったりしない?」
「準上級とかはかなりの数ばらまいていましたね。伝説級になる促進剤は配られずに課金でしたけど」
考えれば考えるほどに、ヤバイ情報を見つけてしまった気がする。
その用途も、仮定を並べるだけでも蒼褪める思いだ。
「……ホーリィさんがこのフェルンの領主だとして、もし手持ちにいくつか促進剤があるとしたら、どんな臣下に使わせます?」
「そうねぇ…数に限りがある伝説級は自分と側近につかって、後のは生産職とかに回すかなぁ?」
「騎士として戦だけやってるならともかく、領主としてならやっぱりそっちですよね…」
「当然、皇国の偉い人も似たようなこと考えたり…?」
「武力面は、装備の強化だけで他国を十分に圧倒できるまでありますしね」
「…! もしや、我が力も密かに見つけた門の中で得た成長促進剤由来と思われておるのでは!?」
「「あり得そう…」」
「ぬぬっ、何たる屈辱!」
そんなことを話し合っていると、肩に誰かが触れる感触がある。周囲を警戒させていた聖なる幽霊だ。
どうやら誰かが来たらしい。
って、ヤバイ。促進剤に意識を取られていて、ゼルの去就をどうするかとか、全く決まっていないぞ!?
困惑に染まる僕達をよそに、ドアがノックされる。
下手な動きをする訳にも行かず、了承するゼル。
「失礼いたします。主より、お客様方をお持て成しするよう申し付かりました」
入ってきたのは、使用人…? いや、文官のようだ。
ぱっと見印象の薄い青年と言った感じで、ゼルを持て成す為か、茶器まで運んできていた。
確かこの辺りだと沿岸貿易で仕入れられる茶葉が高級品扱いだったはず。
手際よく文官らしき人物が茶を入れて、いい香りが漂ってくる。良い腕、なのだろうか?
正直なところ、さっきの謁見室での一幕は騎士団全員に喧嘩を売ったも同然なので、このお茶に毒を仕込まれていても文句を言えないような気がするのだが…
そんなことを考えていると、目の前に見事なカップが置かれた。僕が初め、ホーリィさんが次に、最後にゼル。
…うん? 順番がおかしくないか?
訝し気に文官らしい人物を見ると、彼は僕に向かって最敬礼をしてきた。
…なんだ、この人。何かおかしい。
慌てて意識に浮かぶ情報ウィンドウを確認しようとして、
「貴公を、<万魔の主>とお見受けいたしますが、如何に?」
爆弾をぶちまけられた。
待て、なんだこのヒトは? 何で僕のその称号を知っている!?
少なくとも、『この世界』の誰かがそれを知る機会は一切無かったはずだ。
「な、何を、急に言って…」
「失礼、ワタクシはアロガンスと申すモノ。怪しいものではございますが、貴方様の敵には決してなりませぬ故ご安心を。そちらは…あぁ、確か<潰し屋聖女>でしたな。ええ、ええ。知っておりますとも!」
「えぇ~その呼び名嫌いなんだけどぉ!」
飄々とした態度から、平然とこちらの情報を惜しげもなくぶちまけてくる。
ホーリィさんが昔晒されたときの呼び名まで何で知ってるんだ!?
少なくとも、僕はリアルも含めてその呼び名を使ったことは無いぞ! 無いからこっちを疑いの目で見るの止めてください先輩!
「これは失敬を、大地母神の女教皇様。そして、先ほどは見事な剣捌きでございましたな、龍王殿。偉大なる<万魔の主>が率いられる軍随一の武人に、あのような戯れは失礼かと思いましたが…これもこの場を設けるための物に御座います、許されよ」
…確信した。この領地この城で一番危険で警戒しなければいけないのは、あの領主でも騎士団長でもない。この人物だ。
ゼルもそう思ったのか、この存在を睨みつけながら短剣大にまで縮めて偽装していた愛剣の柄に手を伸ばす。
「おお、恐ろしい! そのような目で睨まれると、一文官でしかないワタクシは魂が消しとぶ思いで御座います」
「ゼル、今は抑えて」
「御意に」
だけど、まだ駄目だ。
この存在は、僕たちの事を十分に知っている。姿を隠したままで部屋の出入り口を塞いだ聖なる幽霊や隠身蜥蜴人の事も、全部把握済みだろう。
そして、この場に来たのは僕達と何かを交渉するため。
警戒は続けても、戦端は開くべきじゃない。そこまで考えて、ふと思い出す。
「…思い出した。あなたも、さっきの謁見室に居ましたよね? それも文官の座の最も深い所にいた。他の人たちはゼルを見ていたけれど、あなただけは僕達を見ていた」
「ご明察です<万魔の主>殿。それとも箱舟の創造主とお呼びしたら宜しいかな?」
「それはお好きにどうぞ…こちらの事を全部知っているかの物いいですね?」
「いえいえとんでもない! ワタクシ、こう見えて雑用係にしか過ぎませんので、知り得るのはほんの些細な事で御座いますよ」
箱舟の創造主とは、初めて聞く呼び名だ。
だけど、これで分かった。AEには僕以外の<万魔の主>も大勢いたけれど、箱船と呼ばれるような真似をしでかした者は僕だけだったはずだ。
つまり彼は、僕らプレイヤーが情報ウィンドウを見て相手を把握するような方法で僕の事を調べたのではなく、もっと根本的な部分で僕の事を調べ上げていることになる。
「それで、アナタはだあれ? 私達に何の御用?」
問いかけるホーリィさんの声は震えていて、
「名は先に申し上げました。ワタクシの名は傲慢。貴方様方が滅びの獣と呼ぶ7匹が一に御座います」
「「「!?」」」
「そして今のこの身は、母なるアナザーアースからの伝言を伝える代弁者に御座いますよ、箱舟の創造主様」
応えたその存在、傲慢は恭しく僕に一礼したのだった。
しばらくは図鑑優先で更新していきたいと思います。
一応、新作も応援していただけると幸いです。
【1章 完】幻想世界のカードマスター ~元TCGプレイヤーは叡智の神のカード魔術のテスターに選ばれました~
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