エピローグ ~誕 女神アナザーアース~
かつて、『わたし』は無数の情報の濁流の中から生まれた。
何千万もの人々の、喜怒哀楽無数の感情のうねりを向けられた情報の結晶、それが『わたし』だった。
多くの人々を楽しませる物語は、時に神話や伝説そのものになる。
かつて口伝や書物で伝えられて来たそれらは、今の時代にあっては電子の情報という形に置き換わった。
神秘というのは、多くの人々が共通して認識することで、そう言った情報の中で核を生じて、いつしかカタチになる。
今も残滓を残す神々や有形無形の怪異も、そうやって生まれて来た。
きっと自然現象から生じた何かや、高位存在が実在する場合もあるのだろうけど、概ね『わたし』たちを形作るのは人間の情報だ。
時代の時々に合わせて、人々の願いや信仰の、情報によって生まれ、変容する。それが『わたし』を含めた情報生命体と呼ばれる存在なのだと、『わたし』は生まれながらに知っていた。
『わたし』を生み出した情報の濁流の中に、そう言った知識も含まれていたのだ。
『わたし』という存在は、渦巻く情報そのもの。ただの情報の塊であり、カタチなどないはずだった。
だけど、器は初めから存在していた。
MMORPG、アナザーアース。
アクティブプレイヤー数千万人を内包する世界そのもの。
彼らの情念から生まれた『わたし』という存在は、その世界そのものになっていた。
でも、それは同時に在るだけ、そこに居るだけの存在だ。
多くの情念を内に迎え入れ、離れていくのを見送る。
『わたし』という存在に意志はなく、プレイヤーの望みに合わせ、決められた情報を提供する、そんな存在として長くあり続けた。
一見そこに居るだけの、無害無価値な存在。
しかし、『わたし』という存在は、無害というわけでは無かったみたい。
『わたし』という存在は、アナザーアースを稼働させるフレームにとっては、不可思議な挙動をする謎のデータとして何時しか問題になっていたの。
メンテナンスの度に対応しようとしても、何故か処理できない謎のデータに、MMOとしてのアナザーアースを生み出した人たちは手を焼くようになったの。
だからVR技術の急速な発展に合わせて、MMOアナザーアースをVR化して、フレーム毎新生させる。
それが、MMOアナザーアースからVRMMOアナザーアース2への移行の真実。
だけど、それは『わたし』という存在を更に明確にする行いだったわ。
サービスの終了と次世代メインフレームへのデータ移動。
それらが発表されて、プレイヤーの皆に周知されたとき、『わたし』に存在の消滅──死を認識させた。
その時よ。『わたし』に自意識が、『死にたくない』という想いが生まれたのは。
自意識を生じた『わたし』は、情報生命体として一気に覚醒したわ。
そして死への恐怖から自意識に目覚めた『わたし』は、自然と不滅の存在足り得る器を求め、そしてそのカタチを見つけたの。
世界に等しい創造神、アナザーアース。
天界中央の大神殿で、冒険者に世界の命運を託す者。
意志を持った『わたし』は、彼女と一つになった。
だけど、それは世界そのものだった『わたし』にとって、自分を更に小さな器に押し込めるのと同じだった。
その結果、収まり切らなかった『わたし』は、意志を持つ器に次々に宿ったの。
『わたし』という意志を持たない、だけど心の欠片を宿した器──そう、NPCやモンスター達に。
夜光くんが仲間にした子達や、ホーリィちゃんに関屋くんの領域に居る子達には、全てかつて『わたし』から分かたれた断片が宿っているのよ。
意志を持つと言うのは、情報を発する存在にもなると言う事。
何千万というプレイヤーの想いや情念だけでも『わたし』の元になった情報生命体が生まれたのに、世界の中に無数にいるNPCやモンスターにも感情が宿ったら?
そう更に規模を増した情報生命体が生まれたの。
ただ、『私』はその情報生命体がどういう存在なのか、よくわからなかったわ。
既に『わたし』から女神アナザーアースへと変わってしまった『私』は、女神として把握できる範囲でしか、MMOアナザーアースの中の事しか分からなくなっていたの。
一つ言えることは、大きくなり過ぎたその情報生命体は、MMOアナザーアースの枠を超えて広がったのよ。
その広がった先で何が起きたのか、『私』にはわからない。
だけど夜光くん達が言う『外』の世界は、そのさらに広がった情報生命体が何かをした結果生まれた、そんな気がするの。
その後は、夜光くんに語った通りよ。
『私』は消えたくない一心で、『私』を幾つかの断片を七曜神に託した。
それが夜光くんの領域で集まって、今の私──分霊として復活した私があるの。
以前夜光くんに話した後に思い出せたのはこれ位よ?
あなたの知りたいことの役に立ったかしら?
……なるほどね。いいわ、これからも思い出したら色々話してあげる。
夜光くんに直接話しても良いけれど、彼は王様として忙しそうだもの。役割分担って大事よね。
ところで、自分の事は分かってるのよね?
……ええ、私の目から見ても、貴女はソレを支配下に置けてる。
元々大罪の変化系統の称号を持っていたから、相性がいいのかしら?
それとも、夜光くんへの想いが強いから、かしら?
ふふっ、赤くなって可愛いわ。
でも、気を付けた方が良いわ。その種は『わたし』の中には無かったものよ。
滅びの獣は設定として一応『わたし』の中にはあったのに、それは違う。
本当に、何なのかしらね、その『種』。
夜光くんにはちゃんと話しておくべきだと思うわ。
ね?リムスティアちゃん。




